| 仕事を時間通り切りあげ、お店の近くの隠れ家的な
創作料理の居酒屋に入ってから2時間は過ぎただろうか。
彼女の話を聞き終えて、私は何も言えなかった。
浮かんできたのは、
見え透いた嘘を、と言って彼女から逃げようとする気持ちと、
彼女を信じ切ってあげられなかった自責の念、
そしてこの話を聞いて、私はどうすればいいんだろう、という疑問。
彼女をあれほどまでに許せないと思っていたにもかかわらず、
彼女の言葉に、彼女を既に許してしまっている自分がいた。
「ね、淳子さん。なんか、言って。」
机の角を挟んで私の右斜め前に座っている可南子が、私の顔を覗き込んだ。
私は、セルフレームの眼鏡を両手で外して、左側によけて置くと、
机に肘をついて、右手で額を押さえるように両目を覆った。
「…何も考えられない」
それが今の私の正直な気持ちで。
どうしていいか、分からなかった。
――だって、今更。
そう出掛かった言葉を、私は必死で飲み込んだ。
正直すぎる気持ちだった。
苦しくて、苦しくて、おかしくなりそうだった
この数ヶ月は、いったいなんだったんだろう。
仕事中ふと可南子のことが思い出され、
その場で体を折って泣きなくなったことが何度もあった。
全てが無気力になり、会社を辞めてしまおうかとも思った。
それでも私にはオープニング店長としての責務があった。
それがあまりにも多忙を極めるものだったので
必死に前しか見ない振りをして、
引き潮のようにふと気の緩んだときに足元を掬おうとする
想い出たちの急襲に耐えて、頑張ってきたのだ。
本当にそばにいてほしいのは、いつでも可南子だった。
それでも、彼女に助けは求められず、
一人、新人を育てながら必死に闘ってきた。
なのに。
それなのに。
遅いよ、可南子。
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