ビアンエッセイ♪

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■2118 / ResNo.10)  ─突然Feeling
  
□投稿者/ 秋 ちょと常連(70回)-(2004/07/26(Mon) 16:50:47)
    家庭の事情というやつで、あたしは高校一年の一学期を終えると、そんな中途半端な時期に転校する羽目になった。
    転校先の女子高には寮があって、特に強制ではなかったけれど、これまた家庭の事情というやつであたしはここに入る事になった。
    本来ならば二学期から通うはずのこの学校。
    少しでも早く慣れた方がいいだろうという有難迷惑な心遣いのお陰で、あたしは夏休みに入ったらすぐに寮入りするよう宣告された。
    この寮は、何でも三年以外は相部屋が原則らしくて。
    人数の関係でたまたま二人部屋を一人で使用していた同学年の結城さんという人があたしの同居人として紹介された。
    顔だけはやたら整ったこの結城さん。
    彼女は何とも無気力で、新入りの面倒を見るばかりか放任主義もいいとこだ。
    「食堂の利用時間って何時から何時まで?」
    と尋ねれば、
    「寮長に訊けば教えてくれるよー」
    と答えるし、
    「お風呂場ってどこにあるの?」
    また尋ねると、
    「廊下出ればわかるんじゃない?」
    と、こんな調子。
    あたしもね?ちょっとは寮生活に夢とか希望とか憧れがあったわけ。
    一人部屋がいいなぁとか、相部屋はやだなぁとか、共同生活なんて柄じゃないよとか思っていても、同室の子はどんな子だろうとか、さ。やっぱり少しそんな生活にわくわくしていた。
    だけどねぇ…。
    何せルームメイトは超マイペース。
    お互いに干渉しないというか、むしろ無関心?
    完全に我関せずのスタイルを地で行って、多分あたしの存在なんて気に留めていない。
    きっと彼女は誰かの気配がするだけで、未だに一人部屋と同じ感覚でいるんだろう。
    よほどの事がない限りこの部屋割りで三年生まで過ごすらしいから、あたしだって歩み寄ろうとはしたんだよ?

    「結城さーん、ご飯食べに行こ」
    「まだいいや。パス」

    「ねぇ、結城さん。そろそろお風呂入りに行かない?」
    「行けば?」

    ……ね?
    入寮したてのあたしに全く構う素振りを見せない事といい、マイペースもいいとこでしょう?
    あたしはこれからここで生活していけるのかと、一抹の不安を覚えざるを得なかった。


    「おはよー、佐伯さん」
    「あ、おはよ」
    「今日はパン食だって」
    「そうなの?良かったぁ…こんな暑いと朝からご飯なんて食べられないもん」
    「言えてるー」
    それでも一週間を過ぎた頃にはこうして普通に話し掛けてくれる友人は出来た。
    既に夏休みに入っていたから、寮生とはすんなり顔合わせを済ませられたし。
    寮長はとても親切にここでの決まりを教えてくれて、元々人見知りをする方じゃないあたしはすんなりと順応。何となく勝手はわかった。
    「それにしても、ほとんどの人は同室の子とご飯食べに来るのに佐伯さんは違うね」
    トレーに朝食を乗せ、席につくとさっちゃんが口を開いた。
    「さっちゃんこそ」
    あたしはトーストにバターを塗りながら答える。
    「朝だけよ。私の同室の子、朝弱くて起きないの」
    思い出したようにくすりと笑うさっちゃん。
    「佐伯さんの同室の子も朝が駄目とか?でも夕飯も一緒じゃないよね」
    「あー…」
    どう言っていいものかと、あたしはあははと曖昧に笑ってみせた。
    「誰と同室だっけ?」
    「ゆーきさん」
    トーストを一口サイズにちぎって、含む。
    あたしの言葉にさっちゃんは、成程、と言う顔であたしを見た。
    「結城さんかぁ。それなら納得」
    ふふっと笑う。
    「苦労するでしょ」
    「やっぱりそう思う?」
    「うん、あの人やる気ないでしょー。一緒に寮生活して三ヵ月経つけど、いまいち掴み所がないんだよねぇ」
    クラスが違うから学校ではどうか知らないけど、とサラダのプチトマトをフォークで刺して目の前でくるくる回すさっちゃん。それをぱくりと口に放った。
    「何か相部屋なのに一人の気分」
    「うーん…マイペースな人だからね。何考えてるのかわからないし」
    顔だけは綺麗なのにね、そう言ってさっちゃんはまたあははと笑った。
    「寮の事で困った事があったら私に言って?一年だけど少しは教えられると思うし」
    ね?と、人懐っこい笑顔を向けるさっちゃんと、今も部屋でぐうたらしてるんだろう結城さんが重なって、今からでも部屋を換えられないかなぁなんて思いが本気で頭を掠めた。


