ビアンエッセイ♪

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■13673 / ResNo.10)  ─1%
  
□投稿者/ 秋 一般♪(8回)-(2006/02/16(Thu) 15:37:52)
    タッタッタッと、一定の足音を響かせて夕暮れのグラウンドを駆ける。
    肌を刺すような冷たい空気が、鼻を、喉を、刺激する。
    真っ直ぐに伸びた道を一気に駆け抜ける短距離走は勿論好きだけれど、より長く走っていられるという理由で、長距離走も好きだ。
    単純に、走るという行為が好きなのだと思う。
    だから時々、私はゴールを定めずにひたすら走り続ける。
    ただ黙々と。
    息が上がっても。
    次第に頭はぼんやりしてきて、けれど冴え渡ってくる。
    白く霞みがかっているようで、感覚は鋭くなるのだ。
    この矛盾に、私はひどく惹かれる。

    「茜っそろそろ上がるよ!」

    部長の声に、引き戻される。
    走っている最中の私の頭の中は空白だ。
    はーいと呼び掛けに答え、あと2周走り終えたらアップしよう、思い直して、緩めた足を再び動かす。

    ─せっかくイイ感じで入り込んでたのにな…。

    一度引き戻された意識を、再び集中へと導くのは容易ではない。
    そう思うと、さっきまでの高揚はどこへやら、頭の中が急速に冷えてきた。
    アップも兼ねて、先程よりもペースを落とす。
    グラウンドを見渡せば、陽はすっかり陰り、他の運動部は既に活動を終えたのか、人影もまばらだ。
    校門には続々と下校する生徒達。
    その姿が普段よりも多いので、疑問に思ったけれど。
    そう言えば笹木が、今日は各委員会の会議があると言っていた。
    道理でこの時間帯に部活者以外の人間の姿が多いわけだ。
    うんうんと一人納得しながら、最後の一周へと突入した。
    続々と下校する生徒を横目に、校門脇を通り過ぎる。
    ふと、目の端に捕らえてしまった何かがあって。
    それはいつもの私なら絶対に気にしていない、いや、気付かないもので。
    いくらスピードを上げても振り払う事は出来なくて。
    私の集中を奪った部長を少しだけ恨んだ。

    動悸に合わせて息を吸う。
    吐く。
    繰り返しては、繰り返す。
    それでも、集中の途切れた私の意識には様々なものが流れ込む。
    それを振り切ろうとすればする程、余計に強く考えてしまうから。
    浮かぶ顔は、なかなか消えてくれやしない。
    人間の思考というのは厄介なものだ、と。
    呼吸とは違う息をひとつ大きく吐いて、浮かんでくる思いに意識を委ねた。

    ─何とかの半分はやさしさでできている、とか何とか。
    よく耳にするような。笹木も、それと同じだ。
    ただ、笹木はすべてがやさしさでできている。
    半分なんてものじゃない。
    そんなんで疲れないの?ってくらいに。
    やさしい、やさしい、そんな人だ。
    けれど。
    100%やさしさ成分の笹木の99%は他者へのやさしさ。
    残りの1%は──ある一人の誰かの為に注がれる。
    笹木自身、気付いていないだろうけれど。
    当人でさえも。
    あらゆる人に平等なやさしさを振りまく笹木の、その1%の重みを、私は誰より知っていた。
    そしてもう、わかっている。
    わかっているんだ。
    思えばいつも。
    彼の人の視線の先はあいつで。
    優しさの行方も。
    悲しみの原因も。
    想いの向かう場所も。
    全部が──…あいつで。

    川瀬には笹木が必要なんだ。
    そして笹木もそれに応えようとしている。
    …いや、そんな川瀬の側に居たいと、力になりたいと、笹木は心の底から望んでいる。
    むしろ今の笹木の方が、川瀬を必要としているのかもしれない。

    私は自分がどうするべきかも、本当はとっくに気付いていた。

    先程のランニング途中、笹木と川瀬、校門を並んで出て行く二人を見て、チクリと痛んだ胸の傷みを、一生私は口にしない。
    一月の乾いた風が熱の冷めない私の心を突き抜けても。


    周回を2周走り終えても、私はひたすら走り続けた。
    余計な事を考えずに済むように、と。
    想いに霧がかかるまで。

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■13674 / ResNo.11)  ─やさしいひと
□投稿者/ 秋 一般♪(9回)-(2006/02/16(Thu) 15:38:39)
    いつも皆を笑わせて。
    彼女の事も笑わせて。
    そんな素振りは決して見せない。
    気付かせない。
    その茜が─
    時折愛おしむように、慈しむように、彼女を見つめる眼差しが、あたしには堪らなく切ないんだ。
    そう──
    茜がそんな顔をするなんて、本当に誰も知らないけれど。





    今日もまた、いつものように茜と川瀬が悪態を吐き合っている。
    それを見て苦笑する笹木の姿。
    変わらない、普段通りの日常の風景。

    ──本当に?

