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Nomal 色恋沙汰 /琉 (07/06/07(Thu) 16:03) #19228
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■19228 / 親階層)  色恋沙汰
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2007/06/07(Thu) 16:03:39)
    もしも人生をやり直せるとしたら、私は高校生に戻りたい。

    二度として出会えない、あなたに逢えたから…
[ □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 19228 ] / 返信無し
■19239 / 1階層)  第一章 さくらいろ (1)
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2007/06/09(Sat) 16:40:32)

    私にとって恋とは、絶対的な憧れだった。

    理想に忠実な人物像を探し求めているわけではない。
    だからもちろん、好きになれないところもある。
    ただ、どうしても気がつけば目で追ってしまう。
    側に居ると妙に気にかけてしまう。
    その人の言うことは何故か素直にきいてしまう。
    そんなことの繰り返しで私はようやく気づいたんだ。
    ああ、これは恋なんだって。
    …一目惚れなんてありえないと思っていたのに。


    それは、桜の蕾が少しずつ開きはじめた四月のことだった。
    ハアッハアッハアッ…
    今年から高校生になる澤崎和沙は、とても焦っていた。
    入学式があるというのにあわや遅刻しそうだったからだ。
    だが別に、寝坊したとか電車を乗り過ごしてしまったとか
    そういう失態のせいではない。
    和沙は自分が入学する学校の広さを読み違えていた。

    地方都市の郊外にある百合園女子中学高等学校は、
    中高一貫性の私立女子校で、いわゆる金持ちのご令嬢が通うお嬢様学校。
    平成になって出来たわりと新しい学校だが、
    すでに有名大学に何人も卒業生を輩出している進学校である。
    お嬢様学校でありながらも独自のカリキュラムを導入して、
    文武両道を重んじ、現代で活躍する女性の育成に力を入れている。
    新鋭産業の経営者だけでなく、噂を聞きつけた老舗大企業の社長までが
    娘をこぞって入れたがる、名門校だった。

    和沙はここに特待生として入学する。
    百合園女子高では、特別入試で選抜された若干名の優秀な学生に、
    入学金を含めた学費免除という特例措置をもうけている。
    ごく普通の一般家庭で生まれ育った和沙が入学できたのも
    そういう理由によるものだ。
    しかし、いくら特待生とはいえ初日から遅刻というのはまずい。
    加えて和沙は入学式で新入生代表挨拶を担当することになっていた。

[ 親 19228 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 19228 ] / ▼[ 21603 ]
■19240 / 1階層)  第一章 さくらいろ (2)
□投稿者/ 琉 一般♪(3回)-(2007/06/09(Sat) 17:12:27)
    公立学校とは桁違いの額の授業料がかかることもあってか、
    校内の敷地はやたらと広い。
    おまけに校舎は全て新しく、様々な最新設備が整っている。
    まさに贅を尽くした学校だった。
    和沙は、どうやら学内専用の大庭園に迷いこんだらしかった。
    校門をくぐってからもう二十分以上は歩き続けている。
    「ハア〜。ここどこよ…」
    和沙は内心、想像していた規模をはるかに超えた敷地面積に
    うんざりしながら誰か道を教えてくれる人を探していた。

    百合園女子の大庭園とは、中学校舎から高校校舎に向かう途中にある。
    「大」とつくからにはそれなりに大きいわけで、
    広さだけだとちょっとした森のようだった。
    ここでは、四季折々楽しめるほど多くの植物が栽培されている。
    中でも、薔薇・椿・もみじの三種類の小庭園はそれぞれで独立していて、
    それらを三角形につなぐ通りもまた桜・イチョウ・紫陽花のみが続く
    並木道として生徒たちの憩いの場になっていた。

    ほんの一瞬の出来事だった。
    突然強い風が吹いて、和沙の眼には小さなゴミが入り視界を阻んだ。
    「痛っい…もう最悪」
    それまでの苛立ちもあって、乱暴に眼をごしごしと擦ってから瞼を開けた
    次の瞬間、徐々に明るく見えてくる視界には信じられないものが映った。
    「…女神?」
    和沙は思わずそう呟いた。
    いや、そう思わずにはいられなかったのだ。
    すらりと伸びた長い手足に、端正な顔立ち。
    緩やかなウエーブを描く色素の薄い髪になめらかな白い肌。
    半端ではない美人だということは遠目からもよく分かった。
    まばゆいばかりの朝日が色白な肌をさらに白くさせ、
    辺りを舞い散る桜の花びらがあまりに幻想的で、
    少し離れたベンチで眠るその女性はさながら女神のようだった。
    息をのむ美しさというのは、こういうことをいうのだろうか。
    早く道を尋ねないといけないことも忘れて、
    和沙はその場でただただ見とれていた。

[ 親 19228 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 19240 ] / 返信無し
■21603 / 2階層)  Re[2]: 第一章 さくらいろ (2)
□投稿者/ アジア 一般♪(1回)-(2012/08/26(Sun) 15:14:44)
[ 親 19228 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 19228 ] / 返信無し
■19241 / 1階層)  第一章 さくらいろ (3)
□投稿者/ 琉 一般♪(4回)-(2007/06/09(Sat) 17:35:39)
    ピリリリリリ…

    しばらくの間、動けずにいた和沙だったが、
    やがて携帯電話の着信音で我に返った。
    「はい、もしもし…」
    それは、なかなか来ない和沙を心配した入学式の運営担当の
    教師からの催促の電話だった。
    「はい、すみません。それじゃあこれから向かいます」
    和沙は、自分の状況を説明して道を教えてもらい、
    すぐに向かうことを伝えて電話を切った。
    静寂の空間に突如としてベルが鳴ったので、
    思いのほか響いてしまった。

    起こしてしまったかな…?

    和沙はもう一度、さっきのベンチを覗こうとした…その時。
    「ねぇ、あなた」
    「うわっ」
    背後から急に肩をつかまれたので、和沙は驚いた。
    振り向くと、そこには例の女神が立っていた。

    いつの間に…

    遠くから見ていた時には気づかなかったが、同じ百合園高校の
    制服を着ている。
    しかも、ブレザーの胸元にある学年カラーは白…

    白って何年生だっけ?

    和沙は、自分の一年生カラーが臙脂であることはもちろん知っていたが、
    二年生や三年生のカラーが何色だったかは忘れていた。
    とりあえず、臙脂でないことから上級生であることは間違いない。
    近くで見ると、本当に綺麗な人だった。
    和沙にはさっきにも増して、一際輝いて映った。

    ああ、きっと人望厚い素晴らしい先輩なんだろうな…

    ところが、その上級生は笑顔のまま続けてこう言った。
    「お急ぎのところ申し訳ないのだけど、校内のこの辺りでは
    携帯電話はマナーモードにしてくださらないかしら?
    私、この時間は朝の礼拝をする時間と決めているの」
    「…はい?」
    「はっきり言って、迷惑なの」
    瞬間、和沙は固まってしまった。

    なんか、性格悪い…かも
[ 親 19228 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 19228 ] / 返信無し
■19242 / 1階層)  第一章 さくらいろ (4)
□投稿者/ 琉 一般♪(5回)-(2007/06/09(Sat) 17:55:57)
    「あなた、新入生?」
    「はい。外部受験生なので、迷ってしまって…」
    「そのようね…」
    和沙は一刻も早くその場を立ち去りたくて、
    挨拶もそこそこにお辞儀をしてさっさと体育館へ向かおうとした。

    「待って」
    再び彼女は和沙の手首を掴んで呼び止めた。
    「何ですか…?」
    「良いわ。案内してあげる」
    「は?」
    「いいから、いらっしゃい」
    そう言って、彼女は掴んだ手首にさらに力を入れて
    勢いよく歩いていった。

    彼女が何者なのか、和沙には全く分からなかった。
    手がかりは学年カラーが白色の上級生であることだけ。
    そして、和沙がこれまでに見たこともないくらい綺麗な
    とても美しい女性であることだけだった。
    斜め後ろから覗かせる彼女の横顔は、
    やっぱり綺麗で凛としていて女神様のようだった。

    しばらく歩くと、だんだん入試を受ける時に見たような建物が
    ちらほら見えてきた。
    「ほら、そこの角を曲がると第一体育館よ」
    にっこり笑って、彼女はようやく手を離してくれた。
    「あ、ありがとうございました」
    「良いのよ。貸し一つと思えば」
    悪意はないのだろうけど、やっぱり手厳しい彼女の笑顔に
    見送られながら、和沙は急いで入学式の会場へ向かった。
[ 親 19228 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 19228 ] / 返信無し
■19243 / 1階層)  第一章 さくらいろ (5)
□投稿者/ 琉 一般♪(6回)-(2007/06/09(Sat) 18:24:50)
    「遅いっ」
    「申し訳ありません!」
    鬼のような形相で出迎えた教師にひたすら頭を下げ、
    和沙は入学式のリハーサルに臨んだ。
    新入生代表挨拶は学年主席が行い、次席はその補佐をすることになっている。
    ということは…ここにはもう一人同じ一年生が同席していることになる。

    「あ、あの隣に座っても良いですか…?」
    和沙が訊ねるとその生徒は、一瞥し興味なさそうに答えた。
    「どうぞ」
    「あ…失礼します」
    同い年のはずなのに、何でこんなにおどおどしているのだと
    和沙は自分で自分に突っ込みを入れていた。
    しかし…隣の彼女、最初は不機嫌なのかと思いきや、
    どうやら違うらしいと理解するまでにはさほど時間はかからなかった。
    リハーサルはまだ始まったばかりだというのに、
    彼女はもう眠たそうに欠伸をしていた。
    「氷田さん、お行儀が悪いですよ!」
    側を通った教師に注意され、隣の彼女はしぶしぶ姿勢を正した。

    ヒダさんっていうんだ…

    和沙はほんの少し興味がわいたので、声をかけてみた。
    「あの…同じ一年A組だよね?私、澤崎和沙。よろしく!」
    「んあ?…ああ、よろしく。私は氷田希実」
    「私は外部受験生なんだけど、氷田さんもそうなの?」
    「そうだよ〜。澤崎さんと同じ特待生」

    …アレ?

    百合園高校の主席は、必ずしも特待生とは限らない。
    それだけこの学校はレベルが高いのだ。
    だからこそ、和沙は疑問に思った。
    「え…?何で特待生って…」
    「だって有名じゃん。今年度の入試をダントツのトップで
    合格した秀才でしょ?この学校の生徒だったら誰でも知っているって」
    「そんな…秀才だなんてとんでもない…」
    「ハハハ。澤崎さんは謙遜なんだねぇ」

    褒められて悪い気はしないが、和沙は秀才と呼ばれることが
    むず痒くて仕方なかった。
    確かに和沙は中学の頃から常に席次は一位であり、
    その成績は他の追随を許さないほどだったが、
    それは決して天才肌をいうわけではなく、
    これまでの成績は努力によって培ったものだった。
    だから和沙からしたら、一生懸命努力して
    今の成績を何とか維持している自分などよりも、
    勉強は特にしなかったという希実みたいなタイプこそが
    秀才にふさわしい感じがした。
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■19244 / 1階層)  第一章 さくらいろ (6)
□投稿者/ 琉 一般♪(7回)-(2007/06/09(Sat) 18:42:09)
    リハーサルは簡単な説明と挨拶の予行練習だけで済んだ。
    式典が始まるまでにはまだもう少し時間があるため、
    和沙と希実は一度教室に戻って控えているよう指示された。
    A組の教室には、もうかなりの数の生徒が登校していた。
    彼女たちのほとんどが附属中学からの持ち上がりだろうか。
    早速、仲間内でグループを作ってはおしゃべりに興じていた。
    和沙は特にすることもないので、一人で自分の席に座って
    読みかけの文庫を開いた。

    「それで今日は生徒会長が挨拶をなさるってもっぱらの噂ですわ」
    「まぁ!それでは高柳会長が?」
    「それだけではなく、今日は二階堂副会長もご列席なさるとか…」
    キャーッ!!!
    興奮した少女たちは、歓喜の声をあげた。
    少し離れた和沙の席ですら、その声は響いた。

    生徒会長…?

    そういえば、リハーサルの時は見なかった…ような気がする。
    うろ覚えだが、確か代理の人が済ませていたはずだ。
    しかし、このクラスメイトたちのはしゃぎよう。
    これは相当人気のある会長なのだろうことは容易に想像できる。
    これだけの盛り上がりは女子校ならではの相乗効果か。
    現生徒会長がどんな人であるかは知らないが、
    だからといって和沙は特に興味も湧かなかった。
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■19291 / 1階層)  第一章 さくらいろ (7)
□投稿者/ 琉 一般♪(8回)-(2007/06/20(Wed) 09:30:47)
    まもなく入場する時間が近づいてきたので、
    和沙たちは廊下に整列して胸飾りのコサージュを
    係の上級生につけてもらっていた。
    「はい、出来ました。今日は代表挨拶、頑張ってね」
    和沙につけてくれた先輩は、そう言うとにっこりと微笑んだ。
    ここでもやっぱり、和沙は有名人のようだった。
    「ありがとうございます。頑張ります」
    返事をした和沙の目には、無意識のうちにその人の学年カラーが映った。

    紺、か…

    何年生なのだろう、と思いながらふと隣の希実に目をやると、
    彼女にコサージュをつけている先輩の学年カラーは黒だった。

    え…?

    これはどういうことだろう。
    今朝見た女性は白、自分たちは臙脂、さっきの先輩は紺、
    そして今隣にいる先輩は黒…
    高校は三年間しかないはずなのに、学年カラーは何故か四色。

    特待生カラーがあるとか…?
    いやいや、それでは自分は臙脂であるはずがない。

    …どうなっているの!?

    入学早々、和沙には謎ができた。
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■19292 / 1階層)  第一章 さくらいろ (8)
□投稿者/ 琉 一般♪(9回)-(2007/06/20(Wed) 09:50:36)
    入学式は滞りなく行なわれた。
    リハーサルで挨拶していた時には緊張した和沙だったが、
    本番は自分でも驚くほど冷静にこなすことができた。
    たぶん、直前に緊張で震える和沙の手を
    希実がそっと握って目配せしてくれたおかげだ。
    彼女は、一見マイペースでやりたい放題のように思われがちだが、
    芯はとても繊細で優しい性格なのかもしれない。

    新入生の挨拶の後は、在校生の出番である。
    「続きまして、在校生代表挨拶。
    百合園女子高等学校生徒会長、高柳真澄」
    「はい」

    ああ、さっき見かけなかった生徒会長とやらか…

    知らない名前だったが、噂の生徒会長を一目拝んでおこうと和沙は顔を上げた。

    …!!

    壇上で雄弁を振るう姿には見覚えがあった。
    ふと目をやると、列席している副会長の胸元も白色をしていた。

    『白』は生徒会役員カラーだったんだ!

    和沙が女神だと思った彼女は、学園の女王だった。



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■19293 / 1階層)  第一章 さくらいろ (9)
□投稿者/ 琉 一般♪(10回)-(2007/06/21(Thu) 00:31:15)
    初日ということもあり、校内の説明はあっさりとしたもので、
    午前中に学校は終わった。
    「さようなら、澤崎さん」
    「さようなら」
    和沙は女ばかりの環境に馴染めるか、お嬢様学校で浮いていないか
    心配だったが、こうやって挨拶を交わす程度の友達は出来た。
    希実に至っては、もうすっかりお互いの名前を呼び捨てにしている。
    もっとも、和沙の場合は代表で挨拶をした有名人というところが大きかった。

    「ねぇ、澤崎さん。ちょっとよろしいかしら?」
    「ええ。何でしょう?」
    下校時間だというのに、和沙はさっきからひっきりなしに
    呼び止められていた。
    「澤崎さんは、どの部活動に入るかもうお決めになったの?」
    「…え?」
    「いえ。もしまだ決めかねていらっしゃるなら、
    私たちと見学にまいりません?」
    「はあ…」
    和沙はもともと部活に入るつもりはなかった。
    一応特待生として入学していることもあり、
    高校生活は勉強一筋でいくつもりだったのだ。
    でも、百合園は部活動が盛んなことは知っていたし、
    強制ではないものの特に所属している委員会がなければ
    普通は何かしらの部活に入部する者が圧倒的だった。

    「和沙、呼び出しだって」
    どうやって断ろうかと迷っている和沙に
    こっそり呼び声がかかったのはその時だった。
    面倒臭そうに取り次いだのが希実だったからか、
    さしずめ委員会か何かの勧誘だろう、と
    和沙は誰に呼ばれたかはさほど気にしてなかった。



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■19294 / 1階層)  第一章 さくらいろ (10)
□投稿者/ 琉 一般♪(11回)-(2007/06/21(Thu) 01:17:08)
    「ごきげんよう、澤崎和沙さん」
    うっすらとした微笑を浮かべながら廊下に立っていたのは、
    先ほど挨拶をしていた高柳真澄生徒会長だった。
    真澄の姿を認めた他のクラスメイトはどよめき、
    教室の外だというのにその声はとてもよく聞こえた。

    忘れていたけど、この人は人気会長サマだっけ…

    「お呼び出しして悪いわね」
    言葉とは反対に、真澄はちっとも悪そびれているようには見えなかった。
    「何か…ご用でしょうか?」
    朝のこともある手前、ついつい嫌味っぽい言い方をしてしまう。
    「ええ、忘れ物を届けに来たの。あなた、
    今朝急いでいてハンカチを落としたようだから」
    「え…」
    差し出された白いハンカチは紛れもなく和沙のものだった。
    「あ、ありがとうございます」

    わざわざ届けに来てくれたのか…

    和沙は見直して素直にハンカチを受け取ろうと手を伸ばしたが、
    何故かその手は空振りした。
    「今朝の借りを覚えていて?」
    「…はい?」

    まただ…

    和沙はこのニヤリとした大胆不敵な笑みに見覚えがあった。
    しかも、こんな時は決まって悪い予感がする。
    「まさか忘れたとは言わせないわよ?」
    「はあ…」
    威圧感たっぷりの詰問は、まさに女王のようだ。
    彼女が一瞬でも女神のように映ったのは、
    どうやら和沙の勘違いだったらしい。
    「そうね…あなた、生徒会を手伝ってもらえないかしら?」
    「えぇっ!?私がですか?」
    「そう。今ちょうど人手が足りなかったのよ。
    どうせ、あなたはまだ部活動には入っていないんでしょう?」

    ええ、入っていませんが、ナニカ?

    和沙は思わず心の中で悪態をついた。
    そうでもしないとやっていられないのだ。
    だって結局、歯切れの悪い返事をしているうちに、
    真澄は和沙の手をとり生徒会室に引っ張っていってしまったのだから。

    前言撤回!やっぱりこの人、大っ嫌い!
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▲[ 19228 ] / ▼[ 19307 ]
■19298 / 1階層)  NO TITLE
□投稿者/ hiro 一般♪(1回)-(2007/06/21(Thu) 14:00:20)
    早く続きがみたいです(=゜ω゜)ノ

    (携帯)
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▲[ 19298 ] / 返信無し
■19307 / 2階層)   NO TITLE
□投稿者/ ねね 一般♪(1回)-(2007/06/23(Sat) 02:59:50)
    いいですねー★
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■19303 / 1階層)  hiro様
□投稿者/ 琉 一般♪(12回)-(2007/06/22(Fri) 10:45:10)
    初めまして。
    ご期待にそえるように、なるべく早めの更新を頑張ります!
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■19304 / 1階層)  第一章 さくらいろ (11)
□投稿者/ 琉 一般♪(13回)-(2007/06/22(Fri) 11:27:56)
    お嬢様学校の生徒会室というのは、こんなにも豪華なものなのだろうか…

    和沙はぼんやりとそんなことを考えていた。
    もちろん、この学校自体もとてもお金をかけて建てられた印象は随所で感じる。
    しかし、この部屋は壁紙や内装がまるで外とは別世界のようだった。

    ちょっと優遇されすぎなのでは…?

    「なぁに〜?そんなに珍しいかしら?」
    和沙があまりにもキョロキョロしているからか、
    真澄はそう声をかけた。
    同時に、おそらく上級生らしき役員の人が和沙の目の前に
    淹れたての紅茶と焼きたてのパウンドケーキを差し出した。
    「あ…恐れ入ります」
    そう。
    忘れていたけど和沙はまさに檻に入れられた子猫。
    果たして先に居たのはライオンかネズミか。
    ここでは慎重に対応しないと今後の学園生活に大きく関わりそうだ。

    「単刀直入に言うけど、澤崎さん。あなた生徒会候補生にならない?」
    「…は?」
    さっきもそんなことを口走っていたけど…この人は何を言っているのだ。
    きょとんとした和沙には目もくれないで、
    真澄は延々と自分の話を続けた。
    彼女が言うには、今年の生徒会役員はみな例年に比べてとても人数が少なく、
    会長職はともかくとして、書記や会計などの役職までも
    それぞれ一人ずつの…計四人しかいないらしい。
    そこで外部から手伝ってくれる人材を登用する必要があるのだが、
    会長である真澄は自分が気に入った人物でなければイヤ、と
    つまりはそういうことらしい。

    …おいおい、それって違うんじゃない?

    和沙は思わず心の中でツッコミを入れた。
    人手が欲しいのは分かったけど、自分が気に入らない人間はイヤって
    単なる我が侭ではないか。
    無関係の和沙を引っ張ってくるよりも先に、
    そっちのを我慢すれば解決する問題ではないのか。
    こんな独断的なやり方、他の役員は到底納得しているとは思えない。
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■19310 / 1階層)  ねね様
□投稿者/ 琉 一般♪(14回)-(2007/06/23(Sat) 05:37:09)
    初めまして。
    ものすごい長編ですが、よろしければどうかこれからもお付き合いください。
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■19312 / 1階層)  第一章 さくらいろ (12)
□投稿者/ 琉 一般♪(15回)-(2007/06/23(Sat) 06:06:48)
    「生徒会役員候補生っていうのはね…」
    いろいろな思考を巡らせて和沙がそういう結論に達したと同時に、
    横から声がかかった。
    「毎年、一・二年生を対象として選抜するんだけど…
    その方法には二種類あるんだ」
    ダージリンのストレートを優雅に飲みながら
    話す彼女は…確か生徒会副会長の二階堂斎。
    クラスメイトが噂していたもう一人、である。
    斎は、女性にしてはとても背が高く、男性の平均身長よりも若干高いほどだ。
    もっともこの学校の場合、平均して身長が高い生徒が多いから
    世間一般では標準くらいである和沙は小さい方らしいが、
    それでもこの人は他を超越している。
    加えて、短い髪に彫りの深い顔立ち…ときたら女子校では
    憧れの的になるのも無理はない。
    ボーイッシュな出で立ちの彼女は、紛れもなく学園の王子様だった。

    しかし、こういうルックスの人も本当に居るんだ…

    女子校に免疫がない和沙にとって、百合園の校風というのは
    イメージでしかなかったわけだが、それでもこういう王子様って
    一人は存在するものなのかな、と思っていた。
    「四月に役員が直接申し込むか、五月の選抜会で選ばれるかの
    二通りあるわけだけど…今年は来月まで待っている余裕がなくてね」
    斎の話はまだ続いているけど、和沙には云おうとしていることが
    だいたい理解できた。
    けれど、どうにも納得はできない。
    「それなら、別に私以外でも…」
    和沙が渋っていると、真澄が口をはさむ。
    「だから、それじゃダメなのよ。
    あなたみたいな性格の子じゃないと」
    そう言われても褒められている気がしない。
    むしろ性格ブスを裏づけされているような…
    でも、確かに。
    斎以外の生徒会役員にしても、メンバーはとても華やかな人たちだった。

    もしかしたら、百合園の生徒会は学園のスターが結集しているのかもしれない…

    生徒会候補生として手伝いを公募すれば、間違いなくパニックになる。
    役員の人たちは、本人に自覚がなくともミーハー癖のある生徒を
    候補生として迎えるといろいろと支障が出るため、
    どうにかそれを阻止したいと考えているようだった。
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■19317 / 1階層)  おぉ
□投稿者/ 肉食うさぎ 一般♪(1回)-(2007/06/24(Sun) 10:01:11)
    面白いです。
    おもわず一気に読んでしまった
    お金持ちの女子校というシチュエーションがすごくわくわくします(´∀`)
    いろいろ先を妄想してニヤニヤしてしまいますね(´Д`*)

    頑張って下さい!

    (携帯)
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■19327 / 1階層)  肉食うさぎ様
□投稿者/ 琉 一般♪(16回)-(2007/06/25(Mon) 05:27:13)
    初めまして。
    面白いと言っていただき、とても嬉しいです。
    いろんな意味でベタな設定かと迷いましたが、
    内容で返上していきたいです。

    コミカルに時にはシリアスに…これから展開していく予定なので、
    よろしければどうかお付き合いください。

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▲[ 19228 ] / 返信無し
■19328 / 1階層)  第一章 さくらいろ (13)
□投稿者/ 琉 一般♪(17回)-(2007/06/25(Mon) 06:12:33)
    「じゃ、また明日いらっしゃい」
    「気をつけて帰るのよ」
    畏れ多くも、生徒会役員が総出で見送ってくれた。

    …あの後、ひとしきり役員候補生について説明された和沙は、
    反論をとなえることもできず勝手にリストに組み込まれていた。
    今年度の役員は、みんな仕事がデキル有能な人材なのだろう。
    作業をこなすスピードが速い、速い。
    和沙の抗議など取り合うことなく、どんどん次の仕事へと移っていった。
    すっかり置いていきぼりにされた和沙は、一人ぽつんとすることもなく、
    時計の針が三時半を告げていたので帰宅することにしたのだった。

    他の役員が笑顔で口々に声をかける中、
    真澄だけは腕組みして無言でこちらを見ていた。

    な、なに…?

    よく喋る印象の人が急に黙り込んだら、
    不気味に思うのは自分だけではないはずだ。
    何を勘違いしたか、斎は二人だけで話したいことがあると思ったらしく、
    役員を引きつれて部屋の中に戻ってしまった。
    しかし、それは和沙の不安を募らせるだけだった。
    廊下に居るのはすでに和沙と真澄だけ。
    聞こえてくるのは、吹奏楽部の音色と運動部のかけ声。
    …何とも居心地が悪い空間である。

    「あ、あの…」
    私はこれで失礼します、と和沙が続けようとした瞬間…
    急に真澄がこちら側に歩きはじめた。
    もう少しのところでぶつかる…という距離まで接近した彼女は、
    和沙の顔を覗き見るようにしてからこう言った。
    「可愛らしいわね…」

    …なにが?

