| 二月ともなると、学期末試験の為に部活動に励む生徒の姿はなく、ましてや三年生が自由登校であるせいか、放課後の校内は実に閑散としたものだ。 職員会議が終わった私は、荷物を取りに保健室へと向かう。 もう業務はおしまい、あとは保健室を閉めて帰るだけ。 がらんとした廊下を歩く。 ひやりとした空気に時折身震いしながら、会議に出掛ける前に保健室の暖房を消さなければ良かったと今更ながら悔いる。 ようやく保健室へ辿り着いた頃には、体の芯はすっかり冷えきっていた。 大した距離でもなかったけれど、これだから冬場の気温を舐めてはいけない。 さぞかしこの中は冷え込んでいるだろうと覚悟を決め、保健室の扉に手を掛けた。
流れてきたのは予想を裏切る暖かな空気。
点けられた蛍光灯。
カップから立ち上る湯気。
それを啜る音。
私の視線の先には──
「先生、紅茶の趣味変わった?」
我が物顔でソファーを陣取る栗色の毛並みの野良猫一匹。
私は呆れるよりも、溜め息をつくよりも、
「…保健室のものを勝手に飲まないでって、いつも言ってるでしょう?──…高屋さん」 声が掠れぬようにそう言うのが精一杯だった。
彼女はそれをさらりと無視して。
「迎えに来たよ、先生」 にやりと笑った。
あの時の呟きは。 あの時の言葉は。
『迎えに行くからね、きっと』
彼女の髪はすっかりと伸びて、私が見惚れたいつかのように綺麗な栗色が長くたなびき。
悪戯めいた笑みは変わらず。
けれど、顔付きは大人のそれで。
「あの時は力がなかったけど。こんなに待ったんだ。今度はさらうよ?」
にっと、口角を上げた。
私達は─ さよならも告げずに、 さよならも聞かずに。
そこには始まりも終わりもなかった。
それじゃあ…この先には?
今度はその手を──取れるだろうか。
─Please,Let me hear…You love me?─
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