| 寒さが一段と厳しくなっている1月半ば。 外は北風が窓を打ち付けるかのように吹く中、一人の少女が問題集とにらめっこしている。 が、北向きの部屋のため、エアコンでもつけなければやってられない。 問い1の途中で公式はとまったまま、彼女、桜 美咲の思考もストップ中である。
手のひらを こすりあわせて 息を吐く やってられない やめてやる
(おっ? あたしって天才)
先程までうんうん唸りながら考えていた数式はどこへやら、くだらない歌を心の中で詠んで一人自画自賛していた美咲だがー
「ぶっ・・・! なんだよ そのセンスねー歌は!」 「げっ・・・! なっちゃん 聞いてたのっ?」 「いや、聞いてたも何も、人の隣でつぶやいてたら聞くデショ」
そういい、なっちゃんー 高田夏季はカラカラと笑う。
(やだ、てっきり心の中でつぶやいてたつもりだったのに〜・・・)
「今は数学の時間なんですけど、美咲さん? うちのガッコ受かりたいならもっと力いれてやんな〜 美咲が落ちたら私の顔がたたんでしょ」 「・・わかってるよ・・あ、今日は部活いいの?」 「早引けしてきましたよ〜 かわいい美咲のために」 「かっ・・・・!」 美咲のほっぺたに手を添えながら答える夏季に、思わず真っ赤になる。
(バカ、女たらし、ヘンタイ・・・) 決して本人を前にしてはいえないので、心の中だけでつぶやく。
もうどのくらいこの人の放つ言葉、一挙一動にドキドキさせられてきただろうか。 それはもう両手では数え切れないくらい。こうして週に2回、家庭教師をひきうけてくれるようになってからというもの、心臓がわしづかみにされるような想いを何度も味わっている。
現生徒会長、スポーツ万能、秀才、眉目秀麗、人望が厚い 高田夏季を一言で語るとこんな感じだ。 まるで映画から抜け出たヒーローみたいだが、一つ違うところがある。 ヒーローではなく、ヒロインなのだ。
そう、高田夏季はれっきとした女。 中世的な容貌で背も高いせいか、制服を着ていないと今でもたまに男に間違われることがある。 小さな頃から夏季の後にくっついていた美咲。 夏季は彼女にとって憧れの存在だったのだ。
しかし、そんな美咲を快く思わない女子連中からの嫉妬ゆえの罵詈雑言が、次第に二人の間に距離を作ることになる。 もちろん、それは美咲からの一方的なものだったのだが。
「あんた、高田夏季のナニ?」 耳が腐るほど尋ねられた質問に答えるのも決まってるー
「・・・従兄弟です」
そう、高田夏季と桜美咲は従兄弟同士。 その言葉を聞いた彼女らの反応もいつも同じだった。 口にこそ出さないが、視線でわかるというもの。釣り合わないのは百も承知なのだ。
悪意の篭った視線に耐え切れず、置いた距離。 しかしそれがかえって夏季への想いを美咲に気づかせるきっかけへとなり、 よりいっそう彼女を苦しめる結果となった。
一緒にいることで感じた夏季への劣等感 離れることで感じた狂おしいほどの恋慕
どちらも苦しいのは同じだった。 だけど、どうせ苦しいのならば・・・そばにいる苦しみを選ぼう。
「あらっ?夏季ちゃん来てたの〜? いらっしゃいっ!」 ノックもせずに美咲の部屋のドアを開けた母は嬉しそうに声を上げた。 「ちょっとお母さん〜 ノックしてから入ってよ〜」そう抗議の声を上げた彼女を無視してずかずかと部屋へ上がりこむ。
「こんばんは、おばさん。おじゃましてます〜」 「いいえぇ〜 夏季ちゃんなら大歓迎っ! 悪いわねえ、この子の勉強見てもらって・・・あ、でも今日は家庭教師の日だったかしら?」 「いえ、違うんですけど、そろそろ受験も近いし心配になって勝手に押しかけてるんです」 「まぁあああ・・・! 何ていい子なのっ!!夏季ちゃんってば!」