    あの日の、あの後。
    笹木の背を追った川瀬。
    二人の間に何があったのかなんて知らない。
    けれど、そこに流れる空気の変化に気付かないほどあたしは鈍くはなくて。
    その事にはとっくに気付いているはずの茜も何も口にはしないから。
    正直なところ、あたしには何もわからない。
    茜の想いも。
    笹木の願いも。
    川瀬の気持ちも。
    何も、何も。
    だからこうして、振る舞われる日常を黙って見つめているしかないのだ。



    「もう、諦めた?」
    その日の放課後、体育館脇の水飲み場でひとり顔を洗っている部活中の茜を偶然見かけて。
    近寄ったあたしは、不躾な第一声を発した。
    顔を上げた茜は訝しげに眉をひそめる。
    「何、唐突に」
    首からかけたタオルで顔を拭きながら、言った。
    「気付いてるんでしょ?笹木と川瀬の事」
    あたしの言葉に、茜は少なからずむっとした。
    「何かあったな、って。気付いてるでしょ」
    構わずあたしは続ける。
    「何があったかなんて、私は知らないよ」
    「やっぱりね」
    そう呟くと、何が?と茜は睨んだ。
    「向こうは何も言わないし、こっちも何も聞かない。だから事実は知らない。でも何かあったかはわかってるんだ、茜は」
    そーゆー事でしょ?ふふんと笑ってみせると、茜は降参したように息を吐いた。
    「──…あの時川瀬を行かせた事、後悔してる?」
    静かに訊ねると、茜は苦笑しながら小さく首を横に振った。
    「私が行くのは無意味だったよ」
    「でも笹木と川瀬の空気が変わったのもあの日からじゃん」
    「…あの日がなくても、多分こうなってたよ」
    あれはただのきっかけだ、そう茜は苦く笑んだ。
    歯痒い。
    笹木と川瀬の関係に茜が無関係ならば、あたしなんてまるで関わりがないというのに、何でこうも歯痒いのだろう。
    「二人の関係に気付いて、諦めた?」
    ゆっくりと言葉にする。
    茜は少し考えるようにして首を傾げて。
    うーんと唸った後、ぱっと顔を上げた。
    「諦めたっていうより、わかっちゃったから」
    にっと笑う。
    わからないという顔をするあたしに気付いていないのか、「うん…わかっちゃったんだよな」独り言のように口の中で噛み締める茜。
    そしてあたしの顔を見た。
    「笹木はさ、分け隔てなく人に優しいじゃん?だから皆に必要とされる。それに笹木自身も応えようとする。それじゃ疲れちゃうよ。誰もに必要とされる人にだって、必要とされるだけじゃなくて、自分が必要とする人が居るはずじゃん」
    言っててよくわかんなくなっちゃった、茜は笑った。
    あたしは笑わずに、茜をじっと見つめた。
    「それが川瀬?」
    「…今までは、さ。川瀬が笹木を必要としてるんだと思ってた」
    濃い朱に染まる空を仰ぎ見て、白い息を吐き出すように茜はぽつりぽつりと言葉を吐き出した。
    「でも今は、笹木の方が川瀬を必要なんだ」
    多分、と。
    茜は独り言のように付け加え、うんと頷く。
    そして、あたしの顔を見て微笑んだ。
    「人の事ばっかりの笹木が初めて欲を出したんだよ。欲しい、必要だ、って。それが私には嬉しい」
    相手が誰であれね、冗談めかして笑う。

    その相手は茜だっていいじゃないか──

    …そんな事、あたしにはどうしたって言えるはずがなかった。
    彼女の答えは聞かずとも明らかだったから。

    「私は、さ。一番になりたいとか、そんなんじゃないんだ」
    ぽりぽりと頭を掻く茜。


    「笹木が川瀬の側に居たくても。この先他の誰かを好きになっても。結婚して子供を産んで家庭を作り上げても。私はいつも笹木の近くに居る。友達って立場で。ずっとずっと笹木の味方で居るんだ」


