| 「み〜た〜な〜」
何て間の悪いタイミング。 せっかく高いお金を出してまで買ったのに、 飲み終えていないまま捨てるのはなあ…という ある意味やむをえない理由のために 和沙は先ほどの缶紅茶をここまで持ってきたのであった。 貧乏性がこんなカタチで裏目に出るなんて。 間髪を入れずに、背後から杏奈が声をかけてきた。
もうダメだ…
大人しく観念しようにも、和沙の足は まるで地面に吸いついているように動かなかった。 それもそのはず。 和沙が今まで聞いたことのある彼女の声の中で、最も冷淡な声質だったからだ。 振り向かないといけないのだけれども、 振り向くのが怖い。 しかし、次の杏奈の発言は意外なものだった。 「あ、君を見たら思い出した。真澄先輩が探してたよ、あなたのこと」 「えっ?」 とっさの反応とは面白いもので、今度の和沙は躊躇なく振り返った。 予想とは裏腹に、杏奈は大して怒っている様子ではなかった。 「な、何で…?」 「さあ?私もよく知らないけど、もう帰ってしまっているかもしれないけど、 見かけたら温室まで来るように伝えてほしい、って。 先輩にしたら珍しく焦っていた様子だったけど…」 そこまで言い終えた杏奈はニヤツとした笑みを浮かべてこう続けた。 「きっと和沙ちゃんに何か大事な用があったんじゃないかしら?」 「なっ」 自分でもみるみる顔が紅潮していくのが分かる。 「早く行ってあげて、和沙ちゃん」 恥ずかしいのと、杏奈の言葉が後押しになったのとで、 和沙は黙って彼女の横を通り過ぎようとした…のだが 「あ、待って」 またも腕を掴まれ、杏奈に阻まれた。 「ナイショにしててね」 小声でボソッと呟くようにして言った彼女は、 そのまま和沙を見ることなく向こう側の通りへと消えていった。
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