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■12815
/ 親記事)
雨に似ている
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□投稿者/ 秋
一般♪(7回)-(2005/09/12(Mon) 15:59:47)
その日は、短い秋が過ぎて本格的な冬の風を感じるようになった頃。
木枯らしが乾いて、季節の彩りをさらい。
街も人も、白い吐息に包まれる、そんなある日。
初めて泣いた日。
初めて哭いた日。
この日─
私は18になった。
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■12816
/ ResNo.1)
雨に似ている2
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□投稿者/ 秋
一般♪(8回)-(2005/09/12(Mon) 16:00:25)
少し昔の話をしよう。
その頃の私の話をする時、当時の友人は必ずこう言う。
─野良猫のようだった、と。
敵味方の区別無く誰彼構わず牙を立て、決して懐く事はない警戒心の塊だった、と。
それを聞いた私がひどい言い草だと苦笑すると、そんな風には笑わなかったと、またこんな事を言う。
随分と眼が穏やかになったものだ、と。
とても優しく笑うようになった、と。
このような言葉を掛けられた時、ふと浮かぶ顔がある。
遠くに遠くに。
今はもう、輪郭さえもぼやけて、鮮明さは欠けてしまった。
けれど確かにここにある。
この胸の奥底に。
顔すら朧気でふやけてしまっているのに、なぜかあなたのあの笑い方だけははっきりと憶えているんです。
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■12817
/ ResNo.2)
雨に似ている3
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□投稿者/ 秋
一般♪(9回)-(2005/09/12(Mon) 16:01:07)
「りーつ、またサボリ?」
屋上の湿った風に髪がなびいて。
背中に掛けられた声の方へ振り返る。
「…んー。何か眠くて」
再び校庭の方へと視線を戻すと、
「律はいつでも眠いでしょー」
呆れた声を上げる亜紀が、私の隣に並んだ。
二人無言で昼休みの喧騒響くグラウンドを眺める。
やがて亜紀が口を開いた。
「いくら中学で義務教育って言ってもね、授業に出なさ過ぎるのも問題だと思うよ」
淡々と言う。
「大体学校で律が話すのあたしくらいでしょ?その社交性の無さも問題」
亜紀の言葉はもっともだと思う、いつも。
けれど。
「…つまらないんだ」
そう、何もかも。
「…うん、それもわかってる」
ぽつりとこぼれた一言に、亜紀もまた、小さく呟いた。
つまらないのは興味がないから。
興味がないのはそういう感情が薄まってしまったから。
そういう感情が薄まってしまったのは─
関わるのが怖いからだ。
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■12818
/ ResNo.3)
雨に似ている4
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□投稿者/ 秋
一般♪(10回)-(2005/09/12(Mon) 16:01:43)
私は純粋な日本人だったけれど、生まれつき色素が薄かった。
色素の薄い白い肌。
色素の薄い鳶色の瞳。
色素の薄い茶色い髪。
それら全ては私を形成する一部でしかなかったけれど、幼い子供達には通じない。
むしろ、小学生くらいの子供は時として大人よりも残酷だ。
自身と違うものへの好奇の目、畏怖の念。
小学生の私は、その色素の薄さからか、よくからかいの対象になった。
その頃から他人に対して、馬鹿ばかりだと思うようになった。
中学に上がると、思春期に入った男子の対応が変わり、余計にうんざりした。
気を許すのは幼馴染みの亜紀だけだ。
もっとも、人当たりの良い亜紀はいつも私に構っているというわけにはいかないけれど。
それでも。
放っておいてほしい時、側にいてほしい時を熟知している亜紀の存在は、私にとって大きかった。
サボっている私を見つけては注意を促す。
けれど決して無理強いはしない。
亜紀は好きだ。
他人はあまり好きじゃない。
それでいい。
とてもわかりやすくて、明快だと思う。
中学三年になった今でもそれは変わりがなかった。