    そう返そうとする間もなく、和沙はすぐに答えを知ることになった。
    「クマさんのパンツ」
    「…なっ!?」
    こっそりと耳打ちして囁いた真澄は、ヒラヒラと手を振り、
    あっという間に扉の向こうへと消えていった。
    一方で和沙はというと…過去最悪な間抜け面をして
    未だ動けずに佇んでいた。

    まさか…
    まさか、朝に見られていたなんて!
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■19329 / 1階層)  第一章 さくらいろ (14)
□投稿者/ 琉 一般♪(18回)-(2007/06/25(Mon) 07:00:57)
    「今日は風が強いようだから、制服のスカートには気をつけるのよ」

    出かける前に、和沙の母は確かにそう言っていた。
    しかし、和沙がそのことを思い出したのは、もう帰宅した後だった。

    うぅ…なんで今日に限ってあんな柄…

    高校生にもなって、母親が買ってきた服や下着ばかり着ている和沙も和沙だが、
    これまで勉強漬けだった人生では仕方がない。
    けれど、さすがに今どきの女子高生で子供用のマスコットやキャラクターが
    プリントされた下着を愛用している人は少数だということは和沙も認識していた。
    だが、今回はあまりにも相手が悪かった。
    真澄は…今朝和沙と鉢合わせした時にでも偶然目に入ったのかもしれない。
    おそらく、彼女の性格からこの弱みにつけこんでくるだろうことは
    充分に想像できる。

    疲れた…

    和沙は今日一日がとても長く感じられた。
    本来なら入学式が終わったらさっさと帰るつもりだったから、
    そんなに疲れるはずはないのだが。
    気分的には体育祭やマラソン大会などでも終わったかのような
    倦怠感でいっぱいだった。

    和沙は、明日の準備をしてから今夜はもう早めに寝ることにした。
    鞄の中身を整理しているうちに、
    学年カラーについての説明用紙が目に飛びこんできた。
    どうやら二年生が紺で、三年生が黒だったらしい。
    「あ」
    注記とされているので危うく見落としてしまいそうだったが、
    それは下の方に確かに小さく記されていた。
    『なお、生徒会役員はこれとは別に白色を着用する。
    生徒会役員候補生に選抜された者も同様である』
    今朝には知らなかったが故の悲劇。

    なんだって、昨日確認しなかったのか…

    真澄が生徒会関係者だって知っていたら…あまり関わりたくないから、
    少なくともあのような行動はとらなかったはずなのに

    なんだって、今朝道を間違えたのか…

    入試の際には、他にも志願者が居たため送迎車で校内に入ったが、
    その窓から確認しておけば闇雲に迷うこともなかったのに
    和沙の心には、後からあとから後悔の念が押しよせてくる。

    とにかく…今日はもう寝よう

    布団の中に入っても、和沙の胸の内が晴れることはなかった。
    しばらくは、悶々と今日あった出来事を回想していた。
    ふと、目に映るのは…明日着ていく予定の下着。

    ハア…

    思わぬアクシデントもかさなり、
    口からこぼれるため息はより一層深いものになった。
    和沙は重苦しいため息を数回ついた後、
    今度からは自分で買い物に行こうと決意した。
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■19331 / 1階層)  第一章 さくらいろ (15)
□投稿者/ 琉 一般♪(19回)-(2007/06/25(Mon) 09:15:04)
    翌日、登校した和沙を待ち受けていたのは、
    同級生からの真相の追究だった。
    昨日の放課後、教室に残っていたクラスメイトには
    見られていたから、そこから一気に伝わったのだろう。
    「どうなっているの?澤崎さん」
    挨拶もなしに顔を見るやいなやこの質問である。
    「どうって…別に何も…」
    どうなっているかなんて、和沙にだってうまく説明できない。
    昨日は、訳も分からず生徒会室に引きずりこまれたので、
    和沙はどちらかというと被害者の立場なのだが。
    「だって、生徒会長が直々にお迎えにあがるなんて…」
    そう言いながら、一同はみな顔を赤く染める。

    あのう、もしもし?
    …だめだ。イッちゃってるよ、この人たち。

    「そ、そんなにすごい人なの…?」
    和沙の口からは思わずそんな言葉がこぼれたが、
    それは逆に、火に油を注ぐ結果になってしまったらしい。
    「すごいなんてもんじゃないわ!
    今年度の生徒会長、高柳真澄先輩といえば…
    お父様はお医者さまでありながら、医療系メーカー産業の
    トップシェアを誇る大企業経営者でいらっしゃるの。
    その高柳家のご令嬢でありながら、品行方正、博学多才、
    スポーツ万能、それに加えてあの美貌!
    あの方は全校生徒の憧れですわ」
    息継ぎしないで、こんなに長い説明をよく言えるものだと感心する。
    でもやっぱり、興奮しすぎて息を荒げていた。

    しかしねぇ…さらに性格極悪という肩書きもあるんだけど…

    こればかりは『知らぬが仏』である。
    和沙だってできれば知りたくなかった。
    しかし、昨日の一件だけでこの調子だと、
    あったことを馬鹿正直に話したらどんな目に遭うのか。
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■19332 / 1階層)  第一章 さくらいろ (16)
□投稿者/ 琉 一般♪(20回)-(2007/06/25(Mon) 14:16:19)
    「今年の生徒会候補生は、どなたが選ばれるのかしら?」
    クラスメイトは、早くも違う話題に夢中だ。
    これでやっとひと安心…とも言っていられない話題である。
    『生徒会役員候補生』

    嫌な響きだ…

    昨日の放課後、まさに指名された自分。
    いや、指名というより実際は押し付けもとい強制に近いが。
    「噂では、今年は五月の選抜会はやらないそうよ」
    「まあ!私、来月はぜひとも立候補するつもりでいましたのに…」
    「あら、私だって…」
    彼女たちは心底残念そうな顔をしている。
    確かに、斎の話だと来月まで待っている余裕がないのは本当らしい。
    また、彼女の説明によると百合園高校生徒会というのは、
    学校の創立当初から学園の中枢母体に位置づけられ、
    役員に就任することはこの上ない名誉なことだという。
    生徒会の歴代役員だけが参加できる同窓会も開催され、
    まだ歴史の浅い学校ということもあってか、
    輝かしい実績を持つOGとの交流も盛んなのだそうだ。
    生徒会役員はもちろん全校生徒の投票により決定されるが、
    前年度の候補生は抜群の知名度と豊富な経験から、
    立候補すればほぼ確実に当選できるようだ。
    だから、クラスメイトが悔しがっているのも
    単に今年の生徒会役員に憧れているだけではなくて、
    そういう利点も含まれる。

    「でね、前評判では一年生では澤崎さんが有力らしいわ」
    自分の名前が出た途端に、和沙は一気に視線が向けられるのを感じた。

    うっ…

    どうやら、彼女たちの中でこの話題はまだ終わってなかったようだ。
    こうやって注目されることに慣れていない和沙は、
    さりげなくを装って教室の席から離れようとした。
    …が。
    「澤崎さん!」
    側に居た生徒に肩を掴まれる。
    「は…はい」
    反動で、思わず和沙は仰け反ってしまった。
    「ねぇ、もしかして候補生のお話を打診されて、もう了承なさったの?」
    それは、イエスであり、ノーであるから何とも返答しずらい。
    候補生に指名されたのは確かだが、まだ本当の意味で了解したつもりはない。
    だが、昨日の一件からもおそらく役員は
    もう決定したものだと解釈しているだろう。
    遅かれ早かれ、この話がクラスメイトに伝わるのは時間の問題なのかもしれない。
    「ええと…昨日はちょっとした用事で生徒会室にお呼ばれしただけで、
    そういう話は生徒会から正式発表があるまで他ではしないでほしい
    と言われまして、ここでの発言は控えさせていただきますわ」
    和沙は、こう答えるだけで精一杯だった。

    「今日はできるだけ教室には居ない方が良いかもしれない」
    小声でそっと伝えてくれた希実からの忠告は的得ている。
    昼休みになると、和沙はお弁当を持ってそそくさと教室を離れた。
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■19334 / 1階層)  第一章 さくらいろ (17)
□投稿者/ 琉 一般♪(21回)-(2007/06/25(Mon) 18:51:59)
    百合園高校には、普通でいうところの学食にあたる
    大きなカフェテリアがある。
    和洋中はもちろん、本格的なイタリアンからエスニック、
    有名店から直送される色とりどりのスイーツまでも充実していた。
    ただ、さすがはお嬢様学校。
    学食とはいえ、どれもかなりお値段が張る。
    学割されていても、平均して千円弱はかかってしまう。
    この学校に通う生徒なら普通はたいしたことのない金額だが、
    庶民生まれの和沙にしてみれば、高校生のうちから
    昼食にお札を払うほどの食事など考えられなかった。

    これだから、金持ちのオジョーサマは…

    百合園に進学を決意した時、ある程度のカルチャーショックは
    覚悟していたが、こういう歴然とした差を見せつけられると
    つい皮肉めいてしまう。
    つくづく場違いな学校に入学した、と思う。
    普通のサラリーマンの父に、専業主婦の母。
    ごく一般的な家庭に生まれ育った和沙が百合園に合格した時、
    両親は馴染めるかとても心配していた。
    来年には、百合園女子大学が設立される。
    このまま特待生選抜の成績を維持できたら、
    自分はまたも学費免除の優先入学を決めることができる。
    和沙の将来の夢を実現するためには、その入学が不可欠だった。
    だからこそ、高校生活などたかが三年間。
    そう思わずしてはやっていけないのであった。

    意気込んだところで和沙は我に返り、
    校舎からは随分と離れたところまで来てしまったことに気づいた。
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■19335 / 1階層)  第一章 さくらいろ (18)
□投稿者/ 琉 一般♪(22回)-(2007/06/25(Mon) 23:35:06)
    この場所は大庭園の敷地のようである。
    薔薇の香りが辺りに広がるから、小庭園が近いのかもしれない。

    やがて視界が開けると一つの温室が見えてきた。
    規模からするとそこまでバカみたいに巨大ではないが、
    それでも真新しくて洗練された温室であることが見て取れる。
    中に入ると、水のせせらぎと小鳥のさえずりが聞こえてきた。

    ここは…?

    小川状になって流れている水は、この温室の至るところで目撃した。
    アメリカンブルーにマリーゴールド、そしてパンジーに胡蝶蘭。
    高いヤシの木や大きな蔦は眼を見張るものがある。
    ここだけで植物園のテーマパークと化していた。
    どうやら滝のような音は噴水から聞こえていたらしい。
    中央の円状広間には、小さな噴水と反対側につながる
    唯一の通路を取り囲んで一面にびっしりと百合の花が咲いていた。
    いったい何本くらいあるのか。
    等間隔で植えられた百合はどれも綺麗に花開かせている。

    「誰…?」

    和沙がしばらく百合に見とれていると、奥の方から声がした。
    振り向くと、そこには一人の生徒が立っていた。
    よく見るとその人は紺色の体育着を着ていた。
    体育着のカラーはそのまま学年カラーであるから、
    どうやら二年生らしい。
    彼女の声色から、ここは立入禁止の区域で自分は
    入ってはいけなかったのか、と和沙は不安になった。
    「あ、ごめんなさい。今、出ます」
    「あら、どうして?澤崎さんよね?
    後姿が見かけない人だったものだから声をかけただけよ」
    そう言って呼び止めたその人はにこやかに微笑んだ。

    あ、なんか可愛い…

    上級生と思しき人に対して失礼かもしれないけど、
    やわらかい雰囲気からそんな印象を受けた。
    和沙よりちょっと背が高くてベビーフェイスのその人は、
    反対側のテーブルと椅子が置かれているスペースへと案内した。
    お腹が空いていたこともあり、
    二人はそこでお弁当を広げて昼食にすることにした。

    温室には簡易キッチンも設置されているようで、
    飲み物は温かい日本茶をご馳走になった。
    話をして、彼女はさっきの時間が体育だったので
    着替えずにそのまま来たのだと語った。
    「だから終わったら素早く着替えなきゃ」
    そう言って彼女はカラカラ笑う。

    百合園にもこんな先輩が居るんだ…
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■19338 / 1階層)  第一章 さくらいろ (19)
□投稿者/ 琉 一般♪(23回)-(2007/06/26(Tue) 10:04:47)
    他愛ない話をして場の空気が和んできた頃に、
    彼女は唐突な質問をした。
    「私のこと、覚えていない?」
    「へ?」
    何の脈絡もない質問に、和沙は少々面食らった。

    覚えているも何も、彼女とは今日が初対面…ではないのか?

    そんな和沙の態度にがっかりした様子の彼女は、
    お茶が入ったポットを持って席を立った。
    向こうは和沙のことを知っているらしい。
    しかし、いくら思い出そうとしても、
    ヒントが百合園高校の二年生ということだけでは限界がある。

    昨日、自分にコサージュをつけてくれた先輩とは違うし…

    「お茶のおかわりをどうぞ」
    差し出されたお茶を見て、和沙はふと昨日の放課後を思い出した。

    そういえば、生徒会室でお茶を出してくれた人はこんな感じだったような…

    「ああっ!」
    「思い出した?」
    満足そうに微笑み、彼女は嬉しそうな声をあげた。

    そうだった…

    和沙は昨日、一応紹介されていたのだ。
    彼女は二年A組の欅谷杏奈先輩。
    生徒会の書記を務めている。
    昨日は眼鏡をかけていて、黒くて長い髪は三編みにしていたから
    すぐには思い出せなかったのだ。
    それにしても、杏奈は昨日とは随分印象が違う。
    今日は眼鏡も三編みもしていなくて、
    美しいロングヘアがさらさらと揺れている。
    おまけに生徒会役員も通常の学年カラーの体育着を着用するため、
    なおのこと特定しにくい。
    一見しただけでは同じ人物だとは分からないはずだ。

    「それにしても…和沙ちゃんは私のことを忘れていたのね」
    残念そうに言う杏奈を見ていると、
    和沙はだんだん申し訳なくなってきた。
    「すみません…」
    「ふふっ。でも、良いのよ。
    私も面白がってよく髪型を変えるのだから」
    悪戯な笑みを浮かべている杏奈は、やっぱりすごく可愛かった。
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■19339 / 1階層)  第一章 さくらいろ (20)
□投稿者/ 琉 一般♪(24回)-(2007/06/26(Tue) 13:36:05)
    「欅谷先輩は、栽培委員なんですか?」
    「え?」
    「だって、ここって…」
    和沙の質問にきょとんとしていた杏奈は、
    やがて意図を汲みとってくれたらしく説明を始めた。
    「この温室のことについて知りたいのね?
    ここは…確かに栽培委員会が手入れをしている場所だけれど、
    高柳会長が委員長でもあることから生徒会もお手伝いをしているの。
    とはいっても、我々はこうやって昼休みのお目付け役程度でしかないけど。
    貴重な動植物が多いこともあって、温室から半径百メートルを含めて
    関係者以外は出入り禁止になってはいるけど、
    申請すれば生徒は誰でも入室して鑑賞ができるわ」
    「…そうなんですか」
    温室のことはもちろんだが、真澄が栽培委員だということも
    和沙には初めて耳にする情報だった。
    「これが、大庭園の見取図よ」
    杏奈はそう言って、テーブルの小さなひきだしから
    薄っぺらな紙を取り出した。
    どうやらそれは校内の地図らしい。

    うわ…

    「大きい…ですね」
    「でしょう?外部受験生にとってはまさに密林よね。
    私も去年、百合園高校へ入学したばかりの頃はよく迷ったわ」

    …あれ?

    「あの…欅谷先輩は百合園中学のご出身ではないのですか?」
    「え?」
    和沙は、生徒会役員はみな中学から百合園に通っている
    由緒正しいお嬢様だけで構成されているものなのだと
    ずっと思い込んでいた。
    だって一応…学校の代表なのだから。
    でも、どうやらそれは違うらしいことがこの後の杏奈の話で判明した。
    「うちは両親が公務員だけど…いたって普通の家庭よ。
    だから、和沙ちゃんと同じ特待生として入学したの。
    まあ…まさか自分が生徒会役員候補生に選ばれるなんて
    思ってもみなかったけれど、やってみると
    案外楽しくて今では良かったと思っているのよ」
    和風美人の容貌からするといかにもお嬢様らしいのに、
    意外と自分と似た境遇であることを知って、和沙は嬉しくなった。
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■19341 / 1階層)  第一章 さくらいろ (21)
□投稿者/ 琉 一般♪(25回)-(2007/06/27(Wed) 09:16:38)
    「ほら、見て。ここが…この温室よ」
    杏奈が指差したのは、地図の真ん中だった。
    なるほど、ここは通称『三角通り』の内側であり、
    大庭園のほぼ中央に位置していることが分かる。
    温室を囲うようにして三方に小庭園が置かれていて、
    それらをさらに木々が覆っている。
    どうりで森みたいに見えたはずだ。
    三角通りにはそれぞれに二本の分かれ道があって、
    一本は温室へ、もう一本は校舎へと続いている。
    イチョウ通りだけは大学キャンパスが建設中に伴い、
    今は行き止まりになっているようだ。
    校舎側へと続く通路は、しばらく進むとさらに校門や駐車場、
    運動場やテニスコートなどへつながる複雑な分岐点になっていた。

    「このエリアは生徒会専用の区域なの」
    杏奈が弧を描くように示す先には、桜通りから少し温室側に
    外れたところにあるトラック一周分ほどの場所があった。
    殺伐として見えるが、中には桜木とベンチが発見できた。

    ここって…

    和沙は、もしかしたら入学式に自分が迷った場所
    かもしれないことを悟った。
    「生徒会…専用ですか」
    「うん、そう。ここは一般生徒も原則として立入禁止になっているわ」

    マズイ…

    冷や汗が出るような感覚というのはこういうことをいうのか。
    和沙の脳裏には瞬時にあの朝のことが蘇ってきた。
    確かあの時…真澄は「ここでは」携帯電話をマナーモードにしろ、
    と言っていた。
    それは、紛れもなくあの場所が生徒会専用の場所であった証拠ではないか。
    可能性では済まされないほど高確率で自分が犯したミスに、
    和沙は今さらながら気づいた。
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■19362 / 1階層)  第一章 さくらいろ (22)
□投稿者/ 琉 一般♪(26回)-(2007/06/29(Fri) 00:29:06)
    「そう。そんなことがあったの…」
    一通り説明を聞いた杏奈は、笑ってそう答えた。
    同時に、和沙の真澄に対する刺々しい態度のワケが分かったらしい。
    こちらとしては、笑い事ではないのだが。

    「でも…そういえば高柳会長は随分と早い時間に
    登校しているって話よ」
    「あの時は本当にびっくりしましたけど…
    結果的に先輩が居てくださったおかげで助かりました」
    「まさか、体育館まで案内してくれた人が
    生徒会長だとは思わなかったんだ?」
    クスッと笑いながら、杏奈が訊ねてくる。
    「…はい。恥ずかしながら」
    返事をしながら、和沙は自分の頬が紅潮するのを感じた。
    でも、あの状況で生徒会長かどうか判別するのは、
    内部生でもなければかなり難しいはずだ。

    「大丈夫よ。真澄先輩は、そんなことで怒ったりしないわ」
    片目を閉じて、杏奈はこちらを見つめてくる。
    「だけど…」
    それでも、と和沙が続けようとすると、再び杏奈がそれを遮った。
    「おそらく、和沙ちゃんと出会ってからだと思うけど…
    真澄先輩は笑うことが多くなってね。
    あなたと一緒に過ごす時間が楽しいのよ、きっと」
    そりゃ楽しいだろう。
    いじりがいがあるおもちゃ、程度にしか考えてないはずだ。
    恨めしそうな口調で和沙が小さく反論すると、
    杏奈はそうじゃない、とだけ告げた。
    「まだ、気づいてないのね。あなたも真澄先輩も」
    最後にその呟きだけが、和沙の耳に入ってきた。

    昼休みも半分を過ぎると、そろそろ戻った方が良いと杏奈が促す。
    時間が過ぎるのは早いもので、昼休みはあっという間だった。
    「今日の放課後も必ず来てね」
    杏奈は、和沙に念押しておくことも忘れていなかった。
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■19363 / 1階層)  第一章 さくらいろ (23)
□投稿者/ 琉 一般♪(27回)-(2007/06/29(Fri) 01:09:33)
    午後の授業は化学と日本史だった。
    どちら授業もまだ一回目ということで、
    教師の挨拶と授業の進行についての説明、
    各自の自己紹介などで終わってしまった。
    退屈が嫌いな希実は、自分の番を済ませると、
    さっさと夢の中へとトリップしてしまった。
    希実には内職の才能があるかもしれない。
    まあ、何回もクラスメイトの自己紹介を聞いても仕方ないのだが。
    和沙はいつもの優等生ぶりで淡々と授業をやり過ごし、
    気づけばもう放課後になっていた。

    昨日のこともあるため、和沙はさっさと帰りたかったのだが、
    クラスメイトがそうさせてはくれなかった。
    「澤崎さん、今日は生徒会の会合があるのでしょう?」
    彼女は今朝も声をかけてきた…確か西嶋さんといったはずだ。
    西嶋さんは自他共に認める生徒会役員のファンだ。
    特に二階堂先輩が好きらしい。
    自己紹介で言っていた。
    和沙は最初、新参者の自分が生徒会に出入りしているのが
    気に喰わないので文句でも言いに来たのかと思っていた。
    ところが、西嶋さんの真意は違ったようだ。
    「先ほど、生徒会の欅谷先輩が放課後に来るよう
    申しつけていらしたわよね」
    そうだ。
    杏奈は生徒の往来が激しい連絡通路で話をしていた。
    いつ、同級生に見られていてもおかしくない。
    たぶん、彼女はそれすらも狙ってあの場で言ったのだ。

    確信犯だ…

    和沙はやられた、と思った。
    さすがの和沙も、上級生の誘いを無視して帰る勇気はない。
    ましてこの状況においては、すぐにでも複数のクラスメイトたちに
    生徒会室へ連行されそうな雰囲気だった。
    西嶋さんは、和沙が逃げないよう牽制したかったのだ。
    そして杏奈は、最初からそうなることを意図していたのだ。
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■19364 / 1階層)  第一章 さくらいろ (24)
□投稿者/ 琉 一般♪(28回)-(2007/06/29(Fri) 01:39:37)
    「いらっしゃ〜い」

    生徒会の面々は、和沙が来ることをまるで当然のことのように
    嬉々として出迎えた。
    ただ一人、真澄を除いては。
    今日の真澄は何故か不機嫌だった。
    「お茶のおかわり!これ、もう一枚コピーして!」
    イライラした口調でお茶やコピー印刷を要求する様は、
    ほとんどオジさんのようだ。
    理由は分からないが、どうやら昼休みに和沙と杏奈が二人で
    昼食をとったことに関係あるらしい。
    斎がこっそりと耳打ちして教えてくれた。

    役員は必ず生徒会室で食べないといけない決まりでもあるの…?