    それにしても結城さん。
    本当に彼女がわからない。
    未だにあたしは、この不可解な同居人とまともに言葉を交わした事がなかった。
    入寮してしばらく経つ。
    寮生活にも少しだけど慣れてきた。
    けれど結城さんには全然慣れない。
    コミュニケーションを取ろうって気が、あの人には根本的に見られないから。
    半ば諦めつつも日々を過ごすあたし。
    でも…何だかおかしいんだよ。
    部屋でぼーっと雑誌を眺めてるとふと感じる視線。そちらを見やると視線の主は結城さん。特に何か言うわけでもなくただあたしをじっと見ているだけだから、あたしの頭は疑問符だらけ。
    またある時も、机に向かって一生懸命夏休みの課題に取り掛かっていると背中に感じる誰かの視線。振り返るとやっぱりそれも結城さん。
    食堂でも談話室でも寮の裏庭でだって、大抵視線を感じるとそれは結城さんのものだった。
    なんなんだろう?
    最近よくあたしの事を見ているけれど。
    自惚れじゃない程にそれは頻繁なものだから。
    確信している。
    結城さんはあたしを見ている、と。
    けれど、わからない。
    その理由が。
    ……本当に彼女の事がわからない。
    『いまいち掴み所がないんだよねぇ』
    ちょっと前にそう言ったさっちゃんの言葉にうんうんと頷く。
    考えてる事わかんないもんねぇ。
    だったら考えるだけ無駄なのかなぁ…?
    やはり今日も入浴はばらばらで。共同浴場から戻ってきたあたしは、ベッドに仰向けになって読書に没頭している結城さんをちらっと見ながらそんな事を考えた。
    あたしが部屋に帰って来ても「おかえり」の一言も掛けやしない。
    まったくの知らん顔。
    そんな彼女の態度に慣れたとは言え、ちょっとだけむっとして。
    肩に掛けたままのタオルでわしゃわしゃと髪を拭く。
    そして彼女に背を向ける形でどかっと床に座ると、あたしは雑誌を見開きその上で爪を切り出した。
    ぱちん、ぱちん、と。
    沈黙の空間にあたしの爪が切り出される音だけが広がる。
    何にも気にしない結城さん。
    何にもお構いなしの結城さん。
    何故だか今日はひどく苛立つ。
    ぱちん、ぱちん。
    大体ねぇ、普段は無関心で素っ気ないくせに、いらない時ばっか人の事見て─────…?
    はっとする。
    え?と思った。
    もしかして?と思った。
    その、少しばかり恐い可能性に気付いてしまったあたしは無意識に言葉にしていた。
    彼女に背を向けたまま。
    ぱちり、と、足の指の爪を切りながら。
    「ゆーきさん」
    「んー?」
    「あのさ」
    「うん」
    「時々さ」
    「うん」
    「あたしを見てるよね」
    「うん」
    「もしかしてさ」
    「うん」
    「あたしの事好きなの?」
    「うん」
    「それってさ」
    「うん」
    「友達として?」
    「ううん」
    「それじゃ違う意味で?」
    「うん」
    「へぇー……」
    ぱちり。
    そっか、そっか、好きなのか。……………………………………………………………………って、違ーう!
    確かに好きだと聞きましたが?確かにうんって答えましたが?
    でも違うでしょ!?
    淡々としすぎでしょ!?
    あたしの問いに動揺も驚きも何にも感じさせない声色で。
    しれっと答えた。
    背中越しに感じる気配はぱらりと紙がめくられるあの音だけで。
    きっと結城さんはあたしの言葉に驚いてがばっと跳ね起きるどころか、微動だにせず、読んでいる本のページをぱらぱらとめくる片手間で、あたしに答えていたんだろう。
    生返事?生返事ですか?
    かーっと頭に血が上ったあたしは爪を切る手を止めて立ち上がると、ずんずんと結城さんが横たわるベッドの脇まで進んでいった。
    それでも彼女は何の反応も示さないから、勢いに任せて結城さんの本を取り上げる。すると、ようやく目だけをあたしに向けた。
    「好き、って言った?」
    「うん」
    だからそれが軽いんだ!
    どこまでも。どこまでもゆるゆるな結城さん。
    あたしは彼女の胸倉を掴むと、ぐいっと自分の方に引っ張って強引に起き上がらせた。
    「どういう意味で?」
    顔を覗き込んで、言う。
    結城さんはその端正な顔立ちをやる気なく歪めて、あからさまに、めんどくせーなー、って顔をしていた。
    「耳をほじるなー!」
    小指を耳の穴に突っ込んで掻くような仕草をする結城さんからは本当にやる気の欠片も見られない。
    「ど・う・い・う・意・味・の・好・き・か・っ・て・聞・い・て・ん・のっ!」
    胸倉を掴んだまま、言葉に合わせてがくがくと力任せに結城さんを揺さ振る。
    彼女はそれに逆らわずやはり流れに任せてがくがく揺れていたけれど、やがて面倒臭そうに頭を掻いた。
    「え?」と思った時にはもう遅くて。
    片手だけをあたしの頭に添えたかと思うと、そのままぐいっと引き寄せられた。
    わっ、と声を上げるとすぐ目の前には結城さんの綺麗な綺麗な顔が接近していて、それに見惚れている暇もなく、何か柔かな感触があたしの唇を覆った。
    それは一瞬の出来事で。
    結城さんはすっとあたしの唇から自身のそれを離すと、「こーゆー好き」やっぱりしれっと言って、あたしが奪った本に手を伸ばすとまた何事もなかったかのように読み始めた。
    あたしは呆然と立ち尽くす。
    何だか色んな事がいっぺんに押し寄せてきたみたいで。
    何がなんだかわからない。
    やっぱり彼女がわからない。
    …てゆーかね?
    むしろわかりづら過ぎですよ、あなた。
    あたしはぽかんと開いた口から、ようやく一言だけを搾り出した。
    「どうして…あたしを?」
    「さあ」
    本から視線を外さずに結城さんは返事をする。
    「あたしは、男の子が好きだよ?」
    「ふうん」
    「だから結城さんの気持ちには応えられないっていうか」
    「別にいいよ。私が好きなだけだから」
    ドキリとして。
    抑揚のない、いつもの結城さんの声だったけれど。
    そこには確かに気持ちがある気がしたから。
    ドキリとして。
    「だって…報われないじゃない……」
    やっとの思いでそう言葉を吐き出したら、


    「それは佐伯さん次第だけどね」


    彼女は顔に被せた本をちょっとだけ横にずらすと、あたしを見て不敵に笑った。

    初めて見る笑顔の結城さん。
    それはとてもじゃないけど悪どい笑みで。にやり、なんて効果音が聞こえてきそう。
    それでも、あたしの心臓をトクンとひとつ跳ねさせるには十分過ぎて。
    悔し紛れに「あたしは結城さんなんか好きにならない!」そう叫んだら、既に彼女は本に目を戻してあたしの言葉など聞いちゃいなかった。
    こんなにも胸が大きく高鳴るのも。顔がやけに熱いのも。夏の暑さのせいばかりじゃないだろうし。
    時間の問題かなぁ…なんて、無意識に考えちゃってる辺り、どうやらあたしは結城さんの罠にまんまとはまってしまったみたい。


    これからのここでの生活、違う意味でやっていけるか不安を覚えるあたしです。



引用返信/返信 削除キー/
■2119 / ResNo.11)  ─それは闇を彩る花に似て。《私と彼女と蝉の声》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(71回)-(2004/07/26(Mon) 16:59:23)
    彼女は両親が居なかった。
    私は両親が海外赴任をしていた。
    だから二人は。
    必然的に寮に入り、偶然的にも同室だった。


