| そのまま可南子と別れ、私はあの店に向かった。
フランス語の名前のついた、街角のバー。
そろそろ閉店の時間だろう。
階段を下りて行くと、カワカミさんが微笑んで迎えてくれた。
美春の姿はカウンターには無かった。
「あら、ジュンコちゃん。昨日はどうも。」
「あ、どうも。…今日、美春さん、いますか?」
「はいはい。ハルちゃん、お客様よ」
カワカミさんがキッチンの方に声を掛けると、
美春がひょこっと顔を出した。
私服に着替えている。
ちょうど上がったところのようだった。
髪の毛を、一つに結んだままにしている。
私の姿を認めると、驚いた顔をして、
菜箸で私の近くの、少し暗がりになっているテーブル席を指し示した。
座って待っていて、という意味らしい。
賄いか何かを作っている途中のようだった。
カワカミさんに会釈をして、座って待たせて貰うことにした。
カウンターテーブルに何とはなしに目を遣り、
昨晩の夢がオーバーラップして、思わず顔を顰めた。
あんな夢を見るなんて、カワカミさんの顔もろくに見られたもんじゃない。
ちょうどその時、美春がお皿とビールを抱えてキッチンから出てくるのが見えた。
「来てくれたんだ。お待たせしてごめんね、なんか飲む?」
「大丈夫。今飲んできたとこだから」
「…カナコさん?」
「…そう」
彼女の勘には恐れ入る。
ただ、鎌を掛けただけかもしれないけれど。
それでも、彼女の意気が少し消沈したのが分かった。
「そっかー、いいな。妬けちゃう」
「そのあと、こうして会いに来ているのに?」
「…ふふふ。そっか。そうだね。照れるな」
そういうと、美春ははにかんだ様に笑って、
賄いご飯に手をつけていた。
「返事、もうくれる気になったの?」
彼女は、こちらに視線を遣さずに、
きっと今一番したかったであろう質問を投げてきた。
「…今日は美春に相談に来たの」
「相談?」
予想外の回答だったのか、彼女が私の顔を見る。
ずるい方法だということは、私自身、分かっていた。
でも、そうすることが、私には必要だったのだ。
|