    和沙が不思議そうに首をかしげていると、
    斎はまだまだだね、とため息をついた。

    二度目の訪問ということで、生徒会役員は和沙を
    まだ客人のように扱って何もさせなかったが、
    真澄はそんなことお構いなしのようだった。
    「和沙!肩揉んで!」

    パシリかよ…

    和沙は白い目で見ながら、口ごたえせず
    この美女の姿をした中年オヤジの肩揉みをした。
    認めたくはないが、一応外見だけは文句つけようがないため、
    姿勢の良い後姿は惚れぼれするものがある。
    今日の真澄は髪をアップにしているため、首もとがすっきりしている。
    当然、立ち位置の関係で和沙には真澄のうなじが見えるわけで…

    肌、白いなぁ…

    って、そうじゃない!
    こんなに凝視したら、どっちがオヤジ臭いのか分からなくなる。
    彼女のファンにこんな場面を見られたら、
    たぶん袋叩きにされるだろう。
    いや、その前に豹変した真澄に幻滅するか。
    しかし、無償で奉仕しているというのに、
    やれもっと上だの、もっと強くだのと注文が多いこと。
    本来ならやってられるかと腹を立てるところだが、
    何故か彼女が相手だとそれができない。

    ああ、こんな自分が一番嫌だ…

    和沙は、沸き起こる興奮と苛立ちに
    折り合いをつけられないまま憤りを感じていた。
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■19365 / 1階層)  第一章 さくらいろ (25)
□投稿者/ 琉 一般♪(29回)-(2007/06/29(Fri) 15:12:34)
    話し合いの結果、和沙は期間限定で生徒会を手伝うことを了承した。
    最初はその提示条件すら拒否していた和沙だったが、
    役員の泣き落としに根負けしてこうなった。
    特に杏奈は…女優になれるかもしれない。

    和沙は、実はそこまで言うほど生徒会候補生に
    なりたくないわけではない。
    生徒会の役員は親切だし、部活にも入っていない
    和沙にとって、内申で有利に働くところも魅力的だ。

    ただ、問題は…

    「はい、あ〜ん」

    ここは一年A組の教室で、現在は昼休み。
    和沙と希実は自分たちの席でそろってお弁当を広げていた。
    そこまでは別に何てことないお昼休みの光景である。
    しかし、今日はもう一人同席する者がいた。
    それが…この三年A組の高柳真澄。
    云わずと知れた本校の生徒会長である。
    昨日約束を交わしてから…まだ半日しか経っていないというのに、
    早速逃げないようにわざわざ言いにきたようである。
    真澄はあろうことか、和沙のお弁当の中に
    あるロールサンドが刺さった爪楊枝を持ち上げ、
    和沙の口へ直に食べさせようとした。

    教室からは悲鳴があがった。
    それもそのはず…同じ学校に居ても目にする機会が少ない一年生たちは、
    この突然の訪問に軽いパニックになっていたからだ。
    普段は教室で昼食を食べないクラスメイトも、この日ばかりは
    学内併設ベーカリーでパンを買いこんで自分の席で食べていた。
    教室の外には、すでに遠巻きに見る生徒で溢れている。

    「食べないの?」
    正面に座っている希実がそう尋ねた。
    相手の肩書きなんてほとんど気にかけない彼女は、
    この状況に居てもいつもと全く変わらない。
    むしろ、楽しんでいる節さえある。
    一方、和沙の右横に座る真澄はというと…
    期待していた好反応が得られなかったようで、
    みるみる不機嫌になっていった。
    「チッ」
    早くも舌打ちしている。
    変にサービス精神旺盛な接客に似た態度というのも気味が悪いが、
    へそを曲げて睨む顔もとても恐ろしい。
    ただ、遠巻きにこちらの様子を伺っている多くの生徒には
    死角になっているため、彼女たちには楽しくおしゃべりを
    しているようにしか見えないはずだった。
    羨ましいといったらこの上ない。
    和沙は、だんだん頭が痛くなってきた。
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■19370 / 1階層)  第一章 さくらいろ (26)
□投稿者/ 琉 一般♪(30回)-(2007/06/30(Sat) 18:40:54)
    「何で一年の教室に…?」
    「あら、心外だわ。こうして可愛い後輩を訪ねてあげているというのに。
    それとも、上級生が下級生の教室でお昼を食べてはいけないという
    校則でもあるのかしら?」

    …いえ、ありません

    ないけど、普通は遠慮するものだ。
    下級生に絶大なる支持を持つ生徒会長が来たりしたらどうなるか、
    ちょっと考えたら分かることだろうに…
    真澄はたまに、こういう常識が通じないところがある。
    おまけに、さっきの行動なんて彼女らしくなさすぎて、
    気味が悪いのを通り越して寒気すら覚える。
    どうせ、昨日放送していたテレビドラマにでも影響されての行動だろう。
    確かあの番組は…高級クラブのホステスが主役で、
    水商売を取り巻く人間模様をテーマにした人気ドラマらしい。
    和沙の場合、たまたま夕食時についていたテレビに
    映っていたのを見かけただけなのだが、あまりテレビを
    見ない希実ですらこれは毎回楽しみにしているらしい。

    真澄には全くといっていいほど関係ない世界だが、
    でもそんな縁のない職業だからこそ真似してみたくなったのかもしれない。
    しかし、和沙がふくれっ面しただけで気に喰わないというのなら、
    もっと悪質な客にはどう対応するのか。
    例えば…そう、よくドラマで描かれている下品な中年オヤジが、
    お店のお姉さんの脚を触っては言い寄る場面などだ。
    大抵ならば、適当にかわしてその場を上手くやり過ごすようだが、
    真澄に限ってはそんなことができるはずがない。
    きっと腹を立てて顔を引っ叩いては、客を置いたまま帰るくらいのことは
    平気でやりそうである。

    この人が入った店は、すぐ潰れそう…

    そこまで想像した和沙は、可笑しくなって吹き出してしまった。
    「何がそんなに面白いのかしら?」
    置いてきぼりをされたことが面白くなかったのか、
    真澄が不機嫌そうな崩さぬまま尋ねた。
    そろそろ、この女王様のご機嫌とりに伺った方が良さそうである。
    そうしないと…後がとても面倒なことになりそうだから。
    「和沙には妄想癖があるんですよ」
    と、そこに口をはさんだのは希実だった。
    さすがは友達と感謝したいところだが、
    よりにもよって『妄想癖』って…
    フォローになっているのか微妙な回答だった。
    でも、真澄を満足させるには充分だったようで
    「そうよねぇ…和沙ったら、たまに何を考えているのか
    分からないところがあるものね」
    なんて失礼なことを言ってくれる。
    奇人ぶりを遺憾なく発揮する面では、
    真澄も良い勝負だろうに。
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■19371 / 1階層)  第一章 さくらいろ (27)
□投稿者/ 琉 一般♪(31回)-(2007/06/30(Sat) 23:39:15)
    「氷田希実ちゃん…だったかしら?
    和沙と仲が良いのね」
    真澄はどうやら希実と気に入ったらしい。
    人気者の生徒会長相手に臆することなく、
    かといってふてぶてしすぎない素振りで自然体の希実は、
    確かに百合園では珍しい存在だ。
    和沙はしばらく、二人の会話に耳を傾けていた。
    会話の内容は、どちらかというと真澄が一方的に質問をして
    希実がそれに答えるといったやりとりが続いていた。
    …だが。
    「希実ちゃんは部活動に入っているのかしら?」
    真澄のこの発言には妙な聞き覚えがあった。

    というか、昨日と全く同じ質問じゃないか!

    「それが入っていないんですよ〜。
    たくさんお誘いは受けるですけど…」
    希実は運動神経が良い。
    中学の頃は陸上部だったらしい。
    午前の体育の授業でも、それは証明済みだった。
    だから、昨日も今日も運動部の勧誘が後を絶たないのだが、
    本人はあまり興味がないようだ。

    ああ、でもそれ以上喋らないで…

    和沙の密かな懇願も通用せず、真澄はついに核心に迫った。
    「この時期、生徒会でも候補生を募集しているのよ。
    どうかしら?希実ちゃん、遊びに来ない?
    今ならもれなく紅茶とスイーツのティーセットもついてくるわよ」
    何が今ならもれなく、だ。
    そんなの、生徒会が集まるたびに食べているくせに。
    和沙はすでに二日連続で出されたから知っていた。
    けれど、希実をおびき寄せるには充分な餌だったようで、
    早くも満面な笑みを浮かべていた。
    「行きます!絶対に行きます!今日の放課後から伺っても良いですか?」
    「もちろん、大歓迎するわ。生徒会室で待っているから…
    希実ちゃん、和沙も必ず連れてきてね!」
    そう言って真澄は席を立ち、颯爽と退室した。
    時間はもう昼休みが終わる十分前になっていた。
    台風のような真澄が去ってから、
    ようやく一年A組にも平穏が戻った。
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■19372 / 1階層)  第一章 さくらいろ (28)
□投稿者/ 琉 一般♪(32回)-(2007/07/01(Sun) 00:21:04)
    「希実ぃ〜!頼むから断ってよぉ」
    和沙は無念そうにぼやいた。
    「え、だってティーセットだよ?行くでしょ、普通」
    そうでした。
    希実は百合園では平均身長くらいであるが、驚くほどよく食べる。
    今日だって重箱みたいなお弁当をペロリと平らげたあと、
    菓子パン二個をあっさりとデザートとして食べていた。
    一体、食べたものはこの細い身体のどこに蓄積されているのか
    不思議なくらい、羨ましい体型をしていた。
    生徒会ならケーキにしても紅茶にしても、
    選りすぐりの品を好きなだけ用意しそうだ。

    別に希実が生徒会に手伝いに来るからといって、和沙には
    直接的に何の利害もないはずだ。
    それに、同じ一年からもう一人推薦されるのならば、
    だんぜん見知った友達である方が良いに決まっているから
    本来なら喜んで然るべき状況のはず…なのに。
    何故だか、自分だけだという優越感にも似た感情を壊されたような、
    そんな複雑な想いが胸の中で燻り続けていた。

    「氷田さんも生徒会候補生に選ばれたんですってね」
    西嶋さんが笑顔でこちらに近づいてくる。
    「おめでとう!氷田さん」
    彼女の友達…斉藤さんと梶原さんも同調して声をかけた。
    しかし、和沙にしても希実にしてもまだ候補生に正式に推薦された
    わけではないというのに、クラスメイトの盛り上がりは
    すごいものがあった。

    「あ、あの…私たちまだ決まったわけじゃ…」
    和沙のそんな呟きにも西嶋さんは一笑した。
    「いいえ。高柳会長はあの見目麗しいお姿もあって、
    めったに人を寄せつけないの。
    それなのに…今日はわざわざご自身が下級生の教室に
    出向いただけではなく、さらにお昼を一緒に召し上がった
    というのはすばらしい快挙よ!」
    「あの美しいお顔を間近で拝見できるなんて…羨ましい」
    クラスメイトは口々に感嘆の声をあげ、羨望の眼差しを向けた。
    「うん。近くで見たら、すごく綺麗な人だったよ」
    希実はのんびりと感想なんかを言っていたが、
    和沙からしたらあの女王と同席しなかった人たちが羨ましい。
    みんなはあの人の本性を知らないからそんなこと言えるのだ…ってね。
    『生徒会役員候補生』なんて名前だけは響きが良いけど、
    実際は役員の下僕および雑用パシリのようなものだ。
    和沙は、昨日の肩揉みでよく知っている。
    間違っても喜んで手伝いに行くわけじゃない。
    和沙と希実は仕方なく、ティーセットにのせられて手伝うだけだ。

    でも…本当にそれだけ…?

    和沙は心を霞めた小さなざわつきには気づかないことにした。
    世の中には、深入りしない方が良いこともある。
    最初はちょっとした火遊びのつもりの好奇心でも、
    夢中になっていつしか全てを捧げるほど依存することは
    よくあることなのだ。
    まるで麻薬のように。
    だからこのまま目を瞑って、何事もなかったことにして
    しまった方が良い。

    この人にこれ以上近づくと抜け出せなくなる…

    それは、内なる警告だった。
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■19384 / 1階層)  第一章 さくらいろ (29)
□投稿者/ 琉 一般♪(33回)-(2007/07/02(Mon) 14:33:51)
    放課後、和沙と希実は帰り支度を済ませてそのまま生徒会室に向かった。
    百合園高校の校舎は、ひし形をしていて中央棟をはさんで東西南北に
    それぞれ別棟が置かれた設計になっている。
    中央棟には、職員室に生徒指導室、保健室、視聴覚室などが
    設置され、学園の中枢として機能している。
    もちろん、生徒会室もこの棟の最上階にある。
    生徒の教室は、一年生と二年生が南棟にあり、三年生は東棟にある。
    三年生だけ別にあるのは、受験面からの配慮ということらしい。
    残りの二棟は、西が理科室や被服室をはじめとする研究棟で、
    北が資料室併設の図書館になっていた。
    それぞれの棟間には、各階に連絡通路が張り巡らされているので
    比較的容易に移動できるが、いかんせん校舎自体が大きいこともあって
    連絡通路まで行き着く廊下が長い。
    和沙がようやく入り口にさしかかろうとした時、
    前方からこちらに向かって歩いてくる集団が眼に映った。

    何、あれ…?

    一人の生徒を取り囲むように、数人の生徒が群がっているように見えた。
    中心にいる人物には見覚えがなかったが、どうやら二年生らしい。
    一人だけずばぬけて背が高いので遠目からでも学年カラーが確認できた。
    それにしても…取り巻く生徒たちの黄色い歓声のすごいこと。
    少し離れたこちらの校舎にも反響していた。
    真ん中の彼女は、少し斎に似ている。
    顔がというよりは、雰囲気などの面影がそっくりだった。
    ただ、褐色の肌やベリーショートの髪型、
    立ち振る舞いなどは王子様というより男の子みたいだ。
    和沙と希実がその集団を通り過ぎようとすれ違ったその瞬間…

    「チョーシニノルナヨ」

    それは、和沙にだけしか聴きとれないくらい小さい声だったが、
    確かにそう言っていた。
    一瞬、何を言われたのか分からなかった和沙は、
    その場に立ち尽くした。
    「…どうかした?」
    不審に思った希実は、怪訝そうな顔をして尋ねる。
    「いや…何でもないよ」
    そう言って、和沙はもう一回だけ振り返ってその人を見たが、
    後ろ姿はもう随分と小さく、朦朧として映った。

    和沙と希実は、ほどなくして生徒会室に辿り着いた。
    ギイィ…
    引き戸が今日はやけに重たく感じる。
    「どうしたの?そんな顔して」
    開口一番、真澄は和沙にこう言った。
    「いえ、ちょっと体調が優れないだけです」
    言い訳にしてはありきたりすぎるかとも思えたが、
    和沙にはそう弁解するしかなかった。
    しかし、真澄はこういう時にとても目ざとい。
    昼休みには、こっちがやきもきするくらい鈍感だったのに、
    今は別人のような洞察力だ。
    でも、さっきのことをどう伝えていいものか上手く説明できないので、
    和沙はひた隠しにするしかなかった。
    「和沙、大丈夫?」
    希実が気遣ってくれる。
    自分にはこんなにも善くしてくれる友達が居るのだから、平気だ。
    …でも。

    あの目つき…鋭かったな

    睨まれたように感じたのは気のせいではないと思う。
    けれど、根拠はない。
    第一、和沙はあの人が誰だか知らないし、
    恨まれる覚えもない。
    だから…気のせいだと思い込むことにした。
    その日は、ずっとうわの空だったせいで思いのほか
    早く帰宅できたというのに、和沙は何故か素直に喜べなかった。
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■19397 / 1階層)  第一章 さくらいろ (30)
□投稿者/ 琉 一般♪(34回)-(2007/07/03(Tue) 12:47:36)
    和沙が高校に入学してから、一週間が経とうとしていた。
    先週は、まだ桜通りのソメイヨシノも三分咲き程度しか花開いてなかったが、
    今はもうほぼ満開だった。
    並木道には五十本ほどの桜が植えられているが、一度に咲き誇る様は圧巻である。
    そのせいか、今週に入ってからは登下校時やお昼休みの時間にも
    桜通りは花見目当ての生徒の往来が激しかった。
    和沙は、桜は好きだが人ごみは苦手だ。
    だから、見ごろを迎えてもう三日が経過しようというのに、
    未だに入学式以来、桜通りには足を運んでいなかった。

    しかし、今日のお昼に役員は生徒会専用スペースに集合することになっていた。
    もちろん…和沙と希実も招待されている。
    「やったね〜」
    お花見しながら食べるお弁当は格別とばかりに、
    希実は大喜びしていた。
    確かに…この時期に生徒会専用スペースにお邪魔できるなんて、
    特に一年生からしたらもったいないくらいの幸運と言えなくもないが。
    でも、だからこそ特別扱いされているようで気がひけるし、
    何より役員と一緒に行動していれば必ずや目立つだろうことが
    容易に想像できるのだった。

    「高柳会長よ!」
    「二階堂副会長もいらっしゃるわ!」
    「欅谷先輩に梅林寺先輩まで!」
    「生徒会役員の皆様は揃ってお昼を召し上がるようよ」
    お昼休みの桜通りは、黄色い歓声が鳴り止まなかった。

    …ほら、ね。

    和沙のこういう予想は、たいてい的中する。
    それどころか、噂が噂を呼んで駆けつけた生徒が後を絶たず、
    今日の桜通りは、さながら都心の花見名所に負けず劣らずの
    盛況ぶりだった。

    「あの、すみません。そこ、良いですか?」
    人だかりに向かって、おそるおそる声をかける。
    道を開けてほしいと頼むのだって、今の和沙からしたら命がけだ。

    ザワッ…

    一瞬にして空気が変わる。
    どこを向いても突き刺さる視線に、和沙は怯んだ。

    うう…

    憧れの生徒会に近づける候補生でもない一年生。
    立場上、おそらく歓迎されていないだろうことだけは分かる。
    ヒソヒソ声をよそ目に、和沙は奥へと進んだ。
    まるで、集団遠足と化した通りを抜けると、
    やがて見えてきたのはこじんまりとしたスペース…
    入学式の日のあの場所だった。
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■19399 / 1階層)  第一章 さくらいろ (31)
□投稿者/ 琉 一般♪(35回)-(2007/07/03(Tue) 14:47:18)
    そこは、まるで異空間のようだった。
    確認できるのは、地図にも記されていた中央の桜の大木と、
    その木陰に寄り添うように真っ白なベンチが佇んでいるだけ。
    ただ、桜はまさに見ごろを迎えていて、
    時折枝が風に揺られては…花びらを辺り一面に撒き散らしていた。
    桜通りの木々も悪くないが、どっしりと構えた一本の大木も
    なかなかのものだ。
    和沙は、ここに来るまでの憂鬱を早くも一掃しかけていた。

    「はい、これ差し入れだから。どんどん食べてね!」
    そう言って斎が指したのは、三段重ねのランチボックス。
    中には、オードブルと見紛うほどの豪華なおかずがぎっしりあった。
    何でも、外食産業を家業とする二階堂家からの、
    新商品開発の一環と称する試食会らしい。

    弁当は持参しなくて良いと言ったのは、このためだったのか…

    「やった!いっただっきま〜す」
    早速飛びついたのは、希実。
    彼女はあろうことか、お箸と取り皿が支給される前に
    素手で唐揚げを取り上げ、頬張っていた。
    …さすがに、はしたないと叱られていたが。
    「遠慮しないで、和沙もお食べなさい」
    真澄が珍しく気遣う言葉をかけてくれるが、
    こうギャラリーが多いと…食欲も失せるというものだ。
    そう。
    ここは、桜通りからわずかにしか離れていないため、
    周りを取り囲む柵と絡まる植物の間では、
    ひしめき合うように生徒が顔を覗かせていた。
    きっと役員の様子が気になるのだろう。
    まあ、和沙にだって中学時代憧れの先輩なる人物がいたので、
    多少浮かれる気持ちも理解できなくもない。
    でも…和沙が憧れた相手とはたいがいは勉強ができる
    神童タイプの優等生に限ってだったが。

    キャー!!
    真澄や斎の一挙手一投足にイチイチ歓声があがる。
    それらにも軽やかに応じる役員たちに、ますます生徒たちはヒートアップする。

    ああ、でもそんなに押しかけると…

    怪我人が出やしないだろうか。
    和沙はとっさに心配した。
    わずかな隙間からこちらの様子を伺おうと必死になりすぎて、
    その場は静かな熱気に満ちていた。

    「斎せんぱ〜い!」
    一際大きなかけ声が聞こえると思いきや、
    出所は何とクラスメイトの西嶋さんだった。
    彼女はあろうことか、制服の上にプリントされたTシャツを着て
    鉢巻をし、さらには手作りと思しき旗まで抱えている。
    いや、厳密にはそういう格好をしているのは彼女だけでなく、
    西嶋さんの周辺の十数人も同様だった。
    Tシャツに印字されていたのは…
    『二階堂斎ファンクラブ』

    ハァ…
    その後、和沙はため息をついてから食事に手をつけるまでに数分を要した。
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■19401 / 1階層)  第一章 さくらいろ (32)
□投稿者/ 琉 一般♪(36回)-(2007/07/05(Thu) 15:11:56)
    斎の差し入れは、とても美味しかった。
    春野菜をふんだんに使ったパスタに、酸味が効いたマリネ。
    熱々の揚げ物は衣がサクサクで絶品だった。
    デザートのティラミスは、甘さ控えめでさっぱりとしていた。
    新たに展開する宅配事業で取り扱う商品らしいが、
    これはもう弁当というより立派なランチだ。
    お金持ちの食生活とは何とも羨ましい。
    それでいて、斎をはじめ生徒会役員はみな
    スリムな体型を維持しているから感心する。

    斎が提供した昼食は、豪華なだけでなく、量も多い。
    しばらくすると、お腹も満たされてきて、
    役員は箸休めのようにおしゃべりに興じた。
    「明日は身体測定があるね」
    ふいに斎が会話を切り出す。
    和沙たちも、先週のうちで担任から報告を受けていたため、
    そのことは知っていた。
    「百合園の身体測定は、一風変わっているらしいよ」
    隣の希実がコソッと耳打ちして伝えた。

    一風変わっている…?

    何だ、それは。
    身体測定なんて、どこの学校でもそう変わりないのではないか。
    身長、体重、視力、聴力…に加えて、学校によっては
    座高や胸囲まで細かく記録するところも、
    また歯科検診、心電図、血液検査まで一緒にやってしまうところも
    あるようだけど。
    一貫した事務的作業の繰り返しに、いったいどんな個性が
    発揮できるというのだ。
    共学一筋だった和沙からしてみれば、そこいら辺の事情がさっぱり
    推測できなかった。

    「ちなみにあさっては新入生歓迎会があるからね」
    杏奈がさらなる情報を教えてくれた。
    「ええっ!?」
    それは初耳だった。
    「聞いてないですけど…」
    「当たり前でしょう?
    新入生を楽しませる会なんだから、
    ゲストには驚いてもらわないと」
    こんなにギャラリーが居る中では、
    もう暴露しているようなものだ。
    「おっと、杏奈。これ以上は喋っちゃだめだよ」
    ふいに、斎が牽制する。

    ザワザワ…

    辺りは、一段と騒がしくなってきた。
    けど、和沙はその喧騒よりも真澄の視線が気になった。
    彼女は先ほどから桜ばかり見ていて、会話にも入ってこない。

    …!?

    ほんの一瞬、真澄の頬に涙が流れた…ように見えた。
    確証が持てなかったのは、その後すぐに強風が吹き荒れたから。
    「きゃ!」
    「うわっ!」
    「痛っい〜」
    役員をはじめ、その場に居たみなが口々に叫ぶ。
    和沙が次に目を開けた時には、もう真澄は桜を見てはいなかった。
    それどころか、解散にしましょうなんて宣言して、
    彼女は早々と引きあげていった。

    勘違い…?

    和沙はそう思いかけた。
    でも、教室に向かう真澄の手にハンカチが握られていたのは、
    後ろ姿からもはっきりと確認できた。
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■19402 / 1階層)  第一章 さくらいろ (33)
□投稿者/ 琉 一般♪(37回)-(2007/07/05(Thu) 15:37:24)
    楽しい会食の時間はあっという間に終わってしまい、
    和沙と希実は他の先輩よりも先にその場を後にした。
    午後の授業は体育だからである。
    着替えを持ってから来た二人は、教室に戻ることなく
    体育館の更衣室へ直行した。

    「はい、それじゃあ練習を始めて!」
    体育教師の合図と同時に、A組の面々は班別に動いた。
    今日の授業はバレーボール。
    コートの中央に大きなネットを張っているので、
    和沙のグループはそれを挟んでトスの練習を始めた。
    百合園高校の第一体育館はとても大きく、普通の学校の二倍はある。
    そのため、半分に区切って二クラスで使用することが大半だったが、
    それでも二面のコートが確保できるので授業にあまり支障はない。
    ただ…
    「ごめ〜ん、ボールがそっち行っちゃった!和沙、取って」
    希実は強く打ちすぎたらしい。
    バレーボールは勢いよく転がり、やがて境界線として使っている
    仕切り用の薄い透明状の幕にまで届きそうだった。
    「ちょっと待っていて!」
    和沙は慌ててボールを追いかける。
    仕切りはあくまで形でしかないため、場合によっては
    飛び越えてしまうことも充分に考えられるのだ。
    ちなみに、お隣は二年B組。
    先輩に迷惑かけてしまうくらいなら、と和沙は走ったのだった。

    キャー!!
    目の前のコートから聞こえてくる黄色い歓声。
    それも、ものすごい数だ。
    何だろう、とボールを取り上げた和沙が顔を上げた先には、
    まさにバスケットの試合でシュートを決めたばかりの二年生がいた。

    あれは…

    みんなの注目を一身に集めるその人に、和沙は見覚えがあった。
    女子校ではかなり目立つその角刈りのような髪型。
    周りを圧倒するほどの学内でも大柄な体躯。
    褐色の肌に涼やかな切れ目。
    間違いない…
    彼女は、あの生徒会室へ向かう途中ですれ違った時の先輩だった。
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■19404 / 1階層)  第一章 さくらいろ (34)
□投稿者/ 琉 一般♪(38回)-(2007/07/05(Thu) 21:16:32)
    しばらくの間、和沙がボーっと見とれていると、
    ふと肩を叩かれた。
    「気になるの?」
    振り向くと、そこに居たのは希実ではなかった。
    彼女は確か…学級委員長を務めている子だ。
    しかし、とっさのことだったので和沙は名前が思い出せなかった。
    「あの人は、御舘篤子先輩。バスケ部のエースで、
    この学校では生徒会役員に次ぐ人気があるの。
    お母様は、百合園学校の総合理事長をしていらっしゃるわ」
    「そ、そうなんだ…」
    説明はありがたいが、何故にこんなに詳しいのかと
    不思議に思っていると、彼女は笑いながらこう続けた。
    「ああ、ごめんなさい。ボールを持ったまま凝視しているから」
    にこやかに笑う彼女は、何だかおっとりしていて、
    お嬢様というよりお姫様みたいだ。
    「私は、同じクラスの二階堂菜帆です。よろしくね」
    「あ…ああ、よろしく」

    …二階堂?