    蝉時雨。
    陽が傾き始めた午後でさえ、未だ鳴り止まぬ声達に私はひどく苛立っていた。
    暑い。暑すぎる。
    ぐったりと床に寝そべる私を「あ、ごめん」エーコは無遠慮に踏み付ける。
    ぐぇっ、とひき蛙のような間抜けな声を上げて、私はじろりと彼女を見上げた。
    「…わざとでしょ」
    「そんなとこに寝てんのが悪いんでしょ」
    否定の気配は微塵もなく、私の言葉を肯定するかの如く、さらりと言ってのける。
    「踏まれても起きようとしないリンもリンだ」
    そう言ってからから笑う。
    もっともだなぁと納得してしまう私。この暑さで脳味噌なんてほぼ溶けかけてんだよ、きっと。
    考えるのはめんどくさい。何もかも。
    再び、ひんやりとした床の感触を楽しみながら夕方のまどろみへと突入した私の脇腹に、「あ、ごめん」跨ごうとしたエーコの足がクリーンヒット。
    「おいー……」
    言葉にならない声で呻く。
    ようやく痛みが引いてきたところで、
    「わざとだろっ!」
    立ち上がり、怒鳴りつけてやったら、
    「だって暇なんだもん」
    素知らぬ顔でこんな事を言われました。
    ……はい?はいぃ?
    あんたは暇だと他人を痛めつけるのか?!
    文句の一つでも言ってやろうとして、けれど余計に体感温度が上がってしまいそうだったので、やめた。
    そのまま、また床へと座りこむ。
    「珍しいね。つっかかって来ないんだ?」
    意外そうに私を見るエーコに、
    「その手には乗りませんー」
    つーんとそっぽを向いてやったら、つまんなそうに溜め息をついた。
    「だってリン、さっきから寝てばっかなんだもん。暇ぁ!暇、暇!」
    「うるさいなぁ…更に暑くなるからやめてよ…」
    うんざりしながら私は言う。エーコは少しむっとしたような顔をして。
    「若いのに何言ってんのよ。年寄り臭いなぁ、もう。暑さがなんだー!」
    …あぁ熱い。
    いつにもまして、無駄に熱い。
    何でこれ程までにエーコは元気なんだ…。
    「せっかくの夏休みなんだしさ、もっと弾けていこうってば」
    「そんなの他の人としてよ…私は暑い」
    「だからさぁ…もう寮生はほとんど帰省しちゃってんだって。あたしらしか残ってないよ?」
    あ、と思った。
    そうだった。うん。そりゃあ皆、実家に帰るよね。帰る家があるんだもんね。この時期に未だ帰らずに寮に残っているなんてのは、それはつまり、えーと、帰る家がない人間ってわけでして、私と…エーコぐらいだ。
    普段はやかましい程賑やかなこの寮も閑散としていて、部屋から一歩廊下へ出るともはや人の気配は感じられない。黄昏時の静かな光が窓から差し込み、それがいっそう物悲しさを増していた。
    やっぱりエーコでも…その、寂しかったりするのかな。なんて。
    そんな事を考えてしまって。
    いつもは周りに人が溢れてるもんね。皆が家族みたいなものだから寂しさなんて忘れてしまって。
    だから、構ってほしかったのかな。
    目頭が熱くなりほろりときかけていたら、
    「リンぐらいしか居なくても贅沢言ってらんないし。まぁしょうがないか、皆一斉に帰っちゃうんだもん。じゃなきゃ誰がリンなんか」
    「私の涙を返せー!」
    失礼極まりない暴言をよりによって本人の目の前で口にするこいつは、はぁ?、訳がわからないという顔をしていた。
    「あんたに同情した私が優し過ぎた」
    ふん、と立ち上がり机に向かう。エーコなんて構ってられるか。ちょうど頭も冴えてきた。宿題でも終わらせちゃおうか。
    そう思ってテキストを開くと、
    「リーンー」
    私の背後からにゅっと腕が伸びてきて、そのまま首に絡み付く。
    「暑い!離れろ!」
    もがく私。
    「暇なんだよー。構ってよー」
    じゃれるエーコ。
    はぁっと大袈裟に溜め息をついて彼女を振り返ったら、とてつもなく人懐っこい笑顔を向けられて、何だか拍子抜けしてしまった。
    また、溜め息をひとつ。
    ぐったりとしている私に、
    「お祭り行こっか」
    邪気無く笑った。



引用返信/返信 削除キー/
■2120 / ResNo.12)  ─それは闇を彩る花に似て。《ひとり》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(72回)-(2004/07/26(Mon) 17:01:48)
    神社に近付くにつれ祭囃しの音も大きくなってゆく。
    祭りの雰囲気にはいくつになってもわくわくせずにはいられない。
    「祭り、今日だったんだー。すっかり忘れてた」
    屋台をきょろきょろ目移りして落ち着かないエーコに声を掛けた。
    「あるならあるって早く言ってくれればいいのに」
    するとエーコはどこからか綿飴を手にして来て、
    「だって誰かさんはぐうたら寝てるし」
    しらっと答える。
    「…祭りに誘われれば行くってば」
    気恥ずかしくなって膨れてみせる私に、エーコは片手のそれを、はい、と差し出した。
    「ありがと…」
    「いいえー」
    満足げに微笑むエーコ。
    何だか今日は私の方が子供みたいだ。妙に照れ臭くて、だけど温かい。
    たまにはこんなのもいいかな、ふわふわの白い綿菓子を口にすると予想通り砂糖の甘みが広がって少しばかり笑みが漏れた。

    随分屋台を見て廻ったと思う。人波に揉まれて疲れきってしまった私達は、神社の境内の裏手に腰を降ろした。
    背中越しに聴こえる祭りの熱気は冷め止まない。
    しばらくその喧騒に聞き入っていた。
    生暖かい風が私たちの前を通り過ぎてゆく。
    ふぅ、と息を吐く。
    「あたしさー、お祭りって好きなんだ」
    先に沈黙を破ったのはエーコだった。
    私は何も言わず、ただちらりとそちらに目をやった。
    「唯一の記憶ってやつ?母さんと父さんと、三人で来た気がする」
    どこか遠くに想いを馳せて、エーコは言う。
    「うん、確かに来た。親子揃ってお祭りに行ったんだ。手なんか繋いじゃってさ。だから…お祭りに来ると思い出す」
    私は一言だけ、ふぅん、と応えた。
    彼女の事情は詳しく知らない。幼い頃に両親を亡くして、親戚も居なくて、引き取り手が居ないから施設だか何だかで育ち、高校入学を機に寮に入るのを決めたとか何とか。
    彼女はあまり話さないし、私も多くを訊かなかった。
    だから。それしか知らない。
    けれど、感傷に浸るなんて普段の彼女からは考えられないような、そんな横顔を見せられては。幼い頃の曖昧な記憶であっても、それはとても大切な思い出なわけで。
    やっぱり恋しかったりするのかな…。
    そう思ってしまったから、「ふぅん」そんな事しか呟けなかった。
    「あ、花火始まってる」
    すっかりうつむいてしまった私は、エーコの声で顔を上げた。
    ふと空を見上げると、黒を華々しい光が染めていて。
    「あっちの方さ結構人集まってるけど、ここでも十分見れるじゃんね?」
    私を見て、嬉しそうににかっと笑う。
    「そうだよねー。あんなに人だかりがあっちゃ見えねぇっつうの」
    ここって穴場じゃん、私も笑ってエーコに相槌を打った。
    そしてまた、黙ったまま上空を見つめる。
    祭りの喧騒。
    お囃し。
    蝉の声。
    すべてが。そのすべてが。花火の轟音に飲み込まれていった。
    「切ない」
    「え?」
    不意にエーコがぼそりと呟いたので、私はつい彼女を振り向いた。エーコは顔を上げたまま、こちらを見ない。
    「花火は切ないよ。すごくすごく綺麗に咲くのに、見る人を惹きつけてやまないのに、あっけなく一瞬で散っちゃう。その想いはそれっきりだって気がして、切ない」
    正直エーコがそんな事を考えるなんて思ってもみなかった。
    実際それは普段の彼女らしくない言葉だったし、それでも真剣なエーコの横顔を見ていたら妙に納得できてしまって。
    「そっか」
    私はそう、小さく漏らしただけ。
    こちらをちらりとも見ずに、多分エーコは私の存在など頭の片隅にしか置かず花火に没頭していたのだろうけど、独り言のようにまた呟く。
    「でも…」
    「…でも?」
    「その一瞬を残そうとして、だから鮮烈に刻まれるのかもしれないね」
    「そう…だね」
    そっと、手が触れ合った。
    どんな言葉も、花火に飲み込まれてしまうのだろうか、と。
    決して繋がる事はなかったけれど、互いの手の甲越しに体温が伝わって、花火以上に切なかった。
    咲いて散りゆくのは、何も花火だけではなく。