    そう言ってあたしに笑い掛けた茜は吹っ切れたような清々しい表情で。
    何だか無性に泣き出してしまいたくなったあたしは茜から顔を背け、
    「…つらくないの?」
    そんな馬鹿な質問を投げ掛けてしまった。
    ははっと苦笑する茜は、
    「つらくはないよ」
    優しい声でそう答え、

    「徹するって、決めたから」

    はっきりと、口にした。


    その言葉で、
    あたしは理解したんだ。

    茜は気持ちを昇華させてはいない。
    ただひたすら笹木の為に。
    ただひたすら笹木を想って。
    決して悟らせる事なく、一番近くで見守り続ける。

    切ないよ、茜。
    そんなのは、切なすぎる。

    あたしは涙をぐっと堪えて、瞼をぎゅっと強く瞑った。

    「茜はほんとにばかだ…」

    小さく言うと、

    「皐月には、何度ばかって言われただろうね」

    目を開いて眼前で見た茜は、やっぱり穏やかに笑っていた。
    何で泣くの、って呆れながら。





    どうしたってあたしは、茜に肩入れしてしまう。

    あたしを見ているようで──

    あたしを、
    見ているようで──?

    …いや、違う。
    茜はもう、自分の取るべき行動をすでに決めてしまっている。
    彼女の事だ、それこそその姿勢を頑として崩さないだろう。

    あたしは自分の姿を茜に投影していたけれど、あたしと茜は全然違う。
    笹木を想って告げない言葉を飲み込む茜。
    あたしが伝えないのは、いや、伝えられないのは─
    ただ、恐いだけだ。


    弥生の顔を思い浮かべて、きっとあたしは茜のようにはいかないだろうと思った。
    けれど今は、自身の想いの行方よりも、茜の為に流せる涙がある事を誇ろう。




    笹木を優しいという、そんな茜こそ優しいとあたしは思う。

引用返信/返信 削除キー/
■13675 / ResNo.12)  ─ただ素直に
□投稿者/ 秋 一般♪(10回)-(2006/02/16(Thu) 15:39:25)
    泣く必要なんてないんだよ、皐月。
    誰にも知られるはずがなかったこの想いを、皐月だけは見届けてくれたじゃないか。


    固く閉じた目の端からじわりじわりと涙を滲ませた皐月は、

    「茜はほんとにばかだ…」

    鼻を鳴らしてそう言ったので、私は思わず苦笑してしまった。

    ほんとにもう…

    「皐月には、何度ばかって言われただろうね」

    へらっと笑ってみせる。



    どうしてだろう。
    穏やかな気持ちばかりが広がっていくのは。



    何で泣くの、と苦笑しながら漏らすと、

    「茜が泣かないからじゃんかー…」

    皐月は情けなく呻いた。



    あぁ、そうか──…

    だからだ。



    制服の袖で目元をぐしぐしと乱暴に拭って、「見んな、ばか」と両手で顔を覆う皐月。

    私は堪えきれず、はははと声を上げて笑ってしまった。

    手の隙間からわずかに顔を覗かせた皐月がじろりと睨みつけていたけれど、それに構わず私は笑った。

    恨めしそうにこちらを見る皐月も、観念したのか、困ったような笑みを浮かべた。

    空は、どこかの誰かを切なくさせるような鮮やかな茜色が広がる、そんな冬の空だったけれど。
    それでも私達は笑っていたね。



    ありがとう、皐月。






    見返りは求めていない、なんて。
    嘘になるかもしれないけれど。
    私が好きならいい。
    私が笹木を好きだというその事実だけで、いい。
    ただそれだけ。

    ただ素直に好きと言う。
    言えなくとも、思っていれば。
    想いさえあれば。


    願わくば、
    君が笑顔でいる事を。


引用返信/返信 削除キー/
■13678 / ResNo.13)  秋さんだ!秋さんだ!!
□投稿者/ さぼ 一般♪(15回)-(2006/02/17(Fri) 01:29:54)
    初めまして!
    随分前から愛読させて頂いてたんですが、どうも偉大すぎて書き込めなかったヘタれです。

