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Nomal 色恋沙汰A /琉 (07/10/17(Wed) 20:34) #20202
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■20202 / 親階層)  色恋沙汰A
□投稿者/ 琉 ちょと常連(95回)-(2007/10/17(Wed) 20:34:57)
    …夢を見た。
    遠い記憶のトンネルへ迷いこんだかのような夢だった。
    いつ、どこで、誰と話していたのかは分からない。
    けれど、何だかとても温かくなるような
    お喋りを楽しんでいた…気がする。

    「ほら、もう朝よ!早く起きなさい」

    深い眠りの淵で、誰かの声が聞こえてくる。
    ああ、この声の主があの人だったら良いのにな…
[ □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / 返信無し
■20203 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (1)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(96回)-(2007/10/17(Wed) 20:43:46)
    私にとって憧憬とは、超えたくても超えられない境界線だった。

    あんな風になりたい…
    誰でも一度は同性に憧れたことがあるだろう。
    部活の先輩、学校の先生に職場の上司。
    きっかけは何でも良い。
    大切なのは、それがどれだけ強い気持ちなのか。
    『憧れは所詮憧れでしかない』
    誰かがそう言っていた。
    でも、私はそうは思わない。
    だって、あの人を意識するまでそう時間はかからなかったから。
    憧れと恋慕の境界線。
    …曖昧なグレーゾーンがあまりにも広すぎる


    それは、連日傘をさす梅雨の六月のことだった。
    生まれて初めてお嬢様学校に入学して早二ヶ月あまりが過ぎ、
    和沙もようやくこの女子校独特の雰囲気に慣れつつあった。
    現役生徒会長による異例の生徒会候補生の大抜擢により、
    和沙は相変わらず生徒会に通う日々を続けていた。

    「良いわね〜。澤崎さんは」
    なんて、うっとりした様子で心底羨ましそうな表情をする
    クラスメイトの西嶋さん。
    もう手伝いを始めてから結構経つのに、未だに彼女は羨ましいようだ。
    そんな話を振られた和沙はげっそりしながら、
    「何なら変わろうか?」
    と言いたいのをすんでのところで我慢していた。

    一方、同じく羨望の眼差しを向けられたもう一人の片割れはというと…
    もぐもぐもぐ…
    だったらどうした?と言わんばかりの顔をして
    食べかけのメロンパンを思いっきり頬張っていた。
    低血圧だという希実は、朝食を食べてこないで
    こうやって登校してから自分の席で食べるということが珍しくない。

    「だから、朝はちゃんと家で食べなって…」
    そう呆れながら笑うのは、二階堂菜帆さん。
    彼女は百合園高校の副会長である二階堂斎の実妹である。
    学級委員長を務める彼女は、お姉さんとは違って
    おしとやかで慎ましい…姉本人に向かってはとても言えないけれど。
    菜帆は中学からの持ち上がりらしいが、
    最近は和沙や希実らとよく一緒に居ることが多い。

    入学当初には友達ができるか不安でいっぱいの和沙だったが、
    今となっては要らぬ心配だったようだ。
    もともと賑やかなのは嫌いではないため、
    和沙はこの状況をけっこう気に入っていた。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / 返信無し
■20204 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (2)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(97回)-(2007/10/17(Wed) 20:48:34)
    教室の窓にはどんよりとした空が顔を覗かしていた。
    今は降っていなくても、天気予報では午後から
    また雨になると言っていた。
    今日でもう四日連続の雨だ。
    日本中の湿度が上がるこの時期は、
    紫陽花が一番綺麗に咲く季節でもあった。
    ここのところ、和沙は大庭園の紫陽花通りへ
    遠回りして帰るのが日課になっている。
    六月生まれの和沙は、花の中で紫陽花が一番好きだからだ。
    赤、青、紫と色とりどりの紫陽花。
    淡い色は変わりやすく、同じ花を何回でも観賞して楽しめる。
    和沙は一人しゃがみこんで、花びらに残る水滴に
    触れながら遠い記憶を回想していた。


    「和沙。ほらこっちよ、和沙」
    一人の少女が手招きしている。

    あれは…?

    どこから見たことがあるような…でもすぐには思い出せない。
    「おねえちゃん待ってよぉ」
    もう一人の少女はそれを必死に追いかけている。


    …ああ、そうか。

    これは幼い頃の自分だ。
    そして、たぶん前の彼女は…
    和沙がどれだけ必死に走っても、後姿はどんどん離れていく。
    追いつけなくてついには泣き出してしまった。
    「泣かないで。ほら、可愛い顔が台無しよ」
    いつの間に戻ってきたのか、
    少女は白いハンカチを差し出して和沙の頬にあてた。
    そう。
    優しく拭ってくれたあの感触を忘れるはずがない。
    彼女は和沙のただ一人の姉だった。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / 返信無し
■20205 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (3)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(98回)-(2007/10/17(Wed) 23:20:33)
    「やっぱりここに居たのね」
    まるで長い間探していたかのような真澄の声だった。
    和沙は、呼ばれるまで小雨が降り始めていたことにすら
    気づいていなかった。
    雨に濡れた制服はしっとりと湿っている。

    「どうしたの?傘を忘れるなんてあなたらしくない」
    どうやら教室に傘まで置き忘れてしまったことに、
    和沙は真澄に指摘されて初めて気がついた。
    「先月のまだ花が咲かないうちから通っていたようだけど…
    あなた、そんなに紫陽花が好きなの?」
    真澄が言ったことは本当だった。
    和沙は、五月から開花するのをまだかと楽しみにしていた。
    けど、そのことを真澄が知っていたとは驚きだった。
    「まあ…それなりに好きなんですけど」
    こういう時、返答に困るものだ。
    好きなことは好きだが、それが何故かって訊かれても
    何となく言いたくないものは言いたくない。
    「ほら…いいから私の傘に入りなさい。
    これ以上濡れると、風邪をひいてしまうわ」
    絶対に何か追及されると思ったのに、
    真澄はこちらが気抜けしてしまうほど
    あっさりと引き下がった。

    何も訊かないの…?

    「そう…和沙は紫陽花が好きなのね」
    真澄はつぶやくように言うと、温室の方へと導いた。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / ▼[ 20209 ]
■20206 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (4)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(99回)-(2007/10/17(Wed) 23:26:37)
    温室の中は、冷たい雨露をしのぐのに充分だった。
    真澄はいつものベンチに和沙を座らせると、
    簡易キッチンの方へお茶を淹れに向かう。

    ザアァァァ…
    外の雨音はだんだん強くなってきた。
    二人しか居ない空間には、ちょっとした物音でもよく響く。
    けど、噴水の音や小鳥のさえずりですらも、
    今の和沙には癒し効果をもたらしてはくれなかった。

    何で、あんなこと思い出したんだろう…

    とっくの昔に封印したはずの記憶だったのに、
    先ほどは驚くほど鮮明に蘇ってきた。

    ハアッ…ハアッ…
    まだ、胸の動悸がおさまらない。
    いやそれどころか、考える時間ができた分、
    それは余計と激しさを増していった。

    「大丈夫?」
    ふと横から真澄が声をかけた。
    ちょうどお湯が沸いたようで、ティーカップを二人分
    用意しているところだった。
    「平気…です」
    和沙は無意識に自らの胸に手をやった。
    「本当に…?」
    真澄が近づいてきて、和沙の手に自分の手を重ねる。
    「鼓動が早いのね…私の手にまで伝わってくるわ」
    添えられた手は温かくて、しばらくすると
    和沙は自然と落ち着いていくのを感じた。
    「落ち着いた?」
    再び真澄が和沙に尋ねる。
    気がつくと…ずいぶんと近くに彼女の顔があった。
    「あ…もう落ち着きましたから、大丈夫です!」
    動揺していることを知られないように、
    和沙は大げさなリアクションをとった。
    「そう?なら、良かったわ。
    待っていなさい。今、紅茶を淹れてくるから」
    そう言うと、真澄は屈んでいた腰を起こし、
    和沙に背を向けてキッチンへと戻っていった。

    ビックリした…

    和沙は再度、胸に手をあてる。
    もう制服のワイシャツは皺ができていた。
    忘れるところだった。
    彼女は絶世の美女で…ドアップの顔には迫力があることを。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20206 ] / 返信無し
■20209 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ のん 一般♪(2回)-(2007/10/18(Thu) 02:20:32)
    第2章突入おめでとうございます。 続きを、楽しみにしています。 頑張ってください(^0^)/

