| 誰も居るはずのない事務所の4階の窓から、
薄明かりが漏れているのを歩道に立って見上げながら、
私は首をかしげた。
30分前に戸締まりをしてここを出た私が、 最後だったハズなのに。
あと一つ角を曲がれば自宅のマンションに辿り着くという所まで来て、 持ち帰るハズだった書類を忘れてきた事に気付き、
こうしてやむなくUターンして来たのだった。
電気の消し忘れ? いや、それはない。 去り際に運転席の窓から見上げた時は、確かに真っ暗だったのだ。
4Fの誰かが忘れ物を取りに来ているのだろうか。
昼間のランチの後、私の車で事務所に戻った所長は、 その足ですぐ出張に出かけて行った。 帰りは明後日だと言っていたから、所長ではない。
・・ははーーん。さてはすみれちゃんだな。
事務所を出る時に目に入った、 彼女のデスクの上に置き去りにされたピンクのポーチを思い出した。 あれはすみれちゃんがいつも持ち歩いている物だ。
入り口の鍵は掛かっているが、セキュリティが解除されている。 やはり誰かがいるようだ。
4Fの扉を開けて室内を覗くと、 ソファ上部の蛍光灯が一つ点灯していた。 窓から漏れていた灯りの正体はこれらしい。
「お疲れさまでーす」
声を掛けるが返事はない。
とりあえず自分のデスクへ行き、 書類を探しながら、
「えと、どこに入れたんだっけか」
なんて、わざと独り言を言ってみたりして。
だって、なんだか背中が寒い。
その時、
灯りの下で何かがムクッと起き上がった。
「ぎゃあ!!!」 色気のない私の叫び声がこだまする。
なななな、なに!どうしよう!?
・・ん??あ・・れ??
「アリ・・ス?」
そう、そこにはアリスが、
虚ろな目でぼぅっとソファで身を起こす、アリスがいた。
「あーーーーもぉ。。ビックリさせないでよ!」
一人興奮する私をよそに、 アリスは無表情のままだるそうに自分の首をさする。
「一体こんな時間に何してるの?」
ゆっくりと私の方に顔を向け、アリスが答える。
「・・寝ていた」
「そりゃ見れば分かるわよ。なんでここで寝てるの?仕事が無いなら帰ってちゃんと布団で寝なよ」 「・・(ぐぅ)」
「寝るなっ。ね、だから家帰んなよ」 「・・」
「帰れない理由があるの?」
しばし間を空けて、 それからアリスはハァっと小さく溜息をついた。
「待ち伏せしてたから」
「え?え??・・ストーカー?」 「絢のね。あの人私の顔見るといつも絡むんだ」
「絡むって、大丈夫なの?警察には?」 「そこまで危険ではない。と思う。絢の熱烈なファン、みたいなものかな。絢のお手つきのファン」
「お手つき・・か。女王の寵姫であるアリスは、側室の嫉妬の対象ってワケね」 「さぁ、何を考えてやってるのか分からない。疲れるよ」
本当に心底疲れ切ったような声を出したアリスは、 またもやソファに横になろうと体勢を整え出す。
「だからっ!こんなトコで寝るのやめなって。疲れとれないし不用心だよ。友達は?泊めて貰えるようなトコ無いの?」 「あるけど」
「けど?」 「今日はシタクナイ」
「え?何を??」
アリスは黙って私の目を見つめ返す。
シタクナイ。したくない。何を?
・・・あ。
そういうこと。そういうこと?
sexしなけりゃ泊めてくれないってワケ??
面食らった顔をしている私から目を反らし、 アリスは再びモゾモゾと寝に入る。
「だーーめだって!もぉ・・私のうち来なよ、ほら早く!支度して!」
アリスは躊躇う表情を見せた。
「何?遠慮なんか要らないわよ」 「sexしなくてイイの?」
「はぁ!?!?!?」
このヤツは、本気で言ってるのか!?
私は思いっきり眉間に皺を寄せて、 動こうとしないアリスの腕を、強引に引っ張った。
「そんなこと、するわけないでしょーが!さっさと来なさいよね、ばーーーか!!」
私に腕を引かれて、腰を上げながら、
「知ってるよ」 と、アリスは笑った。
・・・たく。冗談じゃないわよ。
本当、調子狂う。
触れた肌から、
速まった鼓動がアリスに伝わりはしないかと、
私は頬が赤くなるのを感じた。
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