ビアンエッセイ♪

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■2196 / ResNo.20)  ─友情考
  
□投稿者/ 秋 ちょと常連(78回)-(2004/08/02(Mon) 11:34:08)
    あの人の結婚が決まってから四ヵ月程経とうとしていた。
    あの日から、私は用もないのにふらりと屋上に足が向く。
    何故好きになったのか。
    何故彼女だったのか。
    目を閉じて想いを馳せても、何も応えてくれやしない。
    瞼を軽く開いた先に広がるのは、青い青い空だけだ。
    時折目を細め、けれどじっと見つめる。
    私はまだ、動けずにいる。

    「弥生!」

    不意に背中から掛けられた声に、私は驚いて咄嗟に振り向いた。
    「やっぱりここに居た」
    声の主はにかっと笑うと、そのまま私に近付いてくる。
    私は再び視線をフェンス側へと戻して、空を仰いだ。
    ガシャンとフェンスにもたれた彼女に、
    「…よくわかったね」
    呟くように言った。
    「そりゃわかるよ」
    ははは、と彼女は可笑しそうに言う。
    あの人が結婚すると知ったあの日。
    屋上でぼんやりと時間を費やしていた私を見つけてくれたのは彼女だった。
    そして、今も。
    視線を落として、私も隣の彼女に倣ってフェンスにもたれた。
    しばらく互いに何も発せず、宙を眺める。
    「あのさ」
    彼女の声に、私はそちらに目をやった。
    「真知、昨日正式に入籍した」
    あくまでも淡々と、けれどはっきりと口にしたので、
    「…そう」
    私は意外な程あっさりと、息をするように言葉を吐き出した。
    じいっと私を見つめる彼女。
    「何?」と、私は訝しげに首を傾げた。
    すると、彼女はにかっと笑って。
    「弥生にはさ、あたしが居るじゃん」
    あの時と同じ言葉をあの時と同じ顔で口にした。
    私はつい苦笑してしまって。
    目元の涙を拭いながら、
    「何で皐月は言って欲しい時に言って欲しい事を言ってくれるのかなぁ?何で皐月にはわかっちゃうのかなぁ?」
    そう言うと、
    「どれだけ付き合ってきてると思ってんの」
    にかっと笑う。
    「居て欲しいと思う時に何でいつも居てくれるの?どこに居ても見つけてくれるの?何で必ず駆け付けてくれるの?」
    皐月は。
    穏やかな目をして私を見ると、私の髪をくしゃっと掻き上げた。
    「友達だからさー」
    冗談めかして言って。
    けれど。
    ふっと、優しく微笑み掛けた。
    頬の涙も風に晒されて心地良く冷えてゆく。
    きっと皐月はこの先も、何も言わずに私を探してくれるんだ。
    ふらりふらりと不安定な私を、皐月ならどこに居たって見つけてくれる。
    人知れず涙するのではなく、それを見届けてもらえる心強さを知っているから。
    大丈夫。私は大丈夫だ。
    ぐしぐしと目元を拭う私を見て、ハンカチを探しながら「やっぱりないや」と肩をすくめて見せる皐月に、少しだけ笑ってしまった。


