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■22235 / 1階層)  片想いの狼
□投稿者/ 片想いの狼 一般♪(2回)-(2017/07/22(Sat) 04:48:41)
    けれど、1回生の冬に関係性が大きくかわった。


    その日、奈緒は先輩から交際を迫られ、断った。

    自分はその先輩の事が好きだった。
    …はずだが、付き合えば求められる。
    その暗黙の了解のようなルールが異常に怖かった。むしろ嫌悪した。

    もっと言うと気持ち悪かった。

    話せば、寄り添ってくれるかもとも思った。けど、どう言えばいいのか分からず、引き伸ばしていた交際の返事を迫られそのまま断ってしまった。


    学生会館の裏の階段で、奈緒はひっそりひとしきり泣いた。この後、部活に行かず帰ろうと顔をあげた。


    そこに同回生の七瀬が通りかかった。
    七瀬は遅刻欠席にうるさい。
    面倒な奴に出くわしたなと思った。

    七瀬は「あ、増島。もう集合時間やで。」と淡々と奈緒に告げた。

    「うん、すぐ行くから…」と奈緒は反射的に嘘をついた。いつも通り笑顔を見せてその場を去ろうとした。

    「ちょっと、待って。」
    七瀬は奈緒を引き止めた。

    「タバコ1本…、付き合ってくれる?それで一緒に行こ?」
    七瀬は眉間に皺を寄せて、言った。後ろめたさもあって迫力負けした。

    七瀬は奈緒に暖かいコーンスープを買って渡した。あと、何故かアイスのパピコもくれた。冬なのに。

    七瀬がタバコを吸う隣で、コーンスープを飲んだ。奈緒はコーンスープが好きだった。

    お互い無言だった。

    けど、気まずさはなかった。

    コーンスープの温かさのお陰か、奈緒は心が少しだけ温かくなった気がした。

    「…増島さんさ。」

    「あはは、さっきみたいに増島でええよ。」

    「それは有り難いね。」

    困ったような笑顔を七瀬は向けた。
    奈緒は初めて七瀬が笑ったのを見た。

    「…増島さ、今からたこ焼き食べに行かへん?」

    「は?部活は?」

    「うん、やふもう。」

    タバコを咥えながら、スマホをぽちぽちいじり出した。

    奈緒は驚いた。遅刻欠席などの規律にうるさい奴だと思っていたからだ。

    ずいっとスマホを奈緒に向けた。

    「コレ。伝説のたこ焼き屋。ここのビールも凄い美味しいらしい。」

    「あぁ、六地蔵駅か。京阪で一本やね。」

    「うん。な、行こや?たこ焼きの旅、決定〜」

    そう言いながら、ラインでぽちぽち何かを打ち始めた。

    「もぅ、私まだ行くって言ってへんで。」

    苦笑しながら、奈緒は言った。

    「いや、もう先輩に休むてラインしたからなー。…奢ったるからおいで」

    そう言って、七瀬はタバコの火を消した。

    同い年においでと言われたのは何か違和感があるが、七瀬のおいでは何処か完成されていて許せるものがあった。


    結局、2人で電車に乗って六地蔵まで行き、たこ焼きを食べてビールを飲んで取り留めのない話でグダグダと過ごした。


    伝説と言われる由来は奈緒には分からなかった。至って普通のたこ焼きだった。

    けれど、楽しかった。


    一緒にいて、奈緒は七瀬の色んな事を知った。

    キャラに似合わず、お酒に弱いこと。
    たこ焼きにうるさいこと。
    笑った時は屈託のない顔をすること。
    大食漢なこと。
    弟と祖母と3人で済んでいること。
    祖母がとても躾に厳しいこと。
    実はタバコはさっき初めて吸ったこと。