    夏休みも残り少なくなった頃、エーコはお世話になっていた施設に話があると呼ばれ出掛けて行った。
    詳しい事はわからないけれど、どうやら彼女の血縁者を名乗る人が現れたらしい。
    帰って来た彼女は何とも複雑な表情をしていた。
    「母さんの弟なんだって。ずっと昔に勘当されてたから、母さんが死んだ事も子供が居た事も知らなかったみたい」
    ぽつりぽつりと話すエーコは私ではなくどこか違う所に目を向けていた。
    「父さんも母さんも一人っ子って聞いてたし、お爺ちゃんもお婆ちゃんも死んでるし。もう血の繋がってる人なんて居ないと思ってた。僕は君の叔父です、なんてさ。そんな事いきなり言われてもねぇ」
    抑揚の無い声で淡々と話すエーコ。
    「結婚してるらしいんだけどさ、子供居ないんだって。私の事、引き取りたいんだって」
    彼女のその、無表情な顔が意味するものがわからない。
    「そんな事いきなり言われてもねぇ」
    また繰り返す。さっきからこの調子。ずっとぶつぶつと呟いている。
    「でも、嬉しいんでしょ?」
    私はぼんやりと宙を見ているエーコに声を投げた。
    え?、ときょとんとした顔で私を見るエーコ。
    「だから、嬉しいんでしょ?」
    もう一度言う。
    するとエーコは、ずっと抑えていたものの栓が抜けたようにぽろぽろと泣き始めた。
    「──うん…嬉しい」
    ぐっと堪えるように下を向く。
    「すごく嬉しいんだ、ほんとは。ずっと一人だと思ってたから…」
    溢れ出した涙の止め方は知らない。
    私は身近にあったティッシュケースから乱暴に何枚か引き抜くと、それでエーコの顔をぐしぐしと拭った。
    「寮、出てくの?」
    ずずっと鼻を啜りながらエーコは答える。
    「……ん。転校する事になる、かな。叔父さんの家があるのはこっちじゃないから」
    「そっか」
    ティッシュケースごと渡すとエーコはびーっと音を立てて鼻をかんだ。
    そして、にやにやと口元を歪めて私を見る。
    「寂しい?」
    「別にぃ」
    私は素っ気なく言い捨てた。
    「相変わらずリンは可愛くないなー」
    ぶぅっと膨れるエーコに笑い掛けて、茶化したように言う。
    「早く行っちゃえよ」
    エーコはむっとした顔をして、
    「言われなくても行くっつーの!」
    私にイーっと舌を出すと、ぷいっと背中を向けた。
    その後ろ姿に、
    「……嘘だよ」
    小さく小さく囁きかけたら、わずかに「うん…」と返ってきた。


    またひとつ、季節が過ぎ去っていく。
    夏休みは早々と終わりを告げ、新学期が始まると帰省から戻った寮生達でまた寮は活気づいた。
    ただ変わりがあるとすれば、それはエーコが唯一の血縁者に養子として引き取られていったというだけの事。
    彼女は家族が欲しかった。ずっとずっと。
    血の繋がりのある、本当の家族が。
    それをどうして止められようか。
    ──所詮、寮の皆は擬似家族、ってね…。
    それでも。
    去り際のエーコは寮生達が呆気に取られる程の大泣きをしてみせたから、彼女にとっての第二の家というのも、それはあながち嘘じゃないと思う。
    エーコの出て行った二人部屋は、私一人だけではあまりにも広すぎて。
    私は柄にもなく、彼女が寝ていたはずのベッドに乱暴に横たわって、そのまま眠りに就いたりもした。
    床に寝そべってみたところで、蹴飛ばす人はもう居ない。
    凄まじい程の蝉の鳴き声も一日、また一日とその数を減らしていって。
    仲間を探すように、悼むように、相手を見つけられない蝉がただ独り泣くのを、瞼を閉じて聴いていた。



    ──すべては、あの夏の花火だと。

引用返信/返信 削除キー/
■2126 / ResNo.13)  NO TITLE
□投稿者/ そうる 一般♪(3回)-(2004/07/27(Tue) 01:04:14)
    最高です!ヤバイです!感動です!むっちゃジーンときちゃいました!他にも、もっと次書かれるんですか?楽しみにしてます(*≧∀≦)ノ〃

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■2127 / ResNo.14)  NO TITLE
□投稿者/ ぴーす 一般♪(1回)-(2004/07/27(Tue) 03:26:16)
    ってか!!てゆーかヤバイいいですよ!!!!マジで!!ホントに!!これからも頑張ってくださいね★楽しみにしてます(>_<)

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■2145 / ResNo.15)  そうるさんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(73回)-(2004/07/29(Thu) 00:19:09)
    はじめまして。
    一応4月からスタートしたので、作中で季節が一巡するまでは区切り良く書いていくつもりです。更新した際にはまた読んでいただけたら、と思います。
    感想ありがとうございました。

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■2146 / ResNo.16)  ぴーすさんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(74回)-(2004/07/29(Thu) 00:26:55)
    好きに書いているものに対してそう言って頂けるのはとても嬉しい事です。書きたい話を少しづつ書き留めていくので、気が向いた時にでも読んでくださればと思います。
    楽しみにしているというぴーすさんの言葉が励みになりました。

