ビアンエッセイ♪

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■19676 / 親記事)  spring
  
□投稿者/ 春風 一般♪(1回)-(2007/08/08(Wed) 00:03:23)
    2007/08/08(Wed) 00:04:08 編集(投稿者)

    「くだらない」


    それが春の口癖だった


    物事を斜に見るきらいがあって、何事にも無関心。そんな風に見えて実は誰より深いことを考えている。
    春はそういう女だった。

    「どう生きようかと思って」

    だから、電話ごしに春のその言葉を聞いたときは、本当に驚いた。
    驚いて、「それ、どういうゲーム?」なんて間の抜けた台詞しか出てこなかった。

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■19677 / ResNo.1)  spring 1
□投稿者/ 春風 一般♪(2回)-(2007/08/08(Wed) 00:05:39)
    久しぶりに会った春は、少し痩せたみたいだった。

    「最近忙しくて。」

    開口一番、俺は遅刻の言い訳を口にする。俺が相手なら確実に気分を害している。

    「いいよ。気にしない。」「行こうか。」
    「うん。」

    並んで歩くと、周囲からの視線を感じる。女みたいに綺麗な顔をした男と、知的な雰囲気を持つ女。いつものことだが、俺は注目されるのが気持ち良くて、好きだった。春は、そんなことは気にしていないのかもしれない。

    「泉はさ、」
    「ん?」
    「黙ってればただの美少年なのにね。」

    残念だと言わんばかりのその口ぶりに、思わず口元が緩む。

    「何、喋ると女ってばれる?」
    決して高くはない声で尋ねる。意識して低い声を出しているうちにそうなったのだ。努力の結晶と言ったら大げさだろうか。

    春は首を左右に振った。

    「性別の問題じゃないの。性格の問題。」

    「…おい」

    笑いながら、これだから春はやめられない、と心底思った。

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■19679 / ResNo.2)  spring 2
□投稿者/ 春風 一般♪(3回)-(2007/08/08(Wed) 00:07:07)
    近くのコーヒーショップに入る。平日だからだろうか、客はまばらだ。レジ前には俺らと同じ20代前半くらいのカップルが一組。金を払う長身の男の横で、女が男の身体に触っている。女もなかなか背が高い。男はちょ、やめろよ、とか言いながらも嬉しそうだ。

    きもちわる。

    俺はあからさまにそういう顔をしていたのだろう。女と目が合った。睨まれたと言った方が正しいかもしれない。

    腹が立ったから、思い切り素敵に微笑んでやった。



    その様子を春が見ていたのか見ていなかったのかは知らない。
    「キャラメルフラペチーノね。」
    春は俺に告げるとすたすた店の奥に行ってしまった。奢れってか。




    「えーと、キャラメルフラペチーノ…2つ。」

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■19680 / ResNo.3)  spring 3
□投稿者/ 春風 一般♪(4回)-(2007/08/08(Wed) 00:08:28)
    一番奥の席に春はいた。薄暗い照明の下で、自分の手首をしきりに眺めている。

    「どうぞ、お嬢様。」
    「ありがと。」

    ツッコミ無しかよ、と一瞬思ったが、細かいことは気にしないことにする。よくあるパターンだ。

    「やっぱり同じのにした。」
    2つ並んだプラスチックのカップを見て、春がにやりと笑う。

    「やっぱりって何だよ。」

    「泉は優柔不断だから。」

    「そうだけど…」

    「決めてあげたの。」

    「お前が?」

    「私が。」

    「意味がわからない。」

    「わからなくていいよ。」

    春はカップの蓋を開けると、かき氷を食べるみたいにキャラメルフラペチーノを口に運んだ。

    煮えきらない気持ちのまま、俺もストローに口をつけた。

    「でさ、さっきのカップルの女。あれ男だよ。」

    俺は思わず吹いた。それから、盛大にむせた。

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■19681 / ResNo.4)  spring 4
□投稿者/ 春風 一般♪(5回)-(2007/08/08(Wed) 00:09:50)
    「で、何でわかったの?」

    「教えない。」

    「は?」

    「だけど男だよ。確実に。」

    「だから理由を述べろって。」

    「そんなに知りたかったら自分で見てくれば?」



    むかつく女だな、と思った。だけどこうも断言されると、本当にあの女が男であったような気がしてくるから不思議なものだ。あるいはこれは春のゲームなのかもしれない。どこまで俺を信じ込ませられるか、というゲーム。

    最近特にそんな気がしてならない。
    だけど俺は目をつぶる。
    春を失うのが、怖かった。

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■19682 / ResNo.5)  spring 5
□投稿者/ 春風 一般♪(6回)-(2007/08/08(Wed) 00:11:42)
    2人ほぼ同時にカップを空にすると、だらだらと居座ることもなく、俺たちは店を出た。なんて良心的な客なんだ。店はいつの間にか混み始めていた。

