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Nomal spring /春風 (07/08/08(Wed) 00:03) #19676
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Nomal spring 31 /春風 (07/08/08(Wed) 00:59) #19709 完結!
Nomal NO TITLE /A (07/08/08(Wed) 01:06) #19710
  └Nomal Aさん /春風 (07/08/08(Wed) 22:23) #19718


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□投稿者/ 春風 一般♪(1回)-(2007/08/08(Wed) 00:03:23)
    2007/08/08(Wed) 00:04:08 編集(投稿者)

    「くだらない」


    それが春の口癖だった


    物事を斜に見るきらいがあって、何事にも無関心。そんな風に見えて実は誰より深いことを考えている。
    春はそういう女だった。

    「どう生きようかと思って」

    だから、電話ごしに春のその言葉を聞いたときは、本当に驚いた。
    驚いて、「それ、どういうゲーム?」なんて間の抜けた台詞しか出てこなかった。

    (携帯)
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■19677 / 1階層)  spring 1
□投稿者/ 春風 一般♪(2回)-(2007/08/08(Wed) 00:05:39)
    久しぶりに会った春は、少し痩せたみたいだった。

    「最近忙しくて。」

    開口一番、俺は遅刻の言い訳を口にする。俺が相手なら確実に気分を害している。

    「いいよ。気にしない。」「行こうか。」
    「うん。」

    並んで歩くと、周囲からの視線を感じる。女みたいに綺麗な顔をした男と、知的な雰囲気を持つ女。いつものことだが、俺は注目されるのが気持ち良くて、好きだった。春は、そんなことは気にしていないのかもしれない。

    「泉はさ、」
    「ん?」
    「黙ってればただの美少年なのにね。」

    残念だと言わんばかりのその口ぶりに、思わず口元が緩む。

    「何、喋ると女ってばれる?」
    決して高くはない声で尋ねる。意識して低い声を出しているうちにそうなったのだ。努力の結晶と言ったら大げさだろうか。

    春は首を左右に振った。

    「性別の問題じゃないの。性格の問題。」

    「…おい」

    笑いながら、これだから春はやめられない、と心底思った。

    (携帯)
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■19679 / 1階層)  spring 2
□投稿者/ 春風 一般♪(3回)-(2007/08/08(Wed) 00:07:07)
    近くのコーヒーショップに入る。平日だからだろうか、客はまばらだ。レジ前には俺らと同じ20代前半くらいのカップルが一組。金を払う長身の男の横で、女が男の身体に触っている。女もなかなか背が高い。男はちょ、やめろよ、とか言いながらも嬉しそうだ。

    きもちわる。

    俺はあからさまにそういう顔をしていたのだろう。女と目が合った。睨まれたと言った方が正しいかもしれない。

    腹が立ったから、思い切り素敵に微笑んでやった。



    その様子を春が見ていたのか見ていなかったのかは知らない。
    「キャラメルフラペチーノね。」
    春は俺に告げるとすたすた店の奥に行ってしまった。奢れってか。




    「えーと、キャラメルフラペチーノ…2つ。」

    (携帯)
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■19680 / 1階層)  spring 3
□投稿者/ 春風 一般♪(4回)-(2007/08/08(Wed) 00:08:28)
    一番奥の席に春はいた。薄暗い照明の下で、自分の手首をしきりに眺めている。

    「どうぞ、お嬢様。」
    「ありがと。」

    ツッコミ無しかよ、と一瞬思ったが、細かいことは気にしないことにする。よくあるパターンだ。

    「やっぱり同じのにした。」
    2つ並んだプラスチックのカップを見て、春がにやりと笑う。

    「やっぱりって何だよ。」

    「泉は優柔不断だから。」

    「そうだけど…」

    「決めてあげたの。」

    「お前が?」

    「私が。」

    「意味がわからない。」

    「わからなくていいよ。」

    春はカップの蓋を開けると、かき氷を食べるみたいにキャラメルフラペチーノを口に運んだ。

    煮えきらない気持ちのまま、俺もストローに口をつけた。

    「でさ、さっきのカップルの女。あれ男だよ。」

    俺は思わず吹いた。それから、盛大にむせた。

    (携帯)
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■19681 / 1階層)  spring 4
□投稿者/ 春風 一般♪(5回)-(2007/08/08(Wed) 00:09:50)
    「で、何でわかったの?」