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■2192 / ResNo.17)  ─晴れた日の匂いのように
□投稿者/ 秋 ちょと常連(75回)-(2004/08/02(Mon) 11:28:59)
    「あんた達ねぇ…」
    目の前の光景を見て、私は重々しく溜め息をついた。
    「あー…笹木?ごめんね?」
    顔をしかめる私の元へそそくさと近付いてきた茜は、顔を覗き込みながら甘えるような声を出した。
    「私がごみ捨てに行ってる間、何してたの?」
    「あー…」
    視線を泳がす茜。
    皐月と陽子の方をキッと睨むと、彼女達はさっと視線を逸らした。
    「せっかく掃除終わらせたのにまた仕事を増やしてどうするの」
    頭を抱え、もう一度溜め息。
    乱雑に並んだ机。
    散らばる雑巾。
    散乱の跡を残した教室。
    私がここを出る少し前までは綺麗に整頓されていたはずなのに。
    頭が痛くなってきた。
    「ちょっと野球を…」
    ぼそぼそと茜が呟く。
    私は眉尻を寄せて。
    「野球ぅ?」
    「そう。ほら、ほうきをバットにして」
    「雑巾をボール代わりに打って?」
    「さっすが笹木!察しがいいね〜」
    笑う茜を睨みつける。
    すると茜は、はは…と、その笑顔を引きつらせた。
    「まぁまぁ。笹木、もうそのくらいにして。茜も十分反省してるし」
    「そうそう、反省してる…って、陽子!あんたが言い出しっぺじゃん!」
    「陽子も茜も反省してるからさ、ここはあたしに免じて許してよ」
    「皐月ぃ…一人だけ逃げんな!」
    ぎゃーぎゃー言い合う似た者三人組。
    私はその光景を半ば呆れながら眺めていた。
    「弥生と郁が居ないと本当に収拾がつかないのね…」
    溜め息まじりにぽつりと漏らす。
    「弥生達が何の関係があるのー?」
    じゃれ合う手を止めて皐月が振り返った。
    「ねぇ?」
    陽子も頭を掻く。
    「関係大有りよ。弥生と郁があなた達の手綱を握ってるじゃない」
    何それー、と不満げな声を漏らす皐月と陽子に、
    「言えてる!」
    ぎゃははと茜は大笑いした。
    「今の状態はボケに対してツッコミがいないって感じ?」
    「茜に言われると何か腹立つ…」
    また三人でぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー。
    話がちっとも先へと進まない。
    私は。
    この状況の収拾と教室の有様に、再び大きな溜め息をついた。
    すると、それに気付いた茜が陽子の相手もそこそこに私の方へと寄ってきた。
    「笹木、ほんとごめん。先帰っていいよ。あとは私達がやっとくから」
    頭を掻いて申し訳なさそうに言う。
    皐月と陽子の二人もバツが悪そうに。
    「笹木。その…ごめん。元はと言えばあたし達が汚したんだから、後片付けはちゃんとやるよ」
    「笹木まで残らせるのは悪いからさ。帰って?」
    その言葉に。
    私はふっと微笑んだ。
    茜もにかっと笑う。
    任せろ!とでも言うように。
    お調子者で楽天家。
    暇さえあれば皐月と陽子とふざけてばかりいる。
    それが彼女の周囲の評価。

    「あ。笹木、笹木!」
    帰ろうとする私の背中に声を掛け、振り向く私に持ち前の笑顔を向ける茜。
    「今日の夜はお茶会するから、夕飯食べたら私の部屋来て!」

    けれど決して憎めない。
    彼女―氷野茜はそんな人だった。


    「川瀬。お茶しに行くけど、来る?」
    茜の誘いを思い出し彼女の部屋へと向かおうとした時、ふと気付いたので同室の川瀬に声を掛けた。
    「いい」と、彼女は予想通りの返答をしたので。
    「じゃあ行ってくるね」
    私は再びドアに向き直ると自室を後にした。
    真っ直ぐ伸びた寮の廊下。
    彼女の部屋はこの先だ。
    部屋の前でノックを数回。
    「入っていいよー」
    返事を受けてから、
    「お邪魔しまーす」
    ドアを開ける。
    「あ、笹木先輩!」
    「こんばんわー」
    「寮長もお呼ばれ?」
    決して広くない二人部屋に数人の一、二年生が集っていた。
    「一応川瀬にも声掛けたんだけど来ないって」
    「いいっていいって。川瀬だし」
    はははと笑う茜。
    「茜先ぱーい、この紅茶煎れていいですか?」
    「茜ぇ、クッキー持ってきたから皆に回してー」
    彼女の元には学年に関係なく人が集まる。
    よく茜はお茶会だなんて言って部屋に人を呼んではお菓子を摘みながらお喋りするけれど。
    それは強制でも何でもなく、この集いを楽しみにしている子は多い。
    会話の中心にはいつも茜が居て。
    その輪の中で一際輝いている。
    きっと引き寄せる何かを持っているんだ。
    後輩の煎れてくれた紅茶のカップを手にして、茜の話に耳を傾ける。
    あぁ、やっぱり茜は脳天気ね。なんて思いながら。
    何だか頭がぼんやりしてきた。
    うとうとと眠気が誘う。
    そう言えば、新学期に入ってからは文化祭の準備や連日の委員会でここの所忙しかった。
    寮に帰ってからも睡眠もそこそこに何かしら作業をしていたから、疲れが溜まっていたのかもしれない。
    ぼうっとした頭で時計をちらりと見る。
    あ、こんな時間。
    「そろそろ点呼の時間だから部屋戻るね。皆ももうしばらくしたら帰るのよ?」
    「はーい」
    「お疲れ、笹木」
    「寮長は忙しいねぇ」
    それらに笑って応えて、茜の部屋を後にする。
    自室に戻ると川瀬はベッドの上で突っ伏して本を読んでいた。
    「ただいま」声を掛ける。
    「ん」と、軽く川瀬。
    机の棚から点呼用の名簿を抜き出す。
    くらり、と来た。
    何だか頭が重いな…。
    そう思いながら再び部屋から出ようとドアに向き直ると。
    バンッとドアが開けられて、その向こうから茜が飛び込んで来た。
    怒ったような顔をした茜はずんずんと大股で部屋に入ってくる。
    私のすぐ目の前までやって来ると、自身の手の平を私の額に重ねて。
    「…やっぱり」
    呆れたように呟く茜。
    「笹木、熱あるじゃん!さっき様子が変だと思ったんだ」
    熱…?
    じゃあこの頭痛も…。
    ぼんやりした頭で考えていると、
    「それ、点呼のチェック表?今から行く気?」
    そう言って、私の手にしている名簿をばっと奪った。
    「ばか!こんな時にまでやろうとしなくていいんだよ!」
    私を怒鳴り付けながら、それをそのままベッドの川瀬へと投げつける。
    「こんなの、川瀬にやらせとけばいいの!」
    背中にばしっと当たった名簿を無表情に手に取って、川瀬はちらっと私を見る。
    そしてゆっくりベッドから降りると、何も言わずに名簿を手にして部屋から出て行った。
    ほらね?、そんな顔で茜は笑う。
    「ほらほら、そんなとこにつっ立ってないで。笹木は寝る寝る」
    促されるまま私はベッドに横になった。
    その様子に笑みを浮かべていた茜は、
    「笹木はさ、こんなになってもちゃんと仕事しようとしてすごいと思うよ」
    言いながらベッドの横に屈んだ。
    「でもさ、すごいのと偉いのは違うからね」
    少しばかり怒ったような口調で言う。
    「笹木は何でもかんでも一人でやろうとし過ぎる。責任感が強いのは良い事だけど、周りが心配してるって事にもちょっとは気付いてよ」
    「茜…」
    「もう少し皆に頼ってよ。一人で背負い込まないでよ。誰かの力を借りるのは全然いけない事じゃないんだから」
    茜の言葉に、私は泣きそうになっていた。
    茜は少し苦笑して、それからにかっと笑った。
    「だから何か手伝いが必要な時はさ、同室の川瀬に押し付ければいいじゃん!ばんばん使いなよ」
    私は一瞬呆気に取られ。
    「自分が手伝う」とは言わない所が茜らしいと、ぷっと吹き出してしまった。
    茜はそれに気付いたのか、照れたように頬を掻くと、
    「その…あたしも出来る事はするしさ?」
    付け加えた。
    私はますます笑ってしまう。
    茜はふてくされたように口を尖らせていたけれど。
    くすくすと、こんな穏やかに笑えるのは何て嬉しい事なのだろうと、熱も加わって私は楽しい気分になっていた。
    そんな私の様子に軽く息を吐いて、
    「だから、もう少し肩の力を抜いていいんだよ?」
    茜はふっと微笑んだ。