    やっぱ・・秋さんは凄いですね。
    文章にもすごい引き込まれてしまいます。

    青春だなぁ・・なんて思いながらも、ほんのりビター香るお話を
    これからも楽しみに待たせて頂きます。



    なんってクサい事言ってるんでしょうね!体中痒くなりました!!(笑
引用返信/返信 削除キー/
■13788 / ResNo.14)  さぼさんへ。
□投稿者/ 秋 一般♪(11回)-(2006/03/02(Thu) 02:19:27)
    偉大。
    何だか私には不似合いな気がして、有り難い半面、照れ臭い思いです。
    ありがとう。
    ただただこの一言に尽きます。
    嬉しい言葉をありがとう。
    返せる何かを持っていないので、感謝の気持ちをを文章に乗せて、それが少しでも足しになればと思います。

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■13872 / ResNo.15)  ─shortcut
□投稿者/ 秋 一般♪(21回)-(2006/03/13(Mon) 15:34:08)
    ルームメイトが寝転ぶ床へと、あたしも静かに腰を下ろす。
    ベッドで寝たら?なんて、そんな野暮な事は言わない。
    代わりに彼女をクッションに、あたしも横になるだけだ。

    「重い」

    不平を漏らすその声はまったく苦しそうではないから、

    「重いってば」

    いたずらに腰へと腕を回して、背中に顔を押し付けて。
    まるで甘える子猫のよう。

    腹這いの彼女は身をよじり、あたしの髪をくしゃりと撫でる。

    「猫みたい」

    鼻にかかった声でそんな風にくすりと笑われたら、あぁ何だかくすぐったい。

    「相変わらず柔らかい髪ね」

    くしゃくしゃと弄ばれる髪。

    彼女はゆっくりと身を起こすと、あたしの頭をお腹で抱えるようにして抱いた。

    「いい匂い」

    ふわふわとしたあたしの髪に、鼻先を埋めて。

    「伸ばせばいいのに」

    きっと似合うわ、と。
    襟足のすっきりとしたあたしの首筋に滑らかな指を這わせた。

    ぞくぞくして、どきどきして。

    腰に回した手を淫らに動かしてみたら「くすぐったいって」笑う声がした。
    そのまま二人してじゃれ合って絡まって。
    なんてバカだろう。
    なんてバカなふたり。

    こんな風に抱き合って、穏やかな眠りについて、それならあたしはバカでいい。





    「いい加減にしなさいよ、あんた」
    彼女はしょっ中、ちゃらんぽらんなあたしに苛立ってそんな言葉を口にする。
    喧嘩して呆れられ。
    あなたに捨てられそうになったその時は、ご機嫌伺いにあなたがねだるようにこの髪を伸ばしてみようか。
    そうは思うのだが、そんな事しなくてもこの先ずっとあなたがあたしの側を離れないという自信があるので、あたしの髪は短いままだ。





    いつの間にか寝ていたようで、真冬だというのに床で重なるおバカがふたり。

    首筋がすーすーと寒い。

    独占欲の強いあなたが付けたあたしだけのシルシも、無神経なダレカに見られるのもいい加減癪だから。
    襟足だけでも、伸ばしてみようか。

    結局は、思うだけなのだけど。

    だってあなたが、
    「何で伸ばしてくれないのよ。髪の長いあんたも見たいのに」
    そう言いながらも満更ではないように笑うから。
    誇示欲の強いあたしは、首筋の赤いシルシを世間の皆さんに見せびらかす。
    あたしはあの人の唯一人なのよ!って。


    だからあたしの髪はベリーベリーショートカット。



引用返信/返信 削除キー/
■14962 / ResNo.16)  ─内の鬼
□投稿者/ 秋 一般♪(2回)-(2006/06/12(Mon) 14:39:58)
    ─泣いちゃいな。

