| 私がこのホスピスで働くようになってから、もう5年が経った。 当然の事であるが、ホスピスを退院していく者はいない。 最近になって、私は5年間も笑顔で退院していく患者を見ていない事に気が付いた。
そんな気付きたくなかった事に気が付いてしまった矢先…
「多村さん、あそこの大学病院からまた『新入りさん』が来るんだってさ。」
同僚の看護師にそんな事を聞かされて、私は眉を潜める。
「…その『新入りさん』が、大学病院で働く事に飽きて、これからこのホスピスの勤務員として働くっていうなら、嬉しいんだけど。」
「残念ながら、大学病院に飽きた『新入りさん』ではないんだけどね〜…」
そういう事ならまた一人、ここのホスピスで生涯を終える人が増えたということだ。 ホスピスで働く事を決めたのは他の誰でもない自分なのに、『新入りさん』の報告をうける事に未だ慣れられないのは、ここで働いている勤務員の中で私だけだろうか? 今では何故自分がホスピスで働こうと思ったのかさえ思い出せない。それなのにズルズルとここにいつづける自分が、たまによく分からなくなる。 あー…ナースコールが鳴ってる、と独り言を言いながら席を立った同僚をちらりと一瞥すると、私は聞こえないように小さくため息をついた。
数日後…
新入りさんこと三国夏希さん(27)を受け持つ事になったのは、私だった。
「こんにちは三国さん。本日から三国さんを受け持つ事になりました、看護師の多村瑛子です。よろしくお願いします。」
「看護師の多村さんですね?よろしくお願いします。」
三国さんは丁寧に深々と頭を下げる。
「今どこか具合が悪いところとか、ないですか?お願いしたい事があるとか…何かないですか?」
「体調の方は落ち着いてます。…お願いしたい事、ですか?うーん…何でもいいんですか?」
「何でもいいですが、私が出来る事にして下さい(笑)」
私が微笑むと、彼女も肩に入っていた力が抜けたのか表情を和らげた。
「じゃあ看護師さん、私を毎日散歩に連れていって下さい。」
それが、彼女が私にした1番最初のお願いだった。
(携帯)
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