    (携帯)
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / 返信無し
■20210 / 1階層)  のん様
□投稿者/ 琉 常連♪(100回)-(2007/10/18(Thu) 07:05:41)
    こんにちは。励ましのお返事をありがとうございます。
    読んでいるとお気づきになるかもしれませんが、
    第一章の後半にかけての話は、文章量がやたら多くなります。
    スレッドの関係で、せかせかしてしまいました…
    初めて投稿するので、未だよく分からないことばかりですが、
    完結を目指して頑張ります。
    第二章は、初夏のひとときが舞台です。
    これから更に登場人物が増え、いろんなことが巻き起こっていきます…ので、
    和沙たちの成長を見守っていただければありがたいです。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / 返信無し
■20211 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (5)
□投稿者/ 琉 常連♪(101回)-(2007/10/18(Thu) 11:27:18)
    真澄が淹れてくれた紅茶は、ふんわりと甘い香りがした。
    フレーバーティーというらしい。
    「おいしい…」
    思わず和沙はそう呟いた。
    いつのことだったか、初めて真澄とここで会った日にも感じたが、
    彼女が淹れてくれるお茶はまろやかな中にもアクセントがあって、
    おそらく表現するなら通好み、とでもいうべきか。
    とにかく、とても美味しいのだ。
    「そう言ってもらえるのが何よりよ」
    真澄も自分のカップに口をつける。
    優雅に紅茶をすする姿は、まさにお嬢様のようだ。
    いや、彼女は正真正銘のご令嬢なのだけど。
    けれど…こういう何気ない仕草の一つひとつにまで、
    目がいってしまうのはどうしてだろう。

    「来週は…あなたの誕生日ね」
    真澄がふと漏らす。
    和沙には、自分の誕生日を彼女が覚えていたことが驚きだった。
    「何で知って…?」
    「そりゃ覚えているわよ。だって私は会長ですもの。
    あなただけじゃなくて、生徒会役員はみな把握しているわ。
    四月が斎、六月があなた、七月が杏奈で、九月が鼎と希実ちゃんね。
    私は…三月の終わり頃だから、誕生日が来ることには
    卒業していてみんなからは忘れられているかもしれないけど…」
    ちょっとだけ残念そうに話す真澄を見て、
    和沙は気持ちが和らぐのを感じた。
    「そんなこと…ないと思いますよ」
    フォローのつもりだったのだが、真澄の反応は意外なものだった。
    「やっと笑ってくれたわね」
    「え…」
    「最近、何だか浮かない顔ばかりしていたから…心配していたのよ?」
    「…あっ、えっと」
    こういう時、どんな顔をすれば良いのか分からなくなる。
    「別に…何があったか追求したいわけではないわ。
    ただ、あなたが紫陽花を眺める横顔は、私が桜を見ていた姿に
    どことなく似ていたように感じただけよ」
    そう言うと、真澄は遠くを見つめているような目をした。
    二人の空間は、心地良い沈黙とカップからたちこめる湯気に満ちていた。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / ▼[ 20221 ]
■20219 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (6)
□投稿者/ 琉 常連♪(102回)-(2007/10/20(Sat) 09:54:09)
    「今日はもう、お帰りなさい」
    真澄がそう言って、自らの傘を持たせた。
    本当は、何か生徒会関連の用事があったのではないか。
    それに、これでは彼女の方に傘がなくなってしまうのではないか。
    けど。
    「良いから、ね?」
    「…はい」
    この頃、真澄は駆け引きが上手くなってきた。
    …いや、正確にはそれに乗せられる和沙が単純になってきたのか。
    いずれにせよ、ただ闇雲に帰れの一点張りだということは同じなのに、
    口調とか声の質感とかその他のシチュエーションとかで、
    真澄の場合、醸し出す雰囲気が大きく変わってくるのだ。
    そして、そういう場の空気に流されやすい和沙には、
    絶大な効果を発揮する…という塩梅のようだ。

    言いつけどおり、今度は並木道へは寄り道せず、
    校門から駅までもまっすぐ歩いて帰った。
    帰りの車内の中、電車に揺れながら和沙はそっと真澄から借りた傘を見た。
    正直、最初はどれだけゴージャスな高級傘を渡されるのだろう、と
    心なしか不安ですらあった。
    しかし、意外なことに真澄が普段愛用しているというお気に入りの傘は、
    モノトーンでシックな黒の落ち着いたデザインだった。
    もちろん、レースやフリルといった女性らしい細やかな装飾や、
    いかにも材料にこだわっていますという厳選品らしき断片は、
    そこかしこに発見できるけど…
    でも、おそらくこれが一般人には到底購入することができないような
    高級品だというのはこれまでの経験からいくらでも推測できる。
    よく分からないけれど、最近はそういう複雑な補償制度も
    細部にわたって見直される傾向にあるようだし。
    万が一のことを考えると…
    とてもじゃないが、高校生活のお小遣いを全部はたいてまで
    こんな傘一本を弁償するなんて採算が合わなすぎるのだ。

    ガタン…ゴトン…
    座席にはまだ余裕があったけど、
    たまにこうして乗車口の前に立っていたい時もある。
    和沙は今がそんな気分だった。
    きっと、高柳家に嫁いでからは電車に乗ったことはもちろん、
    お嬢様以外の者が使ったことすらないであろう、この傘。
    そんな違和感がある風景も、三十分も経てば
    自然と悪くないものに感じてくるから不思議だ。

    「まもなく、到着します」
    …ようやく和沙の家の最寄り駅に着いた。
    車内にお忘れ物をなさいませんよう…と親切なアナウンスを聴くまでもなく、
    和沙は鞄と傘を忘れずに持って下車した。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20219 ] / 返信無し
■20221 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ スマイル 一般♪(4回)-(2007/10/22(Mon) 01:21:08)
    琉さん

    第二章の突破をおめでとうございます(*≧m≦*)
    そして、和沙が生徒会役員になったことを祝いですね(^-^)/~~
    これからもぉ〜楽しみ待っていますんでぇ応援しますんで(`∀´σ)σ

    (携帯)
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / 返信無し
■20225 / 1階層)  スマイル様
□投稿者/ 琉 常連♪(103回)-(2007/10/22(Mon) 20:14:22)
    こんばんは。いつも応援してくださり、ありがとうございます。
    ようやく、次章に進むことができました。
    これから第二章、第三章…第六章って続いていくことを考えると…
    やっぱり長いですね、この話。
    当初の計画では、春夏秋冬を起承転結みたいに展開したいと思っていたのですが、
    書きたい事柄がまとまらなくて、四季では収まらなくなりまして…
    本当は現実の季節感にリンクできれば理想的だったのですが、
    世の中うまくいかないことも多いです。
    まあ、そのような感じでこれからもゆるやかに更新していきますので、
    よろしくお願いします。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / 返信無し
■20238 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (7)
□投稿者/ 琉 常連♪(104回)-(2007/10/27(Sat) 08:32:21)
    翌日の朝、和沙は校門に入ってすぐのところで希実に呼び止められた。
    「おっはよ〜う!…あれっ?どうしたの、その傘?」
    大きく手を振って、満面の笑みで近づいてくる彼女を誰が無視できようか…
    「…おはよう」
    風邪でもひいた?なんて見当違いな心配をしてくれている希実の目線は、
    さりげなく傘の辺りをいったりきたり。

    …やっぱり、誤魔化せないか

    「ああ、これ?」
    昨日から一転して、今朝は気象予報士もびっくりの快晴である。
    和沙の母も溜まった洗濯物が片づくと言って喜んでいた。
    そういうわけで自分の傘を使わずに済んだ和沙は、
    今日は借りた傘を持参するだけで事足りる。
    和沙が普段愛用しているビニール傘と違って、真澄の傘は目立つのだ。
    外観や造形というより、それを差してみてしっくりとくる感じが。

    …何かが違う。

    貫禄とはまた違った、小手先のような微妙な感覚だ。
    だから、希実でなくとも真澄がそれを使用しているところを
    見たことがある人には分かってしまう。
    先ほどから他の生徒が追い越す度に振り返るのは、そのせいだろう。
    和沙はそういう思惑を含めて、態度を一変したのだ。

    「それって…」
    「うん、そう。真澄先輩の」
    早めに自己申告。
    和沙は早口でまくし立てた。
    ちなみに、和沙たち候補生の一年も、最近は役員の呼び名が変わってきた。
    きっかけは斎だったか杏奈だったかが、
    下の名前+先輩を要求してきたから…のはずだ。
    名字だと堅苦しいとか他人行儀みたいとか、
    はたまたお近づきのしるしにとか理由はいろいろのようだ。

    「どうして、和沙が真澄先輩の傘を…?」
    おっと。
    まだ会話の最中だった。
    というか、希実はいよいよ核心に迫る質問をぶつけてきた。
    今までの前フリは全て序章に過ぎない。
    これからする話の内容によっては、今後の学園生活が大きく変わる…
    和沙はそんな気がしていた。
    「う、うん。ちょっと…借りちゃった。
    昨日、傘を持たずに下校しようとしたら…さ」
    嘘は言っていないけど、本当はもっと複雑だ。
    だけど、実際にあったことをイチイチ詳細に話していたら、
    始業時間になってしまう。

