ビアンエッセイ♪

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■14177 / ResNo.50)  50
  
□投稿者/ 雅 ちょと常連(54回)-(2006/04/07(Fri) 09:14:16)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    次の日の朝、可憐はトイレに行こうと階下へ降りると、リビングで頭を抱えるようにしている母の姿がチラリと見えた。


    ごめんなさい…。可憐は心の中で母に呟いた。


    トイレを済ませた可憐が部屋へ戻ろうとした時だった。


    「可憐…。ちょっと…来なさい。」


    可憐は、黙ったまま母の前に腰掛けた。

    母は眉間に皺を寄せ、暫らくの間、沈黙の時間が流れた。

    可憐も、何も言わずただ黙って俯いていた。


    「どういうことなの…」

    初めに沈黙を破ったのは母の低い声だった。


    「弁解はしない…。でもね、好きなの、奈子先輩の事が」


    母は、いきなり声を荒げて言った。

    「何言ってるのっ!女同士でそんなの許される訳ないでしょう!気持ち悪い事言わないでちょうだい!」


    そう言い捨て、母は寝室へと入っていってしまった。


    気持ち悪い…。


    その母の一言が、ずっと可憐の耳から離れなかった。


    可憐は、旅行用バッグに荷物をまとめて、家を出た。

    奈子先輩に電話したが、繋がらなかった。


    避けられているのかな…。


    可憐の心は、行き場のない寂しい気持ちで一杯だった。


    可憐は、繁華街をただウロウロと彷徨い歩いていた。

    でも、可憐の目には、どんな光景も目に映らなかった。

    夜になって呆然と向かった先は、奈子先輩のマンションだった。

    可憐の行き場所は、そこしか残されていなかった。


    部屋の中から、薄っすらと明かりが漏れているのが見えた。

    可憐は、インターホンを押した。

    でも、何の反応もなかった。


    もしかしたら、近くのコンビニにでも行ってるのかも知れない。


    暦上春とはいえ、まだ肌寒い中を1時間近く扉の前で奈子先輩の帰りを待っていた。

    可憐の手は、悴んで冷え切っていた。


    待っても待っても、奈子先輩が現れることはなかった。


    可憐は、肩を落としてマンションから立ち去ろうとした。

    そのとき、可憐の前にタクシーが1台停まった。

    中から、本部長に抱えられるように、酔いつぶれた奈子先輩が出てきた。


    奈子先輩は、驚くような顔で可憐の顔を見つめた。

    そして、呟くように言った。


    「帰りなさい…」


    そして、本部長に抱えられ奈子先輩の部屋へと二人は消えて行った。


    どうして…。どうしてなの?


    可憐は、そのまま駅へ向かって歩いて行った。

    まるで魂のないただの抜け殻のように、ただ呆然と可憐は歩いていた。


    可憐の行き場所は、もうどこにもなかった。


    その時、携帯電話が鳴った。家からだった。

    その電話に出る気力もなく、ただ涙がどんどん溢れてくるばかりだった。


    でも、何度も何度も携帯電話は鳴り続けた。

    可憐は、電話に出た。

    母の声だった。


    「帰ってきなさい。夕ご飯食べてないんでしょ。」


    可憐は、大声で泣き崩れた。
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■14178 / ResNo.51)  51
□投稿者/ 雅 ちょと常連(55回)-(2006/04/07(Fri) 09:14:45)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    あの日以来……