(・・・・ココにも夏季信者が一人) ずずず〜・・・っとお茶を啜りながら母の蕩けそうな顔を横目でちらりと見やる。
夏季ちゃんはすごいわね〜 優等生であんなにかっこいいなんてっ! これも母の常套句だった。若かりし頃、姉(夏季の母)と足繁く宝塚に通っていたことのある彼女からすれば、夏季はもろヒット・・・らしい。
だからこうやって勉強の合間にひょこっと顔を出しては、夏季を褒め称えるのが母の日課となっている。
(私より、絶対かわいがってるよなあ・・・夏季のこと) 夏季と距離を置いたのも、少なからず関係あることは二人には内緒だ。
「ねえ夏季ちゃん。この子急に貴方と同じ学校目指すって言い始めて嬉しかったのは事実なんだけど、大丈夫なのかしら? ちゃんとできてる? あそこは偏差値も高いし・・心配なのよねえ」
前から気になっていたことなのか、珍しく真面目な顔で夏季に問いかけた。決して悪い成績ではないが、飛びぬけていいわけでもない。中の上くらいの美咲の成績では正直星蘭女子は厳しい。それは担任の教師、そして美咲の母親二人の見解だった。 この辺一体でも進学校として知られる星蘭女子へはかなり狭き門なのだ。
「大分成績もあがってますし、大丈夫ですよ。私が合格させますから。」 そのために家庭教師じゃない日にもこうやって勉強をみてくれている。嬉しい反面、なんだかせつなくもあった。 しょせん、従兄弟だからしてくれてることなのだろうと。
夏季にそう言われて安心したのか、母は満面の笑顔で立ち上がり、よろしくねと微笑んだ。 (やっといってくれるか・・・) 母のしゃべりだすと長いのだ。だけど、それも気が済んだのだろう。 そろそろ問題に集中しないと・・・・そう思い直した美咲を一瞥した母の一言。
「私ねえ嬉しいのよ。またこうやって美咲と夏季ちゃんの仲いい姿みられるの。ほら、一時期貴方たち距離を置いてた時あったでしょ? 私さびしくてさびしくて・・・この子のことだから変な劣等感感じたんでしょうけど・・・」
(な、なぜそれを・・・) 背中に嫌な汗をかき始めた娘に母は気づかない。
「だからね?美咲が星蘭女子受けたいって言った時ほんとーに嬉しかったのよ? だから頑張ってちょうだいよっ?」 言いたい事は言ったとばかりに母は背を向けて部屋を去っていく。
(う・・・なんか気まずい・・・) 母が去った後のこの静けさ。彼女が余計な爆弾を残していくものだからなんと言っていいかわからず美咲は混乱する。必死にこの場を取り繕う言葉を探そうとするがあせればあせるほど頭の中は真っ白だ。
「・・・・美咲」 「・・えっ・・!」
下を向いていた顔を驚いてあげれば、目前に迫る夏季の端正な顔。 身体中の血が一気に駆け巡り顔に集まる。身体に力が入って一ミリも自由意志で動かせない。
「・・・私は嬉しいよ。美咲がそばにいてくれて」
数秒の沈黙の後、じゃあ今日はコレでお開きな。 そう言って頭をぽんぽんと叩き、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
「ずるいよ・・・・そんなこと言わないで・・」そんな呟きが思わず漏れた。 だから、私は貴方の事をあきらめられないんだ・・・ いつだって私の前を走ってて。いつだって輝いてて。 夏季の一挙一動に振り回される私は何て滑稽なんだろう。 彼女にとっては何気ない一言でも、美咲にとってはそうではない。
狂おしいほどのこの想いを恋と呼ぶならば 私は同性の夏季に恋をしている。
もう逃げない。正々堂々とこの気持ちに向かい合ってやるんだ。 改めて認めざるを得ない状況に一人決意を新たにする美咲だった。
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