| 「もうやめてちょうだい」 ぴしゃ、っと綺麗な声が響いた。 今まで聞いたことがないくらい、冷たい声だった。 「それ以上無駄口を叩いて彼女を傷つけないで。行きましょう」 ぐい、と私の手を引いて、西本さんは歩き出した。 まるで、初めて【秘密の部屋】へ行った時のように。 振り返ると委員長が唖然として突っ立っているのが見えた。 西本さんは校門を出て、駅の方へ向かい、切符売り場にたどり着くまで全くうしろを振り返りもしなかったし、一言も喋らなかった。
「あのっ」 「え、なに?」 西本さんはきょとんとした目で振り返った。 「どこまで行くんですか?」 我ながら間抜けな質問だった。 「あ、えと、三駅だから、170円」 「あ、私は定期券内です」 私は西本さんが切符を買うのを待って、一緒に改札をくぐった。 丁度ホームに着いた電車に乗り込む。 見慣れた景色が動く車窓を見ながら、つり革に掴まった。 西本さんはまっすぐ前だけを見て、私の方を見てくれない。
「軽蔑しますか」 「本当のことなの?」 「・・・ほとんどは」 「先生って」 「数学の先生の手術入院で、代理で来てた先生覚えてます?」 「分からない。私の学年には来てなかったと思う」 「そのひとと、はい」 「そっか」 「援助交際ってのは根も葉もない噂です。してません」 「そっか」
援助交際はしてないからってなんなんだろう。こんな言い訳をして。 先生と不倫していたのは事実なのに。 どうやら私と先生のことは他の学年にまで広く知れてはいないようだった。 代理で二ヶ月だけだった先生だし、そのことで謹慎をくらっていたのも夏休み中だったし。 それでもこうして、彼女には知られてしまったのだ。
−−−−ガタンゴトン。 気まずいよどんだ空気が流れる。
私はこの空気が怖くて、すぐ傍にあった手を繋ごうと触れた。
ぱしっ。
その手は弾かれてしまった。
「ごめん。今日やっぱりやめとこう」
元々家とは反対方向の西本さんは次の停車駅で降りて行った。 その背中をなにもできずに見送ると、私は発車した電車のなかで、人目も気にせず泣きそうになった。ぼろ、と涙がこぼれそうになったので、あくびのフリをしてごまかして目を擦った。
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