    可憐は、奈子先輩を避けていた。

    会社ですれ違っても目を合わせることすらせず、何度も鳴り響く携帯電話の着信に耳を傾けることもなかった。


    決して奈子先輩を忘れた訳ではない。

    忘れる事などできるはずもなかった。


    奈子先輩に逢って確認したいと思う自分と、二人の関係を知った時の泣き崩れた母の顔、

    そしてあの日マンションの前で奈子先輩に排除された余りにみじめな自分が交差して

    どうしたらいいのかさえ可憐にはわからなかったのだった。


    あの日から、2週間が過ぎようとした時だった。

    お風呂からあがって部屋に戻った時、携帯の着信音が鳴った。

    見知らぬ携帯番号からの着信……。


    電話を取ったが、全くの無言。

    その奥から、微かな音が聞こえていた。

    可憐は、静かにその奥の声に聞き耳を立てた。


    それは奈子先輩の家にあるあのオルゴールの音色だった。


    「……奈子先輩?」


    しかしその声に奈子先輩の反応はなかった。

    お互いに無言のまま、時間が経過していった。


    どれくらい時間がたっただろう。

    その沈黙を破り、かすれた声で奈子先輩が一言呟いた。

    「貴女も、私から離れていってしまうのね…約束したのに……。」


    そして、電話は切れた。


    可憐は、そのままベッドへ倒れこみ、目を閉じて、ずっと考え込んでいた。


    奈子先輩…。


    「お母さん、ちょっと出掛けてくる」


    可憐は、母に一言告げるとそのまま玄関にいった。

    母は、おそらく察しがついたのだろう。


    「可憐…。今だけじゃなく、将来お互いにとって何が一番幸せなのか。それを考えなさい。」


    母は、俯きながら小声で呟いた。


    可憐は、走って駅に向かった。

    息を切らせながら最終電車に飛び乗り、奈子先輩のマンションへと向かった。


    やっぱり…

    奈子先輩に、逢いたい……。
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■14179 / ResNo.52)  52
□投稿者/ 雅 ちょと常連(56回)-(2006/04/07(Fri) 09:15:24)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    可憐は、息を切らせながら、奈子先輩のマンションに辿り着いた。


    何度インターホンを押しても、中から誰も出てくる気配はなかった。


    でも、部屋の中に奈子先輩は必ずいる。


    可憐は、何度も扉を叩きながら言った。


    「奈子先輩。可憐です。奈子先輩、開けてください」


    それでも、中からは何の反応もなかった。


    同じマンションの人が近所迷惑だと言わんばかりに、チラリと扉を開けて可憐の様子を伺っている。


    可憐は、マンションの扉の前で、そのまま座り込んだ。



    カチャ…


    可憐の背中が少し押された。


    可憐は、慌てて立ち上がって扉を開けた。


    そこに立っていたのは、髪の毛が乱れ、バスローブを羽織った奈子先輩だった。


    奈子先輩は、表情もなくただ無言で立ちすくんでいた。


    可憐は、何気なく足元を見た。


    そこには男性ものの靴が並べて置かれていたのだった。


    「奈子先輩……。」


    呆然と可憐は、奈子先輩の顔を見上げた。


    無表情のまま、奈子先輩は一言呟いた。



    「もう…遅いよ。……可憐。」



    可憐は、そのまま走り去った。ただその場の状況から目を背けたかった。


    きっと、部屋の奥にいた人物は、あの人に違いなかった。


    可憐は、ひたすら向かうあてもなく走った。目の前はぼやけて何も見えない状態に等しかった。



    ドンッ!


    可憐は何か硬く冷たいものにぶつかった。

    痛い…。


    見知らぬ人の声で


    「大丈夫ですか?」



    その声がどんどん遠くなっていく。


    その言葉の記憶を最後に、可憐は意識を失ってしまった。
引用返信/返信 削除キー/
■14180 / ResNo.53)  53
□投稿者/ 雅 ちょと常連(57回)-(2006/04/07(Fri) 09:16:10)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    「ン……」