    「教えない。」

    「は?」

    「だけど男だよ。確実に。」

    「だから理由を述べろって。」

    「そんなに知りたかったら自分で見てくれば?」



    むかつく女だな、と思った。だけどこうも断言されると、本当にあの女が男であったような気がしてくるから不思議なものだ。あるいはこれは春のゲームなのかもしれない。どこまで俺を信じ込ませられるか、というゲーム。

    最近特にそんな気がしてならない。
    だけど俺は目をつぶる。
    春を失うのが、怖かった。

    (携帯)
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■19682 / 1階層)  spring 5
□投稿者/ 春風 一般♪(6回)-(2007/08/08(Wed) 00:11:42)
    2人ほぼ同時にカップを空にすると、だらだらと居座ることもなく、俺たちは店を出た。なんて良心的な客なんだ。店はいつの間にか混み始めていた。

    あらかじめ行き先を決めないデートは、なかなかいいものだと思う。その時の思い付きで、行きたい所に行く。金は無くとも暇のある、大学生ならではだ。

    今日もまた、行き先を決めあぐねてドライブ。それだけで終わる日もあるが、それはそれでいい。

    こんな風に思えるようになったのは、きっと隣で前髪をなびかせている春の影響だ。

    車内にかかる音楽に合わせて、身体でリズムをとっている。その様子がなんともかわいらしくて、横目でチラチラ見やるものだから運転は不安定なことこの上ない。ちゃんと前見とけ!なんていつ怒られるかとヒヤヒヤしたが、そんな素振りも見せずに春はただ外の景色を目で追っていた。


    ──切ないけれど サイズ違いかな 君と僕の恋愛経験値



    「ね、サイズ違いかな?」不意に春が訊く。これは俺の好きな曲のサビだ。

    「そうかもね。」
    精一杯の皮肉を込めて、俺は答える。

    「ふうん。」

    それっきり、春は窓の方を向いたままだった。

    何を思っているのか、俺には分からない。


    (携帯)
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■19683 / 1階層)  spring 6
□投稿者/ 春風 一般♪(7回)-(2007/08/08(Wed) 00:13:22)
    2007/08/08(Wed) 01:07:31 編集(投稿者)

    春は、

    彼女だからとか贔屓目じゃなくて、美人だ。当然、半年前に俺と付き合い始めるまでに色々あったことは、想像に難くない。だけど春は自分の過去を話したがらなかった。


    俺の方はといえば、幸いなことに容姿に恵まれたから、そりゃあ何かしらはあった。恐らく、人並み以上に。そしてそのどれもが本気だった。

    …だったはずなのに、終わりが来る頃には何もかもが遊びだったように思えてしまう。そういう恋愛を幾度も繰り返してきた。
    ──女とも、男とも。




    だから、春は俺以上なのか以下なのか、いつも気になって仕方がない。そんなこと関係ないって分かってはいるけれど、気にせずにはいられなかった。要するに俺は、幼稚な奴なんだ。

    (携帯)
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■19684 / 1階層)  spring 7
□投稿者/ 春風 一般♪(8回)-(2007/08/08(Wed) 00:14:56)
    結局その日はCDショップに寄って好きなアーティストの新譜を見て、あの歌手は顔が変わっただとか、このCDの限定版を青山で見かけただとか、そんな話を延々として、帰った。エロいDVDを借りて帰ろうとしたら春に睨まれたから、次回に持ち越しだ。


    春のアパートの前に車を停めて、玄関まで、と俺も降りる。

    「ねえ春。」

    「なに?」

    「チューしよっか。」

    「キモい。却下。」



    春は俺のことをカッコイイと言ったことがない。そう来ると思ったよ。

    「キス。してよ。」
    今度は真剣に。精一杯真面目な顔をして言ってみる。多分、今の俺、相当かっこいい。


    「あのさ。


    したいならすればいいじゃん。」







    そうか。

    最近キスしてないと思ったら、俺が自分からしないからだったんだ。




    いつの間にか俺は春を抱き寄せていた。

    “知らぬ間に臆病になっていたんだ”

    どこかの誰かが言ったありきたりな言葉が、不意に思い浮かんだ。

    (携帯)
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■19685 / 1階層)  spring 8
□投稿者/ 春風 一般♪(9回)-(2007/08/08(Wed) 00:17:15)
    春のアパートから車を走らせること20分弱、俺が自宅に着いた頃には23時を回っていた。
    悪いことしたな、と思った。春は今頃必死に勉強をしているだろうか。