    意地っ張りで泣き虫な私に、望はいつも、「早く泣いちゃいなよ」そう言いながら頭を撫でて、私の泣く場所になってくれた。





    「豆炒ってきたよー」
    大声を上げながら部屋へと入ってきた望は、香ばしい匂いの漂う大きな深皿を手にしていた。
    中を覗くと炒られた大豆がぎっしり入っている。
    「どうしたの、これ」
    まだ湯気を立てているそれを指差して問う。
    「さっき調理場借りて氷野ちゃん達と炒ったんだ」
    答えながら望は、炒りたて大豆って美味しそうな匂いだよね、にいっと笑った。
    つられて笑いそうになりながら、
    「そうじゃなくて、何で豆?」
    質問の仕方を変えてみた。
    「あー気付いてないんだ。梢、今日は何日?」
    逆に問われて。
    「二月…三日?」
    思い出しながら答える。
    それが何?と言おうとして。
    「…あ!節分か!」
    ようやく思い至った。
    「正解〜」
    望はぱちぱちと手を叩いた。
    「ほら、氷野ちゃんてこーゆーイベント事好きじゃん。有志でお金出し合って大豆大量に買ってきてさ、食堂のおばちゃんも協力してくれた」
    たくさん炒って各部屋に配ったわけよ、にししと望は歯を見せて笑った。
    「さぁさぁ食べよう。せっかくだから炒りたて熱々の内に召し上がれ」
    私に皿を渡して促す。
    いただきまーすと豆に手を伸ばす望を見て、
    「撒かないの?」
    節分の豆なんでしょ?
    そんな目を向ける。
    望は口いっぱいに豆を頬張って、
    「そんな事したら掃除大変じゃん。それにもったいない!」
    ぽりぽりと音を立てた。
    あまりのらしさについ笑ってしまう。
    「望はほんと、色気より食い気だねー」
    私も皿に手を伸ばした。

    ぽり、固い音。

    「そんな事ないよー」
    望もまた豆を摘んだ。

    ぽりぽり、かりっ、砕く音が響く。

    そんなにがっついてよく言うよ、笑ってやろうとして。

    「あたしさー、彼氏出来てさー」

    噛むのも忘れて飲み込んで、危うく喉に詰まるかと思った。

    「つい最近の事だから梢に言い損ねてたけど」
    にひっと笑う。
    「これからどんどん色気出していくよー」
    おどける望に、思わずわしっと掴んだ豆を投げつけてしまった。
    「わっ!いきなり何?!」
    驚く望。
    「ちょっと待った待った!」
    望は狭い部屋の中を逃げ、私は彼女を追い掛け豆をぶつけ続けた。

    二人してどたばたと走り回って数分間─
    ぜいぜいと激しく息切れしながら床にへたれ込む。
    「何なのよ、もー」
    あたしは鬼かい?、からから笑う望を見て、私は「う゛ー…」と低く唸った。
    「…どしたの?」
    おどけたような表情をやめ、優しい顔をしながら望は私の側に寄る。
    じっと確かめるように私の顔を覗き込んで、
    「泣いちゃいな」
    私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
    「早く泣いちゃいなよ」
    ね?、笑いながら静かに髪を撫でる。
    私はまた「…うー」と、声にならない呻きを上げて、ゆっくりと泣き出した。
    「望のばかー…」
    「さっきから何なのあんたは。小憎らしいっ」
    望はおどけるような調子で笑って、ぐしゃぐしゃと私の頭を撫で回した。






    あなたに泣かされた場合は、どうしたらいいのだろう。



    鬼は外。

    福は内。

    鬼は外、鬼は外、鬼は外───……

    あなたも私の内から出てってしまえ。




引用返信/返信 削除キー/
■14963 / ResNo.17)  ─びたぁべぃびぃ
□投稿者/ 秋 一般♪(3回)-(2006/06/12(Mon) 14:41:08)
    私の恋人はかわいくない。


    「ばか」だの「へたれ」だの、口悪く罵る事は日常茶飯事。

    休日だからどこか出掛けようかと誘えば、
    「めんどくさい」
    と一刀両断。

    それでもようやく外に出て「昼に何食べたい?」と聞くと、
    「肉」
    なんとまぁ漢らしいこの一言。


    今日も今日とて日曜日だというのに寮に閉じこもってごろごろしている。
    私はというと、彼女の「ポッキー食べたい」という要望に応えて二月のくそ寒い気候の中、自転車でコンビニまでひとっ走りしてきたところだ。
    肩で息をする私に、労うでもなくコンビニ袋だけ引ったくってまたベッドに戻っていく彼女。
    これじゃあ単なるパシリだ。
    私も大概甘いのかもしれないが、これはいけないんじゃなかろうか。
    ここはびしっと、ね。
    積極的にというか、リードしていくというか。
    私がしっかり手綱を握って主導権を得るべきでないかい?
    なぁ、私。

    胸中で自問自答し、よし!と、気合を入れた。

    ベッドに近付き、仰向けの恰好で読書をする彼女の本を静かに奪う。
    そしてゆっくりと跨がって、彼女を自分の下に組敷いた。

    じっと、私を真っ直ぐに見つめる彼女。
    「本、読んでんだけど」
    その鋭い瞳に耐えきれず、視線を逸らし、
    「…ごめんなさい」
    思わず謝ってしまった。