    一瞬、アレと思い首をかしげていると、すかさず彼女が説明してくれた。
    「姉がいつもお世話になっています。私、斎の妹なの」



    「ええっ!?」
    一呼吸おいてから、和沙は思いっきり仰け反った。
    クスクス…
    リアクションが良い和沙の反応が面白かったのか、
    菜帆は笑っていた。
    いや、確かに少し大げさに驚きすぎたかもしれないが、それも仕方ない。
    何故なら、彼女と斎は全然似ていないからだ。
    斎が王子様なら、菜帆はお姫様。
    もちろん姉妹なのだから、顔立ちとか色白な肌とかは
    なんとなく似ている気がしないでもないけど…
    それでも、長身で筋肉質の斎と小柄で華奢な菜帆は、
    ほぼ対照的なタイプに位置するのではないか。
    おまけに、菜帆は天然パーマのふわふわした髪型が特徴的で、
    どちらかというと真澄の妹と言われた方が信じてしまいそうだった。
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■19405 / 1階層)  第一章 さくらいろ (35)
□投稿者/ 琉 一般♪(39回)-(2007/07/06(Fri) 00:06:13)
    ひとまずボールを回収してから、和沙と菜帆はコートに戻った。
    すると、そこでタイミング良くホイッスルが鳴ったので、
    試合をするチームと入れ替わりで和沙たちの班は壁際に移動した。
    出番まではまだ時間があるため、二人は自然と先ほどの会話の続きをした。

    「お姉ちゃんも昔は小柄だったのよ」
    フフフッと笑いながら、菜帆はそう言った。
    あの斎が小柄だったなんて…正直信じられない。

    いったいどんな肉体改造をしたのか…

    「幼い頃はそっくり姉妹なんて呼ばれていたんだけど、
    お姉ちゃん、中学に入ると同時にバレー始めたから…」
    それまで長かった髪をバッサリ切り、背はみるみる伸びて、
    部活の筋トレで身体が鍛えられていったのだと彼女は説明した。

    「本当は姉も女の子らしい格好、嫌いじゃないのよ。
    ただ、今はバレー一筋で顧みる余裕がないだけで…」
    そのことには、和沙も納得できる節があった。
    ボーイッシュな外見から注目されがちだが、
    本人はいたって普通の女子高生だ。
    携帯電話には、さりげなく可愛らしいストラップをつけているし、
    私物も全体的に暖色系の物が多い。
    ただ、あまり柄物や派手目な物は好きではないようで、
    シンプルで落ち着いた機能性を重視しているらしい。
    結果的には、それらが女の子らしさを強調するには至っていないだけで、
    持ち物は寒色系ばかりで余計な装飾は一切しない和沙よりは、
    幾分乙女らしいのだった。

    「高校に入学したばかりの頃は、毎朝靴箱を覗くのが
    憂鬱でたまらなかったみたい」
    斎には本人非公認のファンクラブなるものまである。
    おそらく、昼休みに目撃した西嶋さんを含めた一団のことだろう。
    現在では最高学年のため、もっぱら会員は下級生が多いようだが、
    入学した当初は上級生の会員の数も負けてはいなかったらしい。
    ファンクラブの活動とは、主に所属するバレー部の試合観戦らしいが、
    もちろんそれ以外の学園生活でも、朝の出迎えの挨拶をしたり、
    個人的にプレゼントやファンレターを渡したりと様々なようだ。
    昨日も斎が生徒会室にやって来た時には、
    山のようなファンレターが入った紙袋を抱えながらの登場だった。
    きっともう、生徒会の間ではプレゼントを貰うことが日常的になりすぎて、
    役員はみな慣れっこになってしまっているのだろう。
    百合園ではさも学園の王子様のような扱いを受けている斎だが、
    そんな待遇に自身は少し困惑気味のようだ。
    理想の男性像として求められる自分と、現実の自分では
    斎なりの隔たりを感じているのかもしれない。
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■19406 / 1階層)  第一章 さくらいろ (36)
□投稿者/ 琉 一般♪(40回)-(2007/07/06(Fri) 11:14:40)
    キャー!!
    二年生の隣のコートから、再度大きな歓声が聞こえてくる。
    どうやら、早くも例の先輩が二点目を先取したらしい。

    「突然だけど、澤崎さん。
    あなた…御舘先輩に何か意地悪されてない?」
    菜帆の質問は、本当に唐突だった。
    けれど、和沙が驚いたのは質問したタイミングではなくて、その内容だった。
    「えっ!?」
    「…やっぱり」
    和沙はまだイエスともノーとも答えてなかったのに、
    菜帆は早々と結論づけた。

    …なんで分かったの?

    あの時、二人の側に居たのは篤子の取り巻きと希実だけだった。
    でも、和沙以外には誰にも聞き取れなかったくらい小さな声で、
    あれはもう呟きに近い。
    それなのに、どうして見ていたかのように分かったのか…
    まるで全く解明できない手品を目の前で見せられたかのように、
    和沙の頭は謎だらけだった。

    「どうし…」
    「あ〜、もううるっさい!」
    和沙の言葉を遮るように発言したのは、何と西嶋さんだった。
    彼女の声には、少し迷惑そうな怒号が混じっている。
    「うるさいって…アレのこと?」
    和沙が隣を指差して訊ねると、西嶋さんは吐き捨てるように言った。
    「ええ、そうよ。いくら体育とはいえ、授業中なのに
    御舘先輩のクラスとご一緒するといつもこうなの」
    数十メートル先には、篤子を応援している同級生や先輩方が
    ひしめいているというのに、気にすることなく発言する彼女の姿に
    和沙はヒヤヒヤさせられた。

    「西嶋さんは、御舘先輩が好きではないの?」
    「どちらかというと、嫌いね」
    はっきりと答える彼女が、和沙には少々意外に思えた。
    それもそのはず、西嶋さんが好きだという斎は、百合園ではかなりボーイッシュで
    その点では篤子も共通していることから、何故そこまで毛嫌いするのか
    理由を聞いてみたくなるというものだ。
    「私は、二階堂先輩のあの奥ゆかしい性格も含めて好きなの。
    御舘先輩も確かに外見は魅力的かもしれないけど、
    発言や振る舞いがどこか男性的すぎて…乱暴に感じるの。
    おまけに、素行に関しても良い噂は聞かないわ。
    私の友達にも何人も泣かされた子が居るし…
    理事長のご令嬢だか何だか知らないけど、
    結局は親のすねかじりじゃない」
    これは…随分と辛口な意見である。

    でも、これではっきりと分かったことがある。
    学園の王子様候補の斎と篤子は、本人たちがどうかはともかく、
    二人のファンの仲が悪いのはほぼ確実のようだ。
    見学している生徒たちは、ほとんどがおしゃべりに興じているか、
    はたまた隣の篤子に釘づけか、どちらかに二分しているようだった。

    「悪いことは言わないから、あの人には気をつけてね」
    授業が終わってからの菜帆のこの一言が、和沙の耳について離れなかった。
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■19503 / 1階層)  第一章 さくらいろ (37)
□投稿者/ 琉 一般♪(41回)-(2007/07/20(Fri) 01:18:00)
    ここのところ、疲れている…

    和沙は自分でもそう感じていた。
    春休みまではのんびり自分の趣味に時間を割いたりできていたはずなのに、
    最近は毎日のように生徒会室に通いつめている。
    今日だってそうだ。
    別段放課後来るように強制されていたわけではないのに、
    気がついたらこの部屋に居た。

    そうこうしているうちに、和沙の手元は留守になっていた。
    「うわっ!和沙、手、お茶!」
    「…へ?」
    希実の呼びかけもむなしく、和沙が淹れている紅茶は
    すでにカップから溢れていた。
    「ああっ」
    後悔してももう遅かった。
    『覆水盆に返らず』とはよくいったもので、
    テーブルはビチャビチャ、角から滴りおちる紅茶が床まで濡らしていた。
    「あぁ、勿体ない!」
    希実が急いで布巾を持ってきてくれたため、
    幸いにも和沙の手まで汚れずに済んだ。
    「ご、ごめん」
    「良いんだけどさ…どうしたの?昨日からちょっと変だよ?」
    神妙な面持ちで訊ねる希実の言葉が和沙の胸に響いた。
    友人にも見抜けてしまうくらい、顔に出ていたのだろうか。
    でも、本当は和沙自身も気づいている。
    なんだかんだ言っても、すっかり候補生の立場に納まっている日常。
    そしてそのことに違和感を覚えこそするものの、
    耐え難いほどの拒絶感に苛まれたことは一度もない。
    ただ、白黒つけないと気が済まない主義だったはずなのに、
    今の自分は何てはっきりしないのだろう、
    という諦めにも似た憤りだけが和沙を支配していた。

    変…って言えば

    一番変なのは、こんな時にでも頭に浮かぶのは真澄のことばかり、ということ。
    昼休みの彼女が今も脳裏に灼きついて離れない…
    真澄の顔を、表情を、涙を、これまで見たことのなかった彼女の本質を、
    和沙はあの時確かに垣間見た気がした。

    何で?どうして?

    …泣いていたの?
    思ったことを素直に口にして問いただすことができたなら、どんなに良いか。
    これまでなら、そうしてきた。
    何ら躊躇いもなく、ズケズケとものを言う性格だったから。
    けれど…
    たぶん、今回は聞くことができない。
    湿っぽいのが似合わないと思っていた真澄の、
    別の一面を知ってしまったから。
    愁いを帯びた彼女はどこか儚げで、いつにも増して綺麗で、
    見ているこちらまで息が詰まりそうだったから。
    和沙は、少し前の自分を懐かしくすら感じていた。
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■19517 / 1階層)  第一章 さくらいろ (38)
□投稿者/ 琉 一般♪(42回)-(2007/07/24(Tue) 01:47:51)
    翌日は、朝から身体測定が行なわれた。
    百合園高校は学級単位で回るのが決まりとなっている。
    「はい、じゃあ廊下で二列に整列して」
    担任の合図で、A組の面々は教室から出た。
    「これ後ろに回して」
    ほどなくして、前から配られる一枚のプリントを受け取った。

    何、これ!?

    手渡された用紙には、本日の巡回順序が学級別に
    細かく書いてあるわけだけれど…
    『歯科検診→身長→体重→胸囲→血圧→…etc』
    あるわ、あるわ。
    ごくオーソドックスな検査はもちろん、CT撮影なんて
    普通にあるものなのだろうか。
    内視鏡こそないものの、その他にも聞きなれない専門用語が満載で、
    お金がかかっていることだけは手に取るように分かった。
    さすがは、お嬢様学校。
    身体測定というよりは、大人がやる人間ドックに近い。
    まさに…検査のフルコースだった。
    そもそも、校内のどこにそんな精密機械を保管しているのかも疑問だが、
    これでは一日を費やさないと終わらないはずだ。
    和沙は、昨日希実が言っていた意味がようやく理解できた。

    「まずは…歯科検診からだから、第一保健室だね!」
    ぐだぐだ言っていても、仕方ないわけで。
    希実の勢いのあるかけ声で、和沙をはじめA組の集団は歩き始めた。
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■19522 / 1階層)  第一章 さくらいろ (39)
□投稿者/ 琉 一般♪(43回)-(2007/07/24(Tue) 18:38:25)
    「158,2cm」

    あぁ…

    去年より0,5cmしか伸びていない。
    はい、と手渡された自らの記録用紙を握りしめながら、
    和沙はつい見入ってしまった。
    一年で身長の伸びが1cmを切ると、成長が止まってしまったかのように
    切なく感じるのはどうしてだろう。
    今年十六歳になる和沙には、まだまだチャンスがあるはずだが、
    女性の伸び盛りが比較的早く終わってしまうのもまた事実だ。

    「わ〜い!去年より5cmも伸びた〜」
    嬉しそうに満面の笑みを浮かべているのは、隣に居た希実。
    163cmの彼女は、現在が成長期の真っ最中らしい。
    一年前は和沙とあまり変わらなかったようだが、
    今は目線が少し上に感じる。
    しかし、驚くことに百合園高校では平均身長が彼女くらいあり、
    160cmを超える生徒はそう珍しくない。
    栄養状態が極めて良好育ちばかりが結集した
    お嬢様学校ならではの傾向だろうか。

    高柳会長は…何センチなんだろう

    平均が高い百合園高校の中においても
    生徒会役員はそれを上回る人が多いから、
    おそらく…170cm前後はあるはずである。
    周りよりも頭一つ分高い身長は、
    当然視覚的な印象がだいぶ違ってくる。

    なんだか…

    自分なんかがこの人の側に居ていいのだろうか。
    勉強さえ出来ていれば良い、と信じて疑わなかったのに、
    ヴィジュアル面での引け目を感じてしまうのは、
    その価値を認めてしまったからなのかもしれない。
    和沙は、初めて外見は全く気にしないと言う人が
    嘘つきのように思えた。
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■19524 / 1階層)  第一章 さくらいろ (40)
□投稿者/ 琉 一般♪(44回)-(2007/07/25(Wed) 01:35:52)
    「次は胸囲だね」
    希実の声に、和沙は足を止める。

    これまでの測定結果は、どれも昨年度からほとんど変化がなかった。
    強いていうなら、体重が3kgも増えていたことがショックだったのだが…
    和沙自身にはその要因として思いあたる節があったので、
    さしずめ受験時のストレスによる食べすぎだろう、と推測した。
    胸囲の測定が終わったら、保健室を後にして
    第二体育館へ移動することになっている。
    つまり、これが第一保健室で行なう最後の測定なのだ。

    ドンッ
    「あ…すみません」
    考え事をしていた和沙は、胸囲用の生徒が出入りする簡易更衣室で
    ふいにすれ違う生徒にぶつかった。

    うっ!!

    ボフッという妙な音が聞こえた瞬間、
    何かに圧迫されて目の前が見えなくなる。
    ぶつかったお相手はどうやら胸囲測定をしていたようで、
    和沙はあろうことか彼女の胸元にのめりこんでいた。
    辛うじてブラジャーはしているものの、
    上着がない分、素肌の感触がリアルに伝わる。

    ギャー!!!

    和沙は声にならない悲鳴をあげていた。
    心臓はバクバクして、うるさいくらい音を立てる。
    顔に熱が伝わり、頬が紅潮していくのが自分でも分かる。
    「ご、ご、ごめんなさいっ」
    謝りたかったのに、謝罪の言葉すら滑らかに出てこない。
    慌てて密着していた身体を引き離して、
    相手の顔を確認すると…今度は絶句した。

    「大丈夫?」
    少し高めのその声は、紛れもなく真澄のものだった。
    身長差が十数センチある二人は、向き合うと
    ちょうど真澄の肩の高さが和沙の顔にあたる。
    「へ…平気です。し、失礼します」
    声がどもって、全然平気ではなかったけれど、
    和沙はとりあえずその場を後にした…つもりだった。
    「あら、奇遇ね。和沙じゃない!」
    ぶつかった時点で誰かは分かっているはずなのに、白々しい。
    「ど、どうも。急ぎますので、それでは」
    それはもう、そそくさという仕草ではなかった。
    和沙は一刻も早くそこを去りたくて、
    回れ右してわき目も振らずに走った。
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■19525 / 1階層)  第一章 さくらいろ (41)
□投稿者/ 琉 一般♪(45回)-(2007/07/25(Wed) 07:00:22)
    ドクン…ドクン…

    まだ心臓の鼓動は続いている。
    息を吸って吐いて、を繰り返して。
    人間は、衝撃的な瞬間の直後には
    何があったのか分からないものだけれど、
    さっきの出来事をすぐには思い出したりしない方が
    良いことくらいは今の和沙にも理解できる。

    「あ、来た来た!遅いよ〜」
    和沙がA組の着替え場所に着いた時には、
    希実はもう衣服を脱いで準備万端のようだった。
    「ご、ごめん」
    和沙も慌てて自分の上着に手をかけた、その時。
    「ねぇ、真澄先輩は何の用だって?」
    「えっ!?」
    つい、和沙は大声をあげてしまった。

    なんで…

    希実が知っているのか、という疑問は比較的早く解けた。
    その訳は彼女の人差し指が教えてくれたから。
    後ろ、と暗示している指先を辿れば、
    そこには真澄が立っていた。

    「あら、和沙は去年よりも3kgも太ったのね」
    「なっ…」
    途端に周りからクスクスという笑い声が漏れる。
    どうやら、先ほど和沙は記録用紙を落としてしまっていたらしい。
    真澄の手には、見覚えのある厚手の紙がヒラヒラと踊っていた。
    彼女はわざわざこれを届けようと後を追ってきたようだが…

    頼むから…

    個人情報にはもっと気を配ってほしい。
    よりにもよって『体重』なんて。
    そりゃ、真澄のように見るからに羨ましいほどの
    プロポーションをしていれば、公共の面前でも恥ずかしくないだろうさ。
    でも、こっちはごく普通の女子高生なんだ。
    彼女がもう少し引け目を感じている後輩の気持ちを察してくれたらな、
    と思いながら、和沙は自らの用紙を奪還した。
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■19526 / 1階層)  第一章 さくらいろ (42)
□投稿者/ 琉 一般♪(46回)-(2007/07/26(Thu) 03:53:16)
    それにしても、和沙は先ほどから真澄の
    チラチラと送る目線が気になって仕方なかった。
    いや、ただ見るだけなら別に何の問題もないのだ。
    けど、真澄の場合、何だか視線が下を向いているような…

    「今日はクマ柄のぱ…」

    !!!!!

    次の瞬間、和沙の両手は真澄の口を塞いでいた。
    どうりで舐めるような眼差しが気になったはずだ。
    彼女は、和沙の『例の趣味』をからかいたかったのだ。
    これ以上、このおしゃべり虫に赤っ恥をかかされてはたまらない。
    和沙は、早いところ退散していただくために、
    真澄の体育着の裾を引っ張って更衣室の外へと連れ出した。

    「ちょっと!やめてくださいよっ!」
    和沙は必死になって懇願した。
    「あら、どうして?」
    とぼけるような仕草で、真澄は不敵な笑みを浮かべる。
    タチが悪い性格は相変わらず健在のようだ。
    「もう…ああいうのは、卒業したんです」
    それは、精一杯の強がりだった。
    半分は本当だけど、半分は嘘。
    買い物にも行ったし、大人っぽい下着も購入した。
    でも、部屋着としては愛用している。
    そんなところだ。
    けれど、この人には知られたくない、隠し通したい。
    そんな思いだけが和沙の心を渦巻いていた。
    変な見栄を張りたくなるのは、これが初めてだった。
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■19527 / 1階層)  第一章 さくらいろ (43)
□投稿者/ 琉 一般♪(47回)-(2007/07/26(Thu) 10:45:12)
    「あれはあれで、あなたの良さなのよ?」
    どんな追求が待っているのか、覚悟を決めたというのに、
    真澄の返事は意外なものだった。
    「でも…」
    ああいうのお嫌いでしょう?
    と続けそうになった自分に、和沙は驚いた。

    なんだって、目の前の彼女の顔色を伺う必要があるのか…

    そんな和沙をよそに、真澄は淡々と話し始めた。
    「私は…まあ、ああいうのは持っていないけど、
    あれも個性の一つとして面白いと思っただけよ。
    同時に、和沙らしいとも思ったわね」
    そう言いながら真澄は和沙の髪の毛に触れ、
    今度は突如髪のことについて語りだした。
    「そうね…あくまで私の一意見として言わせてもらうなら…
    和沙は今のようにおかっぱ頭も似合っているけど、
    伸ばしてみるのも悪くないんじゃないかしら」

    本当に?
    …本当にこんな自分でも似合うのだろうか

    にわかには信じがたかったが、彼女の口から聞かされると
    そうなのかもしれないと思うから不思議だ。
    決してオシャレに興味がないわけではない。
    ティーン誌も一冊くらいは持っている。
    けれど、それ以外に優先すべきことが多すぎて、
    二の次三の次と後回しているうちに、
    いつしかそれは似合わないものとして
    敬遠する要因になってしまった。

    「私は、そっちの方が好きよ」
    屈託のない微笑を浮かべる真澄からは、
    自然と嫌味を感じなかった。

    今週末、美容院を予約しようかな…

    単純でも構わない。
    和沙は、真澄に好く思われたい気持ちに、
    そして何より自らの本音に正直になってみることにした。
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■19531 / 1階層)  第一章 さくらいろ (44)
□投稿者/ 琉 一般♪(48回)-(2007/07/27(Fri) 04:58:38)
    しばらく真澄と話していたせいで、随分と遅くなってしまった。
    「あっ!やっと来た!和沙、お〜そ〜い」
    いつもはのんびりしている希実も、腕組しながら仁王立ちしていた。
    「ごめっ…」
    「謝るのは後っ!ほら、早く上を脱いで。
    あとは和沙だけだよ」
    言われるままに高速スピードで服を脱がされ、
    あっという間に測定を済ませた。

    「はぁ〜。バストも去年より小さくなってる…」
    ボソッと和沙が独り言しているところに
    「ちょっと良い?」
    と呼びかけながら希実が近づいてきた。
    はい飲み物、と角に備え付けの紙コップを手渡しながら、
    それは突然発せられた。
    「真澄先輩に何て言い寄られたの?」
    「ぶっ」
    幸い中に入っていたのが水だったから、
    和沙が口に含んだばかりでも惨事を免れた。

    ゴホッゴホッゴホッ…
    ただ、運悪く気管に詰まらせたようで、
    和沙はしばらくむせ続けていた。
    しかし…何て言われたの、ならまだ分かるが
    何て言い寄られたの、だ。
    似ているようで、醸しだすニュアンスは全然違ってくる。
    「ねぇ、教えてよ!」
    やけに真剣に問いつめる希実には悪いが、
    和沙は真澄に言い寄られてなんかいない。
    「希実、何言っているの?
    私はただ高柳会長と話してただけだよ」
    「怪しい…」
    疑いの目を向けてくる希実は、
    その後もしつこいくらいに食い下がった。
    「もういいよ!和沙の馬鹿っ」
    仮にも学年主席である和沙に対してその言葉はあんまりだが、
    希実は何事もなかったようにスタスタと教室に向かって歩いていった。

    …何を怒っているんだろ?

    「待ってよ〜!希実」
    今は友のご機嫌とりに専念しなくては。
    あっちに気を配ったり、こっちに配慮したり…
    生徒会の手伝いをしていくうちに、
    こうやって板ばさみになる経験が増えたことを
    和沙は改めて感じた。
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■19790 / 1階層)  第一章 さくらいろ (45)
□投稿者/ 琉 一般♪(49回)-(2007/08/18(Sat) 08:01:04)
    身体検査日ということもあり、お昼は教室で食べた。
    思惑どおり、希実は玉子焼き一切れで許してくれたが、
    和沙には怒っていた理由が未だに理解できないでいた。

    午後からは、多目的教室にて測定の続きだ。
    淡々とこなしていくうちに、残るは…いよいよ
    歯科検診と内科検診を済ませるだけになった。

    今年も…また

    最後に所定の個室に入り、看護士らしき人に促されて席に腰かける。
    医師が聴診器をあてるのをじっと待つ一瞬の緊迫感からか、
    和沙の額からは汗がこぼれた。

    「はい、良いですよ」

    ホッ…

    この瞬間、いつも和沙は緊張から解き放たれるのだった。

    「その後は順調かしら?」
    そう訊いてくるのは、百合園高校係りつけの女医さんらしい。
    この学校の場合、そういった契約をしている医師が
    あと数人は居るというから驚きだ。
    「はい、何とか…」
    和沙はか細い声で答えた。
    こういう応答には慣れている。
    だからもう少し…あと少しで自分も同じ土俵に立てるのだ。

    「ありがとうございました」
    診察室を出てから、和沙は自らの手のひらに汗をかいていることに
    ようやく気がついた。
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■19791 / 1階層)  第一章 さくらいろ (46)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(50回)-(2007/08/18(Sat) 08:03:57)
    一日中、学内を右に左にと動き回っていたから、
    さすがに和沙も希実もクタクタだった。
    それでも、放課後にはこうやって生徒会室に足が向くのだから不思議だ。
    きっともう習慣にさえなってしまっているから、
    和沙だって毎日仏頂面しながら通うわけにもいかない。
    「あ、ねぇ何か貼ってあるよ」
    そう言いながら、希実は前方を指差した。
    「本当だ…何て書いてあるんだろう」

    『今日の生徒会活動はありません。
    一年生は速やかに帰るように!』

    生徒会室前にはこんな張り紙がされてあった。
    おそらく、真澄や斎をはじめとする上級生役員がやったものだろう。
    「仕方ないか。明日は新入生歓迎会だもんね」
    そう。
    明日はいよいよ、生徒会役員の大一番が待っている。
    きっと今頃…役員たちは準備に終われているはず。
    「しょーがない。私たちは帰りますか」
    いくら和沙や希実の生徒会室への出入りが容認されているからとはいえ、
    二人も一応は一年生。
    明日のゲストの一人としては変わりないから、
    人手が足りない生徒会でもさすがに手伝わせるわけにはいかないのだ。

    和沙は駅まで一緒に、と申し出てくれた希実の誘いを断って、
    一人桜通りへと向かった。
    今は何となく一人っきりで散歩したい…
    そんな気分だった。
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■19795 / 1階層)  第一章 さくらいろ (47)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(51回)-(2007/08/18(Sat) 22:43:41)
    ザワザワ…

    桜並木が風に揺れるたびに、辺りを花びらが舞う。
    まだまだ最盛期だけど、身体測定というイベントがあった後では
    人通りがまばらだった。

    あの時とおんなじ…

    いや、正確にはあの時…つまり入学式の日よりも
    だいぶ桜が咲き乱れ、また散っていた。
    和沙はゆっくりとした歩調で、一人並木道を散歩することにした。

    「…なんです」
    何やら奥の方から声が聞こえる。
    誰かは分からないけど、二人の生徒が立ち話をしているようだった。
    性格上、お喋りに交ぜてほしいなどとは微塵も思わない和沙だったが、
    困ったことに帰り道の方向からどうしても無視できない。
    校舎側への通り道は、この一本しかないのだ。
    そうっとそうっと足音に気を配りながら、
    和沙は忍び足で草陰の方へとにじり寄った。

    あれは…

    この距離から見てもはっきりと映る手前側の一人に、
    和沙は見覚えがあった。
    スラッと伸びた手足に、短い髪の毛が印象的な生徒会副会長、
    二階堂斎その人だった。

    な、何で?

