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■20012 / 親記事)  あおい志乃からご挨拶
  
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(46回)-(2007/09/12(Wed) 22:01:52)
    “ALICE”のTreeが上限を超えましたので、
    改めて新規作成致しました。
    初めてこの作品にお目に掛かった方は、
    よろしかったら過去のページに戻って、
    是非第一話から“ALICE”をご覧になって下さい。
    Treeは他に2つあります。
    ・・2つもですか!?
    はい、そうなんです。申し訳ありません。。

    こんにちは。あおい志乃です。
    ご愛読ありがとうございます。

    素人の分際で、こんな長編になってしまい、心苦しい思いでございます。
    全体の構成に重要なストーリーのみをササッと書き進めれば良いものを、
    あまり主軸でない場面も、書き出してしまうと、
    余計な描写を長々と連ねてしまって、
    非常に無駄の多い作品になっているという現状でございます。

    この際、早送り感覚で構いませんので、
    完結したあかつきには、興味本位で目を通して頂ければと思います。


    季節の変わり目ですが、
    体調や気分をお崩しにならず、
    皆様が笑顔で穏やかな毎日を過ごされることをお祈りしております。





      あおい 志乃

引用返信/返信 削除キー/
■20013 / ResNo.1)  NO TITLE
□投稿者/ 世羅 一般♪(1回)-(2007/09/13(Thu) 00:12:28)
    楽しみにしてます
    ご自分のペースで頑張ってください

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20020 / ResNo.2)  ALICE 【66】
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(47回)-(2007/09/13(Thu) 02:07:10)
    ダイナが小さくいびきをかき出したので、