    あらかじめ行き先を決めないデートは、なかなかいいものだと思う。その時の思い付きで、行きたい所に行く。金は無くとも暇のある、大学生ならではだ。

    今日もまた、行き先を決めあぐねてドライブ。それだけで終わる日もあるが、それはそれでいい。

    こんな風に思えるようになったのは、きっと隣で前髪をなびかせている春の影響だ。

    車内にかかる音楽に合わせて、身体でリズムをとっている。その様子がなんともかわいらしくて、横目でチラチラ見やるものだから運転は不安定なことこの上ない。ちゃんと前見とけ!なんていつ怒られるかとヒヤヒヤしたが、そんな素振りも見せずに春はただ外の景色を目で追っていた。


    ──切ないけれど サイズ違いかな 君と僕の恋愛経験値



    「ね、サイズ違いかな?」不意に春が訊く。これは俺の好きな曲のサビだ。

    「そうかもね。」
    精一杯の皮肉を込めて、俺は答える。

    「ふうん。」

    それっきり、春は窓の方を向いたままだった。

    何を思っているのか、俺には分からない。


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■19683 / ResNo.6)  spring 6
□投稿者/ 春風 一般♪(7回)-(2007/08/08(Wed) 00:13:22)
    2007/08/08(Wed) 01:07:31 編集(投稿者)

    春は、

    彼女だからとか贔屓目じゃなくて、美人だ。当然、半年前に俺と付き合い始めるまでに色々あったことは、想像に難くない。だけど春は自分の過去を話したがらなかった。


    俺の方はといえば、幸いなことに容姿に恵まれたから、そりゃあ何かしらはあった。恐らく、人並み以上に。そしてそのどれもが本気だった。

    …だったはずなのに、終わりが来る頃には何もかもが遊びだったように思えてしまう。そういう恋愛を幾度も繰り返してきた。
    ──女とも、男とも。




    だから、春は俺以上なのか以下なのか、いつも気になって仕方がない。そんなこと関係ないって分かってはいるけれど、気にせずにはいられなかった。要するに俺は、幼稚な奴なんだ。

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■19684 / ResNo.7)  spring 7
□投稿者/ 春風 一般♪(8回)-(2007/08/08(Wed) 00:14:56)
    結局その日はCDショップに寄って好きなアーティストの新譜を見て、あの歌手は顔が変わっただとか、このCDの限定版を青山で見かけただとか、そんな話を延々として、帰った。エロいDVDを借りて帰ろうとしたら春に睨まれたから、次回に持ち越しだ。


    春のアパートの前に車を停めて、玄関まで、と俺も降りる。

    「ねえ春。」

    「なに?」

    「チューしよっか。」

    「キモい。却下。」



    春は俺のことをカッコイイと言ったことがない。そう来ると思ったよ。

    「キス。してよ。」
    今度は真剣に。精一杯真面目な顔をして言ってみる。多分、今の俺、相当かっこいい。


    「あのさ。


    したいならすればいいじゃん。」







    そうか。

    最近キスしてないと思ったら、俺が自分からしないからだったんだ。




    いつの間にか俺は春を抱き寄せていた。

    “知らぬ間に臆病になっていたんだ”

    どこかの誰かが言ったありきたりな言葉が、不意に思い浮かんだ。

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■19685 / ResNo.8)  spring 8
□投稿者/ 春風 一般♪(9回)-(2007/08/08(Wed) 00:17:15)
    春のアパートから車を走らせること20分弱、俺が自宅に着いた頃には23時を回っていた。
    悪いことしたな、と思った。春は今頃必死に勉強をしているだろうか。


    あいつは俺と違って頭がいいから。
    俺はシャワーも浴びずベッドに身を投げ出した。

    春は有名国立大学の法学部で、確か憲法について研究していると言った。憲法についての研究というのがどんなものなのか、俺には検討もつかない。ただ、きっと春は優秀な学生なんだろう。それだけはなんとなく、分かる。



    翌日、俺は7時に目を覚ます。やべ、遅刻だ。ちくしょう、ハタチにもなって朝練なんて。
    ブツブツ言いながらプラクティスシャツに頭を突っ込み、ヒュンメルのジャージに脚を通す。そのまま部屋を飛び出すと、自転車に飛び乗る。流れるような動きだ、と自分でもうっとりしてしまう。


    アホか。俺は。

    (携帯)
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■19686 / ResNo.9)  spring 9
□投稿者/ 春風 一般♪(10回)-(2007/08/08(Wed) 00:18:49)
    自転車をびゅんびゅん飛ばしていると、いつだったかの春との会話が思い出された。俺がまだ車を持っていなかった頃の話だ。


    「人のチャリって最強に漕ぎにくいよね。」

    「それはつまり、俺に漕げって言ってる?」

    「それはいい考え。」

    「最初からそのつもりで?」

    「ううん、最初は自転車さえ借りられればいいと思ってた。だけどやっぱりもう少し泉といたいから。」

    「うまいこと言うのな。」

    「それじゃあお願いします。」


    春の声はどこか弾んでいた。女はしたたかだと改めて思った日だった。春を後ろに乗せて、俺は駅前のドトールまで自転車を漕いだ。2人で乗るには少し頼りないママチャリは、滑るように坂を下っていった。


    『人のチャリって最強に漕ぎにくいよね』



    はて、春の自転車は俺のと同じ型だった気がするが。






    その日俺は、やっぱり朝練に遅刻した。
    7時に起きて7時からの朝練に間に合う確率は、ゼロパーセントだ。

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