    あいつは俺と違って頭がいいから。
    俺はシャワーも浴びずベッドに身を投げ出した。

    春は有名国立大学の法学部で、確か憲法について研究していると言った。憲法についての研究というのがどんなものなのか、俺には検討もつかない。ただ、きっと春は優秀な学生なんだろう。それだけはなんとなく、分かる。



    翌日、俺は7時に目を覚ます。やべ、遅刻だ。ちくしょう、ハタチにもなって朝練なんて。
    ブツブツ言いながらプラクティスシャツに頭を突っ込み、ヒュンメルのジャージに脚を通す。そのまま部屋を飛び出すと、自転車に飛び乗る。流れるような動きだ、と自分でもうっとりしてしまう。


    アホか。俺は。

    (携帯)
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■19686 / 1階層)  spring 9
□投稿者/ 春風 一般♪(10回)-(2007/08/08(Wed) 00:18:49)
    自転車をびゅんびゅん飛ばしていると、いつだったかの春との会話が思い出された。俺がまだ車を持っていなかった頃の話だ。


    「人のチャリって最強に漕ぎにくいよね。」

    「それはつまり、俺に漕げって言ってる?」

    「それはいい考え。」

    「最初からそのつもりで?」

    「ううん、最初は自転車さえ借りられればいいと思ってた。だけどやっぱりもう少し泉といたいから。」

    「うまいこと言うのな。」

    「それじゃあお願いします。」


    春の声はどこか弾んでいた。女はしたたかだと改めて思った日だった。春を後ろに乗せて、俺は駅前のドトールまで自転車を漕いだ。2人で乗るには少し頼りないママチャリは、滑るように坂を下っていった。


    『人のチャリって最強に漕ぎにくいよね』



    はて、春の自転車は俺のと同じ型だった気がするが。






    その日俺は、やっぱり朝練に遅刻した。
    7時に起きて7時からの朝練に間に合う確率は、ゼロパーセントだ。

    (携帯)
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■19687 / 1階層)  spring 10
□投稿者/ 春風 一般♪(11回)-(2007/08/08(Wed) 00:20:45)
    「っていうかさ」

    「ん?」

    「食べ過ぎじゃない?」

    同じバスケ部の紗帆に突っ込まれたのは、学食で日替わり定食(ライス大盛り)を食べ終わり、菓子パンの袋を開けたときだった。

    「ああ、今日朝食べて来なかったから。」


    それだけ答えると、俺は大好きなチョコチップメロンパンにかじりついた。そんな食生活でよくバスケやってられるね、と紗帆は嘲笑するかのように言った。


    「あ!!鮎沢せんぱーい!!」

    「おう。」

    「今日もカッコイイですね!!」

    「そんなことねーよ!!それよりお前髪切った?」

    「はい!!よくわかりましたね!!さっきの空きコマに美容室行って、ちょっとすいたんですよ〜!!」

    香奈美というこの後輩は、嬉しそうに笑った。白い歯が見えたとき、子犬みたいだな、と思った。

    (携帯)
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■19688 / 1階層)  spring 11
□投稿者/ 春風 一般♪(12回)-(2007/08/08(Wed) 00:22:43)
    2007/08/08(Wed) 00:23:30 編集(投稿者)