    私は身を起こした。




    腕時計に目をやるが、暗くてよく見えない。

    枕元の電子時計に縋ると、

    くっきりと光る文字で午前3時2分を表示している。





    交わっていた時間は約3時間にも及んだらしい。


    前回は失神に近い絶頂の後に眠りに堕ちた為、

    時間は定かではないが、

    今日と同じだけの長さには及んでいただろう。





    彼女は私の体にある山や谷、

    河や洞窟、


    ありとあらゆる地形を探り、探し当て、見つめて触れて、

    目と指と舌先で舐め尽くし、



    今夜も先夜も、

    私は同性の手によって自分の体に見いだされる新たな性感帯を数え上げる事が出来ないでいた。







    ただ私の体を悦ばせる為に、全身全霊を尽くしたダイナの体は、

    海底で死んだように眠る船のように、

    ベッドに沈んでいる。




    音を立てないようシーツから身体を順に抜き、

    周りに散乱した自分の下着やスカートを裸足で拾い集める。


    ダイナの衣服も拾い上げ、

    ベッドの端に掛けたが、



    流れるようにそこに横たわる黒いサテンの生地を見下ろし、

    私は動きを止めた。




    ―――何か、おかしい。


    ―――何か、甘すぎる。




    甘いって、何がよ。



    自分でも一瞬、訳が分からなかった。




    だがすぐにその違和感の正体を掴んだ。


    それは別に大したことではなくて。


    ただ、

    ダイナの衣服をベッドに掛けた私の行為が、


    というより、


    今から数時間後、

    ダイナが目覚め、

    私のその気遣い(と呼べる程の事でもないが)を目にした時に、



    彼女の心とこの部屋に充満するであろう空気が、




    甘すぎる。





    私は、

    ダイナとの淫らな関係を美化したくなど無い。



    私とダイナは、

    恋人などではないのだ。





    少し躊躇ったが、


    私はやはり、ダイナの衣服をもう一度床に散らした。





    私に奉仕し尽くし眠るダイナが、

    水がタイルを打つ微かな音で目を覚ますとは思えなかったが、


    念のため、シャワーを浴びることはせず、

    私は乱れた匂いの漂う部屋を出た。




    フロント係の礼節正しい笑顔とお辞儀で見送られ、


    ホテルから一歩外に出ると、




    熱帯夜の風とはこれほどだったろうかと思うほど、

    私の火照った体に吹き付ける南風が、

    湿りを帯びていて不快だった。




    風下の街で眠る人々の夢に、

    不埒な私の裸体が映し出されてしまうのではないかと、


    そんな妙な不安が湧き出す。





    やはり部屋でシャワーを浴びてくればよかった。





    そんな後悔が浮かんだ時、





    タクシーが私の前で停車した。
引用返信/返信 削除キー/
■20021 / ResNo.3)  ◆世羅さんへ
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(48回)-(2007/09/13(Thu) 02:09:42)
    早速の応援メッセージありがとうございます。
    やる気が高まりますね♪

    朝晩冷えますが、
    お風邪を召されませんよう、
    お気を付け下さいませ。
引用返信/返信 削除キー/
■20025 / ResNo.4)  お久しぶりです。
□投稿者/ 凌 一般♪(1回)-(2007/09/13(Thu) 16:58:39)
    2つめのTreeの完成3つめのTreeの始まり、僕にはおめでたいことです。

    おめでとうございます。

    そしてこれからも聞かせて下さい。

    真っ白なノートに落書きするようなレスしてすみませんでした(笑)

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20035 / ResNo.5)  ◆凌さんへ
□投稿者/ あおい志乃 ちょと常連(50回)-(2007/09/16(Sun) 02:47:58)
    そんな風に言って頂けると、
    心がすっと軽くなります。

    キーボードを打つ指も、軽くなると良いんですけどね。


    お久しぶりです。
    お元気でしたか。

    熱かったり寒かったり、
    この頃は変なお天気ですね。
引用返信/返信 削除キー/
■20037 / ResNo.6)  ALICE 【67】
□投稿者/ あおい志乃 ちょと常連(52回)-(2007/09/16(Sun) 02:52:09)
    シャワーだけでは満足出来ず、