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■12819
/ ResNo.4)
雨に似ている5
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□投稿者/ 秋
一般♪(11回)-(2005/09/12(Mon) 16:02:17)
中学校生活も残りわずか。
そう、三年生の冬休みが間近に迫る頃だったと思う。
その日の私は亜紀の家にいた。
亜紀の両親は彼女が幼い頃に離婚していて、亜紀は母親と二人暮らし。
それからすぐに父親は海外赴任したらしく、その後会っていないと言う。
母親は仕事に出ている為、当然昼間は家にはいない。
出された宿題を共に解こうというのは名目で、亜紀の家へとやって来た私はリビングでごろごろとくつろいでいた。
亜紀はコンビニに行ってしまって、家には留守番の私が一人。
リビングにはちょうど冬の陽射しが射し込み、うつらうつらとまどろみ始める。
うとうとしかけたところに、玄関のドアが開く音が微かに聞こえた。
あぁ亜紀が帰ってきた、思いながら目は閉じたまま。
私の横たわるソファに近寄る足音。
それはすぐ側で動きを止め、しゃがみこむ気配を感じた。
顔を覗きこまれているような感覚にむずむずして。
「亜紀っ人の顔じろじろ見てんじゃ──」
ばっと起き上がり、言い掛けたところで、
「──誰?」
目の前の人物が亜紀ではない事に気付いた。
訝しげに眉根を寄せる私に向かって、彼女はにっこり笑ってこう言った。
「綺麗な髪ね。見惚れちゃってた」
私の髪をさらさらと撫でて、瞳を奥まで覗き込む。
「目の色も。澄んでて綺麗」
かっと顔が熱くなる。
頭に血が上った。
それは私のコンプレックスでしかないものなのに。
「あんた、誰?」
不作法に髪を撫でる手を払い除け、私はじろりと睨みつけた。
そんな私にお構いなしに、彼女はふふっと微笑んだ。
「あなたは亜紀の友達?初めまして。わたしは早紀。亜紀の姉よ」
そう言えば。
本来亜紀は二人姉妹で、姉の方は父親に引き取られたって話、ずっと昔に聞かされたっけ。
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■12820
/ ResNo.5)
雨に似ている6
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□投稿者/ 秋
一般♪(12回)-(2005/09/12(Mon) 16:02:47)
思えば、最初はずっと彼女に反発していた気がする。
私達より五つ年上の亜紀の姉は海外の父親の元で高校までを過ごし、日本の大学を受験したのだと言う。
現在はこちらで一人暮らし。
ちょくちょく亜紀達母子を訪ねてくるらしいので、今まで私と鉢合わせなかったのが不思議なぐらいだ。
活発ではきはきとした面倒見の良い亜紀とは対照的に、どこか掴み所のない飄々とした彼女が、私は苦手だった。
けれど彼女の方はというと、亜紀を訪ねてきた私を見ると決まって構いたがった。
何で私が亜紀の家に行く時に限ってあんたがいるんだ、一度だけそう腹立たしげに言ってやった事がある。
けれど彼女はいつものようにふふっと笑っただけだった。
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■12821
/ ResNo.6)
雨に似ている7
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□投稿者/ 秋
一般♪(13回)-(2005/09/12(Mon) 16:03:19)
「馬鹿になるわよ」
全てを小馬鹿にして生きてきた私に、初めてこんな事を言ったのも彼女だった。
私は彼女を睨みつける。
あんたに何がわかるんだ、と。
しかし、そんな視線さえも彼女は易々と受け流し。
「勉強を放棄するのはいつでも出来るの。でもね、勉強を存分に出来るのは今だけよ」
ぎりっと奥歯を噛み締めた。
彼女は続ける。
「知識は裏切らないし、身に付いたもので損をする事は絶対にないから」
彼女は真っ直ぐ私を見つめる。
逸らしたら負けだ。
ぐっと堪えて、その目を睨み返す。
それなのに彼女は応戦せずに、その瞳は穏やかなまま。
「反抗するにもそれなりの力は必要なのよ。それもわからずにただ放棄をしているのは、逃げているのと同じ事なの」
私は、彼女から目を逸らさなかった。
逸らせなかった。
「それがわからない程、あなたは馬鹿じゃないでしょう?」
力を得る為にはどうしたらいいか、わかるでしょ?