    彼女がここに居るのだ。
    今頃、役員は準備に終われているのではなかったのか。
    そういう旨の張り紙がされていたんだから、
    和沙の疑問はもっともだろう。

    しかし、和沙をさらに驚かせたのは、その後の二人の会話だった。
    「私…ずっと先輩が好きでした。
    だから、その…もし良かったら付き合ってください!」
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■19799 / 1階層)  第一章 さくらいろ (48)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(52回)-(2007/08/19(Sun) 12:53:58)
    後から舞い散る桜吹雪の中を沈黙が流れる。
    しかし、それは決して心地よい沈黙とはいえず、
    時が止まってしまったかのような空間のようで
    張りつめた空気のような、不思議な光景だった。

    い、いま…

    好きです、って言った、この人?
    和沙はたった今発言した張本人の顔をマジマジと見つめた。
    なるほど、斎の背の高さに隠れて見えなかったが、
    彼女は同じクラスの西嶋さんたちと
    たまに話したりしていた村田さんだ。
    確か…二階堂ファンクラブの一員だったはず。
    大人しそうな印象だったのに、
    放課後に先輩を呼び出して告白するなんて、
    意外と大胆な性格なのかもしれない。

    …って

    そうじゃない!
    和沙が驚いたのは、やはり女子校でこういう情事を目撃してしまった、
    ということ。
    それはイコール、女性同士の恋愛が存在する、ということに他ならない。
    昨今においては、同性愛であってもそれほど珍しくない時代に
    なってきたが、それでも現実として目の前にすると
    人知れぬ動揺と興奮を覚えるのだった。

    お、落ち着け…

    何で告白されたわけでもないのに、こんなに熱くなっているのだと、
    和沙は自分で自分にツッコミを入れながらその場を後にした。
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■19813 / 1階層)  第一章 さくらいろ (49)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(53回)-(2007/08/20(Mon) 19:33:12)
    「澤崎さんは、どこに進学するの?」
    中学時代、決まり文句のように浴びせられる質問に、
    和沙は淡々と事実を語っていた。
    「えっ!百合園なんだ〜」
    「さすが澤崎さんだね〜」
    などと、賛辞を述べる者も居た。
    「え〜?女子高でしょ?あたし、無理かも」
    「お嬢様学校とかオカタクない?」
    などと、率直な意見を言ってくる者も居た。
    それらに対して、和沙は耳を傾けるような素振りをしつつも、
    内心では誰が何と言おうと知ったこっちゃない、とタカをくくっていた。

    だって、関係ないでしょ、女子校とか。

    ただ男が居ないだけ。
    そんな環境の変化が思春期に及ぼす影響なんて、微々たるものだ。
    思うに、今時の女子高生はむしろそういうことを気にしすぎるのではないか。
    出会いがどうこうって、共学に進学すれば必ず彼氏ができると
    保証されるわけでもあるまいし…

    こういう心配をいちいちしていたら、キリがないのだ。
    だから、結局のところは入ってみないと分からないものは分からない。
    和沙はその意気込みだけで、懸案事項を全て払拭させたのだった。
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■20050 / 1階層)  第一章 さくらいろ (50)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(54回)-(2007/09/17(Mon) 22:55:47)
    結局、和沙は斎たちを横切ってまで帰ることはできなかった。

    何だって校舎側で話すの…温室の方ですれば良いのに

    思いがけない『愛の告白』との遭遇に、和沙の不満が噴出していた。
    それもそのはず。
    三角通りから校門までは、この道以外はないからだ。
    こうなったら、中学校舎へと続く紫陽花通りへと
    回り道しないと外に出られない。
    時間は、午後二時半。
    ちょっとだけ散歩するつもりが、思わぬところで足止めされてしまった。
    少し急ぎ足にしないと、帰ってやるつもりだった
    数学の演習問題に取り組む時間が減ってしまう。
    何といっても、百合園の大庭園は広大な上に
    回り道するのにも時間がかかるのだから。
    …今からだと三十分は余計にかかるくらいに。

    紫陽花の見ごろはまだ先のようだったが、
    花が好きな和沙は初めて他の植物通りにまで足を運べたことには満足していた。
    普段はあまり外出を好まず、近所の公園へもでかけることが
    めっぽう減ってきた和沙にとって、
    この学内専用の森のような庭園は癒しの場所になりつつある。

    ハア…
    勢い余って突進したのは良いけれど、
    桜通りから先に足を踏み入れたのはこれが初めて。
    いわば未開拓の地である。
    まだ中学校舎への別れ道には差しかかっていないから、
    間違っても道に迷った…なんてことはないはず。

    疲れた…

    長い長い一本道は、それだけで体力を消耗するものだ。
    情けないと思いつつも、和沙は手ごろなベンチを見つけて腰かけた。
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■20051 / 1階層)  第一章 さくらいろ (51)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(55回)-(2007/09/17(Mon) 22:59:55)
    2007/09/17(Mon) 23:01:17 編集(投稿者)

    ん…?

    よくよく見ると、向こう側には自販機が置かれていた。
    ダストボックスと紫陽花に隠れて分かりにくいが、
    まだ陽が沈むのが早い春先には、時間的にもその蛍光灯が目立って見えた。
    そういえば、すでに校舎を出てから一時間近くは歩き回っている。
    もうクタクタで体力に自信のない和沙は、真っ先にそれに飛びついた。

    「何、コレ…?」
    ダージリンのストレートにアッサムのミルクティー、
    キーマンのブレンド。

    …全部、紅茶じゃない!

    この自販機の驚くべきはそれだけではなかった。
    「520円、580円、630円…」
    やっとで紅茶以外の飲み物を見つけ出したと思ったら、
    缶コーヒーでこの値段である。
    ラベルの説明によると、何でも厳選された茶葉に国内屈指の清水を使用し、
    低温抽出したプレミアム品らしい。
    そんなことにはこだわらなくても良いから、庶民でも買えるような
    いたって普通の自販機を設置してほしいものである。
    一番安い商品ですらワンコインでは購入できない。
    毎月決まった小遣いをやりくりしている平均的な高校生である和沙は、
    泣く泣く財布から千円を取り出した。
    普段ならばこのような贅沢品は絶対に買ったりできないが、
    異様な喉の渇きには耐えられなかった。

    「熱っ」
    自販機から取り出した時にはそれほどまでに気にならなかったが、
    どうやら中の紅茶はそうとう高温のようである。

    冷めるまでもう少し待とう…

    そう思いながら、和沙が缶につけた口を離したその瞬間、
    目の前を一組の女生徒が通り過ぎて行った。

    「そしたら、真澄先輩がね…」

    その二人が横切った瞬間、和沙には確かにそう聞こえた。
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■20052 / 1階層)  第一章 さくらいろ (52)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(56回)-(2007/09/17(Mon) 23:05:50)
    『マスミセンパイ』

    今の和沙にとっては、聞き捨てならない単語である。
    プラス…
    この特徴あるトーンが高くて柔らかい声には聞き覚えがあった。
    後ろ姿からもはっきりと美人だと分かるサラサラの黒髪の持ち主は、
    大方の想像通り…杏奈だった。
    隣を向いている彼女の横顔から和沙は確信に至ったが、
    もう一人の生徒は特定できないでいた。
    比較的背が高く、恵まれた体格をしていることから
    運動部の生徒だろうか。
    また、学年カラーまでは見えないが、
    落ち着いた風貌から上級生だろうか。
    …が、和沙が最も気がかりに感じた問題はそんなことではなかった。
    あの二人の様子をからは、かなりの親密ぶりが伺える。
    腕を組んだり、肩に手を回したり、時々見つめ合っては微笑んだり…
    どういう関係かは分からないが、一言でいうならば
    どういう関係なのか、と尋ねたくなるような関係である。

    こんなことをやっている場合ではないとか、早く帰らなきゃとか、
    幾つもの警告が和沙の頭を駆け巡ったが、
    先ほどの桜通りでの出来事と「マスミ」が決定的な決め手となった。
    尾行することには慣れていないながらも、
    何とか二人が誰もいない静かな場所に落ち着くまで見失わずに済んだ。
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■20053 / 1階層)  第一章 さくらいろ (53)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(57回)-(2007/09/17(Mon) 23:11:18)
    ガサッ…

    枯れ葉を一枚踏んだようだ。
    迷ったあげくに、和沙は結局お決まりの盗聴パターンにでた。
    テレビや漫画によく登場する例のアレである。
    二人が座っているベンチ裏の森林に回り、
    紫陽花を隔ててすぐにある木陰に隠れた。
    鞄を両手で抱えながら息を押し殺して、
    もちろん携帯が鳴ることがないようとの確認は念入りにした。
    和沙がここまでしないといけないことには理由があった。
    この場所は中学生徒会専用のスペースなのだ。
    つまり、いくらここの生徒である和沙でも本来ならば立入禁止区域。
    どうして高校生が中学の施設を借りることが出来るのか
    ということは和沙にも分からなかったが、
    一応同じ百合園の附属校なので、相互の生徒会で
    こういったスペースの貸し借りにまつわる交流があってもおかしくない。
    今日のこの時間を杏奈が予約していたとしたら、
    高校からの申し出とあってほぼ確実に断られないだろう。
    けれど、そうまでして人目につきたくない用事とは何か、
    そしてなぜそれを遂行するのにあの二人なのか、など
    和沙にとっては余計に好奇心を駆り立てる一因ともなっていた。

    「で?」
    「だから〜、明日は新入生歓迎会やるでしょ?」
    「それはさっきも聞いたよ」
    「でね、それを主催しているのが私たち生徒会なの」
    「マジ?何か超めんどそう…」
    「そんなことないよ。だって一応生徒会全体が関わっていることになっているけど、
    内容はほとんど会長が企画したから、私はただ任務を遂行するだけなの」
    「…ふ〜ん」

    どうやら、二人は明日の行事についての話をしているようだ。
    しかし、杏奈が楽しそうに話題を振るのに対して、
    もう一人の彼女はあまり口数が少ない。
    最初のうちは相槌をうったりして聞いていたようだったが、
    次第にそれすらもしなくなっている。
    「ねぇ、ちょっと!聴いているの?」
    ついに痺れをきらした杏奈が少し尖った口調で抗議した。
    「あ〜、もう高柳会長のことは分かったから…別の話してよ」
    彼女はいかにも面倒くさいといった態度で答えた。
    おまけにその表情は、若干へそを曲げているようにも見える。
    「もう…なに拗ねているのよ」
    「拗ねてなんかない!」

    …何か

    横で聴いているこっちの方が恥ずかしくなってくる台詞である。
    一時は雲行きの怪しい会話になりかけたが、
    これではただの痴話喧嘩だ。
    というか、こんな挨拶代わりのようなじゃれあいが出来るということは…
    ほぼ決まりだろうか。
    これ以上詮索するのは野暮なように思えてきた和沙が
    そろそろ立ち去ろうかと考え始めたまさにその時、
    二人の影が重なって映った。

    え…

    …まさか抱き合っている?
    それから後はまさにスローモーションのごとく見えた。
    軽く抱擁を交わした二人は、密着していた身体を離して
    杏奈が校舎の方へ戻ろうとする彼女を見送っていた。
    映画のワンシーンのような美しい世界に
    ボーッと見とれていた和沙に災難が降りかかったのは、
    彼女の姿が見えなくなって間もなくのことだった。

    「熱っ」
    持っていた缶の紅茶を誤って手にこぼしてしまったのだ。
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20059 / 1階層)  NO TITLE
□投稿者/ のん 一般♪(1回)-(2007/09/20(Thu) 02:19:04)
    すごくおもしろいです。 続き、楽しみにしています。

    (携帯)
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20060 / 1階層)  のん様
□投稿者/ 琉 ちょと常連(58回)-(2007/09/20(Thu) 21:50:07)
    初めまして。
    感想、ありがとうございます。とても励みになります。
    第一章もいよいよ佳境に入りますので、
    どうか最後までお付き合いいただければ嬉しいです!
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20061 / 1階層)  第一章 さくらいろ (54)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(59回)-(2007/09/20(Thu) 21:59:56)
    「み〜た〜な〜」

    何て間の悪いタイミング。
    せっかく高いお金を出してまで買ったのに、
    飲み終えていないまま捨てるのはなあ…という
    ある意味やむをえない理由のために
    和沙は先ほどの缶紅茶をここまで持ってきたのであった。
    貧乏性がこんなカタチで裏目に出るなんて。
    間髪を入れずに、背後から杏奈が声をかけてきた。

    もうダメだ…

    大人しく観念しようにも、和沙の足は
    まるで地面に吸いついているように動かなかった。
    それもそのはず。
    和沙が今まで聞いたことのある彼女の声の中で、最も冷淡な声質だったからだ。
    振り向かないといけないのだけれども、
    振り向くのが怖い。
    しかし、次の杏奈の発言は意外なものだった。
    「あ、君を見たら思い出した。真澄先輩が探してたよ、あなたのこと」
    「えっ?」
    とっさの反応とは面白いもので、今度の和沙は躊躇なく振り返った。
    予想とは裏腹に、杏奈は大して怒っている様子ではなかった。
    「な、何で…?」
    「さあ?私もよく知らないけど、もう帰ってしまっているかもしれないけど、
    見かけたら温室まで来るように伝えてほしい、って。
    先輩にしたら珍しく焦っていた様子だったけど…」
    そこまで言い終えた杏奈はニヤツとした笑みを浮かべてこう続けた。
    「きっと和沙ちゃんに何か大事な用があったんじゃないかしら?」
    「なっ」
    自分でもみるみる顔が紅潮していくのが分かる。
    「早く行ってあげて、和沙ちゃん」
    恥ずかしいのと、杏奈の言葉が後押しになったのとで、
    和沙は黙って彼女の横を通り過ぎようとした…のだが
    「あ、待って」
    またも腕を掴まれ、杏奈に阻まれた。
    「ナイショにしててね」
    小声でボソッと呟くようにして言った彼女は、
    そのまま和沙を見ることなく向こう側の通りへと消えていった。
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■20071 / 1階層)  第一章 さくらいろ (55)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(60回)-(2007/09/23(Sun) 13:56:06)
    高校進学時には、もしかして…なんて懸念でいっぱいだった。
    そしてその中には、女の子同士の恋愛なるものも当然に含まれていた。
    …けど。
    それは、あくまで可能性。
    居るかもしれないし、居ないかもしれない。
    また、仮に存在しようとも、現実の当事者を見るかもしれないし、
    卒業するまで知らないままかもしれない。
    全ては可能性でしかなかった。
    …でも、和沙は今先ほど見てしまった。
    しかも、ごく顔見知りの知っている先輩が関係していたことで、
    いくらか胸の動揺が増幅されている。
    副会長と書記。
    生徒会で重要な職務を担っている二人が、もしかすると当事者なのかもしれない。
    斎の方はともかく、杏奈の方はもしかしなくともほとんど確定的だ。

    『ナイショ』とは、何を内緒にすれば良いのだろう。
    先ほどの彼女と親しげにしていたことを?
    二人で抱き合っていたことを?
    それとも…
    きっと、杏奈が伝えたかったことは
    実はそんなに難しいことではなかったのかもしれないけれど、
    今の和沙には刺激が強すぎて取り乱すことでしか心の均衡を調整できなかった。

    おまけに、真澄も真澄だ。
    一年は早く帰れ、なんて言っておいて、
    また呼び出すなんて彼女らしくない矛盾した行動だ。
    もしや、またからかい半分で明日の緊張を紛らわそうとしているのではないか。
    いや…案外、本当に具合が悪いのかも。

    和沙の中で思いが交錯し、考え事が後からあとから増える一方で、
    温室に到着した頃には頭がパンクする寸前だった。
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■20072 / 1階層)  第一章 さくらいろ (56)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(61回)-(2007/09/23(Sun) 13:59:22)
    ウイィィン…

    自動ドアの向こうには、またしても別世界が広がっていた。
    もともと温室自体が学内でも指折りの華やかさを誇っているのだが、
    以前見た時より数割増しで豪華になっていた。
    鮮やかな色の花の側には間接照明でさらに輝きが増して、
    いつの間に造ったのか、簡素なものであるが中央広間へと続く一本道に
    アーケードらしきものまで用意されている。

    え…?

    呼ばれたから来てみたは良いが、これでは真澄がどこに居るのか
    検討もつかない。
    室内の広さを考えると、多少大声で叫んだところで反響性は期待できない。
    和沙は改めて温室中を見渡した。
    なるほど、所々にプラカードらしきものがぶら下がっていることから、
    単なるイメチェンではなさそうだ。
    温室を刷新するにしてはやりすぎる、でも誰かを迎え入れるために
    歓迎の意味で装飾を加えたとしたら…このくらいが妥当なように思える。

    生徒会主導で『誰かを迎え入れる』ような最近の行事といえば…

    明日の歓迎会に関係することなのだろう、と和沙が結論を下すまでに
    そう時間はかからなかった。
    彼女は企画をはじめ明日の全指揮を取り持つ会長なのだ。
    大事な作業に没頭していて、それを邪魔するのも気の毒だ。

    真澄がこちらに気づく前に帰ってしまおう

    そう決めて、和沙が振り向こうとした瞬間…またしても
    あの日と同じことが起こった。
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20077 / 1階層)  第一章 さくらいろ (57)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(62回)-(2007/09/24(Mon) 01:07:03)
    「ごめんなさいね…えっ」
    「うわっ」

    おそらく、ほぼ同じタイミングで二人は互いの反応に驚いた。
    和沙は背後に誰か居るとは気づかず、また真澄はまさか和沙が
    自分に気づいていないとは思っていなかったからだ。

    …しゅ、瞬間移動?

    真澄に対して若干偏見を持っている和沙は、
    本気で彼女の神業に感服した。
    「ああ…これ。すごいでしょう?自信作なの」
    真澄は和沙が温室の変わりように驚いているものだと勘違いして、
    あれやこれやと熱心に説明を続けた。

    ん…?

    そのうち、和沙はある異変に気づいた。
    真澄の鼻筋がうっすらと土で汚れているのだ。
    よく見ると、それは鼻だけでなく、頬や額にもチラホラ確認できる。
    たぶん、花壇を整えるために土いじりした時にでも
    付着したのだろう。
    まるで努力の勲章のようだ。

    もしかして、気がつかない…?

    和沙が不思議がるのも無理はない。
    百合園でも屈指の名家である高柳家のお嬢様ともあろうお方の
    麗しのご尊顔にこのようなことがこれまでにあっただろうか。
    たぶん、ない。
    きっと彼女の家なら、お付の者が慌てて消しにかかるだろう。
    真澄の顔立ちが端正であるが故に和沙には滑稽に映り、
    彼女が「すごいでしょ」を連発するたびに
    和沙には別の意味に聞こえて笑いを堪えるのに必死だった。

    そのうち、立ち話も何だから座ってお茶でもしましょう、ということになって、
    和沙は以前杏奈と昼食を共にした例のスペースに通された。
    本当ならば、こういう時こそ後輩が進み出て支度をするものだが、
    真澄が今日は自分がやりたいと言うので、和沙は座って待っていることにした。
    そろそろお湯が沸騰する頃だろうかというタイミングで、
    キッチンの方からはタイマーの音と真澄の悲鳴が聞こえた。
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▲[ 19228 ] / ▼[ 20101 ]
■20078 / 1階層)  第一章 さくらいろ (58)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(63回)-(2007/09/24(Mon) 01:15:47)
    「見た?」

    開口一番、真澄は和沙にそう訊ねた。
    キッチンで洗顔してきたのか、今の彼女はいつもの美人生徒会長に戻っている。
    心なしか、彼女の頬は紅くなっている気がする。
    「何がです?」
    とりあえず和沙はとぼけてみた。
    こっちはこれまでに散々醜態をさらしてきたのだ。
    しかも、もともと和沙の仕業ではないのだから、
    このくらいの仕打ちは覚悟してもらいたい。
    けど。
    プライドの高いお嬢様は、和沙の返答がお気に召さなかったようで、
    ムッとした表情をしながらも二人分の紅茶の用意を始めた。
    白いジノリのカップに真っ赤な液体が注がれていく。
    「これは…?」
    「ローズヒップティーよ」

    ろーずひっぷ…うげっ

    一度だけ試してみたことがある銘柄だが、その時は
    香りと渋みが強すぎて全部は飲みきれなかった。
    そんな和沙のしかめっ面を見た真澄は、
    騙されたと思って飲んでみなさいとばかりに
    カップを差し出した。

    「あ、美味しい…」
    意外だった。
    けど、思ったよりもすっきりしていて本当に飲みやすいのだ。
    「でしょう?きっとあなたは飲みなれていないだろうから、
    薄めでまろやかにしてみたわ」
    飲みなれていないは余計だが、悔しいことに早くも二杯目をお代わりしてしまう。
    杏奈と別れてからもずっと歩き通しだったため、
    温かい紅茶が染み入るようだ。
    そういえば、何だかんだで先ほど購入した缶紅茶もこぼしてばっかりで、
    ほとんど飲まないまま持ってきてしまった。
    和沙がチラリと見たことで気づいたのか、
    真澄がそれを持ち上げキッチンへと運んでいってしまった。
    何をするのだろう、と和沙が不思議がっている間もないうちに、
    彼女は缶の中身を捨て始めた。

    「ああっ」
    もったいないといったらこの上ない。
    和沙の心の叫びも届くことなく、
    缶の中の紅茶は無情にも排水溝へと消えていった。

    260円…

    まだあと半分の量は残っていたように見えたため、
    その半分の額を考えて嘆いてしまう。
    すぐに値段に換算してしまうのは庶民の性なのだ。
    「こういうのはふたを開けたらすぐに飲んでしまいなさい。
    じゃないと味が落ちてしまうのよ?」
    「でも…」
    まだ飲めるのに…と和沙は続けたかったのだが、
    真澄はそれすらも見通して一刀両断で遮った。
    「飲める飲めないの話をしているのではないの。
    一流の物は最適の時期に味わってこそ価値があるものよ。
    残してしまう恐れがあるなら最初から買わないか、
    もっと小さくて飲みきれるサイズを探すの。
    少しで良いから一流品を嗜むのが至上の幸福だわ。
    あなたもそうは思わない?」
    「はあ…」
    それは正論なのだけれど、和沙にだって言い分はある。
    というか、あれを買った当初はもちろん全部飲み干すつもりでいたのだ。
    なら何故飲んでしまわなかったかというと…

    ああ、そうか…

    その後、いろいろゴタゴタがあってこの温室にたどり着いたことを
    和沙はようやく思い出した。
    気がつくといつの間にか真澄は側まで来ていた。
    「ま、あなたのことだから何か事情があるのでしょ。
    でも…そのもったいないという心がけは
    物事に感謝する精神を養う上でとても良いことだから大切になさい」
    そう言うと、真澄は和沙の頬をそっと撫でた。
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▲[ 20078 ] / 返信無し
■20101 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ スマイル 一般♪(1回)-(2007/09/29(Sat) 10:33:40)
    琉サン
    読まさせて頂きました。サイコウ!に面白いです!
    是非とも〜続きが気になりゃす(*≧m≦*)
    頑張って下さぃです。

    (携帯)
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20106 / 1階層)  スマイル様
□投稿者/ 琉 ちょと常連(64回)-(2007/09/30(Sun) 00:11:25)
    初めまして。感想をお寄せいただきありがとうございます。
    実はこの作品は、全六章での構成を考えています。
    長すぎ…ですね。
    自分でも完結できるか不安なのですが、
    温かいメッセージを支えに頑張ります。

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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20107 / 1階層)  第一章 さくらいろ (59)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(65回)-(2007/09/30(Sun) 00:40:50)
    触れたのは指先だけなのに、和沙はそこから熱くなるのを感じた。
    憧れの生徒会長に近づいて、単に彼女にかまってもらうだけではなく、
    独占しているような状態。
    考えてみると、自分は何て図々しい新入生なのだろう。
    真澄と対面する時間が長ければ長いほど、
    和沙の頭には余計な邪念がよぎるのだった。
    だけど。
    生徒会候補生になれば、毎日彼女の側に居ることができる。
    それだけは確かだ。
    逆に候補生を辞退すれば…今までよりも一緒に過ごせる時間は減ってしまう。
    それもまた明らかだった。

    和沙がぐるぐるとそんな考えを巡らせているうちに、
    真澄はいつの間にか和沙の前から離れてすぐ近くにある
    百合の花へと手を伸ばした。

    …?

    見ると、一列に規則正しく陳列されている百合の中に
    一つだけ萎れかけている花があった。
    真澄は、すぐさまそれに手を加えるようにして整えていく。
    彼女の細長い手を腕ごと惜しげもなく土の中に突っ込んで、
    体全体を使って作業している。
    どうやら和沙が考えていたほどすぐ済むものではないらしく、
    五分ほど四苦八苦している状態が続いた。
    真澄の額にはじんわりと汗がこみ上げていたが、
    彼女はそれを拭おうともせず、ひたすらその百合の花を見つめていた。

    「そこのスコップ取ってくれないかしら?」

    もしかしたら、和沙は真澄のその言葉を待っていたのかもしれない。
    だって、目の前で困っている一生懸命な先輩を
    放っておける人はなかなかいないはず…
    「はい」
    和沙は二つ返事で引き受けた。
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20111 / 1階層)  第一章 さくらいろ (60)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(66回)-(2007/10/01(Mon) 00:51:56)
    植物の栽培方法のことにはほとんど無知の和沙でも、
    百合は球根類の一種、という知識くらいは持ち合わせている。
    その中でも、ユリ科は鱗茎と呼ばれているらしい。

    「やっぱり…」
    何がやっぱりなのかは全く分からなかったが、
    真澄の手元を覗けばすぐに理解できた。

    あれ、石…?

    彼女が言うには球根類はより深く植えた方がよく育つらしいのだが、
    この百合の場合、球根のさらに下にある小石が成長を阻害しているそうだ。
    小石といってもかなり硬い。
    地に根ざしているかと思えるくらい頑丈なようだった。

    「せぇの。一二の三、よいしょ」
    真澄の指示に従って作業すること約十分、
    二人で協力してようやく石の除去に成功した。
    普段は肉体労働なんてほとんどしない和沙は、
    もう手足が痺れてヘトヘトになっていた。
    すぐ横に座っている真澄も同様だ。

    「先輩、お顔に泥がついてますよ」
    「あなたもね」
    してやったとばかりに、真澄は片目を閉じて微笑んでいる。
    その姿は、やっぱり女神のように美しかった。
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■20112 / 1階層)  第一章 さくらいろ (61)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(67回)-(2007/10/01(Mon) 00:59:42)
    「…しかし、ここの百合の花はすごい数ですね」
    視線を逸らしながら和沙は話題を振った。
    「前に欅谷先輩に案内していただいた時にも圧倒されたのですが、
    特にあのオレンジの百合が驚きでした」
    百合の花というと、すぐ白とか薄紅色を連想しがちな和沙は、
    黄色や橙色などのカラーと百合との組み合わせに意外性を感じた。
    「あれはレガタよ。その外側がソルボンヌで、
    手前側がシンプロンとカサブランカね」
    訊いてもいないのに、花のことになると真澄はスラスラ答えた。
    そういえば、この温室の植物に対して、真澄はいつも真剣な表情をしている。
    全力投球で手入れをしているのが、傍から見ていた和沙にも伝わってくるのだ。
    「草花がお好きなんですね…」
    「栽培委員長をやっているからね」

    …そうだった

    ここで以前、杏奈からそう聴かされていたではないか。
    「もしかして、明日ここを使うのも…?」
    「もちろん、私が決めたわ」
    気持ち良いくらい高々と、真澄は宣言した。
    新入生歓迎会とは、毎年生徒会長の企画が最優先されるようだ。
    真澄の情報によれば、何でも去年の会長はソフトボール部長だったとかで、
    その一存でスポーツ大会が行なわれたらしい。
    お世辞にも体育の成績が良いとはいえない和沙からしてみれば
    助かったのかもしれないが、その代わり今年の企画立案者である
    真澄は一癖ある性格の持ち主だ。
    今の段階で温室を使用することは知ったものの、
    当日何をするのかまでは和沙も分からない。
    だから結局、一概にどっちが良いとは断定できないのであった。

    「あなたのさっきの話ね…」
    「へ?」
    突然の真澄の発言に、和沙は彼女が何て言ったのか聞きとれなかった。
    「温室の中でも一際目を引くあの百合は、この学校のシンボルなのよ。
    紹介した以外にも、ここには様々な百合が栽培されているわ。
    様々な品種の百合はこの学校へ通う一人ひとりの生徒を指しているの。
    乙女が集う学園…それになぞらえて百合園ってついたのね」
    和沙は、何気にすごい話を教わったような気がした。

    「ほら、もう立ちなさい」
    見ると、真澄はいつの間にか立ち上がっていて、
    こちらに手を差しのべている。
    手伝ってくれたお礼に、再度お茶をご馳走してくれるというので、
    和沙は喜んでそれを受けることにした。
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■20113 / 1階層)  第一章 さくらいろ (62)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(68回)-(2007/10/01(Mon) 01:09:19)
    「二階堂ファンクラブ?」

    真澄が二杯目のカップに口をつけたのを確認して、
    和沙は思い切って斎のことを訊ねてみた。
    先ほど見た光景のことをそれとなく詮索したかったのだ。
    もちろん、真澄がそういった事情を知っている者として
    クロだった場合を考えて、慎重に言葉を選ばなくてはならない。

    「斎は…中学時代から人気があったわよ。
    まあ、女子校であんな外見なら仕方ないでしょう?
    高校に入学する頃には周りが収集つかなくなっていて…
    手紙入りのプレゼントは分かるにしても、
    昼休みまでほぼ毎日のように呼び出されていたけど、
    何の用だったのかしらね?」

    副会長に関してはシロ、か…

    斎と三年間同じクラスだったという真澄の証言からは、
    当時の出来事を間近で見ていただけあって
    さすがに臨場感が伝わってくる…のだが、
    和沙が一番知りたい核心の部分までは分からなかった。
    というか、彼女はあまり他人のこういう事情に興味がないようにも見て取れた。

    「じゃ、じゃあ、欅谷先輩のご友人のことは…」
    「杏奈の友達…?」
    「えっと…体格が良いサバサバした感じの人で、
    先輩ととても親しそうな方だったんですけれども…」

    一通り訝しげな表情をした後、真澄は「あっ」と声をあげた。
    何か知っていそうである。

    な、何…?