    バスタブに熱めの湯を張って、深く身を沈めると、


    全身から灰汁が抜け出していくような感覚に襲われた。



    瞼を閉じると、

    箒に乗った魔女のイラストが点滅する。


    今にも謎解きを始めようとする左脳を私は制する。



    一度考え出せば止まらなくなりそうだ。

    のぼせて鼻血を出す訳にはいかない。


    入浴を済ませたらリビングに行って、

    まずエスプレッソを炒れよう。

    濃いめの。


    それからソファに深く腰掛けて、

    一口それを飲んでから、


    そしてパズルを解こう。




    早まる気持ちを抑える為に、神経質な計画を立てた私は、

    バスタブから出て冷水のシャワーをサッと浴びた。



    ノーブラにロングTシャツ、

    下にはショーツのみを着け、


    スポーツタオルで髪を拭きながらリビングの扉を引いた私は、

    ぱらっと一束垂れて目に掛かった前髪を払おうと目線を上げて、



    ゾッとした。



    予め付けておいた冷房の空気がTシャツの下に流れ込んで、

    腰の産毛を揺らしたからではない。



    ユニが、


    室内灯も付けずにそこに立っていたからだ。




    マネキンのように無機質な表情をした彼は、


    停電時にも点灯し続ける、

    小さなダウンライトの薄い青い光に左半身だけを照らされていた。



    知人に貰ってからろくに世話をしていないのに、

    勝手に成長して今では通常のサイズを大幅に上回る背丈になったパキラの葉を、


    ユニは退屈そうに指で弾き、


    それからゆっくりこちらを向いて、



    「おかえり」



    と、私を睨んだ。




    上がった口角を見る限り、

    実際にはユニは私に笑いかけているようだ。



    それでも陰になっている彼の顔半分には、

    きっと憎悪の色が滲んでいて、

    指先を通して緑の葉に死を注いでいるのだと、



    私は何故かそんな妄想をした。




    「ただいま。起こしちゃったかな、猫クン」


    後ろ手に扉を閉め、ユニの方を向いたまま、

    私は手探りで、シーリングライトの壁のスイッチを押した。




    パッと明るくなった室内に立っていたのは、

    いつもの人懐こい笑みを浮かべたユニだった。



    彼の口角は右も左も、

    ヴェネチアの水路を泳ぐゴンドラのシルエットのように、

    ニッコリと上がっている。





    質問には答えずに歩いて来たユニは、

    両手で私の頬を挟み込み、


    おでこに口づけた。




    こんな時、


    普段の私なら腕をユニのうなじの上で絡ませ、

    顎を上げて唇に蜜を催促するのだが、


    今は、そうせず、ただ立ちつくしていた。



    ダイナとのsexは気が狂うほどの満足感を私の体の隅々にもたらすが、

    与えられる疲労感も、

    それに比例していて、並大抵の重さではないのだ。



    今からユニの相手をする事は苦痛でしかない。


    そして何より私はこれから、

    ジグソーパズルに取りかからねばならないのだ。




    だが私の願いとは裏腹に、

    ユニは唇を下へ移動させた。


    私の上下の前歯の間へ、

    彼の長い舌が差し込まれるのと同時に、

    下着の中にも指が侵入してくる。




    「ユニ、待っ・・」


    唇を離してもすぐにまた塞がれる。



    じゃれているのだと勘違いさせないよう、

    私は力を込めて、ユニの肩を押した。



    「ごめん。疲れてるの。凄く」


    そう言葉に出して、

    私は気が付いた。


    こんな風に行為を中断するのは、

    ユニと暮らし出してから、これが初めてだという事にだ。




    ユニは私の下着から手を引き抜き、

    しばらく惚けたような表情で私の瞳や唇を眺めていたが、


    やがて目を反らし背を向けて、

    元居たパキラの鉢の隣へ静かに歩いて行った。





    自由に抱ける関係にある女に拒絶された場合の男の行動は、

    大きく分けて3パターンだと私は経験から踏んでいた。



    この世の終わりとばかりにしょぼくれて、こちらが妥協の姿勢を見せてもへそを曲げたままでいる男、


    何が何でも欲求を満たそうとする男、
    (この場合は怒り出すか甘え出すかのどちらか)


    それから、


    平静にあっさりと引き下がる男。
    (本気で気にしていないのか、それともプライドの為に装っているだけかはこの際問題にはしない)




    さてこの猫はどのパターンに属するのだろうかと、



    Tシャツの生地の上からでもなぞるように分かる、

    彼の美しい背中を見つめながら、




    私は出し抜けに興味が沸いた。

引用返信/返信 削除キー/
■20040 / ResNo.7)  ALICE 【68】
□投稿者/ あおい志乃 ちょと常連(54回)-(2007/09/16(Sun) 03:49:32)
    「僕が」