    見上げた空はあの日と同じように憎たらしい程澄み渡っていて。

    けれど、あの時と同じように隣に居てくれる人も居る。

    秋空切々。

    嗚呼、

    本日は失恋日和なり。




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■2197 / ResNo.21)  ─それでも。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(79回)-(2004/08/02(Mon) 11:35:07)
    ひとり、廊下を歩いていた。
    放課後の、それもこんな時間に校舎に残っている生徒はやはり居ない。
    だから目的の教室に入ろうとした時に人の影を見つけたら、誰も居ないと思い込んでいるだけに、少しばかり驚くのは私だけではないはずだ。
    だけどそれがどうしたって話なので、足を止めずにそのまま教室に入る。
    「笹木。何やってんの?」
    電気も点けずに窓際の席に座ってぼんやりしていた笹木は、掛けられた声でようやく私に気付いたという風に顔を上げた。
    「…茜」
    「電気点いてないしさー。暗くない?」
    「……茜こそ、どうしたの?」
    「ん?私?今まで部活だったんだけどさ、帰ろうと思ったら忘れ物に気付いて。宿題出てたじゃん?ノートなきゃ出来ないよね、あれ。めんどうだなーって思ったんだけどね、一応取りに来た」
    べらべらと喋って、最後に「まぁやるかわかんないけど」そう付け加えたら、「もう…」と、呆れたように笹木は笑った。
    「帰らないの?」
    当然の疑問をぶつける。
    机の上に何も広げられていないところを見ると委員の仕事や勉強をしていたのではないだろうし。もっともそれは、電気の点いていない薄暗い教室から容易に想像が出来るけれど。
    「んー…ちょっとねぇ…」あやふやな言い方をして、困ったように笑う笹木。
    「部屋に帰りづらいってゆーか…」
    それを聞いて私は軽く息を吐く。
    「川瀬?」
    単語だけをポンッと差し出してやった。
    笹木はまた曖昧に笑う。
    「喧嘩でもした?」
    今度は私が呆れたような声を出して。
    「……喧嘩は、してない」
    「じゃあ何」
    「…お節介って言われた」
    言って、笹木はうつむいた。
    「また余計な世話焼いちゃったの。川瀬を、怒らせた…」
    それで帰れないって?帰りづらいって?
    まったく二人揃って世話が焼ける…。
    私は大袈裟に溜め息をついてみせた。
    そして。
    「相変わらず生真面目なんだから」
    再度呆れ気味に言う。
    笹木は「え…」と、私を見た。
    「川瀬のそれはその場限りじゃん。言った本人だって、もう既に忘れてるよ」
    部屋に戻ったらケロリとしておかえりーなんて言うんだよ、きっと。やれやれとオーバーに肩をすくめながら言う。
    「だからやつの事は気にするだけ無駄。考えるだけ無駄。全てにおいて無駄」
    妙に力説してみたら、
    「それは茜の主観が入ってない?」
    笹木は呆れて笑った。
    はいはいそうですねー、と軽く返事をして。
    「川瀬だってわかってるよ」
    穏やかに言ってみせる。
    「だけど照れ臭いからお節介だの世話焼きだの、つい言っちゃうんだよ」
    あいつ性格悪いからさー、はははと笑うと、「もー」と笹木はふざけて睨みつける振りをした。
    呼吸をひとつ置いてから。
    「ちゃんとわかってるよ、川瀬は」
    わからない程馬鹿でもないから。
    もう一度言う。
    「うん…」
    笹木は短く応えた。
    窓の外には茜色の空が広がっていて。
    差し込む夕日の赤い光が、暗がりの教室をぼんやりと包み込んでいた。
    そっと、笹木に手を伸ばす。
    笹木はきょとんとした顔で私を見て。
    私はその指先を、彼女の頬に触れる手前で止め、笹木のふわふわの巻き毛を指でつまみ上げた。
    「何?」と、首を傾げる笹木に、
    「糸屑ついてた」
    ひょいとつまんだそれを見せる。
    「ありがとう」
    そう言った笹木は、いつものようにおっとりと微笑んだ。
    「もう暗いし、帰りなよ」
    窓に目を向けて言う。
    「うん、そうする。でも茜は?帰らないの?」
    「んー、まだ。ノート探さなきゃ。ほら、私のロッカーって汚いし」
