| 逃げ込んだと思った場所は、
安全地帯では無く、むしろ地雷がそこら中に埋め込まれているような、
居心地、もとい生きた心地もあまりしない部屋だった。
ユニが居る事を、忘れていた。
なんて、いい加減な私の脳。
ユニはベッドに仰向けに寝転んで、
彼のお気に入りの写真集(世界のポストばかりが被写体の)を両手で掲げ、覗いていた。
視線はそのままで、「誰か、来たの?」 と彼が言う。
「あぁ、うん。同僚。ほら、この間も夜中に来た娘。なんかね、訳ありみたいで」
「・・そう」
七部丈の綿パンを履いて、
どうしたものかと、私はこちらを見ないユニを眺める。
「ユニ、あのさ、さっきの話なんだけど―――」
「ああ、ごめん」
「ううん、びっくりしたけど、だっていつものユニらしくなかったから。でも悪いのは私だから」
「僕らしいって、何?」
その声があまりに鋭かったので、
彼は未だ視線を写真集に当てていたが、
それでも私は彼に背を向けたくなった。
またユニに、睨まれているような気分になったのだ。
ああ何て言おう。
僕らしいって何?
というか、 僕らしいって何? って何?
別れたい。
その言葉が、ストローで吸った空気のように、
“ぽっ” と、
私の頬の内側、柔らかな口内の湾曲の壁にぶつかった。
信じられない思いで、
私はその膨らみを呑み込む。
ああ、嫌、もう、私っていつもこう。
リビングにはアリスが居るのに、
私は全然変わらないんだわ。
「ごめんねユニ。でも、貴方が心配しているような事は、無いから」
それはつまり、私は他の雄猫との情事を交わしてなんていないのよ、という意味で。
実際私が交わっていた相手は、雌であるのだし。
・・・なんて、そんな事を本気で言い訳に出来るとは考えていないが、
だがいずれにせよ、得体の知れない怒りを抱いているユニに、
“浮気”を認めるような事は、とても言えない。
私のこの言い訳にユニはどう反応するのだろうと、
様子を伺っていると、
ようやく彼は広げていた写真集をパタンと閉じて、
私を向いた。
「こっちこそ、ごめん。もういいんだ」
そう言って、ニコッと笑った。
いつもの笑顔。
けれど私は、彼のその笑顔を見る度にこれまでいつも感じていた、
広いプールに仰向けに浮かんでいるような、開放的な安穏を、
もはや抱く事は出来なかった。
ただ、
―――器用に笑う男の子
そう、感じただけ。
私たちの間で、今夜、何かが変わった。
でも、それが何かを今確かめる気は、私にも、ユニにも無い。
「じゃあ、ちょっと、家出娘の様子を見てくるね」
適度におどけた調子でそう言い、
私はユニの居る寝室を出た。
今夜はこれで終わりだが、
いずれユニとはきちんと話をしなければならないのだろう。
今まで、会話が少なすぎたのだ。
そう、今までが楽すぎただけ。
今後の事を考えると気が重いが、
今考えたって、仕方がない。
さて、次はアリス。
気持ちを切り替えて廊下を進み、
リビングに入って後ろ手でドアを閉めると、
玄関のオートロックが閉まる音が、
それに重なった。
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