| 愛した人は土の中。
【バイバイ、ハニー】
冬は嫌い、彼女の口癖だ。 何でも、雪の匂いが昔の記憶を喚起させるらしい。 よほど嫌な事でもあったのだろうと、こちらも詳しくは尋ねない。 ふとしたきっかけで不意に何かを思い出す、それは私にも覚えがある事だから。 匂いや場所や季節に、一瞬間の残像が刻まれているのだ。 強く、強く。
いつかはこの時さえも「思い出す」符号の一つとなるのだろうかと、軋むベッドの上できつく彼女を抱きしめた。
髪に残った煙草の香りが鼻に。
くすぐったそうに笑う声が耳に。
滑らかな肌の感触が指先に。
彼女が私に与えてくれる温度が体中に。
「──…真昼」 縋るように出てしまった掠れる声に、応えてくれた微笑みが目に灼きついて。
あぁ、残ってしまう。
それから数年、案の定彼女のすべては私の中に遺っている。 結局最後まで冬嫌いの理由を訊く事ができなかった。
毎年同じ時期に訪れる場所で白い息を吐き出した。 苦笑だったかもしれない。 私もあなたのようなものだ、と。
墓石をそっとなぞる。
それでも冬の記憶は満更ではない。
「私は、冬好きだなぁ」
嫌いだ嫌いだと聞かされていたので、最後まで言えなかった。
寒さをしのぐようにして自然に寄り添う。 互いの距離がいつもよりも近くなるから、そんな風にして真昼と過ごしたこの季節が好きだった。 幸福な記憶だ。 だから冬が来ても、ひとつひとつ蘇る思い出に顔をしかめたりはしない。 たとえ隣にあなたが居なくても。
もう一度墓石をなぞった。 指先から伝わる滑らかな感触は、彼女の肌とは似ても似つかない。 分け合った体温も、もう私には届かない。 あなたにも。
真昼が眠るのはこの足元だと知っているのに、ついつい私は空を見上げてしまう。 見守っているよと言うからには私の事がよく見える場所に居るんじゃないかと思うのだ。 そうして白い息を吐き出して、今日もまた彼女の影を探している。
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