彼女はにっこり微笑んだ。
「勉強しなさい、律」
冬休みが終わると、私は三学期を一度も休む事なく学校へ通った。
冬休みに入る前は高校へは行くつもりはなかったけれど、三学期から今までの遅れを取り戻すように勉強した。
文字通り必死で。
亜紀は既に推薦で進学が決まっていたから、私の勉強を見てくれた。
やってみると、知識の吸収というのは意外と面白くて。
中学を卒業すると。
春。
私は亜紀と同じ高校に入学した。
にこにこと満足気に笑う彼女にむっとして。
まんまと乗せられてしまった事が悔しかったけれど、それは不快ではなかった。
彼女はきっと、私に様々なものを与えてくれる存在だと、その頃には少しずつ気が付いていたから。
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■12822
/ ResNo.7)
雨に似ている8
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□投稿者/ 秋
一般♪(14回)-(2005/09/12(Mon) 16:03:50)
高校に入学して数ヶ月。
友達、と呼べるかどうかはわからないけれど、会話をするような交友関係は少しずつ出来上がっていた。
クラスの違う亜紀が私の教室を訪ねてくる度に、クラスメートと言葉を交わす私を見てにやにやと笑っていた。
その度に私は、
「なに」
じろりと睨んだけれど。
「進歩したなぁって思って」
それだけ言うと、嬉しそうに笑んで私の頭をぽんと撫でるのだった。
私は。
顔こそしかめっ面だが、心の中ではこそばゆいような照れくさい気持ちでいっぱいなのだ。
ある人の言葉を借りるなら。
それが誰のお陰かわからぬ程に、私は馬鹿ではないらしい。
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■12823
/ ResNo.8)
雨に似ている9
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□投稿者/ 秋
一般♪(15回)-(2005/09/12(Mon) 16:04:28)
相変わらず彼女は、私の顔を見るとにこにこと笑んで近寄ってきた。
会う度に私に触れたがった。
私はいつも不機嫌そうな顔をしてみせたけど。
その手を本気で払う事などせずに、口では文句を言いながらされるがままにさせていた。
それはただ照れくさかっただけで。
もう既にその心地良さに気付いてしまっていて。
本当はとても、嬉しかったんだ。
「好きよ」と言って私の髪を撫でる手が。
「澄んでる」と言って私の瞳を覗き込む目が。
「綺麗ね」と言って私の肌を伝う指先が。
堪らなく好きだった。
心が、
揺さぶられる。
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■12824
/ ResNo.9)
雨に似ている10
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□投稿者/ 秋
一般♪(16回)-(2005/09/12(Mon) 16:05:02)
高二の夏休みは、ほとんど毎日亜紀の家に足を向けた。
行けば必ず、彼女がいたから。
その年から「家賃の節約」と言って、彼女は一人で住んでいたアパートを引き払い、亜紀の家から大学へ通っていた。
「律は今までちゃんと人と向き合ってこなかったから。人と話をしなさい。触れ合いなさい。真正面から付き合いなさい。それはあなたを傷つけないよ」
…彼女に言われたからではない、決して。
ただ無益な時間を過ごすのも馬鹿らしいと、夏休み前からバイトを始めた。
目的もなく、漠然としている「何か」を手に入れるには、それが一番手っ取り早いと思ったから。
亜紀はにやにやと笑って、彼女はふふっと微笑んでいたのが無性に癪に障ったけれど。
夏休み中の私は、週四回、時給820円で愛想笑いを売る。
それ以外の日は図書館で知識を貪った。
それを終えると、夜には亜紀の家へ向かう。
チャイムを鳴らすと大抵、亜紀ではなく彼女がドアの隙間から顔を覗かせた。
くしゃくしゃと私の髪を撫でる。
やっぱり─
「律の髪、好きよ」
なんて、言いながら。
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