    「気がついたかな?」


    淡い緑っぽいカーテンの引かれた見覚えのない天井。

    そこに年配の白衣を着たおじさんが、にっこり優しそうに微笑んでいた。


    「あの…私……」


    「すごい勢いで走ってたでしょ?私の目の前で電信柱にぶつかったのは覚えているかな?」


    何か冷たい硬いものにぶつかったのは覚えているけど、それっきり記憶がない。


    「念のために検査したけど、脳には特に異常はみられないから。暫らく安静にしておけば大丈夫だよ。頭は痛むかい?」


    「少し痛みますけど……。大丈夫です。すみません。ご迷惑おかけして……。」


    可憐は、ベッドから身体を起こした。頭がズキズキと痛む。

    先生は、その様子ですぐわかったのか、もう少し休んでいきなさいと言ってくれた。


    先生は、そのままカーテンから出るとすぐ若い女性の看護士さんが入ってきた。

    「どなたかに連絡しましょうか?」


    可憐は、静かにいいえとだけ答えた。


    「じゃ、帰る時声かけてくださいね。」


    そう言うと、看護士さんは、そのままカーテンの外に出て行った。



    奈子先輩……。


    記憶がよみがえってくるにつれて、再び可憐の目に涙が溢れた。


    その時、先生がカーテンの内側に入ってきた。

    可憐は、涙を隠そうと慌てて涙を手で拭った。

    先生は、ベッドの隣に置いてある椅子にそっと腰かけた。


    「何か事情があるみたいだね。でも、無理はしちゃいけないよ。

    今日は、電信柱で良かったけど、あれが車だったら取り返しのつかないことになっていたかもしれないからね。」


    そう言って先生は、にっこり微笑んだ。

    すごく優しい目の先生だった。


    「家はご両親と一緒に住んでるのかな?」

    可憐は、コクリと頷いた。


    「私にも、君と余り変わらない娘がいてね。事故で亡くてしまったんだけどね。余り親に心配かけちゃダメだよ。ハハハ。」


    「先生……。」


    「何かな?」


    先生は、優しい目で可憐を見た。


    「世間から認められない恋愛って、やっぱり親不幸ですよね……。」


    先生は、少し黙って考えていた。そしてゆっくり話し出した。


    「私の娘も人様には余り大きな声では言えない恋をしていたようだった。

    親として、反対もした。普通の幸せをと親としては望んだし、その件では何度も口論になったよ。

    でもね、亡くしてから思えば、生きててこそって思うよ。

    私は、娘が本当に好きだった相手に逢ってみたいとこの頃になって思うよ。

    娘がどんな風に笑って過ごしていたのか、色々話を聞いてみたくてね。

    娘が亡くなった後、幸せになっているのか、どうなったんだろうかと気になったりもして。

    あんなに反対したのに、幸せだった娘の影をどこかで探しているのかな。

    私は、反対も賛成も言える立場ではないけれど、そんなものだよ。

    余り、君の質問の答えになってないか。ハハハ」



    先生は、少し寂しそうな表情を浮かべていた。


    「ごめんなさい。変な質問して……。何となくわかったような気がします。」


    「じゃ、私はそろそろ家に帰らせてもらうとしましょうか。君も、ご両親に連絡しなさいよ。きっと心配なさっているだろうからね。」


    立ち上がった先生の白衣についているネームバッチには

    <総院長 小出>と書かれていた。


    先生はにっこり軽く手を振ってカーテンの外に出て行った。


    ふと、奈子先輩から聞いた椿さんの話を思い出していた。

    きっと椿さんのお父さんも、そんな風に今思ってるのかも知れない、可憐はそう思った。



    可憐の涙は、いつの間にか消えていた。

    先生のお陰だな、可憐はそう思った。



    奈子先輩は、あの人で幸せなのかな。

    もう遅いって奈子先輩言ってたけど、

    後悔したくないから


    もう、私……


    逃げない。
引用返信/返信 削除キー/
■14181 / ResNo.54)  54
□投稿者/ 雅 ちょと常連(58回)-(2006/04/07(Fri) 09:16:42)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    可憐は、病院の前に停車していたタクシーに飛び乗った。