    お調子者で楽天家。
    暇さえあれば皐月と陽子とふざけてばかりいる。
    そんな風に言われている彼女だけれど。
    真剣な顔さえすれば、こんなにも頼りになるんです。




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■2194 / ResNo.18)  ─Simple《キライ。》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(76回)-(2004/08/02(Mon) 11:31:03)
    購買で紙パックのレモンティーを買って、ぺたりぺたりと上履きの音を打ち鳴らしながら教室へ向かう廊下を歩いていた。
    九月も半ばだというのに未だ残暑の影が消えないので、行儀が悪いのを承知で手にしたパックにストローを挿す。
    歩きながらそれに口を付けようとする。と、わずか前方に無愛想なクラスメートを発見した。
    教室前の廊下で数人の下級生に囲まれているのは不機嫌が制服を着ているような川瀬早希。
    可愛くラッピングされた小さな包みを面白くなさそうに受け取って、それでもそれを差し出した彼女達は嬉しそうに去って行く。
    教室に入ろうとすると入口に立つ川瀬と目が合った。
    ストローから甘酸っぱい液をずずっと啜って。
    「こんな冷血人間のどこがいいんだか」
    ふん、と鼻を鳴らし、下世話にも似た笑顔を皮肉と共に浮かべてみせた。
    川瀬は包みからクッキーを一つつまみ上げると、
    「やらないぞ」
    ひょいと口に放る。
    「いらねーよ!」
    食ってかかりそうになるのを堪えつつ、食い物に釣られて意地汚いやつ、そうぶつぶつ漏らしながら教室へと入った。
    席に戻ると、そのやり取りを見ていたのか、私の帰りを待たずに既に弁当を広げている皐月が、
    「ほんとに茜は川瀬と仲が悪いなー」
    面白そうにはははと笑った。
    「どうしてそう目の敵にするの」
    まるで犬猿の仲ね、私が席に座るのを確認してからおにぎりのフィルムを剥がす笹木は呆れたように言う。
    「別に目の敵にしてるわけじゃ。ただ単純に合わないだけ」
    既に半分程しか残っていないパックの中身をまたずっと吸い込み、私はそれに憮然と答えた。
    多分、向こうだってそうだろうし。
    好きだとか嫌いだとか。そんなものじゃなくて。
    ただ──合わないだけ。
    そう、理屈じゃないんだ。
    「川瀬に面と向かって喧嘩吹っかけるの、茜ぐらいだよー」
    また、可笑しそうに皐月。
    「二人とも、他の人に対してはそうじゃないのに」
    呆れ気味に笹木。
    けれど、私は知っている。
    笹木も皐月も。いくら私を窘めたって、決して自分の価値観は押し付けない。
    呆れるようにぼやく笹木も、面白半分に傍観している皐月にしたって。
    余計な口は挟まない。
    自分達の友達だから好意を持てだの仲良くしろだの、そんな事は一度だって口にした事はなかったし、私が川瀬と合わないからといってそれに倣って川瀬を嫌うという事もなかった。
    あくまでも仲が悪いのは私と川瀬であって。
    あくまでもそれは私と川瀬、二人の問題であって。
    私達がお互いを拒んでいても、きっと笹木や皐月にとっては私も川瀬も等しく友達なのだ。
    だから私も。
    「駄目なものは駄目なの!」
    こんな風に言いたい事が言えていた。
    すると私の頭上から、
    「奇遇だな。あたしもだ」
    聞き慣れた低い言葉が降って来た。
    見上げると、私の後ろに川瀬の姿。
    うげぇ…と、あからさまに嫌な顔をしてやると、川瀬もまた眉をひそめて大袈裟に溜め息をついた。
    二人同時に、それはもう絵に描いたように、ふんっと顔を逸らす。
    「そんな子供みたいな真似しないのー」
    まったく二人して…と、笹木はぼやいた。
    「普段からは想像もつかないくらい子供っぽくなるんだから」
    今日一番の呆れ顔。
    皐月はというと。やはりげらげら笑っていた。


    夕暮れは好きだ。
    未だに暑さが続くといっても、夏の延長のように思えても、その陽の落ちる早さから季節は確実に移り変わっていた。
    放課後にそよぐ風も涼しさを帯び始めていたから、あぁやはりもう秋なのだ、夕焼けを眺めながらグラウンドを走る傍らでそんな事が頭に浮かんだ。
    「今日はここまでー!」
    部長の声が校庭に響く。
    私はすぐ部室に行く事はせず、体育館脇にある水飲み場へと足を向けた。
    水道の蛇口から勢いよく水を流し出すと、口に含むより何より、それを両手ですくってばしゃばしゃと顔を洗った。
    ふぅ、と顔を上げる。
    「部活お疲れ様。陸上部だっけ?頑張ってるね」
    目の前には何故か笹木が立っていた。
    「うん、今終わったとこ。笹木は?何やってるの?」
    「私は委員会。もうすぐ文化祭の準備期間に入るでしょ?忙しくなる前にあちこちの備品をチェックしとかないと、ね」
    体育館の用具室を見て来たところなの、笹木はにっこり笑った。
    あぁ、そう言えば。
    笹木は文化祭実行委員だったっけ。
    その上寮長で、更にはクラス委員で。
    「すごいなー…」
    思った事をつい口にしていた。
    笹木は首を傾げる。
    「色んな仕事引き受けてるじゃん。私にはとうてい真似できない」
    肩をすくめてみせると、
    「茜にこそ向いてると思うけど?」
    屈託なく笑うものだから、
    「よしてよ。人をまとめるなんて…柄じゃない」
    思わずぷいっと顔を背けてぼそぼそと言った。
    そーお?なんて。笹木はくすくす笑っていた。
    「私は裏方で十分なの!」
    ちょっとだけ語気を強めてそう言うと、
    「じゃあ、準備の時は思う存分働いてもらおうかな」
    笑顔を崩す事なく私に応えたので、「任せろ!」と、私もいつものように笑って返した。