    さて…

    どうでる?どうくる?
    話し相手の反応がこれほどまでに気になるというのは、
    和沙のこれまでの経験上とても稀なことだ。
    しかしながら、案外こういう時に限ってその相手は
    気にも留めなかったりするわけで…
    「ふ〜ん。そうなんだ…」
    希実同様、それまで足を止めてこちらの様子を伺っていた生徒たちは、
    なんだ…といった素振りをしながら再び目指す校舎の方向へと歩き出した。

    「そんなことよりさ…」
    内心は落ち着いてはいられなかったほどの告白を
    そんなこと呼ばわりされたことに軽く傷つきつつ、
    和沙は希実の次の言葉を待った。
    「そろそろ中間テストの範囲が発表される頃だよね」

    中間テスト…

    そうだった。
    再来週には、いよいよ高校入学してから最初の中間テストが行なわれる。
    百合園高校は、夏季講習を含めると八月初旬まで授業があるため、
    中間試験はわりと遅めの六月中旬になる。
    ただ、一年生は高校に入学してからまだ間もないということもあり、
    授業内容があまり進んでいなければ範囲も少ない。
    実質、高校受験の応用問題が大部分を占める。
    つまりは、特待生である和沙の真価を発揮する絶好のチャンスなわけで、
    いやがうえにも気合が入るのだった。
    本当に、真澄の傘の言い訳など、そんなことである。
    優等生の最重要行事であるといっても良い中間・期末の試験の前には、
    先ほどの悩みなんて霞んでしまう。
    和沙は自らの靴箱の蓋を勢いよく開け、思いっきり上履きを取り出した。

    パサ…

    「…ん?」
    ふと、床に落ちている一枚の紙切れが眼に入る。

    …何、コレ?

    持ち上げて至近距離で見ると、何やら真っ白な封筒のようだと判明する。
    推測するに…今さっき和沙が靴箱を開けたことにより飛び出したわけだから、
    この手紙は自分の靴箱に入っていたのだろうということは理解できるが。
    糊どめされている部分を開くと、中からは一枚の便箋が出てきた。

    『昼休み 多目的教室』

    宛名も差出人の名前も書いていないその手紙には、
    封筒と同じく真っ白な便箋に映えるように真っ黒な字で
    はっきりとこう書かれていた。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / ▼[ 20300 ]
■20299 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (8)
□投稿者/ 琉 常連♪(105回)-(2007/11/18(Sun) 00:25:10)
    「どうした?」

    ふと、背後から肩を叩かれたような感覚があった。
    何事かと思いそちらを振り返ると、希実が心配したような顔で立っている。

    「へっ?…ああ、何でもないよ」
    和沙は手紙を胸元に押し当て、希実の死角になるように慌てて隠した。

    …いけない、いけない

    こんな人通りの多い朝の靴箱で立ち止まったりしたら、不審に思われてしまう。
    現に、希実は何事かと訝しげな顔を崩していない。
    「何かあったの?」
    「別に〜?希実こそどうしたの?」
    疑問系には疑問系で。
    和沙が焦って何かを隠そうとする時、本能的にとってしまう行動だった。
    「さっ、教室へ行こう」
    両手で肩を押しながら、希実を近づけさせないという荒業をしてまで、
    和沙は無理やり彼女を遠のけた。
    希実は心配性だから…
    特に、和沙のこととなると見境がなくなる。
    友達を思っていろいろおせっかいしてくれるのは、正直嬉しい。
    けれど、だからこそ今回は彼女の手を煩わせたくないのだ。

    授業が始まってからも、和沙は時々例の紙を取り出しては考え事をしていた。
    あまりにも不可解な内容。
    はっきりいって、未だこれが何を意味しているのか
    和沙には伝わらなかった。
    昼休みと多目的教室って…
    主語と述語と目的語が抜けている。
    これじゃ、大抵の文章は成り立たない。
    このメッセージはここで何かがあるというのか、
    それとも来いと呼び出しを要求しているのか、
    はたまた間違って投函されたか。
    新手のラブレターにしては斬新すぎる。
    というか、ラブレターだったらまだどんなに良いか。
    少なくとも…そこに好意はあるのだから。
    問題はこれが悪意を含んだ嫌がらせだった場合だ。
    その確率は決して低くないが、
    それにしてはあからさまな嫌味を感じない。

    ラブレターって…

    自分で考えたものの、和沙は途端に可笑しくなってしまった。
    ここは女子校で、今は平成だ。
    これだけ女生徒だけで溢れかえっている中で、
    これだけメールやらチャットやらが発達している中で、
    誰が自分になど恋文を出すというのだ。
    とにかく、ラブレターどうかは置いておいて、
    もしもこれが間違いなく自分宛で、
    おまけに用があってのものだった場合を考えて、
    和沙はとりあえず昼休みに所定の場所に向かうことにした。

    キーンコーン…

    授業が終わるチャイムが鳴る。
    決戦の時は、もう近い。
    和沙はおもむろに立ち上がり、誰にも気づかれないよう
    教室の後方ドアからそっと出ていった。
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▲[ 20299 ] / 返信無し
■20300 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ のん 一般♪(1回)-(2007/11/18(Sun) 02:49:21)
    更新されてる!続きが気になります 体調に気を付けて、頑張ってください。

    (携帯)
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▲[ 20202 ] / ▼[ 20312 ]
■20307 / 1階層)  のんさま
□投稿者/ 琉 常連♪(106回)-(2007/11/21(Wed) 19:59:47)
    こんばんは。
    そして、またまた嬉しいお便りをありがとうございます。

    最近、寒くなりましたよね。
    私の部屋も毛布をだしたり、コートを用意したりと
    やっと冬支度らしいことを始めました。
    この時期になってくると、街中がイルミネーションに
    彩られている風景をよく目にします。
    そうすると、ついつい後々の章について考えてしまうのですが…
    まずは二章を完結させなければ、ですね。
    ちなみに、この物語では、第五章にクリスマスの
    お話を書きたいと思っています。
    それに辿り着くのが一年後になってしまったら、すみません。

    長くなりましたが、のん様も風邪をひくことがなきよう、
    今後ともよろしくお願いします。
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20307 ] / 返信無し
■20312 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ のん 一般♪(2回)-(2007/11/22(Thu) 06:20:34)
    長いお返事、ありがとうございます。
    最近、本当に寒くなりましたよね。私の住んでいるところは、もう雪が降りました。
    第五章のお話、楽しみにしています。
    琉様のペースで、頑張ってください(^0^)/

    (携帯)
[ 親 20202 / □ Tree ] 返信/引用返信 削除キー/

▲[ 20202 ] / ▼[ 20345 ]
■20308 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (9)
□投稿者/ 琉 常連♪(107回)-(2007/11/21(Wed) 20:09:19)
    2007/11/21(Wed) 21:12:00 編集(投稿者)
    2007/11/21(Wed) 21:11:40 編集(投稿者)

    多目的教室の中は薄暗かった。
    入学してから三ヶ月も経つと、新入生も校内にある施設の位置を
    覚えてくるものだが、和沙は未だにこの部屋には入ったことがなかった。

    パチ…
    とりあえず、暗いままというのも何なので、電気をつけてみる。
    蛍光灯によって照らされると、なるほど結構広い部屋なのだと確認できた。
    おそらく、五十畳ほどはあるだろうか。
    給湯室の部分も合わせると、生徒会室とさほど変わらないだろう。
    ここは確か…演劇部や放送委員会、各種同好会が交代で使っているという話だ。
    先月の予算編成をまとめる作業を手伝った際に、
    生徒会役員の誰かが言っていた。
    ちなみに、百合園高校の部活動にはそれぞれ活動に必要な最低限の
    スペースは与えられている。
    並大抵では払えない学費がかかる学校なのだから、
    当然といえば当たり前のことなんだけど。
    いつだったか、役員に連れられてインターハイで毎年上位を獲っている
    新体操部の部室を覗いてみると、この部屋の数倍はあった。
    実際の練習は別に第三体育館を貸しきって行なうというのに、だ。
    大所帯の部活になると、それだけ活動場所も予算も規模が大きくなるというワケだ。
    けれど、小規模な部活、細々と活動する委員会にだって、
    普通の学校でいえば充分すぎるほどのスペースは確保してもらえる。
    演劇部や放送委員会はもちろん、同好会だって独自の部屋を所有しているのだ。
    だから、この多目的教室を借りるのは、大半が一年生。
    部活がない日でも熱心に練習している先輩を邪魔しないように、
    または一日でも早く彼女たちに追いつくようにと、
    いつの時代からか下級生はここで集まりを持つようになった。
    台本のような冊子が机の上に忘れられていることから、
    昨日ここを借りたのは演劇部だろうか。
    でも、中をめくると漫画の下書きのような絵が書かれているから、
    最近できたコミック同好会の可能性もある。
    百合園高校で最も大きいクラブ棟に、さらに新しく別館が建設される話が
    持ち上がっているのは、きっと彼女たちの努力の賜物なのかもしれない。