    数秒の沈黙が和沙にはとても長く感じられた。
    ゴクンと自らの唾を飲みこむ音が聞こえるのが早いか、
    真澄が口を開くのが早いかという状況で彼女はこう告げた。

    「そんなの、私が知るわけないでしょ!」

    …瞬殺だった。
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■20114 / 1階層)  第一章 さくらいろ (63)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(69回)-(2007/10/01(Mon) 01:16:19)
    「私のことは訊いてくれないのね…」
    真澄は少し残念そうに、そして拗ねた口調で呟いた。

    違う。
    本当は真澄のことでも気になっていることはたくさんある。
    あの怖そうな二年生に心当たりは?
    ここではいつもさっきのような真剣な眼差しをしているの?
    そして…桜吹雪の涙のワケは?
    知りたいことを彼女の口から真相を語ってくれたら
    どんなにすっきりするだろうことか。
    でも、訊けない。いや、訊いちゃいけない。

    だから結局…踏みこめないでいる。

    そんな和沙の憂いを知らずに、真澄は相変わらず
    ぶつぶつと不満をこぼしていた。

    こっちの気も知らないで…

    律儀な和沙は、瞳を固く閉じて散々考えた結果…
    「会長は何で生徒会に入ったんですか?」
    こう訊くのが、和沙の精一杯だった。
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■20119 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ スマイル 一般♪(2回)-(2007/10/01(Mon) 21:02:30)
    琉サン
    別に長いとは感じませんょお(^-^)v
    自分はぁ〜出来れば長く続いてくれたらィィなぁと勝手に思っていますょ。頑張って下さぃね!琉サン(`∀´σ)σ
    心から応援したいと思います。(*≧m≦*)

    (携帯)
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■20122 / 1階層)  スマイルさま
□投稿者/ 琉 ちょと常連(70回)-(2007/10/02(Tue) 18:10:42)
    こんにちは。お返事、ありがとうございます。
    長くても楽しんで読んでいただけるなら、嬉しいです。
    これから、第一章も最後の山場に突入しますが、
    果たして和沙は生徒会役員候補生になるのか、
    真澄はどんな駆け引きをするのか、といった点に
    注目してもらえたらと思います。
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■20123 / 1階層)  第一章 さくらいろ (64)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(71回)-(2007/10/02(Tue) 18:23:48)
    本当なら「何で私を生徒会に入れたいんですか」と言うはずだった。
    けれど、役員にいくら似たようなことを問いただしても、
    適当にはぐらかされるだけだし、以前に経験済みだ。
    ならば、本人たちの所縁を参考にするのがよりためになる。

    「私?」
    きょとんとした表情で、真澄はこちらを見返してくる。
    「そりゃ、生徒会長になりたかったからに決まっているわ」
    何て単純明快な理由。
    確かに、生徒会の会長になりたいのならば、
    生徒会に入らないわけにはいかないが…
    でも、和沙はそういうことを訊きたかったのではなくて、
    もっと本質的なことを知りたかったのだ。
    そういう言葉のアヤみたいなものを真澄はさらにダメ出しした。
    「別に生徒会に入る理由なんて、どうでも良いのよ。
    過去には、毎日ケーキが食べられるからとか、
    受験に有利だからとか、懇意にしている先輩の後を追って…
    なんていう人も居たわね。
    学園生活が暇だからその潤いに、くらいの気持ちで充分よ」
    そうは言われても、じゃあそうですか、といって
    あっさり入会するわけにはいかない。
    というか、今の説明を聞くと、まるで生徒会が
    不純な動機の集まりにしか見えなくなってしまう。
    「動機は大切じゃない、と言いたいわけじゃないの。
    ただ、動機だけ素晴らしくても、それが活動に反映されないと
    意味をなさないでしょう?
    キッカケなんて人それぞれなのだから、千差万別で当たり前なのよ。
    だからキッカケに優劣もないの」
    なるほど、とつい腕を組んでしまいそうになるような問答である。
    けど、それなら入る時のやる気も関係ない…
    ということにつながりかねないのではないか。

    「会長は私が生徒会で活躍するとお思いですか?」
    和沙は自分の中でのわだかまりをぶつけてみた。
    正直、良い仕事をしてくれると見込んで推薦してくれていたのなら、
    その期待に応えられなかった時が辛い…
    そんな和沙の不安を嗅ぎとったのか、真澄は静かにこう返事した。
    「結論から言うと、分からないわね。
    だって、やってみないと分からないことって
    世の中にはたくさんあるじゃない?
    でも、学年主席の成績や冷静沈着な態度から、
    あなたが誰よりも見込みがあると判断したのは確かなの。
    これは、私だけの意見じゃなく、役員全体の意見よ」
    真澄の言葉からは、率直な分、変なお世辞は感じられなかった。
    しかし、推薦する立場としてのありのままの説明をされると、
    和沙には不思議と誠意として伝わってきた。
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■20124 / 1階層)  第一章 さくらいろ (65)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(72回)-(2007/10/02(Tue) 20:03:54)
    片付けは自分がやる、と申し出て、和沙はカップを流し台へと持っていった。
    あれからさらに一時間以上は話しこんだせいで、
    帰宅できるのは結局六時を回りそうである。

    ジャアアアァァ…
    心地良い水道水の刺激は気持ちまで洗ってくれるようだ。
    でも、春先はまだ肌寒いこともあって
    二分も水に触れているともう冷たく感じる。

    そういえば…

    真澄とここで出会った時、彼女は何か言いかけていた。
    確か…ごめんなさいね、だっけ。
    「あの、先輩は先ほど、何を謝ろうとしていたのですか?」
    真澄は、生徒会長であり先輩でもあるから、
    入学したばかりの和沙には、まだ呼び方を使い分けるのは難しい。
    「先ほど?」
    どうやら、真澄はすでに忘れているらしい。
    まあ、一分前はもう昔という主義の人なら仕方ないが。
    「この温室に私が入ってきた時のことです」
    「ああ…」
    そこまで話して、ようやく彼女は思い出したらしい。
    「あれは、急に呼び出してごめんなさいね、という意味だったのよ。
    ほら、今日は生徒会室の前に張り紙をしてあったじゃない?
    帰宅しろ、と指示した後でやっぱり残って…なんて悪いから、一応ね」
    そこまで言われて、和沙はハッとした。

    結局、何の用事だったの?

    杏奈から伝言を聞いてここまで来て、真澄に会った。
    そこまでは良い。
    しかし、もう帰ろうという頃になっても
    未だ彼女が自分を呼び出したワケが分からなかった。
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■20125 / 1階層)  第一章 さくらいろ (66)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(73回)-(2007/10/02(Tue) 20:20:39)
    「あのう、今日は何の用事だったのでしょう?」
    何故だろう、すごく嫌な予感がする。
    すると、和沙の予感を示唆するように、
    真澄が例の薄ら笑いを浮かべた。
    「あ、明日は希実ちゃんにもよろしくって伝えてね」
    「は?」
    彼女の発言が理解できない。
    けど、希実ちゃん「にも」ということは、複数形なわけで。
    「希実と誰に、何をよろしくお伝えすれば良いのでしょう?」
    それでも、和沙は食い下がって譲らなかった。
    いや、半分は意地だ。
    一方で真澄は大げさにため息をついて、
    哀れむような視線を向けながらこう告げた。
    「残念ね。きっと心優しい和沙だったら、
    手を差し伸べてくれると思ったんだけど…
    生徒会規約の第三九条二項に、関係者以外に
    嗜好品などの諸経費を計上することを禁じてるのよ。
    あのローズヒップティーは特に高価で、
    特別なお客様にしか振る舞わない一級品なのよね…」

    脅迫しているのか、この人は?

    一瞬、そう疑わずにはいられない和沙だったが、
    まさか庶民にそんなお金があるわけもなく、
    初めから自分に選択肢がないことを悟るのだった。

    「ご存知ですか?私も一年なんですけど…」
    焼け石に水、のような状態ではあったが、
    それでも和沙は諦められなかった。
    「もちろん知っているわよ。
    だからまだ、何を手伝ってほしいかは
    言っていないでしょう?」
    「希実には、何て説明するんです?
    彼女はまだ手伝うことに了解していませんよ」
    そう。
    それもまだ解決していない。
    でも、真澄は一笑してそれすらも蹴散らした。
    「大丈夫よ。あなたが来ることになったら、
    必ずや彼女もついて来てくれるわ」

    何だ、その確証に満ちた答えは…

    かえってこちらの方が躊躇してしまいそうになるほど、
    それは説得力のある予言だった。

    「とにかく、明日の昼休みはこの温室に集合よ」
    生徒会長の命令は絶対的な効力を有す。
    そんなこんなで、和沙と希実は乗せられた船から降りることも許されないまま、
    明日の歓迎会の手伝いをすることになったのだった。
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■20149 / 1階層)  第一章 さくらいろ (67)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(74回)-(2007/10/08(Mon) 00:09:58)
    「しっかしさぁ…」
    「ん?」
    希実の発言は、くしくもクラスメイトのざわめきで遮られ
    和沙の耳まで届くことはなかった。

    「…ごめん、何て言ったの?」
    そうして、和沙が訊き直そうとした矢先。
    「お〜い、そこの二人!これ運ぶの手伝ってよ」
    声の主は二階堂生徒会副会長。
    彼女の手元には、何やら教壇にも似たテーブルが一つ置かれていた。
    どうやら、一人で持つには重たいから加勢してほしいとの要請のようだった。
    「はい」
    和沙と希実は、返事をしながら斎の方へ向かった。

    生徒会(長)が毎年企画するこの新入生歓迎会は、
    文字通り、新入生を歓迎するためにあるものだが、
    その内容は様々であり、しかも少々粗っぽい。
    別名『洗礼の儀』とも名高いこの行事は、
    新入生だけでなく生徒会をはじめとする在校生にも
    楽しみにしている者は多い。
    事実、去年のスポーツ大会では、ドッヂボールをやって
    二年生のクラスが優勝している。
    ただ、今年は使用する施設の関係上、
    全校生徒を招待するわけにはいかないらしく、
    この埋め合わせは後日、対面式として別に執り行なうそうだ。

    「…以上を持ちまして、生徒会代表挨拶とさせていただきます」
    たった今、真澄が代表挨拶を終えたところだった。
    けれど、和沙はテーブルを運ぶのに夢中で何一つ聴いていない。
    というか…忙しすぎてじっくり耳を傾けている時間などないのだ。
    「じゃあそれ終わったら、今度はこの椅子をあっちに持っていって」
    休む間もなく、斎から次の指示が入る。
    疲れた、などと文句を言える立場ではないことを、
    和沙はよく知っている。
    しかし、昨日の一件とは何も関係がない希実までも
    同じように手伝っていることが、和沙には信じられなかった。

    『必ずや彼女もついて来てくれるわ』

    和沙は、ふと昨日の真澄の話を思い出した。
    彼女はどうして予想できたのだろう?
    そして、希実はどうして…
    反動で隣に居る希実の顔を覗こうとすると、
    「どうしたの?」と尋ねているような仕草をして見せた。

    「そこ、手が止まってる」
    すかさず横から注意され、和沙たちは焦って
    椅子を運ぶ作業を続けた。
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■20150 / 1階層)  第一章 さくらいろ (68)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(75回)-(2007/10/08(Mon) 00:18:46)
    「それでは、お手元のグラスをお持ちください」
    杏奈の声かけで、ようやく乾杯の合図に移った。
    今日の式典は、午後の授業を穴埋めして行なわれる予定のため、
    一年生は昼休みのうちに清掃や帰りのホームルームを終わらせる。
    昼食は、温室で生徒会から提供されるのだ。
    結果…目の前の大規模な立食パーティーが実現したのだった。

    汚れるといけないという配慮から、
    体育着で来ることを義務付けられている新入生たちは、
    思いおもいに好きなものを食べ、語らっている。
    一見、とても微笑ましい光景にも見えるが、
    それまでの舞台裏を知っている和沙は、何はともあれ
    無事に進行していくことだけを願っていた。

    もう一時か…

    時計を見ながら、昼休みに集合したばかりの温室を思い出す。
    開始四十五分前だというのに、まだ飲み物が到着していないだとか、
    照明に不具合が見つかっただとか、一年生の誘導係が急遽欠席して
    足りなくなっただとか、実はアクシデント続きで一時は開催も危ぶまれたのだ。
    それから、真澄の指示をはじめ生徒会役員の的確な動きで、
    どうにかこうにか時間に間に合わせたのだった。
    和沙と希実も、最後のセッティングの見回りと一年A組の誘導を任されたりして、
    ちゃっかり『生徒会』の印字が施された腕章をしていたりする。
    一年とはいえ、すっかり身内扱いになっている二人は、
    もちろん体育着ではなく制服を着たままだ。

    あ〜ぁ…

    円滑に式を進めていくには、時としてアシスタントのように
    力仕事を要求されることがある。
    先ほどから、その役を任されっぱなしの和沙と希実は、
    そろそろ自分たちの制服が汚れてくるのが気になっていた。
    真新しいブレザーにうっすらと茶色い土気色が目立つのは、
    プランターを持ち上げた時にでも付着したのだろうか。
    「クリーニングはしてあげるから」
    と言っていた真澄の言葉を信じてはいるが、
    この制服…一式をそろえるだけでも相当な値段がするため、
    もしものことを考えると不安になるのだ。

    パサ…
    式典の進行表が記されている紙を、
    和沙はカンニングペーパーのように取り出してみた。

     開会の挨拶
     乾杯音頭
     立食会
     クラシック・コンサート
     記念品贈呈
     合同植林
     閉会の挨拶

    今は立食会だから…
    まだまだ先は長そうである。
    「和沙、私たちもお昼ごはんにしよう」
    和沙はそれを再び小さく折りたたんでポケットにしまいながら、
    希実の声がする方向へと駆けていった。
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■20162 / 1階層)  第一章 さくらいろ (69)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(76回)-(2007/10/11(Thu) 22:41:28)
    所定された席は、簡易キッチンのすぐ側だった。
    水廻りという、汚れやすい場所を招待した観客に
    見せたくないのはもっともである。
    和沙がちょうど着席しようという頃、
    温室の中央の方から何やら弦楽器の音が聞こえた。

    あれは…?

    調和のとれた音色に、気品ある響き。
    それは、間違いなくバイオリンの奏でる音だった。

    「ただ今より、クラシック・コンサートを行います。
    演奏するのは本校管弦楽部の皆様です。
    ご歓談中のところ恐れ入りますが、
    春の調におくつろぎいただければ幸いです」
    すかさずマイクでアナウンスが流れると、
    ほどなくして演奏会が始まった。

    さっき椅子を運ばせたのはこのためだったのか…

    いつも使っているベンチでは数が足りない。
    そのため、急遽パイプ椅子を運んで中央ホールを形成させたのだ。
    演奏している者の人数としては小規模だが、
    その場はまるで小さなオーケストラボックスへと様変わりしたようだった。
    そして、それをさりげなく盛り上げるのは、聴いている生徒たち。
    さすがはお嬢様学校と言い表すべきか。
    誰一人として、退屈そうな表情を浮かべている者はいない。
    みなうっとりとした顔をしながら、静かに聴き入っていた。
    優雅な空間だった。

    あ、この曲は…

    聴いたことがあるかもしれない…
    和沙はいわゆる英才教育と呼ばれる特別な習い事は受けていない。
    それでも、今流れている音楽には聞き覚えがあるのだ。
    あれは、そう確か小学校の給食の時間。
    放送室から流れるその曲を聴きながら食べるのが、毎日の日課だった。
    六年間の記憶とは恐ろしいもので、
    刷込みのように聴いていた楽曲というのは
    当時の思い出を鮮明に呼び戻してくれる。

    「アイネクライネナハトムジークよ」
    「へ?」
    突然、横からあいね何とか…と聞かされて、
    和沙はとっさに寝ぼけたような返事をしてしまった。
    「モーツァルトの代表曲の一つね。
    演奏しているのは有名な第一楽章」
    『モーツァルト』とか『第一楽章』とかいう単語を聴くと、
    そういえば音楽の時間にも習った覚えがある気がしてくるから不思議だ。
    ご丁寧にも教えてくれたのが、隣に居る真澄だということが
    腑に落ちないのだが、それでも一応訊いてみた。
    「この曲は先輩がリクエストしたんですか?」
    噂では、一年時に合唱部、吹奏楽部からのスカウトも
    多数目撃されている彼女である。
    相当の音楽通であると推測される生徒会長ともあろうお方が、
    この学校の生徒だったら誰でも知っているこんな名曲など
    リクエストするはずない…とすら思っていたのに。
    「そうよ」
    真澄はサラッと肯定した。
    ええっ、と和沙が反応する前に演奏曲が変わった。

    あ、これ…

    和沙は次に流れてくる曲にも聞き覚えがあった。
    というか、おそらくこの曲は、
    最近のテレビコマーシャルでもおなじみの曲だろう。
    曲調が遅いクラシックの曲の中では、比較的耳に残りやすい名曲だ。

    演奏会は、和沙でも知っている著名な作曲家のオンパレードで、
    時々聴いたことがない…たぶんマニアックだろう曲目を披露していた。
    「あのう…何で有名な曲ばかり…」
    和沙は、たどたどしくも自分が知りたいことを要約して真澄に話した。
    「音楽は万国共通って言うじゃない?」
    得意気に笑う真澄の顔が、和沙には今だけ眩しく映った。
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■20164 / 1階層)  第一章 さくらいろ (70)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(77回)-(2007/10/12(Fri) 01:24:45)
    ほどなくして、演奏会は終了したが、
    立食会はまだまだ続くということで、
    会場の温室は未だ熱気に包まれていた。

    「じゃあ、私はご挨拶に伺ってくるわね」
    そう言って真澄や役員たちは、食事もほどほどに早々と席を立った。
    聞けば、懇意にしている会社のご令嬢や取引先の重役の娘が
    多数出席しているという。
    彼女たちはすでにこの歳で名家の看板を背負っているのだろうか。
    だとしたら、頭が下がる。
    特に、真澄がポケットから取り出したメモの端書きのようなものには、
    チラッと見えただけでも何十人という個人が連名されていた。
    ブルジョア階級とは縁がない家庭で生まれ育った和沙は、
    その後ろ姿をぼんやりと見つめながら、
    クリーニング代がちゃんと支給されるかどうか聞けばよかった…
    などと考えていた。

    飲み物を取ってくるという希実と入れ替わりで、
    一仕事終えたような表情で杏奈が戻ってきた。
    「先輩はどちらに…?」
    ご両親が公務員だという杏奈は、いっちゃあなんだが
    どちらかというと和沙と近い立場にあるはず。
    だから、特に挨拶する相手など居るのか和沙が疑問に思うのは当然だった。
    「ああ、父が勤めている外務省の上司のお嬢さんと、
    母が勤めている文部科学省の部下の娘さんに、ちょっとね…」
    公務員は公務員でも彼女の家庭の場合、キャリア組だった。

    「ホラ」
    杏奈が指差す方向には、希実が今まさにジュースが入ったコップを
    二つ持った状態で、一人の女生徒に声をかけられているところだった。
    「あれは…?」
    「たぶん…お父様が経営する会社の下請け会社か何かのお嬢さんでしょ」
    「えっ?」
    和沙は眼を激しく瞬きさせた。
    それもそのはず。
    いま耳にした情報は、全くをもって初耳だったのだから。
    「希実って…社長令嬢だったんですか?」
    「知らなかったの?」
    和沙と杏奈は、それぞれお互いの顔をまじまじと見つめて驚いた。

    「ごめん、遅くなって」
    希実が再びテーブルへ戻ってきたのは、
    それからさらに数分が経過した頃だった。
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■20165 / 1階層)  第一章 さくらいろ (71)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(78回)-(2007/10/12(Fri) 01:47:49)
    「ねえ、何で教えてくれなかったの?」
    これでもう三回目の質問だ。
    「だーかーら、隠していたんじゃないってば」
    希実もさすがに疲れたように繰り返す。
    思い起こせば、希実と出会ってから早二週間近く…
    最初に特待生同士として打ち解けたことが、やはり一番大きな原因だろうか。
    特待生=一般人という図式が、和沙の頭の中ではいつの間にか
    当たり前になっていた。
    けど…
    「あのね、うちの親父の会社なんて
    本当に小さい事務所みたいなもんなんだから…」
    そうは言っても、先ほどあの同じ一年生から挨拶をされていたじゃないか、
    と和沙が問いただした。
    「ああ、あの子は確かにうちの下請け会社の娘さんだけど、
    下請けっていってもほとんど独立してるし、
    他からも受注があって繁盛しているみたいから、
    むしろあっちの会社の方が大きいんだって」
    もうほとんどうちが下請けしているようなものかも、なんて希実は笑った。
    「そっか…」
    何となく言いくるめられてしまったような気がしないでもないが、
    とりあえず彼女が言うにはそういうことらしい。
    「そうだよ〜。私の家だって、百合園の学費なんて無理だって。
    …だって、きっと払ってくれないし…」
    まだ何か言いたそうで、それでいてどこか苦しそうな表情の希実は、
    大声でこの話をやめにするよう打ち切ってしまった。

    …希実?

    その時の和沙は、まだ希実が考えていることなんて
    さっぱり分からないでいた。
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■20166 / 1階層)  第一章 さくらいろ (72)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(79回)-(2007/10/12(Fri) 02:00:20)
    ハァ…
    和沙は、お手洗いの鏡の前で大きなため息をついた。
    時間が経つにつれて、何だか自分が場違いなように感じてしまうからだ。
    これまでずっと特待生は自分と似たような境遇だと思いこんでいた。
    けれど、ご両親はエリート官僚だという杏奈に、
    実は父親が会社を経営しているという希実。
    こんな風に、生徒会に関わる錚々たる顔ぶれを思い浮かべると、
    ふと、自分の両親のことを思い出してしまう。
    厳格だけれども心強い父は、中堅企業の係長をしている。
    それを支える母は、ごくありふれた専業主婦だが、
    躾には厳しく、でも評価してくれる時は人一倍誉めてくれる。
    中学までは、そんな両親を引け目に感じたことは一度もなかった。
    公立だったし、周りも似たような家庭ばかりだったという環境も大きいだろう。
    両親のことは、今だって誇りに思う気持ちに変わりはないが、
    いかんせんこういう学校である。
    ごく普通に学園生活を送るならともかく、
    生徒会候補生になって学校の中心として働くとなると、
    学年主席というだけの肩書きに自信がある、といえば嘘になる。
    候補生の人選に異論と唱える生徒が多数出てくるかもしれないし、
    また批判まではいかなくとも、華やかさに欠けるメンバーだと
    揶揄されるくらいのことは予想にかたくない。

    でも…

    生まれながらの家柄ってどうにもできないし…
    和沙は、努力してもどうにもできないことで悩むのが嫌いだった。
    努力さえすれば、世の中の全てが報われるわけではないことは重々承知の上だが、
    それでも出身とか性別とか容姿とか根本的にどうしても変えられない性質に対して
    とやかく言われるのは、納得がいかないのもまた事実。
    そして、もし自分が候補生への推薦を辞退すれば、
    そのことを認めているようで癪なのだ。

    候補生抜擢の話を断る理由がふさわしくないからなんて、絶対に嫌!

    それが、和沙が出した結論だった。

    和沙が手を洗いながら悶々とそんなことを考えていると、
    鏡の向こうの時計はもうすぐ二時半になろうとしていた。
    二時半からは、生徒会が贈呈する記念品を授与する
    手伝いをしなくてはならないのに。
    ちょっと席を離れて休憩に来たつもりが、
    このままではまた真澄の恰好の餌食となってしまう。

    急がないと…

    和沙が慌てて出入り口の扉を開けようとした瞬間に、
    外からこちらへ入ってくる者がいた。
    「おっと」
    幸いにも、扉は外側へ開くタイプだったから惨事は免れたが、
    向こう側の人も焦っていたのか、和沙の懐に入るようなかたちで
    ぶつかることだけは避けられなかった。
    「ご、ごめんなさい」
    双方で謝ると、思わず相手の顔を確認してしまう。

    ん…?あれ、この子どっかで…

    和沙よりも身長が低く、かなり小柄なその女生徒は、
    先ほど希実に話しかけていたまさにその人だった。
    「あ、大丈夫ですか?」
    思わず和沙が尋ねてしまったのは、ぶつかった衝撃を心配してではない。
    その生徒の顔色があまりに蒼白く、体調を気遣ってのことだ。
    「平気です、すみません。
    薬を飲み忘れちゃっただけなんです」
    そう言って微笑む彼女は、再び急いで洗面台へと懸けていった。
    和沙の方も急いでいたこともあり、
    振り返ることなくお手洗いを後にした。
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■20169 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ スマイル 一般♪(3回)-(2007/10/13(Sat) 10:55:17)
    琉さん
    更新されて、ソレを読んでいくたびにドンドンとこの物語にハマっていきます(>_<)
    そして、琉さんが書いてくれていた点にも注目していますぅ!本当、どんな展開になっていくのか楽しみでしかたありません(*≧m≦*)
    頑張って下さぃね!