    その時は案外早くやって来た。
    ある日の放課後。
    私のクラスは文化祭の話し合いで居残りしていた。
    と言っても、出し物などの大まかな事は一学期に既に決まっていたから、今日の話は当日の係決めとそれまでの準備について、それから簡単な連絡事項程度だった。
    早く帰りたい者、部活に行きたい者、そわそわしている態度のクラスメートは何人か居たけれど、てきぱきと要領よく話を進める笹木の手腕もあって、はたまた笹木の手伝いになればと積極的に意見を述べる私や皐月達が功を為したのか、それ程の時間を要さなかった。
    …時折、意見を出す傍らで私達が話の腰を折った事も否めず、実のところ役に立てていたのかは別として。
    それでも、手際の良い笹木のお陰で話し合いはスムーズだった。
    「今から私は委員会の方に顔を出さなければいけないので今日はここまでにします。皆、お疲れ様」
    教壇の前に立って取り仕切っていた笹木は、にっこりと皆に笑いかけると前のドアから急ぐように教室を出て行った。
    やっと終わったー、帰りどうする?、そんな声がちらほら聞こえ始める。
    それらに耳を傾け。
    私達はここで終わりだけど、あとどれだけ笹木は仕事をこなすのだろう、机に頬杖をついてぼんやり考えていた。
    慕われる笹木。
    敬われる笹木。
    やっぱすごいや、笹木は。
    感嘆の息が漏れる。
    私も部活行こうかな、と机の中から教科書を漁って鞄に放り込んでいる所に、
    「…笹木さんてさー優等生ぶってて、なんか…ねぇ?」
    「わかる〜。わたしは頭良いんです、ってゆースタイル?」
    声がした。
    そちらを見れば、普段からつるんでいるのをよく見掛ける三人組。
    …居るんだよねぇ、本人の前では直接なんて絶対言わないやつ。
    笹木さーん、なんて媚びててさ。
    それで本人が居なくなったのをいい事に、その途端に好き勝手言い出すんだ。
    誰にでも好かれる人間は居ないけれど。
    大抵の人間からは好意を寄せられる笹木。
    この場合は疎まれているというより妬まれているという方が近い。
    笹木の容姿や能力、人望に嫉妬しているんだ。
    ─スタイル、なんかじゃなくて。実際頭が良いんだよ。
    ばーか、と胸中で毒づく。
    先程とは違う息を吐き。
    あほらし、半ば呆れながら、それでも相手にするのも煩わしいので私は帰り支度の手を止めなかった。
    「大体さぁ、何個も委員会受け持ってるのも教師受け狙ってない?」
    「言えてるー」
    本人が居ない事に気が大きくなっているのか、明らかに調子に乗り始める。
    「寮長らしいし?」
    「そんな目立ちたいかっていうかさ」
    ……何だと?
    元々笹木は表立つタイプではない。
    むしろ自分の手柄でさえも人に譲ってしまうお人好しだ。
    委員会も何もかも、頼まれれば嫌とは言えない、それ故にじゃないか。
    私の斜め前に座る皐月も何とか堪えるようにぎりぎりと唇を噛み締め、やつらを睨み付けていた。
    「笑顔が鼻に付くってゆーかぁ?」
    「うわー、あんた毒舌!」
    きゃははと笑うその声に。
    プツリ、と。
    何かが切れる音がした。
    勢いよく椅子から立ち上がり、

    「いい加減に──」

    やつらに向かって怒鳴り付けようとした瞬間、

    「毒舌と陰口は別物だろ」

    ガタン、という。
    椅子が倒れる音と共に立ち上がった川瀬の放った言葉に、私の声は遮られた。
    「混同するな」
    ぎろりと川瀬は一睨みする。
    完全に怯んだ彼女達を一瞥すると、不機嫌さを露わにしたそのままに教室から出て行った。
    しん、と教室中が静まり返る。
    やがて、また少しづつがやがやと声が戻り始めた。
    川瀬の言葉にすっきりしたという風な顔をするクラスメートの視線に耐えかねたのか、三人組はバツが悪そうにそそくさと教室を後にする。
    言葉を盗られて立ち尽くしたままの私に、隣の席の陽子が制服の裾をつんつんと引っ張り、
    「やるじゃん、川瀬」
    見直したね、そう耳打ちしたので、私は信じられない程素直に、
    「……うん」
    と、応えていた。



引用返信/返信 削除キー/
■2195 / ResNo.19)  ─Simple《それは、とても》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(77回)-(2004/08/02(Mon) 11:33:04)
    だからと言って。
    今まで培われてきた意識や関係というものがそんなにすんなりと変わるはずもなく。
    相変わらず私と川瀬は、寮の廊下でばったりと出くわせば嫌な視線を互いに送り合ったりもしたし、教室で顔を突き合わせれば皮肉の一つも言ってみた。
    変わらない。
    変わるわけもない。


    あぁ、なんて穏やかな放課後。
    ふんふんとつい鼻唄なんて口ずさむ私。
    というのも、午後から何故か川瀬の姿が教室に見られなかったから。
    今日は部活も休みだし、さっさと寮に帰って夕飯までのんびりしようか。
    顔のほころびにも気を留めず、ごちゃごちゃと鞄の中に荷物を突っ込んでいる私の元へ、
    「茜、もう帰る?」
    笹木がやって来た。
    満面の笑顔で私は頷く。
    「うん、今日の部活は休みなんだー」
    にこにこしている私に、どこかほっとしたような顔を向ける笹木。
    「ちょうどよかった…」
    意味がわからず、私はきょとんと笹木を見る。
    「あのね?川瀬、朝から具合悪そうだったんだけど、昼頃から本格的に体調崩しちゃったみたいで早退したの」
    あぁ、それでか。
    私は午後の平和さを思い出し、一人うんうんと納得した。
    「熱もあったし、風邪だと思うんだけど…」
    どうせならずっと風邪で寝込んでいればいい、そんな事をにやけた笑顔の裏で考えている私に笹木は続ける。
    「それでね?私、今日は実行委員があって遅くまで残りそうなのよ」
    「あぁ、文化祭の」
    「そう。茜、部活ないんでしょう?寮に帰ったら食堂のおばさんに言って、川瀬にお粥作ってくれるように頼んでくれないかな」
    「………はぁぁ?」
    「出来れば、それを川瀬に持って行ってあげてほしいんだけど」
    「何で私が…」
    がっくりとうなだれる。
    笹木は、お願い、と懇願する瞳で私を見ていた。
    「やだ!」
    声を張る私。
    「やだやだやだ!」
    端から見れば駄々っ子のようだったかもしれない。
    「茜ぇ…」
    そんな私に笹木は困ったような声を出す。
    「川瀬だって子供じゃないんだし、放っといたって平気だよ!そんな何から何まで面倒見る必要ない!」
    「あの子、自分に無頓着でしょう?体がだるいからって、面倒臭がってきっと何も食べないわ」
    「そしたらそのまま餓死すりゃいいんだ!」
    「茜…」
    笹木は寂しげに呟く。
    う…、と言葉に詰まった私は大きな溜め息を吐いてゆっくりと肩を落とした。
    「大体何で私なの…後輩にでも頼めば喜んで川瀬の世話ぐらいするでしょ」
    「下の子達は川瀬に萎縮しちゃうでしょう?普段川瀬が交流持たないせいで同級生でも怖がってる所があるし。川瀬と対等に話せるのは茜ぐらいだもの」
    「それなら皐月だっていいじゃん。陽子とか。何も私じゃなくても…」
    「皐月も陽子も寮生じゃないでしょう?寮と駅の方向も逆だし、寄ってもらったら悪いじゃない」
    私は恨めしげに笹木を見た。
    それはもう、これ以上ないってくらい、あからさまに嫌な顔をして。
    「ね?お願い、茜」
    それを跳ねのけ、笹木はにっこりと私に微笑み掛ける。
    「茜しかいないのよ」
    一切の断りを拒絶するかのような笑顔の笹木に、
    「…笹木は過保護だよ」
    口を尖らせて言う。
    「ありがと」
    やっぱり茜に頼んで良かったわ、にっこり笑んで笹木は私の頭を撫でた。
    笹木は川瀬に甘過ぎる。
    けれど私も。
    負けず劣らず笹木に甘い。
    委員会に行かなきゃと、慌てて教室から出ていく笹木の背中を見送って、今更ながらに割の悪い仕事を引き受けたものだと、もう一度肩を落とした。