    俺が香奈美と雑談しているとき、紗帆の視線が痛かったが気付かないフリをした。


    「よく分かったね。」
    香奈美が去った後で紗帆が言う。嫌味な奴。

    「まあね。」

    「さすがモテる男は違いますね。」

    「だってあいつ、肩んとこに何本か毛がついてたから。」

    「…逆にすごいよ。」

    俺は笑った。気分は名探偵。


    「ところで紗帆さん。」

    「何、改まって。」

    「世間じゃ俺はお前と付き合ってるって専ら噂してるみたいだが。」

    「げっ、マジで!?」

    「なんだよ“げっ”て。」

    「泉のファンが絡むとろくなことない。」

    「確かにな。でさ、だからってわけじゃねーけど、お前そろそろ彼氏でも作れば?」

    「彼氏ねぇ…まあ私は、」「バスケットボールが恋人、とかつまんねーこと言うなよ。」

    やっぱり。紗帆の目が泳いだ。俺はため息をつく。紗帆だったら可愛いししっかりしてるし、彼氏の一人や二人できてもおかしくないんだが。

    「次、ウェルネスでしょ。」

    「そだ。行こうか。」

    席を立ち、食器を片付けに下膳口に向かう。紗帆の背中をぼんやりと見ながら、思った。

    やっぱりこいつ、俺のこと好きだよな…。

    (携帯)
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■19689 / 1階層)  spring 12
□投稿者/ 春風 一般♪(13回)-(2007/08/08(Wed) 00:26:09)
    この日の部活が終わったときには、もう9時を過ぎていた。熱気がまとわりつくようで、気持ちの悪い夜だった。何かもやもやしたものが渦巻いている気がして、それを振り払うかのように俺はペダルを踏んだ。アパートから最も近いコンビニの前を通り過ぎるが、これから自炊することを考えると気持ちが萎えた。思い直してUターンする。

    俺は多少の引け目を感じながら、コンビニの前に自転車を停めた。自動ドアが開く。

    いらっしゃいませー!!

    元気のいいバイト君の声と同時に、キンキンに冷えた空気が身体を包む。生き返る。
    店内にはキャップを深く被った小柄な男が一人と、子連れの若い母親。そして俺だけだ。

    適当な弁当を手に取り、そうだサラダも、と思った。紗帆の顔が頭に浮かんだのだ。俺は“たっぷり野菜のバランスサラダ”に手を伸ばす。ったく、なんでドレッシングは別売りなんだよ。こいつは家のやつよりうまそうに見えてくるから厄介だ。そうしてしばらく、ドレッシングを買うか買わないか悩んでいた。


    そのときだった。



    (携帯)
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■19690 / 1階層)  spring 13
□投稿者/ 春風 一般♪(14回)-(2007/08/08(Wed) 00:27:33)
    「あなた!!何してるの!!」
    耳をつんざくようなパートのおばさんの声。俺は何も、そう言おうとして息を飲んだ。右手から走り出す小柄な男。俺の背中を通り過ぎ、左に曲がる。「待ちなさい!!」おばさんが叫ぶ。正面にはレジから飛び出してきたバイト君。これまでか。そう思ったとき

    小柄な男が、飛んだ。着地と同時に身体をひねる。くるりと回転する。両手を広げたバイト君に触れるか触れないかの距離で、一瞬にして脇の下をすり抜ける。ちょうど新たな客が来て、自動ドアが開く。小柄な男はそのまま店を飛び出す。

    あっという間だった。

    誰もが呆然と立ち尽くした。あまりにも鮮やかな逃走だった。新しく入ってきた客だけは、状況が飲み込めずに不思議そうな顔をしていたが。
    だがその場にいた人間の中で、俺ほど驚いた奴はいるまい。小柄な男が走り抜けたときに残った香りに、確かな覚えがあったからだ。


    『これ、神戸で作ってもらったの。世界にひとつだけの香りなんだよ。』


    『別にどうでもいいけど。割と気に入ってる。』



    春の香水だった。

    (携帯)
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■19691 / 1階層)  spring 14
□投稿者/ 春風 一般♪(15回)-(2007/08/08(Wed) 00:28:52)
    春が、万引き?


    その日俺は眠ることができなかった。手術で腹をかっ開いて中に石を投げられたみたいな衝撃と、居心地の悪さだった。
    万引きも勿論衝撃的だったが、それ以上にあの軽やかなステップが脳裏に焼き付いて離れない。春は、運動は苦手なの、とよく言っていたではないか。なんで、どうして。そればかりが頭の中でぐるぐる回っていた。
    人違いではないかという考えは、何故か浮かばなかった。







    明け方に一眠りしたのが間違いだった。時刻は9時半。朝練遅刻どころか1限すら始まっている。慌てて跳ね起きるが、思い直す。あの授業は出席を取らないし、2限は空きコマだから、もう一眠りして午後から行こう。扇風機をつけて、自分の方に向ける。窓の外でこうこうと太陽が照っている。