    来ない…か

    左手の腕時計を見ると、ここへ来てからすでに十五分は過ぎていることが分かる。
    昼休みは五十分しかないのだから、いくら他人と面会する機会を捻出するといっても
    割ける時間には限度がある。
    おまけに、今日はお弁当も食べないで教室を飛び出してきた。
    成長期は…もう終わってしまったかもしれないが、今は食べ盛り。
    大食い女王の異名を持つ希実でなくとも、
    ランチ抜きで午後の体育をこなすのはキツイ。
    これはもう、勘違いだったことを認めて早々と引き返した方が良さそうだ。
    そう思って、電気を消そうと再び押そうとした時…
    急に出入り口の扉が開いた。

    ガチャッ…

    突然のことだったので、和沙はビクッと身体を震わせた。
    「あ…」
    ドアノブを握っていた少女が最初に呟いたのは、それだけだった。
    「あ、どうも」
    とっさに挨拶をしてしまうところは、普段の性格がでる。
    何がどうもなのか、和沙は自分でも分からなかったが、
    とりあえず今は彼女の反応を待つことにした。
    果たして、彼女があの手紙を投函した張本人なのか。
    どこかで見たことがある顔のような、ない顔のような…
    あるとしても校内ですれ違ったとかその程度のものだ。
    そんな相手ではあるが。

    「あれ?…ないっ!」
    どうもキョロキョロして落ち着かないと思ったら、
    彼女はどうやら先ほど和沙が見つけ拾った
    台本のような冊子を探しているらしかった。
    机の棚を漁ってみたり、眼を凝らして椅子の下ばかりを
    見ていたらひょっとしたら…と考えるのが筋だろう。
    「あのう、もしかして…」
    「あっ…それ」
    和沙が声をかけるのとほぼ同じくらいのタイミングで、
    彼女はようやく和沙の手元に気づいた。
    放課後にでも生徒会室に持っていって、
    落し物倉庫で管理しようかと思案していた和沙としても
    持ち主が見つかってくれたことで手間が省けて助かる。

    「これ、そこのテーブルに置かれてました」
    ちょうど良かったとばかりに彼女に近づこうとした途端、
    突如和沙の身体は宙に舞い上がった。
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▲[ 20308 ] / 返信無し
■20345 / 2階層)  NO TITLE
□投稿者/ スマイル 一般♪(1回)-(2007/12/08(Sat) 12:32:26)
    琉サン
    だいぶ寒くなってきましたねぇ(*_*)
    風邪などに気をつけて、投稿ほう頑張って下さい!
    応援しますね(^0^)/

    (携帯)
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20406 / 1階層)  のん様
□投稿者/ 琉 常連♪(108回)-(2007/12/15(Sat) 23:29:25)
    こんばんは。お返事ありがとうございます。
    そして、更新が遅れてしまい、すみません。

    和沙が宙に浮いた状態で約一ヶ月…
    やっとのことでその続きを明らかにできました(笑)
    この『色恋沙汰』シリーズは、各章を季節別に綴っているわけですが、
    実はその全てに裏テーマがあったりします。
    第2章の場合は…秘密です(ごめんなさい)
    そのうち明らかにできればと思います。

    余談ですが、最近友人と我が家で鍋をしました。
    鍋料理って、私は毎日でも飽きません。
    のん様がお住まいのところは、もう雪が降っているとのことですが、
    そういう中で食べる鍋はまた格別なんだろうな…
    美味しいものをいっぱい食べて、風邪知らずで冬を越せたら良いですよね。
    それでは、またできるだけ近いうちに更新します!
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20407 / 1階層)  スマイルさま
□投稿者/ 琉 常連♪(109回)-(2007/12/15(Sat) 23:32:50)
    こんにちは。レス、どうもありがとうございます。
    更新が遅くなってごめんなさい。
    私は寒いのは嫌いじゃないんですけど、
    この頃の冷え込みで、毎朝起きるのがツライです。

    物語の方は、ようやく進めることができました。
    …今回、正直表現などの問題でいつもよりも反応が怖いです。
    ただ、私は何か伝えたいメッセージ性を決めてから話を書くタイプなので、
    その辺をご理解いただければと思います。
    さて、これから年末にかけてますます忙しくなるので苦しいですが、
    年内にあと一回は更新したいと考えています。

    長編なので、膨大な時間を要しどうしてものんびりな執筆になりますが、
    全六章、責任を持って仕上げますので、今後もよろしくお願いします。
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20408 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (10)
□投稿者/ 琉 常連♪(110回)-(2007/12/15(Sat) 23:36:51)
    …っ!?

    何が起こったのか、和沙には理解できなかった。
    ただ、気がつけば背後からとてつもない衝撃を受けて、
    倒れるようにして地べたに這いつくばっていた。
    転んだのではない。
    転ばされたのだ。

    「ご苦労さま」
    とそこに、目の前の少女とは別に声をかける人物がいた。
    見ると、まず最初に細長い脚が飛びこんでくる。
    どうにか顔を見ようと上半身をくねらせて起きあがると、
    そこには…あの御舘篤子が居た。

    どういうこと…?

    どうして彼女がここにいるのだ、という疑問が和沙の頭を駆け巡る。
    「痛っ」
    だが、次の瞬間…背中を激痛が襲う。
    蹴られたのだ、と分かるまでさほど時間はかからなかった。
    しかし、そんな怪我人をよそに、篤子は静かに
    さっきの忘れ物をした生徒に近づいていく。
    二人が並んでツーショットになったところを見て初めて、
    和沙は思い出すことができた。

    ああ、そっか…

    あの生徒は篤子の取り巻きの一人だ。
    篤子はいつも大勢の女生徒を従えて歩いているから、
    彼女一人だけだと気づかなかったのだ。
    篤子は彼女に何やら耳打ちしている。

    そういうこと…

    だんだん読めてきた。
    この状況から、まさか二人がたまたまここに居合わせたのではないことは
    鈍い和沙にもさすがに分かる。
    この二人は『グル』だった。
    そう考えるのが自然だろう。
    連中が何を企んでいるのかは知らないが、
    昼休みにわざわざこんな誰も居ない場所に呼び出してまで
    成しえたかったコトとは、そう良いことのはずがない。

    逃げなきゃ…

    和沙はとっさに立ち上がった。
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20411 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (11)
□投稿者/ 琉 常連♪(111回)-(2007/12/15(Sat) 23:49:22)
    「おっと」
    出口に突進しようとする和沙を阻むように、
    篤子は扉の前に立ちふさがる。
    退路を断たれた和沙は絶望的な気持ちを隠しつつも、必死に懇願した。
    「お願いです、どいてください」
    すると篤子は、うっすらと笑いながら和沙の顎を持ち上げた。
    「君さぁ、前から思っていたけど邪魔なんだよね」

    じゃま…

    入学したばかりの頃から、この人に好かれていないことを
    すれ違う時の突き刺さる視線からも何となく自覚はしていた。
    けど、それだけ。
    彼女はいつも睨むようにすれ違うだけで、特に何もしない。
    こんなにあからさまな敵意をぶつけてこられたのは
    今回が初めてだったので、和沙はショックというよりも
    どうして良いのか分からずに固まってしまった。
    「僕はね」
    篤子は急に和沙の顎を持つ手に力を入れてこう告げた。

    ぼ、ぼく…?

    狐に摘まれたような感覚がするのは、そういう風に自分のことを呼ぶ人を
    久しぶりに見たからだろう。
    たぶん、百合園に入学してからは初めてかもしれない。
    「僕は、ずっと生徒会長に憧れていたんだ。
    それでなくとも、この学校の生徒会役員はこれまでも素晴らしい先輩を
    輩出してきた我が校の誇るべき組織なのに、今年の候補生ときたら…」
    まるで我慢ならないとでも言うように、
    篤子は和沙を真っ直ぐに見据えて歯ぎしりをした。
    「いい加減に…放してくださいっ」
    顎を持たれ、ずっと見下ろされて気分が良い人というのは、そう多くない。
    和沙だって、やたらめったら眺められて良い気持ちがするほど
    マゾ気質は強くないのだ。
    精一杯の抵抗力で、何とか腕を振り切ろうと和沙は試みたが、
    依然篤子を追い払うほどの腕力には及ばなかった。

    …こ、この人

    本当に男の人みたい…
    平均的な女子高生の握力など比較にならないほど、
    目の前の彼女が和沙の腕を掴む力は強かった。
    長いだけでなく筋肉質なごつごつした手足、
    女性にしては人目をひくほどの短髪に頭一つ出た身長。
    そして何よりその鋭い眼球に睨まれると、
    さすがに怖いもの知らずの和沙でも一瞬怯む。

    あ…れ?