    寮に戻って部屋に荷物を置くと早速食堂に向かった。
    寮生達の夕食の支度をしているおばさんの一人に声を掛け手短にわけを話したら、快く引き受けてくれた。
    お粥ならすぐに出来るから、と何かを炒める傍らで一杯分のご飯を鍋で煮始める。
    私はその手際の良さをぼんやり眺めて待っていた。
    小さな土鍋と受け皿、レンゲが乗せられたお盆を私に差し出す気の良いおばさんに感謝の言葉を述べてそれを受け取る。
    同時に、何で私があいつの為にここまで…と、心中で舌打ちした。
    顔をしかめながらも笹木の部屋、もとい川瀬の部屋へと向かう。
    ドアの前で一度立ち止まり、ノック。
    返事はない。
    再び、ノック。
    寝てるのかな?そう思って、静かにノブを回して中に入る。
    「川瀬?寝てんの?」
    小さく呼びかけると、ベッドの上の丸まっている布団の塊がもぞもぞと動いた。
    「……笹木?」
    のろのろとした動作で顔を出す川瀬。
    「今日遅くなるんじゃ…」
    言って。
    私を見た瞬間、心底嫌そうな顔と共にそのまま布団に潜り込んだ。
    「……何しに来た?」
    くぐもった声が布団の中から聞こえる。
    嫌なのはこっちだって同じだと溜め息をつきつつ、
    「風邪だって?どうせあんた、放っといたらご飯食べないだろうからね。お粥作ってもらって来た」
    「笹木にでも言われた?」
    黙る私。
    それを肯定と受け取ったのか、大きく息を吐く声が聞こえて、
    「…お節介」
    川瀬は独り言のようにポツリと漏らした。
    少しむっとする。
    本当にこいつは笹木の好意を踏みにじるやつだ。
    笹木には悪いけれどこのお粥、私が食ってやろうか。
    そんな思いも頭を過ぎりながら。
    「笹木はいいやつだよ?」
    口を尖らせ言ってやったら、やや間があって、
    「知ってる」
    布団の中からではあったけれど、はっきりした声が私に届いた。
    ふぅん…、なんて。鼻を鳴らしてみたり。
    やっぱり川瀬は愚かじゃない。馬鹿ではあるかもしれないけれど、わからない程愚かじゃない。
    ちゃんとわかっている。
    ちゃんと受け止めている。
    私は、川瀬の寝ているベッドの脇にお粥の乗ったお盆を置いた。
    きっと川瀬は私の前で、体調を崩した情けない姿を晒したくないだろうから。
    だけど私が立ち去れば、いくら嫌いな私が持って来たものであっても、口を付けないで放置するなんて事はしないだろう。その好意を無駄にするはずがないと、私は確信していた。
    だからせめてもの情けと思って、すぐにでも食べられるように手の届きやすいベッド脇にお盆を置いて、意志表示をするかのようにわかりやすくドアの音を立てて部屋を出たのだった。


    翌日。
    笹木からうんざりするくらいの感謝の言葉を浴びせられた。
    川瀬の体調は少し回復が見られたものの、大事を取って今日も休むらしい。
    このままずっと休みならいくらか平和なのに、そんな事を言ったら、やはり笹木に睨まれた。
    「お腹空いたー」
    午前の授業も終わり、先程からきゅるきゅると情けない音を立てる腹部を軽く押さえる。
    「ご飯だ、ご飯だ」
    言いながら、既に皐月と陽子は臨食体制。
    そんな二人を見て笹木はくすくす笑っている。
    私も早く食べようと鞄からコンビニ袋を取り出した。
    ガラッ、とドアが開かれる音。
    無意識的にそちらを振り向く。
    「あ、川瀬だー」
    「今日休みじゃなかったっけ」
    陽子は、おはよー、と川瀬にひらひら手を振る。
    それに応えず、それでも川瀬はこちらにやって来た。
    私は特に意識もせず、パンに噛りつく。
    「川瀬、具合は?大丈夫なの?」
    笹木が心配そうに尋ねている。
    「ん、平気そうだから午後は出る」
    皐月と陽子もわいわいと何やら騒いでいたけれど、私はそちらを気にせずに黙々と食を進める。
    と、
    「氷野」
    川瀬の声。
    一瞬わからず。
    ヒノ…?あぁ、氷野…。私か。
    「氷野」
    もう一度川瀬が呼ぶ。
    滅多な事では互いに声を掛ける事がない私達。
    だから川瀬が私に向かって呼びかけた事に、怪訝な顔をして顔を上げた。
    私から少し離れた場所に立つ川瀬は、
    「ほら」
    と、何かを投げた。
    反射的にそれを受け取る。
    川瀬はすぐに視線の先を私から笹木に切り替えて、
    「笹木、あたし保健室行くから」
    それだけ言うと、くるりと背を向けて教室から出て行ってしまった。
    半ば唖然としてその後ろ姿を見送る。
    「何しに来たんだろうね、川瀬」
    皐月が呟く。
    「それよりさぁ、茜に何でそれを渡したのかなぁ?」
    疑問顔の陽子。
    「敵に塩を送る?」
    皐月が言うと、「それだ!」と、二人して笑い合っていた。
    そんな皐月と陽子を横目で見ながら、
    「ありがとう、って事よ。きっと」
    わかりにくいけれど、と笹木が笑いながら私に耳打ちした。
    …私も。
    投げ渡された瞬間にそれとなく気付いていたんだ。
    手に残るひんやりと冷たいそれは、紙パックのレモンティーだった。


    やっぱり、好きになるのは無理そうだけど。
    同じように嫌いでも、少なくとも川瀬は、陰口を叩くようなつまらないやつとは違うから。
    こんな関係でも、実はそれ程居心地は悪くない。
    この先距離が縮まる事はないだろう。
    けれど離れる事もない。
    いがみ合うのも、ぶつかり合うのも、結局は互いを強く意識しているからだ。
    嫌いだけど、認めてる。
    認めているからこそ、好き勝手に主張できる。
    きっと。
    結構そんな単純な事なのかもしれない。




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