    どれくらい寝ただろう。チャイムの音で目が覚めた。



    居留守を使おうと思ったが、あまりにしつこいから根負けした。ぼさぼさの頭でドアを開ける。睡眠を中断されたことへの精一杯の反抗心を込めて、乱暴に。


    そこには、紗帆が立っていた。

    (携帯)
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■19692 / 1階層)  spring 15
□投稿者/ 春風 一般♪(16回)-(2007/08/08(Wed) 00:30:10)
    「1限出なかったんでしょ?泉が今日サボらないように迎えにきてあげた!!」

    にっ、と紗帆は笑う。うん、いい笑顔だ。

    「俺は午後から出勤の予定だったんだよ。」

    「そうですかー。上がるよ。」

    「おう。汚いけど。」

    「知ってる。」


    こいつは、たまに春と似てるな。そんなことを思いながら2つのグラスに麦茶を注ぐ。氷がカラカラと涼しげな音をたてる。

    麦茶を持って部屋に行く。
    「おい、そんなとこにつっ立ってねーで…」

    「あ。」

    紗帆が、明らかに俺のではない可愛らしいキャミソールを見つめていた。

    見てはいけないものを見た、そんな顔だった。



    春の、片付けとくんだった。

    (携帯)
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■19693 / 1階層)  spring 16
□投稿者/ 春風 一般♪(17回)-(2007/08/08(Wed) 00:31:47)
    「うん、だから…さ。そういうことだって。」

    薄ら笑いで説明にならない説明をするが、紗帆には通用しないようだ。

    「つまり…彼女がいるってこと?」

    「そういうことになりますか。」

    馬鹿だ。友達のだとかお母さんのだとか、言い訳はいくらでもできたはずなのに。俺はため息をついた。
    と、同時に紗帆も大きく息を吐いた。

    「やっぱりねー。」

    「え?」

    「だって泉が男と付き合ってるのって、想像つかないし。」

    「ああ、そうかもね。」

    でも残念ながら、俺は男とも付き合うんだよ。とは言えなかった。


    それからしばらく俺のことを話していたが、ふと気になって聞いた。


    「紗帆ってさ、俺のこと好き?」



    「泉は。」



    「最高のチームメイトだよ。」


    その言葉に嘘は無い気がした。最高のチームメイト、か。思わず笑みがこぼれる。


    「何笑ってんの?キモーッ!!」

    「うるせえよ!!」



    風が通り抜けた気がした。こいつとは、仲良くやっていけそうだ。

    (携帯)
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■19694 / 1階層)  spring 17
□投稿者/ 春風 一般♪(18回)-(2007/08/08(Wed) 00:33:17)
    あのコンビニでの一件以来、春とは会っていなかった。元々春の方から誘ってくることはほとんどなかったし、俺の方も実習が重なって、いっぱいいっぱいだったというのもある。ただそれが言い訳に過ぎないことは、自分が一番よく分かっていた。単に、どんな顔をして春に会えば良いのかわからなかったのだ。


    久しぶりに早く部活が終わった木曜日、俺は一人でレンタルDVD屋でも行こうと校門をくぐりぬけた。まだ日が落ちていないことが嬉しい。と、そこで見慣れた姿が目に飛び込んできて慌ててブレーキをかける。春だった。

    「ちょうど通りかかったの。今日早いんだね?」

    「おう。乗れば?」

    少し声が上擦ったのに、春は気付いただろうか。

    ともかく、春を乗せてDVDショップに向かった。途中、ぽつりぽつりと他愛もない会話をしながら。

    春は、驚くほど自然だった。俺がうだうだ考えていたことが全部無駄だったように思われて、なんともみじめな気分になった。同時に、あの日のことは触れないでおくのが最善だとも思った。このまま、なかったことにするのが礼儀であるような気がしたのだ。



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□投稿者/ 春風 一般♪(19回)-(2007/08/08(Wed) 00:34:37)
    DVDショップで古い洋画を2本レンタルする。俺は春の好みで、抽象的で訳のわからない映画をよく借りさせられる。はっきり言って退屈だし、途中で寝てしまうこともしばしばだが、春はいつも最後まで真剣に観る。

    この日、珍しく春は泊まってもいいか聞いてきた。断る理由はなかった。

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□投稿者/ 春風 一般♪(20回)-(2007/08/08(Wed) 00:37:33)
    その夜俺は春を抱いた。

    俺が貸したスウェットを脱がすとき、春の膝に痣があるのを見つけて、どうしたのかと尋ねる。すると春は「転んだの。本当鈍いんだよね。」と笑った。そうか。と言って俺は笑おうとしたが、うまく笑うことが出来なかった。胸のあたりに微かな痛みを感じる。


