| 私にとって憧憬とは、超えたくても超えられない境界線だった。
あんな風になりたい… 誰でも一度は同性に憧れたことがあるだろう。 部活の先輩、学校の先生に職場の上司。 きっかけは何でも良い。 大切なのは、それがどれだけ強い気持ちなのか。 『憧れは所詮憧れでしかない』 誰かがそう言っていた。 でも、私はそうは思わない。 だって、あの人を意識するまでそう時間はかからなかったから。 憧れと恋慕の境界線。 …曖昧なグレーゾーンがあまりにも広すぎる
それは、連日傘をさす梅雨の六月のことだった。 生まれて初めてお嬢様学校に入学して早二ヶ月あまりが過ぎ、 和沙もようやくこの女子校独特の雰囲気に慣れつつあった。 現役生徒会長による異例の生徒会候補生の大抜擢により、 和沙は相変わらず生徒会に通う日々を続けていた。
「良いわね〜。澤崎さんは」 なんて、うっとりした様子で心底羨ましそうな表情をする クラスメイトの西嶋さん。 もう手伝いを始めてから結構経つのに、未だに彼女は羨ましいようだ。 そんな話を振られた和沙はげっそりしながら、 「何なら変わろうか?」 と言いたいのをすんでのところで我慢していた。
一方、同じく羨望の眼差しを向けられたもう一人の片割れはというと… もぐもぐもぐ… だったらどうした?と言わんばかりの顔をして 食べかけのメロンパンを思いっきり頬張っていた。 低血圧だという希実は、朝食を食べてこないで こうやって登校してから自分の席で食べるということが珍しくない。
「だから、朝はちゃんと家で食べなって…」 そう呆れながら笑うのは、二階堂菜帆さん。 彼女は百合園高校の副会長である二階堂斎の実妹である。 学級委員長を務める彼女は、お姉さんとは違って おしとやかで慎ましい…姉本人に向かってはとても言えないけれど。 菜帆は中学からの持ち上がりらしいが、 最近は和沙や希実らとよく一緒に居ることが多い。
入学当初には友達ができるか不安でいっぱいの和沙だったが、 今となっては要らぬ心配だったようだ。 もともと賑やかなのは嫌いではないため、 和沙はこの状況をけっこう気に入っていた。
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