| 二学期もそろそろ終業式が迫った、十二月の半ば。 他学年より一足早く期末試験を終わらせて、やって来ました修学旅行。 これぞ二年生の、いや高校生活最大のイベントっ! 例え行き先が定番中の定番・京都と言えど、気心の知れた友人達との旅行は楽しみなわけで。 しかも、元来のイベント好きな私の性格。 こりゃあもうはしゃぐしかないってゆーか、必然的にそうなるってゆーか、テンションは鰻登りってものだ。 先週まで必死になってテスト勉強をしていたけれど、今となっては遠い過去。 思いっ切り楽しもう! ……と、思っていました。今朝までは。
「うー…だるいぃ…」 旅行二日目の今日。 班別の自由行動日である今日。 市内観光である今日に。 私は宿にてお留守番。ひとり、布団を引っ被ってがらんとした部屋でふて寝している。 イベント好きという子供のような私の性格が、見事に裏目に出たらしい。 出発日の前日は興奮して眠れなかった。 当日になって睡眠不足による体調不良、現地に到着してからの気温の変化で完璧にノックアウト。 昨晩から寝込んでいるというわけ。 普段は自他共に認める程の健康体なのに、悪い事は重なるものだ。 「ちくしょーっ私が何をしたぁ!」 叫んだ傍からごほごほと咳き込む。 こんな情けない姿は少なくとも川瀬には見せられない。 あーぁと一つ大きく息を吐いた時、枕元の携帯がメールの着信を告げた。
─ちゃんと寝てる〜?
見ると、差出人は皐月から。 嫌味か、このやろ。 思いながら、返信せずに携帯を放り投げる。 予定だと今頃皆、金閣寺辺りかなぁ。 木造の天井板の節目ををぼうっと眺めながら、中学の頃に見た金ピカな寺を思い浮かべて。 私、どちらかと言えば銀閣寺みたいな質素な雰囲気の方が好きなんだよね。なんて。 独りごちていると。 静かに静かに襖が開いた。
「あ…起こしちゃった?」
物音を立てないようにそっと部屋へと入って来た人物は、事態が飲み込めずにいる私に申し訳なさそうな声を掛ける。
「笹木〜。茜の様子どう?」
少しの心配りも感じられず、ずかずかと入って来たのは勿論皐月。
「皐月。茜は具合悪いんだから少し静かに、ね?」 「だいじょーぶ、だいじょーぶ、茜だもん」
何を根拠にそう言っているのか、笹木の後ろからひょっこり顔を出した陽子の、静かにする気が微塵もない無遠慮さに呆れる私は閉口して。 ぞろぞろと、次から次へと顔を覗かせるのは現在市内観光中であるはずの我が班員達。
「茜ぇ、大丈夫ー?」 「茜ちゃん、具合は良くなった?」 「そろそろ平気そう?」
郁に比奈、弥生、そして…川瀬。 どうして。 「ほら、抹茶プリン。これなら具合悪くても食べられるんじゃないかなーって」 皐月はそう言うと、持っていた袋から箱を取り出し、その中から一つを差し出した。 「八橋も買って来たけど、消化に悪いかな」 どうだろ?と、陽子が笹木に尋ねている。 無言で川瀬が差し出したレモンティーのパックを、私はごく自然に、あまりにも素直に受け取った。 目の前でお土産を広げ始める友人達を見つめ、 「皆…観光は?」 訝しげに訊ねる私に、 「あー、その事ね。私らさ、中学の時にも修学旅行で京都行ってんの」 八橋を摘みながら陽子はあっさり言った。 それに笹木が頷く。 「皆で話して全員一致で決まったの。一度行った事があるなら行かなくてもいいよね、って。自由時間は好きな場所に行っていいでしょう?だからね──」 「ここってわけ!」 笹木が言い終える前に床を指差しながら皐月が声を上げた。 「だけど、行った事なかったとしても戻って来たよ」 と、郁が言う。 うんうんと大袈裟に首を縦に振る陽子を見ながら、疑問符を浮かべている私に、 「やっぱり茜がいなきゃだめでしょ、あたしら皆揃ってこその班なんだから」 一人でも欠けてちゃ意味ないよ、と。 皐月はにかっと笑った。 だよねー、そう頷き合う友人六人に悪友一人。 …ちくしょう。こいつら。 こみ上げてくる何かが何だか無性に悔しくて、私はがばっと布団に潜った。 「あれー?どうしたの、茜」 「私達、うるさかった?具合、悪化しちゃった?」 「調子に乗って騒ぎ過ぎたかな…」 口々に囁き合う優しい声の数々が、分厚い布団を通してくすぐったく響く。 すると陽子は、 「あぁ、違う違う」 けらけらと笑って。
「感動して泣いてんだよ、きっと」
茶化すように言った。
ぽんぽんと叩かれるのを布団越しに感じながら、 「うるさぁ〜いっ」 私は陽子のその手を内側から蹴っ飛ばし、低く唸った。
…勿論、それは鼻声で。
-Thanks to friend's warm hearts, bring tears to my eyes.-
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