    ──春は何かを隠している

    そう思うとどうにももどかしくて、それなのに問いただせない自分自身に苛立って、ひたすら指を動かすしかなかった。余計なことを考えてしまわないように。クーラーのきいた部屋の中であるにも関わらず、俺は汗びっしょりだった。


    春と抱き合って眠ったその夜、俺は奇妙な夢を見た。

    小学生の頃の夢だ。

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□投稿者/ 春風 一般♪(21回)-(2007/08/08(Wed) 00:39:00)
    ミニバスの全国大会で、俺は一人の選手を見ている。

    その子は華奢で色白で、整った顔立ちをしている。栗色の髪は男の子みたいに短く、そのアンバランスさが何とも言えない。

    彼女は小学生とは思えないボールさばきで、ディフェンスを次々にかわす。

    ゴール下で彼女は跳んだ。他の選手より頭一つ分小さい彼女が、いつの間にか誰よりも高い位置にいた。

    ふわり、とスローモーションのようにボールがリングに乗る。

    彼女は後ろも見ずに走り抜け、右の拳を高く挙げる。

    ナイスシュート。

    俺は息を飲んだ。

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□投稿者/ 春風 一般♪(22回)-(2007/08/08(Wed) 00:40:32)
    小学6年の冬、俺は初めて自分より上手い小学生に出会ったのだ。これは事実だった。


    名前も知らない。学校名すら覚えていない。だけど俺がその姿を忘れることはなかった。そいつより上手くなる。俺はいつも考えていた。所詮小学生の頃の記憶だが、あまりに衝撃的だったのだろう。想像の中でさえ、俺は一度もそいつに勝ったことがない。


    『おい!』

    『え?』

    『決勝まで残れよ。俺と勝負だ。』

    『うん。』

    俺の無礼な態度に、そいつはなんだか嬉しそうだった。


    『君は、きっと強くなるよ。』



    最後にそいつが言ったのは、そんな屈辱的な言葉だった。忘れるわけがない。同じ小学生にそんなことを言われるなんて、馬鹿にされたようで腹が立った。このこともそいつを忘れられない原因の一つなのだろう。



    夢には続きがあった。決勝でそいつのチームと戦っていた。実際は俺もそいつも決勝には出られなかったのだけれど。


    決勝戦は俺たちの負けだった。


    やっぱり。なぜかそう思ったところで、目が覚めた。

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□投稿者/ 春風 一般♪(23回)-(2007/08/08(Wed) 00:42:33)
    目覚めると、そこに春の姿はなかった。布団の、春が眠っていたであろう位置に手を置く。枕に顔をうずめると、春の香りがした。

    「行かなきゃ…。」

    まだ眠たい目をこすり、俺はゆっくりと起き上がる。それにしても懐かしい夢を見たな。ぼんやりと思う。中学、高校、大学とバスケをやってきて、上手い奴は数え切れない程見てきた。けれども、あの日の小学生ほど俺を興奮させた奴はいなかった。彼女は、今どうしているのだろうか。俺は、あの日の彼女に追いつくことができたのだろうか。



    食パンを牛乳で流し込んで、自転車に飛び乗る。なんだかんだでいつもギリギリになるのは、俺の悪い癖かもしれない。

    お願いしまーす、と体育館に駆け込む。早速紗帆に怒られる。

    「遅いよ、泉!」

    「丁度じゃん。計算通り。」

    速攻で靴ひもを結び、準備体操に入る。

    フリーシュートの後で、俺は紗帆と1対1をした。紗帆の方が申し出てきたのだ。

    10分後、膝に手をつく紗帆を前に俺は笑っていた。100年早ぇよ。なんて言いながら。

    「やっぱ強いなぁー…。結構頑張ったんだけどなあ。」
    素直に悔しがる紗帆はかわいい。



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□投稿者/ 春風 一般♪(24回)-(2007/08/08(Wed) 00:44:01)
    「泉に勝てる女子なんていないんじゃない?」