    あぁ、もう私の負けです…。

    すごすごと彼女から離れてベッドを降りる。
    背を向けて体育座りをして、はぁぁぁ、大きな溜め息を吐いた。
    なんて情けなく格好悪い私。
    そんな私に更なる追い撃ちをかけるように、背中越しに罵声を浴びせる彼女。

    「ばーか」
    …はい。

    「へたれ」
    ごもっとも…。

    「何であそこまでやって手ぇ出せないかなー」
    仰しゃる通りです…。

    「あたしはいつまで待てばいいんだか」
    まさにそう……───って、えぇぇぇぇ!?


    ベッドの方を振り返ると、彼女は拗ねたように唇を尖らせ、私の視線に気が付くとぷいっと顔を背けてしまった。

    「いくじなし」

    そしてわずかに耳を紅潮させて、いつもの罵声を吐いたのだ。





    私の恋人はかわいくないけど、かわいい。



引用返信/返信 削除キー/
■14964 / ResNo.18)  ─きゃらめるはにぃ
□投稿者/ 秋 一般♪(4回)-(2006/06/12(Mon) 14:42:10)
    あたしのパシリは。
    あぁ間違えた、恋人は。
    『へたれ』
    表現するのに一言で済んでしまう。





    ─優しいっていうより、甘ちゃんなのよね。

    今日もあたしのわがままでこの冷え冷えする寒さの中をポテチを求めてパシリ中。
    十数分で帰ってきて「はい」と袋を手渡される。
    身を切るような寒さだったんだろう、頬も耳も、手の甲まで真っ赤だった。

    ─嫌なら嫌って、文句の一つでも言えばいいのに。

    彼女をじっと見つめると、「?」きょとんとした顔をしてへらっと笑った。
    あたしはすっと手を伸ばし、指先で彼女の鼻をぎゅっと摘む。
    「あだっ!何すんの!」
    思わずのけ反った彼女をちらりと見て、
    「間抜け面」
    一言吐き捨て、ポテチ片手にあたしはベッドに潜った。



    彼女の優しさに、時々ひどくイライラさせられる。
    そんな事を思うあたしは、きっとどうしようもなく性格が悪いのだろう。





    学校から寮へ帰宅するとちょうど大粒の雨が降ってきたところだった。
    濡れずに済んで助かった、ほっと胸を撫で下ろす。
    雨足はどんどん強まり、夕食を終えた頃には暴風雨になっていた。


    「雨、強いね」
    自室で数学の宿題に取り組んでいると、隣の机でも同じように英語のプリントと格闘している彼女が口を開いた。
    カーテンを閉じていてもわかる、窓越しに打ちつける激しい雨。
    「小腹空いたな」
    ぽつりと言ってみる。
    「おにぎり食べたい」
    ちらりと彼女を見ると、「この雨の中を?」と言いたげに眉根を寄せた。
    じっと、見つめる。
    彼女は小さく息を吐いてから、立ち上がった。
    「行ってくる」
    言いながらクローゼットからコートを取り出そうとするので、あたしは彼女の背中に向かってノートを投げつけてしまった。

    自分で言い出したくせに、とか。
    勝手なのは十分わかっている。
    けれど腹が立って仕方がない。

    「痛いなぁ、もう。何すんの」
    彼女は振り返って顔をしかめた。
    ノートを拾って、あたしの元へやってくる。
    「おにぎりいらないの?」
    「いる」
    「じゃあ買ってくるから」
    「いらない」
    「お腹空いたんでしょ?」
    「行かなくていいってば!」
    「…どうしたの」
    彼女は困ったように笑いながら恐る恐るあたしに触れた。
    そして髪を撫でる。
    「わがままに手を焼いてる?」
    視線を向けると、
    「いつもの事でしょ」
    目尻を下げてふにゃっと笑った。


    …………もうっ。


    「あんたはねぇ!あんたは───っ」
    優しすぎる。
    あたしのすべてを許してしまう。
    苛立ちも不安も焦りも怒りも。そんなすべてを吸収してしまう、スポンジのような人。

    目の前の彼女は続く言葉を待っているのか、「何?」と小首を傾げた。
    「…お人好し」
    「え?」
    「はっきり言っちゃえばバカよ、バカ。そんなんじゃいつか騙されて痛い目見るんだから」
    そんな可愛くない言葉しか口に出来ないあたしに、やっぱり彼女はへらへらと柔らかい笑みを向けていた。
    手厳しいな、なんて。
    ちょっと困り顔で。