    何か違和感を感じると思いきや、そういえば彼女は制服を着てはいるけれど
    スカートを穿いていない。
    代わりに、膝まであるスカートと同じ柄の半ズボンを着用していた。
    ボーイッシュな域を超えて、あまりにも中世的な雰囲気を醸し出す彼女は、
    そのまま和沙の前髪を鷲掴みにするように持ち上げ、さらに顔を接近させた。
    間近で見ると、案外…端正な顔立ちをしている。
    これなら何人もの取り巻きにちやほやされるのも分かる気がするが、
    肝心の篤子の方は目尻をつりあげて強い眼差しにさらに力を込める。

    ドンッ…
    鈍い音がしたかと思うと、途端に和沙の腹部を再び痛みが襲った。
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20455 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (12)
□投稿者/ 琉 常連♪(112回)-(2008/01/14(Mon) 22:01:37)
    「ゲホッゲホッ」

    苦しい。お腹が痛い。
    でも、何より暴力でしか訴えてこない目の前の彼女の行動が哀しかった。
    和沙は膝蹴りされた腹部を抱え込むようにして、その場にしゃがみこむ。
    「口ほどにもないね」
    ため息をつきながら憐れにこちらを見据える姿に、
    何故だか怒りの他にも沸々と湧き上がってくる感情が和沙にはあった。

    どうして、彼女はこっちを見ていないのだろう?

    それは、疑問にも近い。
    篤子は確かに和沙を視界にとらえている。
    しかし、言い換えればそれはただ眼に映しているだけの状態と
    ほとんど変わらないのだった。
    そして、さらに踏み込んでいうのなら、彼女は和沙を通して
    その後ろに生徒会…如いては真澄の姿を投影しているらしかった。
    その証拠に、篤子の取り巻きの女生徒は、先ほどからちっともこちらを見ようとはしない。
    こちらをチラリとも見ようとしない理由…それは紛れもなく
    篤子を想い慕っているが故の嫉妬だから。

    「何がおかしい?」
    急に素の表情を取り戻した和沙の態度が気に喰わないようで、
    篤子はさらに眉間のしわを深くした。
    「いえ、ただそろそろ次の授業が始まるので、
    教室に戻っても良いですか?」
    それは、和沙の本音だった。
    彼女がどういうつもりかは知らないが、これ以上ここで騒ぎ立ててことを荒立てたくない。
    特に殴られた痕跡を真澄に目撃されるなんて…それこそ勘弁してほしい。
    多目的教室は、和沙の放った一言からしばらく
    凍りついたかのように時間が止まった。
    何度かの時計の秒針を聞いている間、和沙はずっと瞬きもせずに篤子だけを見ていた。
    このまま眼を逸らせば負ける…そんな駆け引きでもしているように。

    「良いだろう」
    意外なほどあっけなく出た快諾に、和沙は拍子抜けした。
    もう少しくらいは面倒臭い展開になって、話がもつれて、
    第二ラウンドを期待していたわけではなかったけれど、
    こんなにもすぐに提案が通ると、それはそれで猜疑心を高めるのだ。
    「会長に、よろしく伝えてくれ」
    それだけ言うと、篤子ともう一人の女生徒は無言で部屋から退室しようとする。
    篤子の方は、最後までキザで、クールに。

    やっぱり…

    そのわずかな時間に、和沙は確信するものがあった。
    泣きはらしたように真っ赤な眼に、少しだけ自信を無くしたような背中。
    さりげなさを装いながらも、彼女たちの間はきもちギクシャクしているように
    取れてしまうのは、和沙だけではないはずだ。
    この昼休みの時間、もし格闘技の勝負事をしていたとしたら…
    どちらが負けたのかは明らかだった。
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■20568 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (13)
□投稿者/ 琉 常連♪(113回)-(2008/02/13(Wed) 23:58:28)
    ジャー

    水道水の水が冷たくて気持ち良い。
    バシャバシャ…
    「くそっ」
    いくら洗練されたお手洗いの洗面台とはいっても、
    備え付けの石鹸だけではブレザーの上着についた汚れは落ちそうにない。
    まだワイシャツ一枚で過ごすには肌寒いという季節だというのに、
    午後からは上着を諦めるしか選択肢はないようだった。
    鏡に映る自分は妙に疲れているようだったが、
    今の和沙はそんなことがどうでも良いと思えるくらい
    先ほどの回想にふけていた。

    この学校に入学して、早くも三ヶ月が経とうとしているが、
    あんなにも真剣な眼差しを向けられたことがあっただろうか。
    それは、希実を含めたクラスメイトや生徒会役員を合わせても、だ。
    おそらく彼女は、彼女が好きだ。
    …と思う。
    普段、そういった誰それが誰それに恋をしているなどという恋愛事情に疎い和沙は、
    これまでに経験したことがないほどの速さで、篤子の行動を分析していた。
    予想外に、彼女は策略家だ。
    後輩を使ってまでわざわざ小細工を仕込むなんて、
    口では言っていても普通の高校生にはきっと出来ない。
    篤子の成績がどれくらいかなんて知りようがないが、
    そういうものとは関係ない次元の話で、彼女は頭が良いのだ。
    予想外に、彼女は情熱家だ。
    一見クールを気取ってはいるが、瞳の中に秘められた熱意は、
    紛れもなく本物だった。
    未だかつて自分は、これほどまでに自分以外の誰かを想って
    他人に感情をぶつけたことがあっただろうか。
    そして、それはどういう気持ちなのだろうか。

    それが和沙にとっては、初めての葛藤となった。
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20700 / 1階層)  NO TITLE
□投稿者/ あき 一般♪(1回)-(2008/03/04(Tue) 13:29:39)
    色恋沙汰最初から全部読みました。すごいドラマチックなのでハマりました(^-^)これからも頑張って下さい!応援します

    (携帯)
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20714 / 1階層)  あき様
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2008/03/07(Fri) 00:02:04)
    初めまして。そして、お読みくださいまして
    ありがとうございます!
    久しぶりの書き込みに、感想をいただけたので
    嬉しさで舞い上がっています(笑)
    本当に、ゆっくりの更新でごめんなさい。
    ご期待に添えるよう、今後も少しずつですが
    話を書いていきますので、見守っていただけると
    ありがたいです。

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▲[ 20202 ] / 返信無し
■20715 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (14)
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2008/03/07(Fri) 00:23:27)
    「どこ行ってたの?」
    サンドウィッチを頬張りながら、希実は先ほどから
    その一点張りだ。
    重箱のような弁当箱は相変わらずだが、
    彼女の胃袋を持ってしても食べ終えそうなところから
    昼休みも終盤に差し掛かっているとみて間違いない。

    グゥゥ…

    ふと、和沙のお腹が鳴った。
    そういえば、今日は呼び出しに遭ったりなんかして
    昼食をまだ食べていない。

    「次の時間、体育だよ?」
    それも…そうだった。
    忘れていたわけではないが、昼休みの出来事があまりに印象深くて
    今になってからしか気づけなかったのだ。
    「何なら食べてあげようか?」
    調子に乗ってまさに開いたばかりのランチボックスに
    手を伸ばそうとした希実を、和沙は冷ややかに制した。
    「自分で食べるよ」
    そう言って、和沙はそっぽを向いておにぎりを一つ取り上げ食べ始めた。
    まったく…油断も隙もありゃしない

    「ねぇ、和沙」
    先ほどまでのおどけたような口調とはうって変わって、
    希実の声はとても静かだった。
    どうしたことかと、和沙が振り向くと、
    彼女はまっすぐにこちらを見つめながら話し始めた。
    「何があったか知らないけど、辛いことがあったら
    いつでも相談してね?」
    「え…あ、うん」
    破壊的なキャラクターが定着しつつある彼女だが、
    こんな顔もできるんだ、などと妙に驚きながら、
    和沙は促されて呟いたような返事をした。
    でも、希実に言われたからではないけれど、
    確かに今日はいろいろなことがあったとはいえ、
    何故にこんなにくだらないことに悩まなくてはいけないのか。
    自分は決してこの程度のことで食欲がなくなるタイプではない。
    現に、身体は空腹を訴えているのだから。