    女子、ねぇ。やっぱり俺は、普通の女子とは身体の作りからして違うんだろうか。自嘲気味に俺は笑う。そして、思い出す。

    「いるよ。」

    「え?」

    「俺なんかよりよっぽど上手い小学生。」

    「小学生!?」

    「あ、今は大学生かな。」



    そろそろ行こうか。と、俺はボールをつきながら紗帆に背を向ける。あいつは今どこにいるのかな。バスケを続けていれば、いつか必ず会えると信じていたのに。全中に出ても、インハイに出ても、彼女は現れなかった。



    「小学生といえば。」

    紗帆が言う。

    「風なら、泉に勝てたかもね。」


    「かぜ?」

    「私が小学生の頃のチームメイトだよ。」

    俺は思わず叫びそうになった。バスケの上手い小学生なんて、いくらでもいるというのに。


    「天才だった。」


    そう言った紗帆の顔を見て、確信した。俺が探していたのは、“風”だ。

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□投稿者/ 春風 一般♪(25回)-(2007/08/08(Wed) 00:45:27)
    風、かぜ。どこかで聞いた名前のような気がした。

    一日中、頭の中は風のことばかりだった。俺の探して求めていたあいつは、紗帆のチームメイトだった。

    紗帆から聞いたのは、風という名の天才プレイヤーがいたことと、彼女には双子の姉がいたこと、そして風は中学生になる前に交通事故で亡くなったということだった。

    俺には信じられなかった。小6の頃にたった一度会っただけの風に、妙な執着を持ちすぎていたのかもしれない。俺が8年間憧れ続けた選手は、8年前に既にこの世を去っていた。そんなことがあってたまるか。信じたくなかった。

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□投稿者/ 春風 一般♪(26回)-(2007/08/08(Wed) 00:47:04)
    翌日から、俺は学校も部活もサボって仙台に行った。そこは紗帆の地元であり、風の地元だった。紗帆に教えてもらった学校名を頼りに、小学校を探した。本当のことが知りたかった。


    数日を過ごして、俺は東京に戻る。自分の中の仮説が、揺るぎないものに変わっていくのを感じていた。


    「話がしたい。今夜そっちに行く。」

    留守電にメッセージを残し、俺はため息をついた。

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□投稿者/ 春風 一般♪(27回)-(2007/08/08(Wed) 00:48:48)
    「久しぶり。」

    玄関の扉が開くやいなや、俺は努めて明るく言った。

    「入って。」

    春は言ったが、俺はそれを断る。ちょっと出ない?と車の鍵を見せる。春は無言で頷くと、サンダルに脚を入れた。

    車の中は沈黙だった。だが苦痛ではなかった。ちらりと春の方を見る。これから起こることを分かっているように思えた。

    俺が車を停めたのは、近所の児童公園だ。バスケットのゴールが設置されていて、昼間はよく子どもたちが遊んでいるが、この時間ともなれば人の気配は無い。俺は車を降りると、後部座席のドアを開けてボールを取り出した。

    「バスケ。しようか。」

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□投稿者/ 春風 一般♪(28回)-(2007/08/08(Wed) 00:50:13)
    暗闇の中で、春は微笑んだ気がした。俺がドリブルをひとつついた瞬間、黒い影が足下を走る。あっという間のスティール。

    ぞくぞくするのを感じた。やっぱり、やっぱりそうか。本当は、半ばハッタリだった。でもそんなことはどうでもいい。こうして春とバスケをしている今が、永遠に続けばいいと思った。

    春は素早かった。8年間のブランクがあるとは到底思えない。おまけにサンダル履きで。こいつが今までバスケを続けていたらどんな化け物になっていたか、想像して身震いした。
    そうして俺たちは、春が「限界」と苦しそうに呟いてベンチに腰掛けるまで、1時間近く無言で1on1を続けた。

    俺はすぐ近くの自販機でスポーツドリンクを2本買ってきて、春の隣に座る。2人ほぼ同時にカシュッ、とプルタブを開ける音が響く。

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□投稿者/ 春風 一般♪(29回)-(2007/08/08(Wed) 00:51:26)
    春は、言葉を探しているようだった。


    一口飲んで、俺は言う。

    「風、なんだろ。」

    春はさほど驚いた様子もみせなかった。ゆっくり、穏やかな声で「そう。私は風。」と言った。
    思わずドキッとした。そのときの春の横顔を見ていたら、彼女は本当に風、つまりwindなんじゃないかと思ってしまったのだ。