    成人男子にしては少し高めのユニの声が、

    冷えた室内に響く。




    「僕が何を好きで、何を嫌いか、知ってる?」




    こういう唐突な会話の始め方は、

    ユニには珍しくない事だ。


    この猫はパターン3だったのだろうかと考えながら、

    私は質問の答えも合わせて探し出す。




    久方ぶりの我が家へ、ユニによって迎え入れられた晩、

    私達はハンガリー以来のお互いの体を丸24時間かけて貪り合った。


    汗腺に詰まった長旅の疲労と、

    全身の毛穴から吸い込んだ懐かしい故国の空気が混ざり合ったような気だるさに支配された私は、


    絶頂に達する度に曇天のような眠気に襲われて、



    ユニと共に眠っては交わり、また眠っては交わり、

    寝室は性欲と睡眠欲で荒れ狂う海と化した。



    十何回目かの航海を終えて、

    また眠りの世界へと堕ちていく途中で私は、


    「本当に貴方をここに住まわせて良いのかしら。本当に私は貴方の事を何も知らないのに」


    と、自分自身に問うように呟いた。



    「互いに好きだという気持ちと、あとは食べ物の好みさえ知っていれば、他は何も知らなくたっていいさ」




    ユニのその言葉でようやく私は、

    いや私達は、

    人間には性欲と睡眠欲の他に、

    もう一つ大切な欲があったのを胃の底から思い出し、



    野菜室にあった水晶文旦、南水梨、日向夏などの果実をベッドに持ち込んで、

    果汁をシーツと互いの体に垂らしながら、

    笑いながら、


    競い合うように食したのだ。




    互いの歯の隙間を、甘い水分が通過する飛沫のような音を聞きながら、

    何とも言えない幸福感に包まれたのを覚えている。






    その時の気持ちをじわりと胸に再現しながら、私は答えた。


    「ユニは、マグロの赤身と、グラタンと、ダージリンと、それから私の事が好き」




    パキラの幹を撫でながら、

    「正解」

    とユニが言う。



    少しの沈黙が流れ、

    入り口で立ちつくしたままで居る状況に私が心地悪さを感じ始めた時、


    「それじゃあ僕が嫌いな物は何?」


    と、ユニが訊いた。




    一体これは何のゲームだろう。


    彼の意図する事は分からないが、

    とりあえず私は、

    いつだったかイタリアンレストランで彼が食べ残した赤い野菜の名前を言う。


    「ミニトマト」


    「正解。よく覚えてたね」


    ユニが笑う。

    私もつられて笑う。



    「ミニトマトは、本当に僕、食べられないんだよ」

    ユニが、すまなさそうに笑う。




    “そう、それで何が言いたいの?” と言いかけた時、


    「僕が嫌いなものが、もう一つある」


    と、笑ったままでユニが言った。




    “椎茸?アスパラ?キュウリ?何でもいいけどだから何が言いたいの?”


    と、言いかけたその時。













    「他の雄猫の匂いを外で洗い落としてくる気遣いのない女」












    その台詞がユニの口から放たれたと同時に、パキラの葉が一枚、

    彼の長い指でむしり折られた。




    一語一句が私の頭の中で反芻し出したが、

    それでも私の心にはまだ言葉の意味が到達せず、


    ただパキラの悲鳴が耳の奥で木霊していた。




    「他の雄猫とヤルだけヤッて、性欲と体力を根こそぎ奪われて、しかもそれを隠す気遣いのない女」








    若い葉がもう一枚、悲鳴を上げた。
引用返信/返信 削除キー/
■20064 / ResNo.8)  ALICE 【69】
□投稿者/ あおい志乃 ちょと常連(55回)-(2007/09/22(Sat) 02:57:33)
    胸に刺さるような、鋭く、

