| あの人の結婚が決まってから四ヵ月程経とうとしていた。 あの日から、私は用もないのにふらりと屋上に足が向く。 何故好きになったのか。 何故彼女だったのか。 目を閉じて想いを馳せても、何も応えてくれやしない。 瞼を軽く開いた先に広がるのは、青い青い空だけだ。 時折目を細め、けれどじっと見つめる。 私はまだ、動けずにいる。
「弥生!」
不意に背中から掛けられた声に、私は驚いて咄嗟に振り向いた。 「やっぱりここに居た」 声の主はにかっと笑うと、そのまま私に近付いてくる。 私は再び視線をフェンス側へと戻して、空を仰いだ。 ガシャンとフェンスにもたれた彼女に、 「…よくわかったね」 呟くように言った。 「そりゃわかるよ」 ははは、と彼女は可笑しそうに言う。 あの人が結婚すると知ったあの日。 屋上でぼんやりと時間を費やしていた私を見つけてくれたのは彼女だった。 そして、今も。 視線を落として、私も隣の彼女に倣ってフェンスにもたれた。 しばらく互いに何も発せず、宙を眺める。 「あのさ」 彼女の声に、私はそちらに目をやった。 「真知、昨日正式に入籍した」 あくまでも淡々と、けれどはっきりと口にしたので、 「…そう」 私は意外な程あっさりと、息をするように言葉を吐き出した。 じいっと私を見つめる彼女。 「何?」と、私は訝しげに首を傾げた。 すると、彼女はにかっと笑って。 「弥生にはさ、あたしが居るじゃん」 あの時と同じ言葉をあの時と同じ顔で口にした。 私はつい苦笑してしまって。 目元の涙を拭いながら、 「何で皐月は言って欲しい時に言って欲しい事を言ってくれるのかなぁ?何で皐月にはわかっちゃうのかなぁ?」 そう言うと、 「どれだけ付き合ってきてると思ってんの」 にかっと笑う。 「居て欲しいと思う時に何でいつも居てくれるの?どこに居ても見つけてくれるの?何で必ず駆け付けてくれるの?」 皐月は。 穏やかな目をして私を見ると、私の髪をくしゃっと掻き上げた。 「友達だからさー」 冗談めかして言って。 けれど。 ふっと、優しく微笑み掛けた。 頬の涙も風に晒されて心地良く冷えてゆく。 きっと皐月はこの先も、何も言わずに私を探してくれるんだ。 ふらりふらりと不安定な私を、皐月ならどこに居たって見つけてくれる。 人知れず涙するのではなく、それを見届けてもらえる心強さを知っているから。 大丈夫。私は大丈夫だ。 ぐしぐしと目元を拭う私を見て、ハンカチを探しながら「やっぱりないや」と肩をすくめて見せる皐月に、少しだけ笑ってしまった。
見上げた空はあの日と同じように憎たらしい程澄み渡っていて。
けれど、あの時と同じように隣に居てくれる人も居る。
秋空切々。
嗚呼、
本日は失恋日和なり。
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