    向う先は唯一つ。


    タクシーの中で可憐は静かに目を閉じていた。


    この後起こりうる色々な場面の空想が頭を過ぎる。

    今までの可憐なら、きっとその空想に恐れをなして、

    そのまま運転手に行き先を変更を告げていたに違いなかった。



    伝えるべき事だけは、今、伝えておきたい。

    貴女がどの道を選択するにしても……。



    「お客さん、具合は悪いですか?」

    心配そうに、ミラー越しに見ながら、タクシーの運転手が可憐に声をかけた。


    「いえ。大丈夫です。」


    「それならいいんですが。もうじき着きますよ。」


    運転手は見慣れたマンションの前で料金メーターを止めた。

    「お気をつけて。」

    タクシーの運転手は、そう言うと扉を閉めて去っていった。



    可憐はマンションの扉の前で、一回大きな深呼吸をした。

    そして、インターホンを押した。

    何も反応はなかった。


    可憐はもう1度インターホンを押してみた。

    窓から薄明かりが洩れているのが見える。

    何気なく、ドアノブに手をかけるとカチャっと扉が開いた。

    隙間から玄関がみえたが、あの大きな靴はなかった。


    可憐は、そっと中の様子を伺った。

    中から、こもるような奈子先輩の泣き声が聞こえた。


    「奈子先輩。可憐です。」

    可憐が声をかけたが、何も返事はなかった。


    可憐はそっと奥へと進んだ。

    ランプの灯りを一つつけたままの薄暗い部屋。

    布団の中から聞こえる奈子先輩の泣き声だけが部屋に響いていた。


    可憐はゆっくりベッドに腰かけ、布団ごしに奈子先輩をそっと優しく包み込んだ。


    「奈子先輩……。遅くなってごめんなさい」

    泣き声がピタリと止まり、ビクっとする奈子先輩が布団越しにわかった。


    二人はそのまま暫らく動かなかった。

    ただただ、布団ごしにゆっくり伝わってくる奈子先輩の温かみを

    可憐は心と肌で感じていた。


    「奈子先輩……。全てを認めた上で、貴女を愛したい。

    過去も、今起きていることも全部含めて、貴女を愛していたい。

    それだけを……伝えに来たの。」


    布団越しに奈子先輩の身体が小刻みに震えていた。


    可憐は、ゆっくりとその布団を剥いだ。


    そこには、髪は乱れ、瞼が腫れて涙に塗れた奈子先輩の姿があった。

    可憐は、乱れた髪を優しく指先で整え、涙が溢れるその瞼を唇で包んだ。


    小刻みに震える肩をしっかりと抱いたその細い腕は、

    全てを包みこむかのように優しく、そして決して緩むことはなかった。


    奈子先輩は、それまで溜めていただろうであろう全ての思いを、

    溢れ出る涙を慟哭の叫びと共に可憐の胸の中へと流していったのだった。
引用返信/返信 削除キー/
■14182 / ResNo.55)  55
□投稿者/ 雅 ちょと常連(59回)-(2006/04/07(Fri) 09:17:17)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    あの日の私を、