    (携帯)
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20171 / 1階層)  スマイル様
□投稿者/ 琉 ちょと常連(80回)-(2007/10/14(Sun) 01:25:46)
    こんばんは。コメントをありがとうございます。
    今さっき、ようやく第一章を書き終えました。
    これから順次アップしていきますね。
    自分では面白おかしく書いているつもりなんですけど、
    もしラストがご期待に添えなかったら…ゴメンナサイ。
    よろしければ、第二章にもお付き合いいただくと嬉しいです。

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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20172 / 1階層)  第一章 さくらいろ (73)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(81回)-(2007/10/14(Sun) 01:34:36)
    「どこ行ってたの?」
    お手洗いから戻ってきた和沙に、真澄が怒ったように尋ねた。
    「あ、すみません。ちょっとお手洗いへ…」
    嘘をつく必要はないため、和沙は正直に話した。
    「ほら、そこの陶器を台車に乗せてちょうだい。
    和沙はA組へ、希実ちゃんはB組のアシスタントをしてね」
    言われた方向を見ると、なるほどガーデニングでよく利用される
    彫刻などがあしらってある可愛らしい陶器の入れ物が山積みになっていた。
    昼休みの打ち合わせでは、これが記念品だということらしい。
    この茶色い陶器に、事前にアンケートで調査をしていた
    人気の高い花を用意していて、それぞれが好きな花を
    自由に植えていくシステムのようだ。
    おそらく、コンセプトとしては、これから花開く蕾のように
    学園生活を謳歌してほしいということだろうか。

    百合園は一学年に四つのクラスがある。
    そのため、A組から順に生徒会長、副会長、書紀、会計の四人の役員が、
    それぞれのクラスの指導係に配属される。
    一人で約四〇人の生徒をまとめあげるのは非常に困難であるため、
    その補助役として和沙と希実、それに二人の栽培委員会が宛がわれた。
    すでに陶器以外に必要な花や土や小石、スコップなどは
    生徒の目の前にある作業机に準備されてある。

    出席番号の順番で四クラスの生徒が横一列に並んでいる様は圧巻だが、
    全員に記念品を授与していくのは結構手間がかかるのだ。
    「はい、どうぞ」
    役員が、一人またひとりと手渡ししていく。
    「あ、ありがとうございます」
    普段はあまり間近で見られない役員を目の前で拝めることもあり、
    ほとんどの一年生は緊張のせいか、声が上ずっていた。
    中には、憧れの生徒会役員と対面できたことで
    感動のあまり泣き出す生徒も出たり、
    役員の手に触れたことで喜びの奇声をあげる者もいた。
    何にせよ、初々しいものである。

    「まあ、大変」
    突然、とある生徒の前で真澄が手を止めた。
    その生徒は、自分が何かしてしまったのかな…
    という不安げな表情をしている。
    「髪がお顔にかかってしまっているわ」
    そう言って真澄はその生徒の顔に触れ、
    丁寧に髪の毛を拭うように払いのけた。
    「素敵な髪型ね。はい、これどうぞ」
    これぞ極上の笑みといった笑顔を浮かべながら、
    真澄は次の生徒へと移っていった。
    当然、その生徒は今にも卒倒しそうなほど顔を赤らめて
    ペコペコと何度もお辞儀をしながらお礼を言った。

    おいおい…

    本当に外面だけは完璧なんだから。
    白々しい目を向けながら、和沙はこれで自分にも
    もっと親切にしてくれたらな…と諦め半分で願ってみた。
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■20173 / 1階層)  第一章 さくらいろ (74)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(82回)-(2007/10/14(Sun) 01:40:33)
    「あ、ほら和沙。もう残りが少なくなってきたわよ」
    手元を見れば、乗せていた陶器は、確かにもうあと三個しかなかった。
    一度に台車で運べる数は限られている。
    だから、足りないあと約半分はちょっとずつ補充していくしかない。
    「取ってきますから、ここはお願いします」
    そう答えて、和沙は走って向かった。
    「慌てないでね」
    壊れやすい物なのだから…と真澄が忠告していたのは
    気のせいではないはずだ。

    「一、二、三、四、五…っと」
    一回に持ち運べるのは、五個が限界のようだ。
    何ていったって、壊れやすい陶器なのだから、
    慎重な取り扱いが要求される。
    和沙は、ふと視界に映った室内をグルッと見渡してみた。
    思ったよりも、結構人が来ている。
    歓迎会の出席は強制ではないというのに、
    むしろいつもの授業よりも出席率が良く感じるのは何故か。
    各学級の生徒たちは、他愛ないお喋りで盛り上がったり、
    勇気を振り絞って役員に話しかけてみたり…と
    各自がそれぞれで楽しんでいるようだった。
    そんな中、誰か一人の生徒が温室に入ってくることに気がついた。
    誰かと思いきや、先ほどお手洗いですれ違った彼女だった。

    あ、戻ったんだ…

    まだ顔色は優れないようだったが、それでも薬を飲んだら
    少しは症状が和らいだのだろう、と解釈して、
    和沙は今度はゆっくり歩いて真澄のもとに向かった。
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■20174 / 1階層)  第一章 さくらいろ (75)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(83回)-(2007/10/14(Sun) 09:45:06)
    「それでは、ただ今から実演を行ないますので、
    生徒会役員の手元にご注目ください」
    真澄がマイク越しに指示を出す。
    ただ、両手が塞がれているので、先ほどまで使用していた
    通常のスタンドマイクではない。
    ワイヤレスタイプの接話型マイクだ。
    コールセンターの人たちが身につけているアレである。
    どこに隠してあったのかは知らないが、
    備え付けのスピーカーまで完備して、音響性は抜群だ。
    昨日、和沙がここを訪ねてきた時には、広くて
    反響しにくい場所だと思っていたのが一変…
    いまや音楽室や視聴覚室に続くシアターのようだ。
    さすがお金の使い方が違う。
    今度もし温室で迷うようなことがあれば、
    ぜひともあのマイクを借りたいものだ。

    飛行機の客室乗務員が離陸前に緊急着陸態勢の器具解説をするように、
    真澄は丁寧に説明をしていった。
    「まず、気に入った花を選んでください。
    ここでは、このパンジーを使用することにします」
    そう言って、役員たちは一番近くにあるパンジーの花を持ち上げた。
    「次に、陶器の中に小石を数個投入します。
    容器の底をご覧ください。
    小さな円形の穴が確認できるはずです。
    これは、中の温度や湿度を調節するためにあるものですが、
    そのままではここから土が漏れるため、それを防ぐために行います。
    できたら、土も少量は入れておいてください」
    説明通り、引き続き山盛りにされた青い小石を数個取り上げ、
    陶器の中にパラパラと入れていく。
    その上にスコップですくいあげた少しばかりの用土も一緒に入れた。
    「最後に、ここが一番重要なのですが…
    備え付けの黒いビニールポットは、
    そのまま無理に引き抜こうとはしないでください。
    勢いで中の土壌部分が崩壊したり、下の重みに耐えきれなくなって
    茎ごと折れてしまうおそれがあるからです。
    ポイントとしては、まず指の間に茎や蕾を挟みこんで、
    そのまま逆さにして、穴から指を差し込みます。
    すると、重力がかかった圧力で自然にポットが取れますので、
    それを素早くもとの位置に戻しながら、陶器に収めてしまいます。
    後は土を上からかぶせるように満遍なく敷きつめたら完成です」
    さすがは、現役の栽培委員長である。
    手際良くこれぞ見本といった身のこなしで処理していく。
    しかしながら、この最後の作業は、若干のテクニックが必要になってくる。
    要するに、初心者には少し難しいのだ。
    昼休みに必死に練習していた和沙と希実は、
    特訓の成果で何とか体得したのだが、これから教えるとなると緊張もする。
    「それでは、どうぞ始めてください。
    尚、ご不明な点がありましたら、お近くの役員または補助員にお尋ねください」
    マイクのスイッチを切ってから、早速真澄は巡回に出た。
    「すみませーん、ちょっとココ分からないんですけど…」
    一クラスに二人が付いているとはいえ、四〇人もの相手を捌くとなったら大変だ。
    和沙にも、数分と経たないうちに問い合わせが殺到し、
    さながら売れっ子にでもなったかの如く左へ右へと大忙しだった。

    開始してから三十分も経過すると、さすがに要領を覚えてきたのか、
    あまり質問する生徒はいなくなった。
    代わりに、色とりどりの生花を見ては、
    紫色のパンジーが良いか黄色のパンジーが良いか、
    それともパンジーだけでなくビオラも加えようか、
    はたまた観葉植物だけのシンプルな鉢植えにしようか…などといった
    どちらかというとデザインに関する悩みが多いようだ。
    もっとも、開始してからの混雑ぶりは、一番最初に植えたい花だけは
    あっという間に決まってしまったという単純な結果である。

    生徒たちをよく観察してみると、面白いことが分かる。
    様々な草花の中で人気が高いのは、やはり小さくて花の数が多い品種である。
    逆に、アンケートで上位を占めていた品種に挑戦しようとする
    チャレンジャーは稀なようで、植え方が難しい百合や棘が苦手だという薔薇は
    かえってあまり人気がなかった。
    何はともあれ、普段はこういう土仕事をする機会が少ない生徒たちには新鮮らしく、
    当初はどうかと思った企画も大好評で幕を閉じそうだ。

    …もしかして、さりげなく委員会勧誘もしているんじゃないの?

    栽培委員会の希望者が多い、という噂は聞いたことがない。
    それは、委員長を真澄が務めているという待遇だとしても、だ。
    活動は基本的に放課後毎日。
    特に一年生は、早朝や昼休みに水撒きに駆りだされることも多い。
    …といった厳しい条件下では、単に憧れの生徒会長に接する機会が
    増える特権だけで即決してしまうのは、考えものである。
    おまけに、今年度いっぱいで彼女は卒業…なんて試練もあるのでは、
    興味本位だけでの希望者増員は絶望的だろう。
    まあ、しかし人一倍こういうことには頭のきれる真澄である。
    比較的見込みのある一年生が居たら、積極的に言いくるめて
    その気にさせるくらいのことは簡単だろう。

    「時間になりましたので、いったん手を止めてください。
    終わった方から手を洗ってください。
    まだの方はもうしばらく続けても結構ですが、
    あと五分以内に仕上げられるようお願いします」
    斎の合図で、すでに作品を仕上げた生徒たちは我さきにと
    手洗い場へ向かっている真っ最中だった。

    キャー!!!

    突然、騒音に混じって和沙の後ろ側からけたたましい叫び声が聞こえた。
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■20175 / 1階層)  第一章 さくらいろ (76)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(84回)-(2007/10/14(Sun) 09:54:52)
    何が起きたのか、全く分からなかった。
    ただ、急に悲鳴がしたかと思ったら、途端に周囲が静まりかえったのだ。
    しかし、それも一瞬だけ。
    すぐに辺りは騒がしくなり、その場は一時混乱と化した。

    え…?何?どうかしたの?

    和沙の立っている位置の真後ろというと、B組の方向である。
    それも、随分と列の後方から聞こえてきたはずだ。

    「すみません、ちょっとそこ通して!」
    大声を上げながら、人ごみを掻き分けていくのは、
    一番近くに居た真澄と斎。
    少しの間、呆然として動けずにいた和沙や希実、
    そしてその他の役員が次にその場に向かったのは、
    それから遅れること数十秒が経過してからだった。

    人ごみを掻い潜って進むと、やがてほっそりとした白い腕が
    横たわっているのが見えた。
    …いや、違う。
    正確には、腕だけではなく、身体全体で倒れているのだ。
    「あなた、大丈夫?…聴こえる?」
    上半身を真澄に抱きかかえられても反応がないその人は、
    もはやぐったりとしていて完全に気を失っているようだった。
    「この子のお名前は?誰か知っている?」
    辺りのクラスメイトに求めるように、真澄は尋ねた。
    でも、和沙は誰かが言い出す前にその生徒の顔を見て仰天した。

    彼女…さっきの!

    和沙以上に顔面蒼白になっていたのは、横に立っている希実だった。
    忘れていたが、彼女は希実の家の取引先令嬢である。
    「須川…早苗さん」
    ボソッと呟くようにだが、希実は確かにそう告げた。
    「え?」
    もう一度聞き直そうとしていた真澄の返事を突っ切って、
    希実は彼女のもとに駆け寄った。
    「しっかりして!須川さん!」
    何度もそう言いながら、希実は彼女の肩を掴んで離さない。
    「氷田さん、落ち着きなさい」
    真澄の呼び声も、今の希実には全く聞こえていなかった。
    それどころか、次第に肩を持つ腕力が強くなり、
    彼女をユラユラと揺すっていく。
    「止めなさい」
    再三の忠告を無視する希実の頬を、真澄は平手で叩いた。

    パシン…
    乾いた音が、温室内に響き渡る。
    「落ち着きなさい」
    真澄の言葉が、和沙にも染み入るように突き刺さった。
    たぶん、冷静さを失って取り乱していたのは、この場に居る全員も同じなのだ。
    「はい…すみませんでした」
    希実の切なげな謝罪が、逆に周囲の者を安堵させた。
    例え応急処置の方法が解らなかったとしても、
    失神している人を極端に揺さぶる行為が
    おそらく危険なのだということは、きっと皆理解していたのだ。

    「良い?須川さんが倒れてしまったことで、
    周りまで騒ぐと余計な負担になるの。
    彼女が心配なのは分かるけど、まずは冷静になりなさい。
    そして、その上で自分ができる最善の処置をすることが、
    彼女を救うことにつながるのよ」
    真澄は早苗を支えるのを斎と交換して、
    立ち上がりながら、こう言った。

    何か、カッコイイ…

    生徒会長の実力を、和沙は初めて痛感した。

    「まずは、保健室に行って先生を呼んできてくれる?」
    今度は、先ほどまでの怒号とは違って、優しそうな口調だった。
    「はい、すぐに」
    そう言うが速いか、希実はすぐさま温室から出ていった。
    「和沙も一緒に行ってきなさい」
    「はい」
    真澄の命令が、今は全然嫌じゃなかった。
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■20180 / 1階層)  第一章 さくらいろ (77)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(85回)-(2007/10/15(Mon) 02:12:36)
    「希実、待って!私も一緒に行く!」
    温室を出たばかりの和沙の呼びかけが辛うじて聞こえるか…というくらいに、
    元陸上部であるという希実の俊足は速い。

    「さっきさ…」
    二人が合流して、希実が和沙に合わせるペースで、
    小走りをしていると、突如希実が話し始めた。
    「うん?」
    気分的に、和沙も誰かと話したかったので、
    その話に付き合った。
    「さっき、温室で生徒会長がああ言ってくれなきゃ、
    たぶん私ヤバかったかも…」
    神妙な面持ちで心の中で思っていることを正直に打ち明けてくれたことに、
    その相手が自分だったことに、和沙は嬉しくなった。
    「…彼女、須川さんね。ウチとは昔からの付き合いで、
    虚弱体質気味なのはもともと知っていたんだ。
    でも、彼女とても生徒会に憧れていたみたいだったから、
    今日も参加しているの見て驚いたけど、
    あんなに楽しそうな顔しているのに帰れなんて
    言えないじゃない?」
    「…うん」
    それは、和沙も薄々気づいていた。
    確証はない。
    けれど、あんなに顔が青ざめていたというのに、
    苦しいと弱音は吐かなかった。
    だからといって、気分が良かったわけはないが、
    少なからず彼女はこの時間が楽しかったに違いない。

    「あ、ちょっと、ここのお手洗い寄って良い?」
    保健室まであと少しというところで、
    和沙は急に立ち止まった。
    「うん?でも、どうしたの?」
    訳も分からず、でも言われるがままに希実は和沙についていった。
    こんな時にトイレか?と希実が訊かなかったのは、
    早苗に関することなのだろうと推測してのことだ。
    ここは、先ほど和沙と早苗が遭遇したお手洗い。
    あの時、ちょっとでも振り返っていたら…なんて後悔は、
    彼女が倒れているのを見た瞬間から湧き上がっていた。

    「やっぱり…」
    洗面台を見て一言、和沙はこう呟いた。
    「えっ?」
    和沙のやっぱりに全然納得できない希実は、怪訝な顔をしてみせる。
    すると、次に和沙はいきなりごみ箱を漁りだした。
    「和沙、何やってるの!?」
    希実の発言はもっともである。
    こんな緊急時に、友人が意味なくかつ不衛生極まりない行動を
    してみせたのだから、驚きもする。
    友の制止に耳も貸さず、和沙は薄手のプラスチックのようなゴミを
    取り出して見せた。
    よくよく見ると、それは何かの薬品が入っていただろう破けたシートだった。
    「これ、ね。一度本で見たことがある、解熱鎮痛剤。
    詳しくは分からないけど、とても強い薬だと思う。
    たぶん、副作用で眩暈を起こしてしまうくらいの」
    「何でそんなこと知って…?」
    和沙の説明に圧倒されながらも、
    希実の方はやっとでその質問を投げかけただけだった。
    「希実にだけは話しておくね」
    和沙はゆっくりと深呼吸してからこう続けた。
    「私、医学部を目指しているの」
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■20181 / 1階層)  第一章 さくらいろ (78)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(86回)-(2007/10/15(Mon) 02:23:48)
    役員たちの迅速な対応と軽い貧血だったことが功を奏して、
    早苗は保健室で緊急処置をするだけでその場はどうにかなった。
    ただ、和沙と希実だけは保険医に事情を話して、
    彼女に付き添わせてもらった。

    「歓迎会、無事に終わったかな?」
    「さあ?でも、あの人たちのことだもん。
    きっと成功させているでしょ」
    そうだね、と言いながら、和沙と希実は顔を合わせて笑った。
    時間もそろそろお開きの頃だろう。
    保健室にも窓から西日が差し込み、
    夕焼けの雲を茜色に焦がして眩しかった。

    ヒック…
    そこに、すすり泣くような音が聞こえてきたものだから、
    二人は慌てて早苗の方を見た。
    「ご、ごめんなさい…」
    安眠を邪魔してしまって謝るのはこっちの方なのに、
    何故だか号泣している彼女はひたすら謝罪を続けた。
    「あ、もう具合は良いの?」
    「何か飲む?」
    和沙と希実が代わるがわるあやすように尋ねると、
    早苗は手の甲で涙を拭うようにしてこう言った。
    「違うんです。…わ、私、生徒会の皆さんがせっかく丹精こめて
    用意してくださった歓迎会を台無しにしてしまって…申し訳なくて…」
    「あ、良いのいいの。そういうことは気にしなくて」
    「そうそう」
    一年生二人がそう慰めようしたところで、結局は説得力がないのか、
    彼女はまだ当分泣き止みそうにない。

    どうしようか困っているところに、入り口のドアから声がしたのはそんな時だった。
    「新入生歓迎会というのは、全ての新入生に喜んでもらうための会よ」
    真澄のこの一言から始まり、斎がそれに加わる。
    「新入生というのは、もちろん須川さんとその二人を含めての、ね」
    しかも、まださらに続く者がいた。
    「須川さんは、今日の歓迎会楽しくなかった?」
    「楽しかったなら、もうそれだけで私たちは最高に嬉しいな」
    杏奈にあとお一人…名前は忘れたが、とにかく会計を務めている二年生の
    総勢四年が次々と保健室へ入ってきた。
    憧れの生徒会オールスターが一堂に介したものだから、
    早苗はおろか和沙や希実までも驚いた。
    「先輩たち…えっ、何で?」
    「歓迎会の方はもう終わったんですか?」
    予想外に早い訪問に戸惑いを隠せず、
    正直な疑問が口をついて出る…が、
    その声もすぐにかき消されることになる。

    「お嬢様!」
    突然、黒ずくめのガードマンみたいな男性が数人入ってきた。
    彼らはすぐに早苗のもとに向かうと、無事を確認しては喜んだ。
    おそらく、彼女たちの世界でいうところのお付きの者だろうか。
    「お迎えに来ていただいたの。
    今日はもう、お帰りなさい」
    「はい…何から何まで、本当にすみません」
    「遠慮しないで。生徒会はそのためにあるのだから…」
    得意のハッタリか、珍しく本気で真澄が語っているかは判らなかったが、
    生徒会役員総出+αの見送りをするという申し出を、彼女も了承してくれた。

    車体がピカピカの後部座席に乗せられた早苗は、
    すぐに自動開閉式のミラーを全開にして別れの挨拶を惜しんだ。
    「須川さん?次から、こういう副作用が強力なお薬は服用しないでね。
    主治医の先生が処方してくださるお薬だけで頑張って、
    また元気な姿で登校して顔を見せに来てちょうだい!」
    いつの間に取ってきたのだろう。
    真澄は片手に例の薬を持って、早苗にそう注意していた。
    「はい」
    満面の笑顔を見せながら、早苗は最後に一つだけ、と和沙と希実の二人を呼んだ。
    「あの…今日は本当にありがとうございました。それで、その…氷田さん。
    できたらこのことは父には黙っていてほしいのだけれど…」
    少し云いにくそうに、彼女はコソッと耳打ちした。
    「ああ、もちろん」
    希実だって、すき好んで他人の秘密を暴露する趣味はない。
    特に、今回のようなあまり良い影響をもたらすとは考えにくい場合は尚更だった。
    「ありがとう。…それであとね、私、あなたたちお二人が
    生徒会候補生になってくれたらなって期待してるの。
    できたらで良いんだけど、もう少し検討してもらえないかな…」
    ヴィィィン…
    タイムオーバーである。運転手さんが、これ以上長話をさせると
    早苗の身体に毒であると判断したのか、ミラーが再び閉まっていった。
    今日初めて会った時のような無垢な微笑みを浮かべながら、
    彼女は手をヒラヒラ振りながら合図していた。

    「…だってさ、どうする?」
    須川家のお嬢様専用車が完全に見えなくなってから、
    希実がこう呟いた。
    「分かんない…」
    和沙もそっと囁くように答える。
    でも、いま言ったことは決して嘘じゃない。
    今朝までは絶対にお断り、と思っていた。
    だから、どう言い逃れして断ろうか、そのことだけに執念を燃やしていた。
    けど、半日だけ生徒会の手伝いをしてみて、
    もう少しだけ考えてみようかな、と思えたのだ。

    「おーい、君たち!打ち上げするよ〜」
    気づけば、役員はすでに遠くを歩いている。
    今日これから生徒会室にて打ち上げをするというのでお誘いを受けた。
    「とりあえずさ、打ち上げ終わってから返事をしても遅くないよね…」
    「そうだね」
    希実の提案に、和沙も同意する。
    「はーい、今行きます!」
    もう陽は落ちて暗くなり始めている静寂の中で、
    和沙と希実の声だけが伸びやかに響いた。
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■20182 / 1階層)  第一章 さくらいろ (79)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(87回)-(2007/10/15(Mon) 20:30:53)
    「かんぱ〜い!」
    チンという軽快なグラス音を鳴らしながら、打ち上げは始まった。
    いろいろあった長い一日だったけど、終わり良ければ何とやら…
    というように、みんな晴ればれとした表情をしていた。

    クリーニングは受け持ってあげるという約束通り、
    生徒会室の入り口にはランドリー用の袋が置かれている。
    制服のジャケットは脱いでそこに入れておいて、と真澄が言うので、
    和沙と希実は遠慮なくそれに自分の上着を投入した。

    ピンポーン
    と、そこに、何かが到着したことを知らせるベルが鳴る。
    室内だというのに、生徒会室前には専用のベルが装備されているのだ。
    何でも、重厚な扉に防音設備が整っているこの部屋は、
    ちょっとやそっと叩いただけでは中に居る者には聞こえないらしい。
    「二階堂様、ご注文の品をお届けにあがりました」
    「あ、はいはい…ご苦労さま」
    そう言って斎は座っていた席を経って、扉の方へ歩いていった。

    注文の品って…?

    「悪い。ちょっと澤崎さんと氷田さん、
    二人とも手伝ってくれないかな?」
    見ると、斎が何やら大量の荷物を重たそうに抱えこんでいる。
    「ど、どうしたんですか、それ?」
    早く加勢してあげた方が良さそうなこともあり、
    和沙と希実は急いで斎のもとへ駆け寄った。
    「じゃあ、専務によろしく伝えて」
    爽やかにことづけを残すと、斎は扉を閉めた。
    「二階堂先輩…これって…」
    希実が四分の一ほどの荷物を受け取りながら、斎に確認する。
    「うん、そう。実家からの差し入れ。ぜひ夕飯も食べていってね」
    そうなのだ。
    和沙と希実が預かったのは、大量の食料や飲料。
    二階堂家といえば…以前の昼食談話会を連想して、
    もしや…と思いきや、まさにその通りだった。
    「ほら、さっさとテーブルに並べなさい」
    自分の差し入れじゃないくせに、なぜか偉そうな真澄が
    横から茶々を入れる。
    「…はい、ただいま」
    しがない一年生は、何はともあれ
    三年生の指示に従うしかないのであった。
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■20183 / 1階層)  第一章 さくらいろ (80)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(88回)-(2007/10/15(Mon) 20:40:22)
    中央の大きなテーブルが徐々に彩られていく。
    最初は、お子様用シャンパンといつものように常備してあるお菓子のみの
    打ち上げでも充分だと思っていたが、美味しそうなお惣菜に温かいスープ、
    色鮮やかなスイーツが所狭しと並んでいるの見ると、自然とお腹が空いてくる。
    考えてみれば、今日は昼休み返上で準備に携わっていたから、
    さすがに身体が空腹感を訴えてもおかしくない。
    とりあえず、全員で一応のいただきますをしてから、
    各自が自分の取り皿に料理を盛っていく。

    あのリゾット美味しそうだなとか、向こうのビーフンも捨てがたいとか、
    はたまた野菜も食べたいけど、サラダは立食会でも食べたし…などと
    和沙が考えを巡らせているうちに、ふとあることに気がついた。

    そういえば…温室の片づけってどうしたんだろう?

