| 彩は少し微笑んでみせた。「ありがとうございます。気を遣っていただいて。婦人科に来るのが初めてで自分でも情けないほど緊張してしまって。」母親のような華やかさはないが、美しく優しい顔をした娘だと思う。長い髪をポニーテールにして姿勢よく座っている。線が細く肩や背中のラインがきゃしゃに見えるが、白い肌はつややかで不健康な印象は受けない。美紀も眩しそうな目で彩を見ている。生理がなくなった事を心配した親が拒食症の娘を連れてくる事がよくあるが、彼女たちのもつ不健康な雰囲気はなかった。ただ寂しそうな、悲しげな瞳をしていると感じた。問診を再開すると彩は質問に小さな声でだが、丁寧にはっきりと答えてくれた。今までも生理不順はあったが3カ月もないのはこれが初めてで、軽い下腹部痛もある事、動悸や胸部の圧迫感などいろいろな症状が出てほとんど外出もできなくなっている事、などをこちらの目を見て話してくれた。「生理がなくなるのにはいろんな原因があるの。婦人科の病気だけが原因じゃないのね。月経は体にとって負担になる生理現象なので体調が悪くなると生理を止めるという体の防御反応がおきると考えてもいい。内科の病気や精神的なストレスが原因で生理がなくなっちゃう事も多いのよね。だから婦人科の診察だけじゃなくて内科の診察とか心療内科のカウンセリングもさせてもらいますね」こう説明すると彩は頷いて「よろしくお願いします」と言ってくれた。緊張していて、羞恥心も強そうな様子なので婦人科の診察は後回しにして、初診日の今日は内科の診察と採血だけをすることにした。婦人科の診察を今日はしない事を告げると、彩は明らかに緊張感を解き、そのあとで申し訳なさそうに「いろいろ気を遣っていただいてありがとうございます。もう大人なのに婦人科の診察を受けると考えただけで、昨日は眠れなかったんです。自分でも情けないぐらい気が弱くて。ごめんなさい。」と頭を下げた。美紀がいつもの笑顔で、彩の肩に手を置き説明してくれた。「ここは女性が女性を診るクリニックで、患者さんの嫌がる事はしないのが先生の方針なの。相談しながら診察や検査をしてくから安心してくださいね。あとお話をよく訊かせてもらうことも大事なの。お話、しにくいこともあると思うけど、できるだけ正直に教えてくださいね。では今から内科の診察と採血をさせてもらうので案内しますね。」そう言うと美紀は彩を診察室の隅にあるカーテンで囲まれた更衣スペースに導いた。「ここで上半身裸になってください。ブラジャーもとってね。バスタオルが置いてあるのでそれを使ってくれていいから。大丈夫?」「はい」とまた少し緊張した表情になり彩がカーテンの中に入った。しばらくして彩がバスタオルを胸に抱いて出てきた。私の前の椅子に座ると美紀が彩の後ろに立ち、「失礼しますね」といってバスタオルを胸から離し肩にのせた。白い乳房が露わになった。私の手にすっぽりと入るぐらいの大きさで、少しとがったきれいな形をしている。乳首はうすいピンク色で斜め上に向いている。彩が呼吸するのに合わせて乳房も前後に不安げに動いている。普段通りに診察を始めた。眼瞼結膜に貧血や黄疸はなく頚部のリンパ節腫大もない。甲状腺の腫大もない。聴診器を胸に当てると痩せているせいか心音が大きく聞こえる。心雑音や不整脈はないが心拍がかなり早くなっている。背中を向いてもらい深呼吸をしてもらう。呼吸音もきれいで問題はない。背中の白い肌に産毛が少しはえている。続いて腹部の触診のためベッドに移動してもらった。両手を胸にあてたままベッドに移った彩に美紀が「あおむけになって、膝を少し曲げて、おなかを楽にしてください。手は体の横においといてね。」と説明する。あおむけになっても乳房はきれいな形のままで呼吸とともに上下に動いている。上腹部に手をあてる。やわらかくて温かい。筋肉はあまり発達していないし脂肪もうすいが肌はつやつやと張っていて、白いが健康的だ。しこりはなく肝臓も腫大していない。下腹部痛があるというので触診の手を上から下へゆっくりと移動させる。ジーンズのベルトをゆるめ手を中に入れようとした時、彩が小さな悲鳴をあげた。手をとめて彩を見るとまた泣きそうな顔になっている。美紀が心配そうに声をかけた。「大丈夫?先生はおなかを触るだけだから力を抜いて楽にしてくださいね。優しい先生だから安心して」「ごめんなさい。私...」彩がなにかを言いかけたが、私はそれを制して今日の診察は終了することにした。「こちらこそごめんなさい。いきなり大事なところに手があたって嫌な思いをさせてしまったみたい。今日はもう終了しますね。でも次はきちんと診察させてもらわないといけないので、がんばってね」彩は「すいません。」と頭を下げると美紀から渡されたバスタオルで胸をおさえ更衣スペースのカーテンの中に入っていった。今の気持ちで診察を続けるのは難しかった。胸が苦しくなり手が震えそうになっていた。更衣スペースの前で彩の着替えを待っている美紀に近づいて、いきなり彼女の手を握りしめた。少し驚いた顔をしただけで、美紀は手を握り返してくれる。いつものように温かく優しい手。美紀の体温を感じることで落ち着くことができた。私は彩の母が祥子だとようやく気が付いて自分でも情けないぐらいに動揺していた。なぜすぐに気が付かなかったのだろう。私が祥子と過ごした夏からもう20年と少しの時間が流れてしまっている。祥子は今も美しい。スタイル抜群で生き生きとし、男女を問わず人を引き付ける魅力があるようにみえる。でも20年前私が見つめていた祥子は少し違っていた。だからはじめは分からなかった。きれいで魅力的な年上の女性としか思わなかった。それが彩の裸体を見た時、白い乳房を見た時、白い背中の産毛を見た時、思い出してしまった。裸の彩は20年前私が憧れ、恋をした祥子とそっくりだった。
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