    だけどとても肉厚な生温さをも感じさせるその音を聞いた瞬間、


    私の脳が働き出し、

    ユニの言葉の意味を頭が呑み込み始める。





    感想は、




    ―――まさか




    の一言。



    まさか、

    ユニの口からこんな言葉が語られようとは。




    彼の口は、

    美味しい物を食べ、『美味しい』と言い、

    美しい物を見て、『美しい』と言い、


    それから私にキスをして、

    体中を愛撫し、

    『好きだよルイ子』と言う為、


    ただそれだけの為に存在していると、



    思っていた。






    今、目の前に立つ男が、


    急に見知らぬ人間のように感じられて、



    私の背中を再び悪寒が走る。




    灯りを付ける前に薄暗がりの中で感じた、

    ユニの半身に潜む憎悪の影は、


    幻ではなかったのかも知れない。




    絶句したまま立ちつくす私の横を影のように音もなく通り過ぎ、


    ユニはリビングから出て行った。








    このままこの家から出て行って、

    二度と戻っては来ないのかも知れないという予感がしたが、


    聞こえてきたのは玄関ではなく寝室の扉を開閉する音だった。





    その音を聞くのを皮切りに、

    蝋のように鈍く凝固していた五感が溶け出す。


    ブーンという冷蔵庫の排熱ファンの音が耳に届く。




    気が付けば、

    アリスの事で占められていた頭の半分が、

    ユニの存在に変わっていた。



    一体、どうしたというのだろう。




    私達は今まで、

    干渉や嫉妬とは全く無縁の関係を築いてきていた。


    互いの過去にも未来にも執着は無く、

    今夜家に帰って来るのかどうかさえ、確認しない二人だったのだ。


    特にユニの方は携帯電話さえ持っておらず、

    その為私にとって外出中のユニは常に行方知れずだった。


    他の女と寝ているかもしれないし、

    そうでないかもしれなかった。


    深く考えた事が、無かった。




    それはユニも同じだったはずだ。


    今までも、連絡無しで深夜に帰宅したことは何度かあった。

    が、彼は気に掛けるそぶりもしなかった。



    タイミングが合わず、

    慰安旅行の事を知らせないまま、黙って一泊して帰った日も、

    玄関の扉を開けた私にユニは抱きついて、顔中にキスをして、


    それから土産に買った旅行バッグの底に入っているのを、
    嗅覚でサーチしたのか、

    ガサゴソと中を漁って掘り当て、

    嬉しそうに菓子折り箱の包装紙を破り始めた。



    あの時のユニの鼻歌を、

    演技の産物だと感じるならよほどのひねくれ者だ。




    とにかく、


    私達の間に余計な干渉や追求はあってはならず、

    そういう類のものから自由でいることを、

    二人は望んでいたはずだった。



    しかし、どうやらユニは変わってしまったらしい。


    精神的にも肉体的にも他人から自由でいる事を、
    最大の美徳だとする関係にとって、

    ユニの先刻のような言動は、
    維持管理には致命的だといえる。


    一体、どうしたというのだろう。



    私が度を超して無神経すぎたのだろうか。



    それとも彼は、

    私達の形をもっと別のモノに変えたがっているのだろうか。



    例えばそれは、もっと現実味のある、

    もっと生活感の漂う、


    例えば『結婚』であるとか。





    結婚―――


    ありふれた熟語。



    だけど私には、聞き慣れない外国の言葉のように遠い。




    結婚、は考え過ぎかも知れないが、

    もっと一般的な恋人のように、

    嫉妬で愛情を測り合うような、
    家族ぐるみで付き合うような、

    そんな関係に多少なりともユニは憧れを抱き始めたのかも知れない。


    日本という安泰国家に飼い慣らされたのか。



    もしそうだとしたら、

    私は彼のその欲求を受け止めることが出来るのだろうか。




    答えがどうあれ、

    ユニのことが好きなら、私は今、寝室にいる彼の元へ向かうべきなのだろう。



    重い溜息をついて、ドアレバーに手を掛けたその時、




    扉の向こうから、

    ウィーンという機械音が、極小のボリュームで私の耳に届いた。


    その音は一定の間隔を置いて規則的に鳴っている。





    なんとなく独り言を言いたくなった私は、


    頭の中では、“何だろう” と思っていたにも関わらず、

    実際口から呟いたのは、



    「誰だろう」




    という、


    ちぐはぐな疑問語だった。
引用返信/返信 削除キー/
■20065 / ResNo.9)  ALICE 【70】
□投稿者/ あおい志乃 ちょと常連(56回)-(2007/09/22(Sat) 03:25:21)
    だが、そう言って私はハッとした。




