| 彼女の手は不気味な位に細く骨ばっていて。
長い指の先には。 ヒステリックな癖が生んだ深爪がちょんと乗っている。
本日はご来店頂きまして─
平日まっ昼間の百貨店。 “夏休み”の免罪符を掲げて歩く私と彼女。
………♪♪
小さく聞こえる口笛は、エスカレーターで前に立つ彼女が鳴らしているものだ。
1階、2階、34…。 6階。 “紳士用品売場” の案内板が見えた時。
カエルのキャップを被る彼女の目が薄く光った。
「…………」
エスカレーターを降りた彼女に続く。
“大丈夫”
ここに来る前、 彼女に言われたのはその言葉だけ。
“大丈夫”
その言葉を反芻し、 口から飛び出しそうな心臓を飲み込む。
腕と同様、異常に細い足を短パンからのぞかせ歩く彼女。 歩みは早い。
「…………」
「…………」
無言のまましばらく歩きたどり着いた先。
“紳士小物”売場。
私達ふたりの姿を見て─
「いらっしゃいませ」
声をかける店員。 若干訝しい表情。
すかさず彼女。
「お父さんのプレゼント何がいいかなぁ。お姉ちゃん」
私に笑顔を向けた。
お、ね、えちゃ…。
華奢で極めて小柄な彼女。 ワンピースを着た私。
“姉妹”
…今日私が同行させられた理由を知る。
“お父さん”の単語を聞いてから。 店員の声は手の平を返し柔らかくなった。
「ごゆっくりどうぞ」
…………。
キャップのツバから時折のぞく彼女の目の冷たさに。
何故大人は気付かないんだろう?
……♪、…♪
彼女の口笛が止み。 私達はあるショーケースの前に立っていた。
ライター。 万年筆。 定期入れ…。
そのブランドの小物達に付けられた値札には、瞬時では読みとれない数のゼロ。
「んー何がいいかなぁ。お姉ちゃん」
彼女がわざとらしく出した幼い声に。
寒気を覚える。
「何かお探し?」
ニコニコと笑みをたたえ近付いてきた店員が“姉”である私に近付く。
「誕生日か何か?」
「は、い」
「そう。じゃあこれなんて…」
仕事は鮮やか─
私の方を向いた店員の真後ろで万年筆が一本。
彼女のポケットに吸い込まれた。
(携帯)
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