    もっと、動じない人になりたい…

    そんなことを考えながら、和沙は口の中の米粒を強く噛み締めた。
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■20729 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (15)
□投稿者/ 琉 一般♪(3回)-(2008/03/10(Mon) 23:58:19)
    午前中の快晴もつかの間、午後から少しずつ曇り始め、
    放課後になる頃にはぽつぽつと降りだしてきた。
    梅雨時の天気とはこういうものだ。

    コンコン…

    ノックをして間もなく、生徒会室に先客がいるだろうことが
    和沙にも分かったのは、その人がとても温かな笑顔で出迎えてくれたからだ。

    「雨、降ってきちゃったの?」

    読みかけの参考書もそのままに、うっすらと濡れてしまった和沙の
    髪の毛や頬にタオルをあてる女性は、和沙より一つ年上の先輩。
    生徒会の会計職を務める彼女は、二年A組の梅林寺鼎。
    巷では、旧財閥会長の孫娘だとか我が校始まって以来の秀才だとか、
    はたまた外資系最大手の御曹司と婚約しているだとか…とにかく、
    華々しい経歴が噂される彼女だが、実際に話すと全然印象が違う。
    常に冷静沈着で有言実行、少し寡黙な性格だが、協調性がないわけではなく、
    たまに手作りお菓子を作ってきては差し入れしてくれたり、
    自己主張が激しいこの生徒会メンバーの中では、とても貴重な存在である。
    おまけに、後輩の面倒見もよく、優しくて穏やかな人当たり…と
    まさにパーフェクトな理想の女性だ。
    もちろん、和沙の憧れの先輩でもある。

    「あ、ごめんなさい。勉強の邪魔をしてしまいましたか…?」

    こちらからでもチラリと見えるその参考書には、
    日本語でも英語でもない文字列がぎっしりと並んでいた。
    「あ、ううん。そんなんじゃないの。
    私が一番乗りだったみたいだったから、
    時間になるまで読書でもしていようかな、なんて」
    はにかみながらも遠慮を忘れない心配りに、和沙はつい見とれてしまった。
    かなり良いところのお嬢さんなのだ。
    小さい頃から英才教育やら何やらで、
    相当な教養を積んでいると聞いたことがある。
    その細い身体に受けるプレッシャーは如何ばかりなものなのか計り知れないが、
    すでに海外の大学への進学も考えていてもおかしくない。

    優等生だからこそ、憧れる存在。
    そんなことを言ったら、彼女は気分を悪くするかもしれないが、
    堅実で努力家な姿勢は、和沙を含め確かに後輩たちには魅力的に映っていた。
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■20978 / 1階層)  続き気になります
□投稿者/ あき 一般♪(1回)-(2008/07/05(Sat) 02:19:17)
    こんばんは☆続きが気になって気になってっていう状態です(+_+)お願いします

    (携帯)
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■20980 / 1階層)  あきさま
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2008/07/06(Sun) 19:41:38)
    こんばんは。コメントの方、どうもありがとうございます。
    最近全く更新していなかったにも関わらず、
    お読みいただきましてありがとうございます。
    今後は、書き溜めていた分を少しずつ更新していく予定です。
    暑い日が続きますので、あき様もお体にはご自愛ください。

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■20981 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (16)
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2008/07/06(Sun) 19:50:58)
    結局、鼎はおろか真澄や斎ら生徒会役員が集結した後でも、
    みな和沙が放課後からブレザージャケットを着ないまま
    会合に出席していることについて触れる者はいなかった。
    いや、もしかしたら気づいているのだけれど言わないだけなのかもしれないが。
    とにもかくにももうすぐ衣替えも近いということも手伝って、
    和沙は明日以降も上着は着ないまま登校しようと決めたのだった。

    「それじゃ、今日はここまでね」
    斎の声で、本日の会議は終了したようだった。
    情けないことに、和沙はほとんど全くといって良いほど内容を覚えていない。
    配られたプリントに目を通してみると、
    『図書棟地下室の有効活用法について』と書いてある。
    しかし、いつもなら議論が活性化するたびにメモを書きこむため、
    紙面が赤ペンやら青ペンやらでぎっしり埋まっているというのに、
    今日にいたってはほぼ白紙の状態である。

    無理もない…

    珍しく、和沙は自らの心の中で言い訳をしてみた。
    昼休みのあの一件以来、午後の授業の体育でもバスケットボールの実技試験で、
    落ち着いて冷静に分析する時間など持てなかったのだから、と。

    「ちょっと!」
    ただ、それでは済まされないと警告を訴えてきた人物だけは話が別のようだ。
    「ちゃんと聴いていたの?ほら、来週はいよいよ
    各部へ支給する予算を決定する大議題が待っているんですからね」
    そう言いながら、こちらに近づいてくるのは…やはり真澄だった。
    気のせいか、彼女の顔は少しだけ眉間にしわが寄っている。
    まあ、生徒会長として後輩の動向を懸念するのは当然であるが。
    「あ」
    けれど、和沙は、今日初めて見る真澄の姿に違うことを思い出した。
    「何が、あ、なのよ?」
    訝しげな表情を向けながら、彼女はより眉をつり上げていく。
    「傘っ、ありがとうございました!」
    いきなり席を立ち上がったかと思うと、そのまま入り口にある傘立てから
    一本の黒い傘を持って走ってきたのだから、真澄だけでなく
    その場に居た他の役員の関心まで集めてしまった。

    「ああ、どういたしまして」
    意外にも真澄は、にこりと微笑みながらゆっくりと傘を受け取った。
    その仕草があまりに優雅で、和沙をはじめ二人のやりとりを見ていた
    他の役員も瞬きをしながらその場に立ち尽くしている。

    …こんな顔もするんだ

    それが、その場に居合わせた者たちの率直な感想だろう。
    それ以前に、彼女が和沙に傘を貸していた事実すら知らなかった様子の
    斎にいたっては口をぽかんと開けたままこちらを見ている。
    「この傘、素敵ですね」
    そんな中、和沙の口をついて出たのは意外な本音だった。
    昨日、手にした瞬間からずっと感じていたこの傘の印象。
    「あら」
    微笑みを浮かべる真澄は、どきっとさせるような笑みを浮かべ、
    さも見る目があるわねと評価したいかのごとく返事をした。
    「この傘の魅力がわかるなら、あなたにプレゼントしてあげても良いわよ」
    「い、いえそんなつもりは…」
    こんな高価なものを頂戴した暁には、今後二度と生徒会に(というか彼女自身に)
    頭が上がらなくなるのを恐れて、和沙は慌ててその申し出を断ろうとしたが、
    真澄の方はすでに渡すつもりのプレゼントのことで頭がいっぱいのようだった。
    「もう少し明るい色のタイプがお似合いかしら…」
    何やら傘を見つめながらぶつぶつと独り言を漏らす彼女を
    もはや和沙には、阻止できる術はなさそうである。

    「それじゃあ、お先に失礼します」
    タイミングよく声をかけるのは、
    すでに鞄とドアの取っ手に手をかけようとする杏奈だった。
    いつの間にか真澄と和沙を取り囲んでいた輪は解け、
    集団はそれぞれ談笑したり帰宅の準備をしたりと忙しそうだ。

    かくして、真澄のプレゼント攻撃の標的と中身だけは決定した日となった。
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▲[ 20202 ] / ▼[ 20984 ]
■20982 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (17)
□投稿者/ 琉 一般♪(3回)-(2008/07/06(Sun) 19:57:29)
    数日後、中間考査の試験日程や各教科の範囲が発表された。
    入学してまだ間もないということもあり、一年生はさほど広くない。
    廊下の掲示板に貼りついている試験範囲の要項が記された紙を前に、
    和沙はメモを取るのに夢中だった。
    「えっと、化学は四二頁まで…っと。
    …英語は?あ、リーダーは二日目か」
    「ねぇ、和沙」
    ぶつぶつ独り言を言いながら、ひたすら壁と手帳とを見比べている和沙に
    希実が声をかけたのは、数学の確認に移ろうとしていた時だった。
    「ん?なに?」
    「何でそんなに必死なの?」
    学年主席なのに…って明らかにそう訊きたそうな希実を、和沙は制止する。
    「だからだよ」
    きっぱりとそう答える和沙に、希実はきょとんとした表情をした。

    …だって、だって

    今年からは、こんなに強力なライバルが現れたのだから。
    隣に居る本人に面と向かっては言いにくいものだが、
    和沙と希実の成績は実はそんなに変わらない。
    入学試験にしても、主席と次席の点差はわずか十点。
    死に物狂いで努力して満点を勝ち取った和沙からすれば、
    未だ真の実力が計り知れない希実の存在は充分脅威になるのだ。
    ただでさえ、自分は候補生としても引け目を感じているというのに…
    これ以上、自らを貶めるようなことだけはしたくない。
    それが、和沙の秘めたる熱意の源だった。