    暖かな日差しの中に流れる澄んだ小川みたいだったと

    奈子先輩は、そう言った。


    無数の悲しみの雫も、その小川にゆっくりと流れ込みその澄んだ小川の流れによって、

    その悲しみの雫も洗い流されていくようだったと。



    奈子先輩は、紙袋を一つ私に手渡した。


    「これ、貴女に預けておくわ」


    中を見ると、あのオルゴールと奈子先輩の押入れにしまわれていたお菓子の缶が入っていた。


    「でも、これ……。」



    奈子先輩は笑顔で言った。


    「帰ってきたら一緒に開けよう。だからそれまで預かっていて。

    オルゴールは貴女にあげるわ。」


    空港のゲート前で奈子先輩は、しっかり私を抱きしめてくれた。

    可憐の目には涙で一杯だった。

    奈子先輩は、そっと顔を右手で引き寄せてその涙を唇で覆った。


    「お・か・え・し」


    沢山の人が、二人を見て驚いたような顔をしてただ見つめていた。

    二人は、その光景など目に映らなかった。

    ただ二人の瞳には、愛する人の顔が映し出されていただけだった。


    「じゃ、行ってきます」


    あの人は、大きく手を振って、笑顔で旅立って行った。



    会社では、一身上の都合となっていたが、急な退職で

    本部長と結婚のための海外留学などと、暫らくの間色々な噂が飛び交っていた。


    「奈子先輩さ、何か寂しかったな。クロの事頼むわねしか言ってくれなかったんだもんなぁ。」


    楓は、食堂でボソッと呟いた。

    可憐は、にっこり微笑んだ。


    家へ帰ると、1枚の絵葉書が机に置かれていた。

    誰からの便りか、可憐はすぐにわかった。


    それから、奈子先輩は毎週のように絵葉書を送ってくれた。

    いつも母は、何も言わずそっと机の上にその絵葉書を置いてくれていた。


    その絵葉書には、愛の一つも囁いていてくれるような気のきいた文章など

    どこにもない簡単な文面だったけれど

    最後に必ず、いつも笑顔でという言葉が添えられていた。


    可憐は、いつまでもその絵葉書を優しい目で見つめていた。
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■14183 / ResNo.56)  56
□投稿者/ 雅 ちょと常連(60回)-(2006/04/07(Fri) 09:17:52)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    「そんな素敵な恋、されたんですね」

    ヘルパーの女性が笑顔で言った。


    にっこりとベッドに横たわりながら、老婆は笑った。


    「その続き、聞きたくて?」


    「ええ。聞いていいなら是非に。その間に、髪を整えましょうね。

    今日はお孫さんいらっしゃる日ですし。」



    ヘルパーの女性は、脇にあるリモコンを使って、ベッドを少し立てた。


    そして、老婆の髪を丁寧にゆっくりと梳かしていた。




    それから2年。

    その日は突然やってきた。


    奈子先輩からの便りは意味不明な絵葉書を最後に、プッツリとこなくなってしまったのだった。

    可憐は、心配でたまらなかった。


    奈子先輩、今何をしているの?

    本当は何かあったんじゃないの?

    病気でもしてるんじゃ……。


    こんな短い文章じゃ、何かさっぱりわからない。

    可憐は、最後に来た絵葉書を何度も読み返していた。



    ------


     前から、心に芽生えたことがあって

     それが本物かどうか、確かめに行こうと決めました。

     もし、それが本物だったら

     どうか、私を思い出として、そっと心のアルバムにしまっておいてください。

     あのオルゴールと缶と一緒に。

     いつも笑顔で。 Nako



    -------



    可憐は、貯金と夏のボーナスをはたいて夏期休暇を使って、奈子先輩の仕事先を訪ねていく事にした。

    そこに行けば、何か分かる……。


    可憐は、あの日見送った空港からミルウォーキーに飛び立った。
引用返信/返信 削除キー/
■14184 / ResNo.57)  57
□投稿者/ 雅 ちょと常連(61回)-(2006/04/07(Fri) 09:18:23)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    空港に着いた時、後ろから肩を叩かれた。


