| 次の日の朝、可憐はトイレに行こうと階下へ降りると、リビングで頭を抱えるようにしている母の姿がチラリと見えた。
ごめんなさい…。可憐は心の中で母に呟いた。
トイレを済ませた可憐が部屋へ戻ろうとした時だった。
「可憐…。ちょっと…来なさい。」
可憐は、黙ったまま母の前に腰掛けた。
母は眉間に皺を寄せ、暫らくの間、沈黙の時間が流れた。
可憐も、何も言わずただ黙って俯いていた。
「どういうことなの…」
初めに沈黙を破ったのは母の低い声だった。
「弁解はしない…。でもね、好きなの、奈子先輩の事が」
母は、いきなり声を荒げて言った。
「何言ってるのっ!女同士でそんなの許される訳ないでしょう!気持ち悪い事言わないでちょうだい!」
そう言い捨て、母は寝室へと入っていってしまった。
気持ち悪い…。
その母の一言が、ずっと可憐の耳から離れなかった。
可憐は、旅行用バッグに荷物をまとめて、家を出た。
奈子先輩に電話したが、繋がらなかった。
避けられているのかな…。
可憐の心は、行き場のない寂しい気持ちで一杯だった。
可憐は、繁華街をただウロウロと彷徨い歩いていた。
でも、可憐の目には、どんな光景も目に映らなかった。
夜になって呆然と向かった先は、奈子先輩のマンションだった。
可憐の行き場所は、そこしか残されていなかった。
部屋の中から、薄っすらと明かりが漏れているのが見えた。
可憐は、インターホンを押した。
でも、何の反応もなかった。
もしかしたら、近くのコンビニにでも行ってるのかも知れない。
暦上春とはいえ、まだ肌寒い中を1時間近く扉の前で奈子先輩の帰りを待っていた。
可憐の手は、悴んで冷え切っていた。
待っても待っても、奈子先輩が現れることはなかった。
可憐は、肩を落としてマンションから立ち去ろうとした。
そのとき、可憐の前にタクシーが1台停まった。
中から、本部長に抱えられるように、酔いつぶれた奈子先輩が出てきた。
奈子先輩は、驚くような顔で可憐の顔を見つめた。
そして、呟くように言った。
「帰りなさい…」
そして、本部長に抱えられ奈子先輩の部屋へと二人は消えて行った。
どうして…。どうしてなの?
可憐は、そのまま駅へ向かって歩いて行った。
まるで魂のないただの抜け殻のように、ただ呆然と可憐は歩いていた。
可憐の行き場所は、もうどこにもなかった。
その時、携帯電話が鳴った。家からだった。
その電話に出る気力もなく、ただ涙がどんどん溢れてくるばかりだった。
でも、何度も何度も携帯電話は鳴り続けた。
可憐は、電話に出た。
母の声だった。
「帰ってきなさい。夕ご飯食べてないんでしょ。」
可憐は、大声で泣き崩れた。
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