    甘い。
    甘い、この人は。
    とろけるように。

    ばかで、へたれで、けれど甘ったるいキャラメルのような常習性─

    あぁ、
    胸焼けしてしまいそう。



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■14965 / ResNo.19)  ─秘め事
□投稿者/ 秋 一般♪(5回)-(2006/06/12(Mon) 14:42:59)
    深夜─
    寮の門限はとっくに過ぎている。
    注意深く裏門から入り込み、角部屋の真横に佇む銀杏の木をよじ登って二階の窓をとんとんと叩いた。
    一瞬間の静寂の後、カラカラと乾いた音を立てて窓が開かれる。
    あたしは素早くそこから体を滑り込ませた。


    「今日はいつもより早いのね」
    静かに窓を閉めてカーテンを引いたルームメイトは、制服を脱ぎ捨てるあたしに近寄りながら言った。
    「それでも門限は過ぎてるでしょ」
    部屋着に着替えながらあたしも答える。
    「ちゃんと誤魔化しておいたから」
    彼女はあたしを引き寄せ、背中から抱き締めた。
    「それはどーも」
    襟足に顔を埋められ、首筋に舌が這う。
    かかる吐息がくすぐったくて、思わず身をよじった。
    体を離した彼女はあたしを向き合わせ、そしてゆっくりと唇を寄せた。

    ─いつもの、儀式だ。





    口止めだと、ルームメイトは言った。

    寮生活の窮屈さにうんざりなあたしは毎晩毎晩夜遊びをする。
    元々男友達の方が多いのだ、女子高の空気は息苦しい事他ならない。
    外には彼氏だっているし、抜け出して遊ぶスリルにはぞくぞくする。

    持ち掛けてきたのは彼女の方だ。
    自分もグルになって見回りが来てもあたしがいない事を誤魔化してやる、と。

    バレても構わない、そうも思ったけれど。
    あまりに寮の規則に違反すると退寮、下手したら退学になりかねない。

    「それじゃせっかくだからお願いしようかな」
    あたしは言った。
    「それじゃこれは口止めよ」
    彼女は言った。


    そして彼女は夜が来る度あたしに触れて、キスをする。
    秘密の夜の共犯者だ。





    「体、冷たい」
    抱き締める腕を緩めて、彼女はあたしを見た。
    「あぁ…今夜は特に寒かったから」
    そんな事より、とあたしは彼女を促す。
    「今日は何もしないの?」
    ほら、顎を軽く上げて唇を突き出してみせる。
    彼女は少し考え込んであたしの腕を掴んだ。
    「……?なに?」
    彼女は何も答えない。
    代わりにあたしをベッドまで引っ張った。
    どさり、静かに押し倒される。

    ─嫌?

    確かめるような、請うような、そんな瞳をしていた。

    今まで彼女があたしにする行為は拙い口付け、それだけ。
    初めて彼女が、あたしを求めた。

    あたしは小さく、首を横に振った。






    二人とも寝入ってしまったらしく、目を覚ますとカーテンの隙間からは薄い光が差していた。
    剥き出しになった肩が冷えて身震いする。
    布団を寄せて潜り込むと隣で眠るルームメイトがもぞもぞと動いた。
    「起こしちゃった?」
    声を掛けるとこちらを振り返り、
    「眠れなかったわよ」
    薄く笑った。

    そしてごろんと仰向けになる。
    しばらく天井をじっと見つめていた彼女はぽつりと呟いた。


    「私、女の子しか好きになれないの」

    「ふうん」

    「…気持ち悪くない?」

    「別に」

    本当に、そう思った。



    最初から嫌悪感はなかった。
    不思議なほど素直に、受け入れていた。
    口止めだなんて、口実だったのかもしれない。
    そうでもなかったら、キスなんて、ましてや身を委ねるだなんて、さすがのあたしでもしない。






    「今日も遅いの?」
    出掛け間際に掛かる声に、
    「うん、だからいつも通りよろしく」
    ひらひらと手を振る。
    わかった、そう言うように彼女はこくりと頷いた。






    彼女とあたしの秘め事は夜毎募り、あたしだけの秘め事は今日も彼女は知らぬまま。



    唇からの微毒は、少しずつあたしを蝕んでゆく─



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