| 「明日早いから」
その日も私は下を向き、遠藤の誘いを断った。
「…………」
遠藤の表情が強ばっているのが分かる。
「…お疲れ」
私は首のタオルを取り準備室から出ていく。
キュッキュッ─
10歩、20歩。
後ろは振り向けない。
ごめん、遠藤。
ちょっと苦しいんだ。
キュッ─
30歩。
キュッ─
40…歩。
キュっ!
バッシュがこすれる音が聞こえて。
「近藤」
静かな体育館に、
遠藤の声が響いた。
思わず肩が上がり立ち止まる。
でも…。
「お疲れ」
私は後ろを見ずにもう一度伝えた。
キュっ。
キュっキュっ、 キュっキュっ…。
私達のシューズの音が重なり合う。
「待ってよ近藤」
「…………」
私は歩みの速度を上げた。
「近藤!」
腕に触れられたから思わず。
「やめて」
振り払った。
そこは広い体育館のど真ん中─
「…………」
「…………」
西日が。
長く静かな影を作り出していた。
「何で避けんの?」
「別に避けてない…」
分かりきった嘘は。
「そうゆうの嫌だ」
嫌いな人だとは知っている。
「ごめん…」
色んな意味での謝罪が口をつく。
「何で?」
「…………」
「何で避ける?理由が知りたい」
そう訊かれるだろうとは分かっていたから。
こんな態度は取りたくなかった。
でも…。
「近藤?」
優しく呼ばないで欲しい。
「どしたんだよー」
茶化さないで欲しい。
「……………」
「……………」
諦めるなら今だから─
「近藤、」
初めて聴く、 遠藤のとても真剣な声。
「あの、さ」
遠藤の目が私をしっかり据えているのが分かる。
『あのさ』
発した言葉はふたり同じ。
『ぐーきゅるる…』
絶妙のタイミングで鳴った腹の虫の声の大きさも。
ふたり同じで…。
「…空気読め」
「お互い様」
体育バカの私達。
深刻な場面には弱いんだなと。
「ふ」
どちらからともなく笑った。
(携帯)
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