    それと同時に奈緒について色んな事を聞かれた。家族のことや、高校の時に流行ったこと、好きだった芸能人などすべて七瀬は興味深そうに聞いていた。

    自分のことを話すのがこんなに楽しいと思ったことはなかった。七瀬から向けられた関心は心地よく、それに応えるのも心地よかった。


    さっき先輩を振ったのが同じ日の出来事でないように思えた。


    楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、時計は19時半をさしていた。


    奈緒は大学の近くに1人暮らしで、七瀬は実家通いだった。
    駅では別々の方向だった。

    帰り際、奈緒はパピコを鞄の中に入れっぱなしだったのを思い出した。

    大分溶けていたが、割って一つを七瀬に渡した。

    「コーンスープもご馳走さまでした。
    けど、なんで冬やのにお供がパピコ?」奈緒はからかうように、パピコを開けながら言った。


    七瀬は、困ったような笑顔を浮かべた。

    「うーん、目を冷やさなきゃと思ったんだよねぇ…」

    そう言って、奈緒の顔を見た。
    「美人さんが台無しになるでな。」

    歯の浮くような台詞だが、やはり何処か完成されていた。

    奈緒はその時、すべて分かった。

    伝説のたこ焼きなんて無かったこと。
    七瀬が自分のために部活を休んだこと。
    自分が泣いていたこと。
    部活に出たくないと思っていたこと。
    自分がどうしようもなく傷付いていたこと。

    「見られてた?」

    「いや、わたしが見たのは増島が泣いてた所だけ。」

    「けど、まぁその後部室で喚いてた先輩の様子で大体わかったよ。」

    「そう。私、ひどいんかな。」

    「なんで?」

    「先輩の事好きだったのに振っちゃった。」

    「それで?」

    「いや、先輩も多分私の気持ちに気付いてたから告白してくれたのに…」

    「だから、ひどいの?」

    「うん。」

    「いかん、全然論理が分からない。」

    はーっと、七瀬は片手で額を抑えた。

    「え?」

    「増島さ、まず対等じゃない事わかってないよね。」

    「え?」

    「増島さ、もし好きだったら付き合うって言うけど、セックスしたいの?」

    「え、え、う、うん?」

    恥ずかしくて何も言えない。セックスと堂々と言えるのが凄いとも思った。

    「大学生で付き合いって、まぁセックスする可能性高いよね?


    男は基本気持ちいだけだけど、女は色んなリスクを抱えるの。これ分かってる?」

    「え、妊娠…とか?」

    「そうそれもだし、そもそも男の方が力があるんだからそれだけで対等なんて無理なの。ついでに性欲も凄いからね。」

    「この二つが組み合わさったらどうなる?無意識のレベルでも女なら絶対考えてるはずやで?」

    「それは…」

    「だから、男は余計に気を使わないといけないの。好きな女と付き合いたかったら、まずは安心とか信頼を手に入れなきゃいけないの。」

    「…。」

    「増島はそれ、受け取った?安心と信頼、この人なら大丈夫っていうサイン少しでも受け取ったの?」

    「…。」

    「ね、受け取ってないはずやで。それが出来る男なら部室で好きな女に振られた事を自分可愛さに喚き散らしたりしない」

    「自分の行動で相手がどうなるか考えるのはマナーや。私が言うのも何やけど…。けど、付き合いたい云々なら、少なくとも好きな女には、安心して貰わんと話にならんの。」

    「…。」

    「好きや言うだけでも確かに勇気はいるやろ。けど、大人の男やったらそれだけやったらあかん。スタートラインに立ちたかったら、まず相手の話を聞ける余裕がなかったらなぁ。」

    「…。」

    「けど、それが無かったんやろ?増島が1人で泣いてたんもその証拠や。」

    「…。」

    「ついでに言ったら、男らしさと強引さは似て非なるものやからな。そういうのちゃんと分かってて、相手に寄り添えるタイプの人じゃないと、増島の場合はしんどい思うで」

    「…。」

    「あの人は引っ張りはするけど、寄り添うとかは無理なタイプや思う。」


    「…。」


    「感情もやもやして、不安やったやろ?1人で悩んでたんちゃう?」




    「…。」


    言葉に出来ん辛さってあるよな。
    と、七瀬はぽそっと呟いた。




    「1人で耐えて、えらかったな」

    優しい声で慈しみを含んだ目で、七瀬はポンポンと奈緒の頭を撫でた。

    奈緒は泣いていた。
    七瀬の胸に額をつけて、嗚咽をあげていた。



    奈緒が七瀬を意識し出したのは、この日からだった。

    暫く部室には行きづらかったが、学生会館前の喫煙所にはいつも七瀬がいた。

    そこから、一緒に部室に行くようになった。
    そうすると、(七瀬自体が常に噂のマトという事もあり)すぐに部室に溶け込めた。




    暫くして、それは習慣になった。
    喫煙所で七瀬が一本タバコを吸う間を待って、一緒に部室に行く。












    ここまで、思い返して奈緒は現実に返った。
    救ってくれた張本人は、幸せそうに奈緒の隣で寝息を立て始めていた。




    ここから、奈緒が七瀬の身体を無茶苦茶にするまで
    まだ1年以上あった









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