| 「ルイ子?」 性行を終えてから20分程経ったろうか、 左頬を下にして横たわり、うとうとしていたところを、 暗闇から不意に名を呼ばれ、 私は思わず息を止めた。 行為の後は必ずと言っていいほど、 すぐさま死んだように眠るユニが、 こんな風に起きているなんて事は、 酷く珍しいからだ。 少なくとも私の覚えている限りでは、 これが初めてである。 「なぁに?」 声に背を向けたまま返事をしたが、 答えはすぐには返って来なかった。 「ユニ?」 暗闇の中、今度は彼を振り向いて呼んだ。 やはり返事は無いが、 呼吸の音と僅かに伺える横顔の動きで、 彼が眠っていない事を察知した。 「眠らないなんて、珍しいわね」 彼の頬に手を当てると、 瞬きをしたのか、睫毛が指に触れた。 「ルイ子、何を考えていたの?」 「何って・・眠りかけてたところだったわよ」 「sexの最中、何か考え事をしていたろう」 思いもかけないユニの言葉に、 私は思わず彼の肌から手を退いた。 「何を考えていたの、ルイ子」 二度、そう言われて、 私は一瞬固まってしまっていた思考を解き、記憶を遡る。 挿入されながら今夜、 私は何を考えていたのか。 思い当たるのは一つだけ。 アリスの事。 オルガズムに張り合って、 私の感情を二分に出来る存在なんて、 アリスの他には無い。 今夜の事は、はっきりとは覚えていないが、 恐らくいつものように、 ―――アリスは今頃眠っているのだろうか。 ―――またガーデンの夢に苦しんでいるのだろうか。 そんな風に呪文の如く、私は思惟していたのだろうと思う。 ただ、 ここ最近、性行中に思考が二分されるのには、 訳があるのだ。 以前はもっと、 ユニに心底集中していた。 集中せざるをえなかった。 なぜならそれだけ彼の行為は魅力的だったからだ。 では何故今、以前のようにいかないのか。 それは、ユニの技量が落ち込んだからではない。 ダイナに抱かれた夜が、あるからだ。 ベッドの上での彼女の技術は、 それはそれは、想像を超える素晴らしさだった。 あの感覚を知ってしまってからは、 ユニに抱かれながら、快感を感じる度に、 無意識的にダイナとの夜を感覚的に思い出し、 あの時の絶頂感と、今を、比較してしまう。 非常に虚しい事である。 そのような意味のない比較などすまいと、 意識をユニに集中させようとすればするほど、 私の中で動くユニの息遣いに、生臭さしか感じなくなる。 そんな匂いを振り払おうとすればするほど、 身体は絶頂に達してはいても、 心は別の空間に置き去りにされたような状態に陥るのだ。 私の心が特に目的を持たない時、 行き着く先は決まってアリスである。 それをユニに気付かせてはならないと、 最近私がベッドの上で過剰に振る舞っている事を、 何となく、自分でも気が付いてはいた。 それでもユニには悟られていないと、 何を根拠にか、都合良く考えていたのだが。 私の演技も意識も、どちらも甘かったのだろう。 そこまでフォローを突き詰める熱意も、正直無かった。 「黒猫クンの事しか、考えてなかったわよ」 と、私はユニに嘘を返したが、 そう言う以外に無いだろう。 返事は無いが沈黙から、 ユニが私の答えに満足していない事は伝わってくる。
こういうやりとりは、 面倒くさい。
ユニらしくない。 いつもならこんな時、 おどけたリアクションで私を笑わせてくれるのに。 キスでもしてこの嫌な雰囲気を打破しようか。 しかしそこから行為になだれ込むのはもっと勘弁して欲しい。 そう思った私は結局、
これ以上は何も言わない事に決め、 彼に背を向けて眠りに就く態勢を取った。 「何かを無理に聞き出したい訳じゃないよ」 黙った私の代わりに、ユニが口を開いた。 「ただ、僕に聞きたい事や聞いて欲しい事があるなら、話して欲しいんだ」 隣りにいるのは本当にユニなのだろうかと、 耳を疑わずにはいられない程、 予想外の台詞だった。 私が答えあぐねている内に、 「おやすみ」 と、ユニの方からこの会話に終止符を打った。 「おやすみ」と返せずにいた私は、 その後しばらく暗闇の中で目を開けて、 一体ユニの心境にどんな変化が起きているのだろうかと、
考えてみたが、 普段からろくに会話もしていないのだから、
半分眠りながらの浅い模索で答えを見つけられるはずもなく、
全体の感想として私は、 結局【面倒くさい】という印象しか抱けないまま、 いつのまにか眠りに就いた。
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