    まだ何か言っている希実を無視して、和沙は引き続きメモを取った。
    「そんなことしなくたって…聞いてる、和沙?」
    反応がほとんどない和沙の異変に気づいたのか、希実がこちら側を見る。
    「私、決めたの」
    メモを終えた手帳をパタンと閉め、和沙は希実に向き合った。
    一方、彼女の方はというと…またも意味不明といった様子で
    怪訝な表情を浮かべる。
    「中間テストが終わるまで、絶交ね」
    それだけ言うと、和沙はさっさと教室に戻っていった。
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■20984 / 2階層)  お久しぶりの更新で
□投稿者/ みゅう 一般♪(1回)-(2008/07/07(Mon) 17:53:37)
    うれしいです。
    ちょうど今はあじさいが美しい季節。
    今後の展開も楽しみにしています。
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■21000 / 1階層)  みゅう様
□投稿者/ 琉 一般♪(4回)-(2008/07/15(Tue) 01:05:36)
    初めまして。感想をお寄せいただき、ありがとうございます。
    ひっそりと書き続けてきたこのお話ですが、現実では
    いつの間にか初夏から本格的な夏の到来になってしまいました。
    のんびりな更新で申し訳ないです。
    次章で思い切り真夏のお話が書けるまで、
    もう少しこの章にお付き合いいただけると幸いです。

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■21001 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (18)
□投稿者/ 琉 一般♪(5回)-(2008/07/15(Tue) 01:10:44)
    「問二は?」
    「√3です」
    「そう、正解…」
    和沙の試験勉強は昼休みから始まり、放課後の生徒会室でも続いていた。

    「…どうしたの、アレ?」
    生徒会室に真澄や斎が入ってきても一向に止める気配がないので、
    思いきって二人は同じクラスの希実に尋ねてみることにしたのだ。
    「…」
    しかし、絶交を言い渡されたショックを未だ引きずっている希実が
    返事できる元気もあるわけなく…真澄たちは離れた席に座っている
    和沙に、再び向き直った。
    杏奈は今日、欠席している。
    つまり、和沙に教えているのは必然的に鼎ということになる。

    「問三は?」
    「途中まではできたんですけど…」
    「それで良いから、見せてみて」
    「はい」


    「…ああ、ここね。ほら、この公式を使うまでは悪くないんだけど、
    代入した数字の計算が間違っているでしょう?」
    鼎が指差す先には、確かにごちゃごちゃした計算式の中に、
    明らかに数字が変わっている段があった。
    きっと暗算しているうちに、何らかの思い違いでもしたのだろう。
    原因は簡単な計算ミスだった。
    和沙がもう一度間違ったところから計算してみると、
    今度はサラサラ解答できる。
    「答えは…七分の三です」
    「正解よ」
    にっこりと微笑む顔が、和沙をさらに嬉しくさせた。

    「はい、そこまで」
    「ちょっと休憩しましょ、お二人さん」
    珍しく会長と副会長がお茶を淹れてくれたのか、
    真澄と斎はそこでやっと口を挟んだ。

    「…それにしても」
    煎餅をバリバリかじりながら、斎は話し始めた。
    今日は和菓子とほうじ茶が振舞われている。
    本当は、華道部員である杏奈が直々に抹茶をたててくれる予定だったのだが、
    風邪で休んでいるため、急遽ほうじ茶に変更したようだ。
    「何で数Bなんて、解いているの?」
    思ったよりも口にしたほうじ茶が熱かったのか、
    それとも一回に口に含む量が多すぎたのか、
    お茶で咽ている斎に代わって真澄が質問した。
    「え?」
    いつも行列が絶えない銘菓の袋を選ぶのに迷っていた和沙は、
    一瞬何の話か忘れてしまった。
    「ベクトルなんて、数学Aではまだ扱わないでしょ」
    「ああ…」
    そこまで言われて、和沙はやっと質問の意図を理解した。

    百合園高校は、この近隣では指折りの名門校であるが、
    それは要点を絞った授業と受験まで徹底した支援体制の
    カリキュラムが評価されての人気だ。
    そのため、他の進学校もまたそうであるように、
    授業の進度は通常に比べて幾分速い。
    二年生終了時までには、一通りの全必修科目を終えるのが原則だが、
    それでも入学間もない一年生はまず基礎基本の確認からきっちり
    教わるため、学年の壁を越えた内容にまで触れることはさすがにない。
    つまりは、一年生の和沙がこの時期に数学Bに手を出していることは、
    学習計画の上では有りえないことなのだ。
    和沙だって、最初は試験範囲の問題から勉強を始めた。
    古典、化学、英語に数学、そして日本史…
    計算問題ではケアレスミスが命取りになるから、復習は念入りに。
    けれど、それも数時間続けているとさすがに飽きてくる。
    もともと中学で習ったことの延長線上みたいなものだ。
    これまで何百回と繰り返してきた問題なら、
    眼を閉じた状態でも脳裏に焼きついている。
    だから、そろそろ休憩に入ろうかと思い始めた…まさにその時、
    タイミング良く目の前に居る鼎の参考書の表紙が飛び込んできた。
    『数学V』
    医学部を受験するには、必修の科目だ。
    途端に頭の中で自分だけのサイレンが鳴るのは、
    優等生にはもはや職業病だろうか。
    そんなこんなで、和沙は鼎の教科書を借りながら、
    自ら門下生に名乗りを挙げたのだ。

    しかし。
    「最近では、すでに今のうちから受験を視野に入れた
    意識の高い新入生も増えています」
    二年生の教科書を開く和沙の隣で、三年生の教科書を開く鼎が
    すかさず援護してくれた。
    一年前の彼女もまたそうだったのだろう。
    特待生ではなくとも二学年の主席を維持している鼎に、
    和沙は尊敬の念を抱いていた。

    「受験ね…」
    対して関心が薄い真澄も、同じく特待生ではない三学年主席なのだが、
    彼女の場合…希実と似た天才肌なので、あまり参考にはならない。
    真澄の進路については聞いたことがないが、
    おそらく彼女の成績ならどこの大学でも何学部でも申し分ないはずだ。
    「まあ、将来に向けての努力は生徒会も応援するわ」
    それだけ述べて、真澄はこの話を終わらせた。
    会話の流れからして、和沙はどこの大学を目指しているの?
    なんて訊かれる可能性だって充分にあったはずだが、
    思いのほか、そこまで突っこまれることはなかった。

    「それじゃ、続きを始めようか?」
    今日はもう、仕事にならない。
    そう判断した他の役員は、早々と帰路についたり部活に向かったりして、
    二人だけ残った和沙と鼎はひたすら問題を解き続けていた。
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■21171 / 1階層)  がんばって
□投稿者/ あき 一般♪(1回)-(2008/11/05(Wed) 23:19:27)
    続き読みたいです☆がんばって下さい。応援してます

    (携帯)
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■21179 / 1階層)  あき様
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2008/11/17(Mon) 22:51:24)
    こんばんは。励ましのお返事をどうもありがとうございます。
    なかなか更新できなくて、申し訳ありません。
    世間ではもうすぐクリスマスだというのに、未だ初夏のお話で恐縮です。
    今後もゆっくりな更新が予想されますが、お付き合いいただけたら幸いです。

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▲[ 20202 ] / 返信無し
■21180 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (19)
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2008/11/17(Mon) 22:58:49)
    中間テストの試験範囲が発表されてから早くも数日が経過し、
    和沙はその週末にも黙々と試験勉強を続けていた。
    そして、紫陽花通りの花々は、まさに見ごろの盛りを迎えた中の
    翌月曜の朝のことだった。
    連日、雨が降り続けていたが、その日に限ってはたまたま
    朝からすっきりとした青空がひろがっていた。
    いつもどおりの時間に起き、いつもより少し早いくらいの時間に
    学校に着いてしまった几帳面な和沙がぼんやりと空を見上げながら
    三角通りに差し掛かったちょうどその時、
    何故か足元に何かが触れるようなぬるりとした感覚が走る。

    「えっ?」

    驚いた和沙がふと自らの脚を見つめると、
    そこには一匹の猫が足早に駆けていく最中のようだ。
    もうずっと前を走って姿を確認できるのがやっとという距離になって、
    その猫は首だけでこちらを見るように振り返る。

    …何で、猫?