    「あれ?君は確か……。」


    振り返ると、小島本部長だった。

    可憐は、びっくりした。あの日以来、特に小島本部長と会話する事もなかったし、無意識に可憐は、この人を避けていた。


    本部長は、休暇を使ってのんびり過ごす予定らしい。

    そう言えば、日本に戻ってくるまで本部長は、ミルウォーキーで生活していたということを可憐は思い出した。


    「もしかして、奈子君に会いに来たのかい?」

    可憐は、少し驚いた表情で頷いた。


    本部長は、空港内のカフェに可憐を誘った。


    「あの……。本部長は奈子先輩の居場所ご存知なんですか?」


    本部長はゆっくりと話をしてくれた。

    あの後、奈子先輩から付き合う事はできないと断られた事、

    そして、暫らく日本を離れて気持ちの整理をしたいと話していた事。


    そして奈子先輩に知り合いを通じて、日本人企業の仕事を紹介したこと。


    何より驚いたのが、奈子先輩は、申請のために1度日本に帰国していたということだった。


    「君の事、聞いてきていたよ。」


    「どうして会いに着てくれなかったのでしょうね……。」


    可憐にはかなり複雑な思いだった。

    小島本部長には連絡して、どうして私には連絡をくれなかったのか。


    「会ってしまうと心が揺らいでしまうかも知れないって言っていたよ。」


    本部長は、ゆっくりコーヒーに口をつけた。


    「今、何をしているんですか?奈子先輩」


    本部長は、少しの間黙っていた。


    「チェックインしたらロビーまで迎えに行くよ。宿泊先は?」


    可憐は、宿泊先のホテル名を告げると、奇遇にも本部長と同じホテルらしい。


    結局その足で、二人でホテルにチェックインして、少し休憩してからと、午後3時にロビー前でと約束をした。


    予定時刻に、ロビーに行くと既に本部長が待っていた。


    レンタカーを借りたらしく、本部長の案内でどこかに向かった。


    本部長はただ黙ったまま、車を走らせた。小一時間程で、車はそこに到着した。


    そこは、学校ではなくて、教会のような何かの施設のようだった。

    子供達が無邪気に遊んでいるのが見えた。


    「ここは、事情があって親が育てられない子供達が生活する施設だよ。」


    本部長は、そういうと施設へと歩いて行った。

    可憐も、本部長の後について入った。
引用返信/返信 削除キー/
■14185 / ResNo.58)  58
□投稿者/ 雅 ちょと常連(62回)-(2006/04/07(Fri) 09:18:52)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    本部長は、堪能な英語で施設の受付で何やら話しをしていた。

    すると中から一人の金髪の女性がでてきた。

    どうやら、奈子先輩のいるところへ案内してくれる様子だった。

    一番奥にある部屋の前でその女性は立ち止まった。


    すると、数人の黒いベールを被った修道女が乳児たちにミルクをあげている最中だった。

    一人だけ、シンプルな黒の上下を着た女性がいる。

    それは、紛れもなくあの人だった。


    可憐は、暫らく黙ったまま、部屋の窓から中の様子をじっと見ていた。


    「修道院でいう、志願期だそうだ。神に召されてこの生活を望んでいるのか確認する期間らしい。

    面会はなるだけ控えてほしいとの話だ。」



    可憐は、そんな本部長の説明など耳に入らなかった。



    奈子先輩は、優しい笑顔で乳児にミルクをあげていた。

    まるでお母さんのような笑みを浮かべて。

    あんな穏やかな顔の奈子先輩を見たのは初めてだった。



    幸せなんだね……。奈子先輩。

    私より、この大勢の子供のお母さんになるのを選んだんだね。



    可憐の目から、涙が零れ落ちていた。


    本当なら悲しいはずなのに、それは安堵感にも似た幸せの涙だった。


    「面会の申し込みをするかい?難しいかも知れないが」

    本部長はそう言ったが、可憐は首を横に振った。


    本部長は、ポケットからハンカチを出して、そっと可憐に手渡した。


    そして、優しくその肩に手を置いて、奈子先輩に気付かれないように、その施設を後にした。
引用返信/返信 削除キー/
■14186 / ResNo.59)  59
□投稿者/ 雅 ちょと常連(63回)-(2006/04/07(Fri) 09:19:29)
http://id7.fm-p.jp/23/bianmiyabi/
    「あの時、もう私の元へは戻ってきてくれないってはっきりわかったの。」


    老婆は目を閉じて暫らく沈黙した。



    「はい、これで年寄りのお話は、おしまい。」


    老婆はおどけたように微笑んで言った。


    ヘルパーの女性は髪を梳かし終えて髪を1つに綺麗にまとめた。

    ちょうどその時、部屋をノックする音が聞こえた。


    「小島さん。いらっしゃいましたよ。」



    楽しそうな賑やかな声が病室に響いていた。

    「おばあちゃん、このオルゴール聴いてもいい?」


    「いいわよ。」

    老婆はヘルパーの女性を見て微笑んだ。


    柔らかな春の日差しが、病室に差し込んでいた。

    老婆は、そのオルゴールの音を聴きながら、

    静かに、目を閉じていた。



    きっと、

    心のアルバムを開いているに違いない。

    あのオルゴールの音色とともに。




    -----END-----
引用返信/返信 削除キー/

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