    「春は、君のお姉さんなんだろ?」

    「双子の、ね。顔はそっくりだった。」



    「どうして」

    絞り出すような声で訊いた。それが一番知りたいことだった。なぜ彼女は天才バスケットボールプレイヤーである風をやめ、春として生きることを選んだのか。


    「春は、すごく優秀だった。」

    双子は常に比べられる。歳の異なる姉妹以上に直接的に、詳細に。


    風は、苦しそうに言った。
    「父も母も、真面目で勉強のできる春の方を愛してた。」

    「そんなこと…」

    「事故が起きたとき、春は私を助けて死んだの。


    本当に死ぬはずだったのは、風の方だった。」



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□投稿者/ 春風 一般♪(30回)-(2007/08/08(Wed) 00:53:03)
    あぁ。俺は唸った。そんなことがありえるなんて。
    確かに俺は、春は風なんじゃないかと疑っていた。けれども、こんな過去があったなんて。混乱する。そこで、ひとつの疑問が湧く。いくら双子といえども、両親に見分けがつかない訳がない。俺はそのことを風に尋ねる。
    すると風の顔が曇った。


    「両親はね、私が春ならいいのにって思っていたの。」


    「事故の後で、両親は私を“春”と呼んだ。」

    心臓がドクン、と鳴ったのを感じた。

    「その瞬間、私は春になろうって決めたの。風は、死んだの。」



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■19708 / 1階層)  spring 30
□投稿者/ 春風 一般♪(31回)-(2007/08/08(Wed) 00:54:18)
    うっすらと微笑んだ風が、怖かった。風は、風を殺すことで自分を守ってきたのだ。大好きだったバスケもやめて。慣れない勉強に励んで。12歳から今まで、春になりきって生きてきたのだ。
    それがどれほど辛いことなのか、俺には見当もつかない。自分を偽って生きることの辛さは、俺にも覚えがある。けれども存在を否定された傷は、いつまでも癒えることはないのだろう。
    気がつくと風は涙を流していた。

    「泉には、いつか、話そうって思ってたんだ、けど、」



    「風。」

    俺は風を抱き締めた。

    「お前は、風だ。」

    強く、強く。潰れてしまうんじゃないかという程に、風を抱き締めた。そうしないと、消えてしまうんじゃないかと思えたから。



    「泉は、強くなったね。」


    聞き覚えのある台詞だった。

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■19709 / 1階層)  spring 31
□投稿者/ 春風 一般♪(32回)-(2007/08/08(Wed) 00:59:23)
    2007/08/17(Fri) 17:19:16 編集(投稿者)
    2007/08/09(Thu) 21:38:13 編集(投稿者)
    2007/08/08(Wed) 01:00:39 編集(投稿者)

    あれから3週間。怒涛のテストラッシュを終えた俺は夏休みを迎え、風と共に仙台に向かっていた。彼女は俺たちのより何倍も難しいはずのテストを終えてなお、余裕をかましていた。

    「久しぶりだなー、仙台。」

    風は眩しそうに外の景色を見る。


    「それにしても。

    自分の墓に墓参りってのも、変な話だよね。」

    「そうだな。」

    2人して笑う。



    「実家へは帰らない?」

    「うん…今はまだ。」

    「そっか。」

    「そのうちね。」

    「おう。」




    ひっそりとした寺の奥に、風の、いや春の墓はあった。

    持ってきた花を挿し、2人で手を合わせた。風がどんな気持ちでここに来たのか、本当のところは分からない。けれど、今の風の穏やかな表情を見ていたら、なんとなく、心が軽くなったような気がした。
    もうそろそろいいんじゃないかな。俺は、そんなことを思いながら手を合わせていた。

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完結!
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▲[ 19676 ] / ▼[ 19718 ]
■19710 / 1階層)  NO TITLE
□投稿者/ A 一般♪(2回)-(2007/08/08(Wed) 01:06:37)

    おもしろいですッ。

    完結しちゃうんですか??

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▲[ 19710 ] / 返信無し
■19718 / 2階層)  Aさん
□投稿者/ 春風 一般♪(33回)-(2007/08/08(Wed) 22:23:49)
    コメントありがとうございます!!
    最後が駆け足になってしまったのですが、一応これで完結です(^ω^;)
    時間があれば、ぼちぼち続編なんかを書いていきたいと思っているので、そのときはまたよろしくお願いします。

    (携帯)
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