    まだ若干おぼつかない足どりの子猫のようだった。
    けれど、和沙の興味をひくには十分で、その姿が遠く見えなくなるまで
    和沙はずっとその猫を凝視し続けていた。
    「…あっ」
    ようやくその場から一歩だけ動けたのは、それからさらに数分後のことで、
    黙々とどうして校内に猫が侵入してきたのか、だの
    首輪をしていたようだが近所に誰か飼い主がいる迷子だったのか、だのと
    考えが尽きずにいたため、とりあえず先ほどの猫を捕獲しておくという
    生徒会の役目を失念していたのだった。

    まあ、良いか…

    だって猫だし、さほど大騒ぎする必要もない。
    それに、緑豊かなこの百合園女子の大庭園は、私有地ながら近隣ではわりと有名な
    自然保護地区でもあった。
    夏休みなどの生徒が比較的少ない時期には、よく大学の研究調査をさせてほしい
    との依頼を受けるそうだ。
    そのため、こうやって朝早い時間ともなると、珍しい野鳥に遭遇することも
    珍しくないのだが、さすがに首輪つきのいかにも飼い猫を見るのは初めてだった。

    たぶん、すぐに外に出るよね…

    そう考えながら、その後の追及をやめるように
    和沙は子猫の後を追うようにして校舎に向かった。
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■21250 / 1階層)  NO TITLE
□投稿者/ 攀ナ 一般♪(1回)-(2009/01/31(Sat) 16:03:05)
    続きの連載待ってます♪

    (携帯)
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■21263 / 1階層)  NO TITLE
□投稿者/ みー 一般♪(1回)-(2009/02/24(Tue) 02:29:01)
    続き気になります。連載ファイトです

    (携帯)
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■21267 / 1階層)  攀ナさま
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2009/03/01(Sun) 01:44:32)
    初めまして。コメント、ありがとうございます。
    一応、続きを更新しましたのでよければお読みください。

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▲[ 20202 ] / 返信無し
■21268 / 1階層)  みー様
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2009/03/01(Sun) 01:54:52)
    初めまして。コメント、ありがとうございます。
    長編の連載は大変ですが、お付き合いいただれば幸いです。

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■21269 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (20)
□投稿者/ 琉 一般♪(3回)-(2009/03/01(Sun) 02:02:52)
    学内に動物が侵入しているらしい、という怪事件は、
    その日のお昼休みには全校生徒の間でもっぱらの噂になっていた。
    ただ、和沙が見たのは間違いなく愛くるしい子猫のはずだったのに、
    お弁当を突きながら耳に入ってきた同級生たちの会話では
    すでに檻から脱走してきた珍獣扱いになっているところは女子校らしいが。

    に、してもだ…

    温かいお茶をすすりながら、和沙は心の中でこっそり考えていた。
    伝言ゲーム並みに事実が誇張されつつある噂とはいえ、
    校舎内でもあの子猫が目撃されたことだけはどうやら本当らしい。
    こうなってくると、今朝すぐに外に出るだろうと
    浅はかな予想をしていた自分が恨めしくなってくるものである。

    道に迷っているのかな…

    早く母親に逢えますように。
    どことなく頼りない子猫の身を案じながらそわそわとしている和沙に、
    めざとく希実が声をかける。
    「あの、ね。和沙は…気になる?」
    和沙の様子をそわそわと喩えるなら、いまの希実はどこかよそよそしい。
    やはり絶交を告げられたことが原因なのか。
    「うん。気になるよ、やっぱり」
    絶交も一時休戦。
    和沙はぼんやりと呟いた。
    「そのことなんだけどね、今日の放課後、緊急で生徒会の捜索会議が
    開かれることになったんだって」

    「え?」

    あまりに突然の剣幕で一気に話し終えてしまったため、
    和沙はきょとんと聞くしかなかった。



    「というわけで、各自で思い当たる場所をこれから探してきてもらうわ」
    気がつくと、まるで自分こそがこの会議の中心人物だと云わんばかりの
    様子で陣取り、上座の高級椅子に深々と腰掛ける生徒会長がいた。
    「え、ええ?」
    いつの間に放課後になってしまったのか、生徒会室にいるのかも
    はっきりしないまま和沙は昼間と同じようにぼやいた。
    会長である真澄のかけ声とともに、はーいと威勢の良い返事をしながら
    生徒会の面々が部屋をでていくのを横目に和沙は未だ席を立てずにいた。

    「何をしているのよ?早く行きなさい」
    腕組みをしながら優雅に命令する彼女に、恐るおそる訊いてみる。
    「あ、あの…真澄先輩は?」
    「私はここであなたたちが見つけるのを待っているわ」
    あまりに堂々と言うので、和沙もこれ以上何かを言うのをやめた。
    さながら真澄は、対策委員会総本部、というところだろうか。
    「あ、じゃあいってきます」
    「待ちなさい」
    和沙が入り口のドアに手をかけようとすると、真澄がすぐに呼び止める。
    「夕方から降ると、天気予報が言っていたわ。傘を忘れないで」
    そうやって握らせたのは、やっぱり彼女の傘だった。
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▲[ 20202 ] / 返信無し
■21344 / 1階層)  第二章 あじさいもよう (21)
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2009/04/05(Sun) 14:09:31)
    雨が降ろうと降るまいと、外に出なければ関係ないのに…
    そんなことを考えながら、和沙は長い廊下をひたすら歩いていた。

    「あれ?」

    気がつけば、ずいぶん遠くまで来てしまったようである。
    ポツッ…
    肩にかかる水滴が、雨雲の到来を告げている。
    「あ、降ってきちゃったか…」
    こんなとき、真澄の傘が役立つことが少しばかり悔しいのは、天邪鬼だろうか。
    何にせよ、彼女の気遣いのおかげで濡れ鼠にはならずに済んだのだ。
    持ち主同様、サッと軽やかに開く傘を握りしめながら、いま来た道を戻ろうとしていた
    まさにそのとき…
    「…?」
    高い木々を抜けるようにして視界に映る一棟の煉瓦屋敷がそこにはあった。
    何かに導かれるように和沙は歩き、やがて古ぼけた旧校舎らしき洋館の前で
    思わず立ち止まってしまう。
    「これって…」
    入り口らしい扉の側には『百合園女子中学高等学校』と書いてあるので、
    やはりこの学校法人が所有する建物には間違いないようだ。
    ザアアアァァ…
    雨足はますます強くなってくる。

    ギイィィ
    しばし雨宿りをさせてもらおうと、重厚な扉を開いて中に入る。
    すると、意外にも内装は外観ほど古めいてはおらず、
    むしろ最近リフォームされたかのような洗練さがどこか斬新だった。
    窓から外を眺めても、まだまだ雨足が弱まるのは先になりそうだ。
    ふと広い廊下の先にあの子猫が歩いていくのが見えた。
    断定はできないが、後ろ姿から推定する大きさと毛色から何となくそう感じたのだった。
    その子猫は、直線の廊下を右折するようにやがて見えなくなってしまった。
    「あっ、待って!」
    追随するかのように、和沙も一目散で廊下を駆け出して後を追う。

    ハァハァ…
    本当に長い廊下である。
    日頃の運動不足から、すぐに息切れしてしまった和沙は間もなくして
    子猫を見失った。
    おまけに、どうやら迷ってしまったらしく、ここが何階のどの辺りなのかも
    分からない状態だった。
    とりあえず、いま通りがかろうとしている場所は雑然と何かの行事に使う
    細々とした物品が山積みされていたので、物置専用の部屋のみが集う一角のようだ。


    クスクス…
    どこからか、笑い声が聞こえた。
    振り向くとそこには、今通り過ぎたばかりの
    一室の扉が半開きになっていた。
    ここは…今は使われていないような物置代わりの部屋の一つのようだったが。

    …?

    一体誰の声だろうと気になった和沙は、
    気づかれないようにそっと中を覗いた。

    中には二人の生徒が居た。
    後ろ姿で分かりにくいが、一人はたぶん篤子のようだった。
    そしてもう一人は…誰かは知らないが、
    おそらく一年生のようだった。
    和沙は不審に思い、もう一歩足を踏みだしてみた。

    …!!

    声をあげたいのを必死に我慢したのは正解だった。
    なぜなら、二人は見つめあいながら抱擁を交わしていたから。
    しかも…名前の知らない生徒は上半身を晒していた。
    和沙はとっさに回れ右して急いで今来た道を戻った。
    頭はショート寸前だ。
    何あれ!?何あれ!?何あれっ!!?

    今見たばかりの光景が、脳裏に焼きついて離れない。
    はだけたワイシャツにホックの外れた白いブラジャー。
    絡み合う二人の手にみだらに響く悩ましげな声。
    高校生にもなれば、何をしていたかなんて一目瞭然だった。
    一気に顔が紅潮していくのが自分でも分かる。
    和沙にとって、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃だった。
    でも、果たして。
    初めて見た行為がショックだったのか、
    女性同士での行為がショックだったのか…
    そんなことを考える余裕がないほど、和沙は取り乱していた。
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