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『私と、付き合って?』
半年前の夏、8月21日。 蝉が五月蠅く鳴いている中、告白された。 ・・・・・クラスメイトの、女の子に。
『・・・・・え?』
夏休みが終わってから行われる学校祭の実行委員になり、 実行委員のメンバーだけで、夏休み中に何度か集まった。 彼女は自分と同じ、学校祭の実行委員のメンバーだった。
クラスは一緒、でもいつも一緒にいる友達ではなく。 1日に何度かは話す仲だったけど、いつもそれだけ。 少し言葉を交わすだけで、一緒にお昼ご飯を食べることも、 休みの日に出かけることもなかった仲でもある。 それが自分と彼女なりの友情で、関係だと思っていた。
彼女―――――百合原琴音は、“美人”と言われる類の人だ。 日焼けなんて全く縁がない白い肌に、真っ黒な墨や闇のような髪。 つけまつげいらずの切れ長の、しかしぱっちりとした二重の黒い目。 程よく脂肪がついた、手足が長く、すらっとしたモデルのような体型。 しかも、容姿だけではなく、その中身も美しい人でもある。 明るく人見知りしない性格で、礼儀正しく、思いやりがあり、努力家。 更に成績優秀で、でも運動は少し苦手で、特に球技は苦手のようだ。 おまけにお嬢様育ちという、大きな大きなおまけまでついている。 まるで、マンガやアニメのヒロインか何かのような人だ。 どう生まれ、どう育てられたらこういう風に育つのか、みんなが不思議がった。 外見も中身も素晴らしい人なんて、そうそういないから。
それに比べて、自分―――――塩崎海は、平々凡々な人間だ。 小さい頃からテニスをやっているので、他の人よりも日焼けしている肌。 テニスの邪魔にならないように、と、楽だという理由でしているボブヘアー。 髪の毛は日光に長時間当たりすぎたためか、少し茶色くなっている。 目は母親に似て茶色っぽいぱっちりとした目で、大きい方じゃないかと思う。 手足には筋肉がついてしまったが、体型は部活のお陰で何とか普通体型だ。 性格はというと、明るいとは思うし、天然だの鈍感だの面白いだのと言われる。 成績はそこそことれているが、勉強より運動の方が断然得意だし、好きだ。 とりあえずは、多くの友達に囲まれ、充実した学校生活を送れている。
そんなある意味正反対のタイプである彼女が、自分のことを好き? 同性で、しかも特別仲がいいわけでもない、この自分を? 訳が分からなくなりそうだった、いや、実際なっていたと思う。 同性に告白されたという衝撃と、彼女が自分を好きなことを知った衝撃と。 いろんな衝撃と驚きで、危うく持っていた書類を落としそうになった。
『ごめんなさい・・・・いきなりだから、驚くわよね』
申し訳なさそうに微笑んだ彼女は、やっぱり綺麗だった。 しかし、そんな顔をされても、自分はどうしたらいいのか分からない。 確かに彼女のことは好きだ、しかし、“クラスメイト”として。 恋愛感情は抱いていないし、抱くはずがないとさえ思っている。 自分が誰か同性を好きになるなんて、全然想像が出来なかった。 だから、混乱していた自分は、なおも彼女と向き合ったまま黙っていた。
『だけど、どうしても伝えたいと思ったの』
『いや・・・・うん、ありがとう。どうしていいか分からないけど』
やっとの思いでそう伝えると、彼女はほっとしたような表情を浮かべた。 きっと、軽蔑されるんじゃないかと、気が気じゃなかったのだろう。 彼女は自分が好きで、普通の異性同士のように、恋人になりたがっている。 しかし、自分は彼女のことをそういう風には思っていない。
『嬉しいけど、だけど私、あな『知ってるわ』・・・・え?』
自分の思いを伝えようとしたのに、途中で遮られてしまった。 ぽかんとしているこちらにふわりと微笑むと、彼女は続けた。
『あなたが私をそういう風に見ていないのは、最初から分かってる』
自分は相手のことが好きなのに、相手は自分のことを好きではない――――― 同性で、クラスメイトで、友達で・・・・・それが2人の間の全て。 異性同士でもないし、お互いがお互いを恋愛対象の範囲に入れている訳でもない。 なのに、相手が自分のことを全く相手にしていないことを承知のうえで。 彼女はこちらに自分の抱えていた思いを打ち明けてくれたのだ。
『でもね・・・・私が恋人としてあなたの隣に立てる日を、諦められないの』
『何度も諦めよう、って思ったわ、だけど諦められなかった・・・・』
『いつもあなたを視界に入れてしまって、あなたのことを考えてしまうのよ』
『しかも女の子同士だもの、もうかなりの確率で叶わない恋だわ』
『それでも・・・・・それでも私は、あなたが好きなの』
彼女の真っ直ぐな思いと言葉は、静かな2人きりの教室に小さく反響した。 真っ直ぐだけど、切なくて、甘くて、温かい、彼女の思い――――― 出来ることなら、それを自分は受け止めて受け入れてあげたかった。 が、今の自分が告白を承諾しても、彼女が喜ばないのは明白なことだ。 彼女はちゃんと、彼女に惚れた自分と付き合いたいと思っているのだ。 そんな、上辺だけの同情じみた感情で付き合うのは、逆に彼女を傷つける。 だからこそ、自分はいい返事も悪い返事も出来ずに突っ立っていた。
『・・・・・ああ、すっきりしたわ、聞いてくれてありがとう』
『・・・・百合原さんは、それで私をどうしたいの?』
『んー・・・・特に考えてなかったわ、思いを伝えることしか考えてなかった』
『普通それから先のことも考えて告白するもんじゃないの?』
『そうかもしれないわね、でもまあとりあえず、私の思いは知っていて欲しくて』
『そっか・・・・すごく嬉しかったよ、百合原さんの思い』
『ありがとう、とりあえず、今よりもっとお近づきになりたいわ!』
そう言うと彼女は、意外と幼く見える満面の笑みを浮かべた。 いつの間にか、真夏の2人きりの教室のカーテンを、かすかな風が揺らしていた。
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