| 翌日の朝、和沙は校門に入ってすぐのところで希実に呼び止められた。 「おっはよ〜う!…あれっ?どうしたの、その傘?」 大きく手を振って、満面の笑みで近づいてくる彼女を誰が無視できようか… 「…おはよう」 風邪でもひいた?なんて見当違いな心配をしてくれている希実の目線は、 さりげなく傘の辺りをいったりきたり。
…やっぱり、誤魔化せないか
「ああ、これ?」 昨日から一転して、今朝は気象予報士もびっくりの快晴である。 和沙の母も溜まった洗濯物が片づくと言って喜んでいた。 そういうわけで自分の傘を使わずに済んだ和沙は、 今日は借りた傘を持参するだけで事足りる。 和沙が普段愛用しているビニール傘と違って、真澄の傘は目立つのだ。 外観や造形というより、それを差してみてしっくりとくる感じが。
…何かが違う。
貫禄とはまた違った、小手先のような微妙な感覚だ。 だから、希実でなくとも真澄がそれを使用しているところを 見たことがある人には分かってしまう。 先ほどから他の生徒が追い越す度に振り返るのは、そのせいだろう。 和沙はそういう思惑を含めて、態度を一変したのだ。
「それって…」 「うん、そう。真澄先輩の」 早めに自己申告。 和沙は早口でまくし立てた。 ちなみに、和沙たち候補生の一年も、最近は役員の呼び名が変わってきた。 きっかけは斎だったか杏奈だったかが、 下の名前+先輩を要求してきたから…のはずだ。 名字だと堅苦しいとか他人行儀みたいとか、 はたまたお近づきのしるしにとか理由はいろいろのようだ。
「どうして、和沙が真澄先輩の傘を…?」 おっと。 まだ会話の最中だった。 というか、希実はいよいよ核心に迫る質問をぶつけてきた。 今までの前フリは全て序章に過ぎない。 これからする話の内容によっては、今後の学園生活が大きく変わる… 和沙はそんな気がしていた。 「う、うん。ちょっと…借りちゃった。 昨日、傘を持たずに下校しようとしたら…さ」 嘘は言っていないけど、本当はもっと複雑だ。 だけど、実際にあったことをイチイチ詳細に話していたら、 始業時間になってしまう。
さて…
どうでる?どうくる? 話し相手の反応がこれほどまでに気になるというのは、 和沙のこれまでの経験上とても稀なことだ。 しかしながら、案外こういう時に限ってその相手は 気にも留めなかったりするわけで… 「ふ〜ん。そうなんだ…」 希実同様、それまで足を止めてこちらの様子を伺っていた生徒たちは、 なんだ…といった素振りをしながら再び目指す校舎の方向へと歩き出した。
「そんなことよりさ…」 内心は落ち着いてはいられなかったほどの告白を そんなこと呼ばわりされたことに軽く傷つきつつ、 和沙は希実の次の言葉を待った。 「そろそろ中間テストの範囲が発表される頃だよね」
中間テスト…
そうだった。 再来週には、いよいよ高校入学してから最初の中間テストが行なわれる。 百合園高校は、夏季講習を含めると八月初旬まで授業があるため、 中間試験はわりと遅めの六月中旬になる。 ただ、一年生は高校に入学してからまだ間もないということもあり、 授業内容があまり進んでいなければ範囲も少ない。 実質、高校受験の応用問題が大部分を占める。 つまりは、特待生である和沙の真価を発揮する絶好のチャンスなわけで、 いやがうえにも気合が入るのだった。 本当に、真澄の傘の言い訳など、そんなことである。 優等生の最重要行事であるといっても良い中間・期末の試験の前には、 先ほどの悩みなんて霞んでしまう。 和沙は自らの靴箱の蓋を勢いよく開け、思いっきり上履きを取り出した。
パサ…
「…ん?」 ふと、床に落ちている一枚の紙切れが眼に入る。
…何、コレ?
持ち上げて至近距離で見ると、何やら真っ白な封筒のようだと判明する。 推測するに…今さっき和沙が靴箱を開けたことにより飛び出したわけだから、 この手紙は自分の靴箱に入っていたのだろうということは理解できるが。 糊どめされている部分を開くと、中からは一枚の便箋が出てきた。
『昼休み 多目的教室』
宛名も差出人の名前も書いていないその手紙には、 封筒と同じく真っ白な便箋に映えるように真っ黒な字で はっきりとこう書かれていた。
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