    早苗の件もあって、和沙が温室から出たのは
    まだ四時にもなっていなかったはずだ。
    もう六時を回ろうというのに、いまの今までそのことを忘れていた。
    一学年…約一二〇人前後の生徒が一斉に温室を退出したとなったら、
    現場は台風が去った後のようだったのではないか。
    「あのう…それで温室の方は…」
    恐るおそる、腫れ物に触るように和沙は言葉を選びながら、
    隣に座っている杏奈に話題を振った。
    「ああ、それは心配しなくて良いよ」
    彼女が言うには、今日のうちで出来る一通りの後片づけは
    済ましてきたそうなのだが、やはり全ての人数は捌ききれなかったみたいだ。
    「えっ、それで残りは…?」
    「それはね〜、明日私たちが登校して片づけとくから」
    和沙の不安も何のその、杏奈はサラッとかわす。
    それならば自分もそれに参加する、と名乗りをあげたいのも山々だが、
    いざ参加してしまった後では候補生の話を断りにくくなる。
    また、かといってこの企画の手伝いを引き受けた以上、
    面倒な後処理だけいち抜けたというのでは、卑怯な気もする。
    どう行動するべきか、和沙は次第に言い知れぬジレンマに
    押し潰されそうだった。

    「そうね…まあ、人手不足のこともあるから手伝ってほしいというのが
    本音だけれども、だからといって、今ここで候補生の件の返事をしろ、
    というのも…酷な話よね」
    いつの間に話を聞いていたのだろうか。
    口を挟んできた真澄だけでなく、この場に居る全員が箸を休めて
    和沙の方向をじっと見つめている。
    この場をどう収めたら良いのか、またどうしたら皆が納得できるのか、
    考えてはいるものの誰も解決策を見出せないでいた。
    「じゃあ、こうしない?」
    突然、斎が提案してきた。
    「澤崎さんと氷田さんには、明日あさっての二日間あげる。
    土日の休みの間、じっくり考えてきてね。
    それで、返事は来週月曜の朝に聞かせてもらえないかな。
    私たちは他にもやることがあるから、月曜の朝は
    第一体育館の裏で待ち合わせしよう。
    それで、どうかな?」
    異議ある人、と採決をとっても誰も挙手はしなかったので、
    斎の方法がそのまま採用されることになった。

    しかし、来週まで猶予期間が延びたことで
    急に寂しく感じるのは何故か。
    もしも今の和沙の気持ちを天秤にかけたなら、
    たぶん半分以上は候補生の話を受けたい、の側へ傾いている。
    決め手は今日の歓迎会だったかもしれないし、
    実はもっと前には意識しだしていたのかもしれない。
    とにかく、この決定事項が下されたことにより、
    和沙の心の内は少なくとも揺れ動いていた。
    希実の姿をそれとなく探す…が、
    彼女は未だディナーに夢中のようだった。

    でも、やっぱ…

    そういう希実との兼ね合いを調整する時間も含めて、
    役員たちの提案通り返事は月曜に先延ばした方が良さそうだ。
    …だって、和沙が惹かれる生徒会には、希実の存在も不可欠なのだから。
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■20185 / 1階層)  第一章 さくらいろ (81)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(89回)-(2007/10/16(Tue) 05:57:57)
    楽しい時間ほど速く過ぎるのは、きっと誰もが同じだろう。
    この打ち上げと称する反省会だって、
    気づけばもうそれなりの時間になっていた。

    カチャカチャ…
    生徒会室内にある給湯室で、和沙と希実は洗い物をしていた。
    ご馳走になったお礼にこのくらいの家事を引き受けるのは、
    後輩だからではなくて、人として当然のことである。
    「美味しかったね〜」
    至極満足そうな声で希実が漏らす。
    彼女は、和沙が濯いだ食器を受け取って布巾で拭いている。
    今日は二人ともいろんな意味で疲れたので、
    食後の会話を腹ごなしの代わりに楽しんだ。

    「ねぇ、希実さ…」
    直感的にでも伝わったのか、和沙が何とは言わなくても、
    希実は相手が話したいことを汲み取っていた。
    「もし、私が候補生になりたいって言ったらどうする…?」
    彼女に回りくどい言い方は通用しない。
    ならばストレートに直球勝負にでた方が、
    二人にとってもきっと良いはずだった。
    フゥ…
    小さなため息を一つついてから、
    希実は和沙の顔を覗きこむようにこちらを向いた。
    「…もう、決めちゃったの?」
    「うん…」
    なら仕方ない、と彼女は笑った。

    それから、また何事もなかったかのように時が流れ、
    台所の仕事も一通り片づいてしまう。
    時間的にも生徒会室を戸締まりしなければならないということで、
    和沙たちは再び大広間に歩いて戻った。
    先ほどから、希実は何も喋らない。
    少し前を歩く、自分より少し背の高い女の子の影に隠れながら、
    和沙はだんだん不安に駆られた。

    さっきのって、勧誘になってたのかな…

    希実の意向も気にはなるけど、
    それ以上に踏みこんでこないことが和沙には気がかりだった。

    「アタシはさ…」
    いきなり振り返る希実に、反応が追いつけなくて、
    和沙のおでこが彼女にぶつかる。
    「きっと、和沙の方針に従っちゃうんだと思う」
    それだけ告げると、希実は再度身体を反転させて
    今度はズンズンと勢い良く突き進んでいった。

    全く…

    返事も聞かないで、お礼を言う暇もくれないで…って、
    いろいろ思うところはあるのだれど、
    それが彼女なりの好意の示し方なんだと素直に嬉しくなる。

    こっちまで照れちゃうじゃないか…

    希実が帰ってしまう前に、二人が別れてしまう前に、
    一つ約束しておこう。
    もし、土日に気が変わることがあれば、携帯に連絡すると。
    入学式の翌日には、メールアドレスを交換した。
    これから、幾度となく希実とのやり取りで
    受信箱がいっぱいになれば良い、と和沙は思った。
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20186 / 1階層)  第一章 さくらいろ (82)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(90回)-(2007/10/16(Tue) 08:01:17)
    「送っていくわ」
    校舎から出たところに横付けされてある車の前で、真澄が言った。
    他の役員や希実までもが、家の送迎専用車やタクシーで帰るというので、
    駅まで一人暗い夜道を歩いて下校しようとしていた和沙には朗報だった。
    「…あ、ありがとうございます」
    お辞儀をしながら、ふとその送ってもらえるという車を眺めた。

    こ、これは…

    世間でいうところのリムジンじゃないですか!
    縦長の豪華な車体に、隅々まで手入れが行き届いていることが伺える外観は、
    誰もが認める高級車だった。
    こんな車、和沙は実際に見たこともなければ乗ったこともない代物である。
    せいぜいテレビ番組で紹介されているのを覚えているくらいだ。
    須川家の送迎車もすごいと感心したが、この車はさらにそれの上をいく…
    いや、それどころか比較にもならないくらいの存在感を放っている。

    「早く乗りなさい」
    茫然と立ち尽くす和沙に呆れながら、真澄は車の中にさっさと押しこんだ。
    外はもうすっかり寒くなっていて、おまけに今の和沙は
    制服のジャケットを着ていないものだから、
    適切な行動といえば…まあそうかもしれない。
    乗りこんでみると、想像以上に内装も絢爛豪華だった。
    広い座席はフカフカの乗り心地で、足だって悠々と伸ばせる。
    テレビがついている乗用車も最近では珍しくなくなったけれど、
    この車の場合、さらにミニ冷蔵庫やパソコンまで完備されていて、
    望めばドリンクバーも自由だし、車内に居てインターネットまでも楽しめる。
    庶民にとっては、まさに動くどこでもドア状態のこの車も、
    真澄は慣れきっているのか全然興味がなさそうだ。

    「父がね…」
    急に話題を振るから、何のことかと和沙は一瞬身構えた。
    「ビジネスでこの車を使っているから、常にネット回線を張り巡らせたり、
    最新技術の導入に余念がないのよ」
    何か飲む、と冷蔵庫を開けながら、真澄は尋ねてきた。
    「そういえば、会長のお父様って…」
    自分で言いながら、和沙は自らの頭をフル回転させて
    彼女にまつわる情報をかき集める。
    えっと、確か…そうお父上がお医者様で、大企業の社長さんでしたっけ…
    何となくだが、クラスメイトの西嶋さんからそう教わった気がする。
    しかし、父親が医師ということは…彼女の家は医系一家なのだろう。
    将来のために、また単に興味を刺激されるということも相まって、
    和沙はそれとなく探ってみた。
    「いや、でも先ほどは見事に薬品を言い当ててすごいですよね」
    露骨になりすぎないように、かといって、全然的を得ない回答が
    返ってくることがないように、細心の注意を払った。
    それなのに。
    肝心の真澄の方はというと…煮え詰まらないといった
    何ともはっきりしない顔をしてみせた。

    また、失敗したか…

    早くも次の手段を考えている和沙に、
    真澄は例の破けて使用済になった錠剤入れを裏返して寄こした。
    手渡されたとはいえ、至って普通のプラスチックゴミのように
    思えたそれには、アルファベットで何かが印字されていた。

    なに?TG…?

    メーカーの名前だろうか。
    このご時世、横文字の会社名なんていくらでもある。
    というか、最近目にする話題の企業なんてほとんどが英語か
    ローマ字かカタカナ表記だ。
    だから和沙は、この二文字を見ても、真澄の意図していることが
    ちっとも解読できないでいた。

    「高柳グループよ」
    「え?」
    突如、真澄が口を開いたと思ったらこれである。
    和沙が目を白黒しているうちに、真澄は再び補足した。
    「この薬、うちの会社が作ったの」
    分かりやすいが故に、和沙には衝撃だった。
    けれど、驚いている暇などないというかのように、真澄は話を続ける。
    「最近、強硬派が最新薬の開発を推し進めているとは聞いていたけど…
    全く迷惑なことをしてくれたわ。
    うちが製造した薬品で、本校の生徒に危害が及んだりしたら…
    後味が悪いっていったらないもの」
    吐き捨てるように話す彼女は、うんざりした様子だった。
    「会長はもしや、あの場で苦情に対処していたんですか?」
    それがどうした、といった表情でふんぞり返る真澄に、和沙は項垂れた。

    さよか…やっぱりこの人…

    現実主義だ。
    将来、間違いなく大企業のトップに立つ器なんだろうな、と納得し、
    和沙は妙な哀愁感に浸った。
    棲む世界が違う人間と話す機会というのは、そう滅多にあるものではない。
    それならば、今日この時間に同席できた幸運に感謝するのが
    最もとるべき行動にふさわしい気がした。
    そうこうしているうちに、車は和沙の自宅前に到着してしまった。
    送ってもらったお礼を言ってから、和沙が車から降りようとすると、
    真澄は何かを思い出したように腕を掴んで呼びとめる。
    一体どうしたというのか。
    「良い?月曜日は授業に遅刻しそうになっても気にしないで。
    あらかじめ先生には説明してあるから。
    だから、絶対に体育館裏から離れちゃだめよ?」
    真澄が珍しく真剣な表情で念押しをする。
    「は、はい…」
    和沙の返事を確認すると、専用のドアマンがバタンと扉を閉め、
    脱帽してから一礼する。
    どこまでも行き届いた従業員ばかりのようだ。

    にしても…

    真澄の最後の話は何だったのか。
    教師に事前の許可をもらっているなら、
    こちらだって別に逃げたりしないというのに…
    和沙はひとしきり首をかしげながら、
    去っていく一台の高級車を見送った。
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■20188 / 1階層)  第一章 さくらいろ (83)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(91回)-(2007/10/16(Tue) 16:53:35)
    翌日も、そのまた翌日も、何も手につかない現状が続いて、
    今日はもう運命の月曜だ。
    そして、ここは指定された第一体育館の裏手にある草むら。
    隣には…もう一人の相棒、希実が居る。
    役者は揃った。
    後は…そうあとは目的の人物が来るのを今かいまかと
    待っているというのに…

    「来ないじゃん!」
    我慢していた堪忍袋もとうとう切れかかり、和沙は叫んだ。
    まあまあ…とそれをとりなすのは、何故か希実。
    いつもと立場が逆転しているのは、たぶん時間に厳しい生徒会に
    腹が立ってのことだ。
    時計はもうすぐ九時を回ろうかという頃。
    いつもなら、この時間にはホームルームはおろか、
    一限目ですら始まっている。
    真澄たちは、担任だけでなく、科目教諭の許可も
    忘れずに取ったのだろうか…
    『待っているようには伝えましたが、
    まさか授業開始のチャイムにまで気づかないなんて』
    悲愴な顔をして口元にハンカチを押しあてる真澄。

    ああ、嫌だ…

    だんだん、想像できてしまうから恐ろしい。
    立場上からくる保障もあるだろうが、それ以上に
    彼女は学内に絶大な信頼をよせている。
    (外面だけは)真面目な現役生徒会長と、入ったばかりの新一年生。
    教師が言い分を信じるのは、どちらか。
    そんなの、考えてみなくとも分かる。

    教室に戻ろうかな…

    そんな不安がよぎった直後、突如体育館の非常用扉が開いて
    そこから見知った顔の生徒が顔を出した。
    「お〜い!ここ、ここ」
    長い手と顔だけで器用に手招きしているのは、斎だった。
    何せよ、とりあえず知り合いの先輩が現れてくれたことで、
    和沙と希実は心なしか安心する。

    呼ばれた先に向かってみると、そこはどうやら舞台裏に
    通じる出入り口になっているようだ。
    中に入ると、大きな画板細工や抗菌マットと
    おびただしい数の小道具に囲まれたそこは、
    一種物々しい雰囲気を放っていた。
    「あの、先輩…?」
    静かにしているように言われたので黙ってはいたが、
    小声で尋ねるくらいはそろそろ構わないだろう…と
    和沙が口を開きかけたが、シッと斎に遮られてしまった。

    でも、一体ここで何をしようというのか…

    うるさいと憚れられても、多少なりと奇妙なこの状況に
    疑問を持たない方が変だと思う。
    そうこうしているうちに、斎は二人の誘導を次の杏奈に
    受け渡してからどこかに消えていった。
    一方で、バトンタッチした杏奈は、和沙たちをさらに奥へと案内する。
    この階段を上がれば、もうステージ…という場所まで来て、
    杏奈は何やら壁にかけてあった物を取り出した。

    「はい、コレ」
    見ると、それは先週末にクリーニングを頼んだあの制服の上着だった。
    ご丁寧にも、透明なポリ袋に入れハンガーにかけて、
    とにかく皺にならないよう配慮した状態でそれは置かれてあった。
    「ありがとうございます」
    もうすぐしたら、じきに衣更えの季節とはいえ、
    ワイシャツだけで過ごすには、春先はまだ肌寒い。
    事前に、今日にも返してくれると聞いていたので、
    和沙と希実は嬉々としてそれを羽織った。
    それ以前に、和沙の場合…学校から支給されたその一着しか持っていないのだが。

    とそこに、階段の上から姿を見せたのが、今朝の約束していた相手…
    もとい和沙がいま一番逢いたかった人物だった。
    「あ、会長」
    しかし、和沙の呼び声も虚しく、一瞬顔を出した真澄は、
    またもステージの方へと向かったのか、すぐに見えなくなった。
    「待ってください、会長」
    和沙は慌てて階段を駆け上がる。
    もうこれ以上、返事を先延ばしするのはごめんだ…
    それが和沙の本音だった。
    もたつく足を懸命に踏みしめながら、やっと階段をあがると…
    そこには真澄の姿はなく、どこに行っていたのか斎が再び現れた。
    「あ、あの…会長は」
    逸る気持ちを抑えきれずに、和沙は乱れた息と格闘しながら真澄の行方を尋ねた。
    しかし、斎の方はというと、いたって涼しげな顔をして、
    ちょっと落ち着いて…と和沙を気遣いながら身だしなみのチャックを始める。
    ほどけかかっているリボンを直して、ブレザーのボタンを閉めて、
    それから胸元のポケットにはハンカチを添えて、
    最後に髪の毛を手櫛で一・二回整えてくれた。
    「もう、気持ちは決まった?」
    耳元でそっと囁く斎に、和沙は静かにはい、とだけ答えた。
    再び身体を離して、それは良かった…と呟きながら斎は笑みをこぼす。
    そして、中央ステージに向かって今まさに歩いている真澄を指差して、
    行っておいでと背中を押してくれた。

    「待ってください!」
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20189 / 1階層)  第一章 さくらいろ (84)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(92回)-(2007/10/16(Tue) 18:09:43)
    一度目の呼び声では聞こえなかったのか、真澄は振り向かない。
    「ちょっ、ちょっと待ってください!
    私は…私は生徒会候補生になります!
    いえ、ぜひさせてください。お願いします!」

    …言った。

    和沙は心の中で、そう覚悟した。
    思っていたことを、ようやく彼女に伝えられたのだ。
    少々声が大きかったかなとか、生徒会役員に冷やかされるかもとか、
    後になってから恥ずかしくなりそうな心配事はいくつもあったけど、
    そんな微々たること、構うものか。
    やり遂げた充実感で、和沙は満たされていた。

    少し間を置いて振り返った真澄は、予想外の反応を示した。
    いや、予想外だったのは、彼女ではない。
    真澄が何か喋ろうとするよりも先に、怒涛のごとく大騒ぎしている人たちが居た。
    「…え?」
    ふと横を見ると、誰も居ないはずの体育館は生徒で埋め尽くされていた。
    それだけではない。
    ステージの上にぶら下がっているのは、おそらく本日の日程を記した垂れ幕だろうか。
    そこには、はっきりとこう書かれていた。
    『生徒会候補生発表会、対面式、一学期生徒総会』

    タラリ…
    和沙の背中を冷や汗がつたう。
    そして、そんな主役をよそに、一層盛り上がる観客たち。
    拍手やら喝采やら悲鳴やらで、この混乱した場を丸く治めるには
    どうしたら良いものか。
    「ちょっと、先輩!これどういうことですか?
    聞いてませんよ、全校集会だなんて…」
    和沙は真澄の腕を掴んで、客席に背を向けるようにヒソヒソと話した。
    「あら、先週金曜日のホームルームでちゃんと通達したはずよ」
    先週金曜…歓迎会があった日だ。
    あの日は確か、希実と二人で昼休みから駆りだされていたから、
    ホームルーム自体に出席していない…
    すると和沙は、徐々に不機嫌になるのを隠せずに抗議した。
    「待ってください!やっぱり私、前言撤回させていただ…」
    だがしかし、そんなことはさせまいと和沙の声を真澄が遮る。
    「何寝ぼけたこと言ってるの?
    たった今、自ら宣言していたじゃない。
    それにホラ…胸元のポケットをご覧なさい」
    「へっ?」
    和沙は、焦って真澄が指差す方向…つまり自分の胸ポケットへと視線を移した。
    すると、何故だか妙な違和感を受ける。
    いや、別に制服自体は何も変わりない自分の制服なのだ。
    サイズも袖の長さも着丈も。
    むしろ生徒会にクリーニングを頼んだからだろうか、
    制服の光沢が数割増しになっているのは気のせいではないはずだ。

    ん…?白…?

    金曜日に自分が預けた制服のブレザージャケットの学年カラーは、
    確かに一学年の指定カラーである臙脂色だったはず…
    それが、あら不思議!
    いま着用している制服には、真っ白な下地に
    うっすらと百合の刻印がされてある。
    白はすなわち生徒会カラーに他ならない。
    和沙は倒れたくなる衝動を必死で耐えていた。
    「それでは、情熱的な所信表明を誓ってくれた澤崎さんに、
    今後の意気込みを伺ってみたいと思います」
    放送室から流れてくるアナウンスは、誰かと思いきや斎の声だった。
    では、張りきってどうぞ…とマイクを手渡され、
    和沙はスポットライトが当たる中央へと促された。





    …それから後は目まぐるしく過ぎていった。
    覚えていることといえば、宣誓の挨拶と称される宣言文を読まされたり、
    所定の席についてからは対面式が始まってたくさんの上級生に励まされたり、
    生徒総会ではアシスタントとして舞台裏を走り回ったり…という程度である。
    ただ、揺るぎない事実としていえるのは、和沙と希実が
    今年度の生徒会候補生として推薦された事件は、
    間違いなく全校生徒に広く認知されたということだった。
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▲[ 19228 ] / 返信無し
■20191 / 1階層)  第一章 さくらいろ (終)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(94回)-(2007/10/17(Wed) 02:15:10)
    「…騙したんですね?」
    放課後、和沙は例の生徒会専用地に真澄を呼び出した。
    呼び出した本人より、呼び出された彼女の方が早く
    到着するのはいかがなものか。
    しかし、二学年も年上であり、候補生ができた今…
    全校集会の後片づけは後輩に全て任せることも可能な立場からすると、
    必然のうちに許容される範囲なのかもしれない。
    それよりも、たった今和沙が到着して開口一番そう言い放ったというのに、
    真澄は無頓着な態度をちっとも崩そうとしない。
    「あ、あの…」
    和沙の姿に気づいているのか、いないのか、それだけのことならまだしも、
    真澄は呼吸するのも忘れてしまったかのように微動だにしないので、
    和沙は次第に不安になりつい口を噤んでしまったというわけだ。

    何を見ているの…?

    真澄は桜の大木のある一点だけを見つめていた。
    単純に気になるのもあるが、とりあえず彼女に近寄らないと話はできない。
    「先輩?」
    一歩また一歩と、徐々に歩くスピードは加速していく。
    あとほんの少しで、彼女に手が届く…という距離になってから、
    またしても入学式と食事会の時同様、二人の間を強風が突き抜けていった。

    「痛っ」
    立ち位置の関係で、モロに風がもたらす災難を一挙に被った和沙は、
    瞼を力いっぱい擦った。
    「そんなに擦らないで」
    早くこの不快な状況をどうにかしたくて堪らない和沙を、
    ふいに真澄が制止する。
    擦らないで、と言われても、痒いものは仕方ない。
    ならば、そういう真澄がどうにかしてくれ…と和沙が訴えようとすると、
    瞼の上から冷たい布みたいな物を押しつけられる感触があった。

    気持ち良い…

    あくまで丁寧に拭い去ろうとする真澄に、
    和沙の先ほどまでの怒りはどこかに飛んでしまう。
    まあ、もともと引き受けるつもりでいたから、結果オーライではあるのだが、
    それでもあのような騙し討ちが堂々と行なわれると、今後が不安になってくるのだ。
    もしかすると、これからもあのように強引な手法で
    重い仕事を後輩に押しつけるのではないか…ってね。

    「はい、もう良いわよ。眼を開けても大丈夫」
    真澄のそんな一言で、和沙はそっと瞼を開く。
    すると、視界いっぱいに拡がるのは、真澄の美しいお顔…なのだけど、
    彼女の瞳からはどうしてか次々に涙がこぼれている。
    「えっ?」
    仰天する和沙は、勢いで仰け反ろうとするが、
    それに追随するように真澄は目の前の少女を抱きしめた。
    「見ないで…」
    見ないでと言われても、いま映った光景はなかなか忘れられるものではない。
    けれど、真澄の声があまりにか細く、いつもの自信に満ち溢れている
    生徒会長の面影はどこにも見当たらなかったため、
    和沙はこれ以上追求することができなかった。

    どのくらいそうしていたのか、後から考えると概算するのが難しいが、
    たぶん結構な時間になっていたはずだ。
    沈黙が破られたのは、和沙のこの一言。
    「桜、もうだいぶ散っていますね…」
    それは、天気の話でもするように、さりげなく。
    というか、目についたのが正面の桜木だったこともあり、
    純粋に散らばる花吹雪に心奪われたのだ。
    今の真澄には、何が刺激になるのか、禁句なのか、
    さっぱり検討もつかなかったけど、間違いを起こしたら
    その時点で謝って話題を変えればよい。
    そのくらいの気持ちに留めて、和沙は真澄の反応を待った。
    「ええ、見頃は今週までね…」
    果たしてどうかと思われたこの話題に、真澄は臆することなく乗ってきた。
    だから、きっともう身体を離しても大丈夫。
    そう思って和沙は密着していた身体をもとに戻して、
    真澄を手前のベンチに誘った。

    ザワザワ…
    風が強くなってきた。
    もともと半分くらいは散ってしまっている桜だ。
    このままだと、おそらく明日までにはほとんど散り終わってしまうだろう。
    「今日、妹の命日なの…」
    突然、真澄が話を再開した。
    それも、簡単に語れるようなお気楽な話題ではない。
    「桜が好きな女の子でね、亡くなったのも窓から
    満開の桜が見える穏やかな日だったのよ」
    もうどうして良いか分からずにいる和沙に構うことなく、真澄は続ける。
    「一年に一回、開花時期が巡ってくる
    国民的な花だったことが、ツいてないわね…」
    そう言ってカラカラ笑う彼女からは、自虐的な意味合いは感じられない。
    けれど、それでも和沙は確かめておきたいことが一つだけあった。
    「こんな大切な話、私なんかに話してしまって良いんですか?」
    そう。
    和沙の胸の奥で痞える憤りはそれなのだ。
    真澄はそれを否定するかのように、首を横に振る。
    「あなたには聞いてほしくなったのよ」
    そう打ち明けられた和沙は、そういえば最近誰かにも
    似たようなことを言ったような気がした。

    「和沙」
    名前を呼ばれる。
    それだけのことなのに、胸の奥がくすぐったいような
    もどかしいような、そんな感覚に襲われる。
    「あなたが候補生になってくれて、本当に嬉しいわ」
    そんな顔をして言われると、もう何も言い返せなくなってしまうわけで。
    だから和沙は、無言で席を立つ真澄の後を黙って追いかけた。
    戻りましょう、なんて言いたいだろう、きっと。

    ヒラリ…ヒラリ…
    花びらは二人が歩く一本道に一枚、また一枚、と
    とめどなく舞い落ちる。
    幻想的な景色は、やがて二人を覆い隠した。


                            第一章 さくらいろ おわり
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