    ―――携帯電話



    この機械音は、着信のバイブ音だ。



    脱衣所に置きっぱなしにしてあるハズのそれに向かって、

    スリッパをパタパタと鳴らして走りながら、


    ダイナかもしれないと、少し気分が重くなる。




    予想される内容といえば、


    黙って帰った事への文句か、

    次はいつ会うか、という取り決めか、


    残る一つが、



    今宵の淫戯の復習。



    私がどんな声を上げたか、どんな表情をしたか、

    そんな事をサディスティックに、甘ったるさも交えた言葉で語るのを、


    長々と聞かされるなんて堪えられない。




    乾燥機の上で小刻みに震え、

    僅かに移動している携帯電話を半歩手前で眺めながら、

    寝たつもりで無視してしまおうと、思った。




    それ以上近付いて行かないまま、

    怖いモノ見たさと似たような感覚で、

    携帯電話のサブディスプレイを薄目で伺ってみる。



    青い背景に白く光る小さなフォントは3つ。

    少ない画数から、それがカタカナの羅列であると予測出来る。



    やはり、ダイナか―――


    と、溜息をつきそうになったその時、




    目を反らす直前に、

    私の脳がディスプレイに並ぶ3つの内、真ん中の文字を認識した。






    ――― リ




    リ ??




    猫じゃらしにじゃれつく猫のような素早さで、

    私は携帯を誰からでも無く乾燥機の上から引ったくった。




    光る文字は、



    【 アリス 】



    アリス!!!!







    「はい!!はい!!!!」


    受話ボタンを押すか押さないかの内に、

    私は電話を耳に当てて叫んだ。




     −・・どうしたの?−




    それは紛れもなく、アリスの声。




    「どうしたのって、アリスこそどうしたの」


     −あんまり大きな声出すから−


    「ごめん、切れちゃうかと思って。それで、どうしたの?」


     −ん・・−





    もう一度、今度はもっと優しい声で、どうしたのと訊こうとした時、




    −借りたままだった服、を、持って来た−



    妙にたどたどしい答えが返ってきた。



    「え?ああ、前の・・え?持って来たって、今どこにいるの?」


     −ん。毒々しいサボテン−


    ・・・


    「あぁ!下?下にいるの今?」


    私のマンションのエントランスホールには、
    本当に毒々しい巨大なサボテンがあるのだ。

    『居る』と言った方がしっくりくるくらい、存在感があるサボテン。


    アリスはまた、「ん」とだけ言って沈黙する。


    「ロック解除するから、上がっておいで。チャイム鳴らさないで、勝手に開ければいいから」


     −分かった−





    通話を終えて、メイン画面の時計表示を見ると、

    時刻は【4:25】。


    服の返却の為だけに、こんな時間に訪ねて来るのはおかしい。


    ダイナに拉致されそうになった時のように、
    変なことに巻き込まれていなきゃいいが。


    ドアチェーンを外しながらそう考えて、
    私はハッとした。


    ダイナの一緒に居た形跡が、何処かに残っていないだろうか。


    身体に染みついた香水の匂いはバスタブで抜いたし、服も替えた。

    しかし、念には念をだ。


    私は脱衣所まで戻り、

    網籠に脱ぎ捨ててあった服を一式、
    洗濯機の中へ放り込み、

    フタを閉めた。




    その時、


    玄関扉の開閉音が耳に届いた。


    出て行くと、


    ノースリーブのシンプルな綿のワンピースを着て、
    左耳の下辺りで髪を一つに横束ねしたアリスが、

    いつもよりもやや白い顔で立っていた。



    左腕に、クリーニングのビニールに包まれた衣類を何着か、

    真ん中で折り掛けている。


    その中に、私のスエットの生地が混ざっているのが見えた。


    クリーニング屋の主人は、
    ところどころに毛玉のあるスエットを、どんな思いでプレスしたのだろうか。

    私だったら、毛玉を増やしてやろうかと、むかついたかもしれない。




    「こんばんは」


    と私が挨拶すると、アリスはじっと私を見つめて、

    それから言った。


    「それって、下は何も着けていないの?」









    しまった。


    私は自分の今の格好が、とても人を出迎える装いでは無い事を思い出した。



    洗濯機に放り込むその前に、一枚履くべきだったのだ。



    「バカな事言わないで、下着は着けてる!先にリビング行ってて」



    耳が熱くなるのを感じながら慌ててそう言い残し、


    私は部屋着を取りに寝室へ逃げ込んだ。
引用返信/返信 削除キー/

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