    はははと照れ笑いすると、普段から整理しとかないから…と、やっぱり笹木は呆れていた。
    見つかるまで待ってるよ?そんな事も言ったけれど。
    私は「お構いなく」と、その申し出を断った。
    「じゃあまた寮でね」
    立ち上がってドアの方に向かう笹木は途中で私を振り返ると、片手を振った。
    私もそれに応えて軽く片手を上げる。
    笹木はにっこり笑って。
    夕日は相変わらず窓から差し込んでいて。
    その光が笹木の色素の薄い髪と穏やかな横顔を照らしていた。
    くるりとドアの方に向き直ると、緩やかな髪を揺らせながら笹木は教室を後にした。
    私は、まだ上がったままになっている掌をゆっくりと閉じ。その拳になったものをそのまま下ろした。
    ふぅ、と。意志とは関わりなく大きな溜め息が漏れる。
    先程の拳を解いて、ついさっきまでそこに居た笹木の机にすっと指先を滑らせた時、
    「片思いの吐息、ってところかな」
    背後から声がした。
    ゆっくりと振り向く。
    「──知らなかった、皐月の特技が気配を消す事だったなんて」
    それとも覗き見が趣味とか?口角を少し上げて、声の主に皮肉めいた言葉を投げた。
    「失礼な。入るタイミングを逃しただけでしょ」
    皐月は悪びれる様子もなく私の方へと近付いてきて。
    「そんな恐い顔するなってー」
    へらっと笑う。
    それでも私の顔を強張ったままだった。
    そんな私をじっと見て。
    ふっと息を吐くと、眉をひそめて苦く笑いながら、
    「指先の行方は、本当はどこだったの?」
    穏やかに言った。
    私はぴくりと反応して、けれど平静を崩さず。
    「……さっきの言葉もだけど、どーゆー意味?」
    「さっきの言葉と合わせて、そのまんまの意味」
    しばらくお互い視線を絡ませ、沈黙が続く。
    軽く息を吐いて、皐月。
    「あたしさ、前から思ってたんだけど。いい?」
    「……何」
    「茜が川瀬を目の敵にするのって、ただ合わないだけ?」
    「何が言いたいの?」
    「それもあるんだろうけどさ。他にも理由があるんじゃないかなー、って」
    私は皐月を睨みつけた。
    彼女は全く動じる様子もなく。
    「例えば……」
    確かめるように一言。
    「───笹木、とか」
    私はぎりっと奥歯を噛んだ。
    やっぱりか、皐月は呟き、呆れたように頭を掻く。
    「不毛だよ」
    また溜め息。
    「そーゆーのって不毛だ」
    哀れむような声。
    「不毛過ぎる」
    最後のひとつは一番意志が篭り、それでいて冷たかった。
    私はもう一度奥歯を噛んで。
    「……皐月がそれを言う?」
    皮肉たっぷりに言い放った。
    「…どーゆー意味よ」
    皐月は、わかりやすい程明快に、その顔付きを不快に歪め。
    むっとしたような視線を私に向ける。
    私はそんな彼女を冷ややかに見ながら。
    「弥生」
    一言だけ言い捨てた。
    皐月の表情が固まり。
    瞬間、皐月はすぐに激しい感情を秘めた瞳で私を睨んだ。
    一歩タイミングを違えば掴みかかるかもしれない、そんな緊張感が漂う。
    沈黙のまま視線を逸らす事も出来ずに、長い時間、私達は互いをただただ睨みつけていた。
    膠着状態が続く中、
    「───…やめよ」
    先に皐月が緊張を緩め、息を吐いた。
    「あたしらがこんな事言い合ってたって、それこそ不毛だ」
    こんな探り合いに意味はない、そう呟くように言ってもう一度溜め息をつくと、やれやれと頭を掻く。
    私も緊張を解きながら、
    「先につっかかってきたのは皐月じゃない」
    少しだけ口を尖らせて言う。
    「だーかーらー!やめようって言ってんじゃん」
    「はいはい」
    オーバーリアクション気味に肩をすくめて見せ、大袈裟に溜め息。
    二人、顔を見合わせると、さっきの殺伐とした雰囲気とは打って変わって何だか笑い合ってしまった。
    薄暗い教室に笑い声が響く。
    それは徐々に掠れて、渇いて、寂しげなものへと。
    「あたしもあんたも、知らなくていいやつに気付かれて馬鹿みたいだよねぇ」
    ふっと、笑みと共に皐月が漏らす。
    「本当にわかってほしい人は知らないっていうのにさ」
    ははは、と笑む皐月。
    それは自嘲にも似た響きを持って。
    私は何も言わず、ただ視線を落として応えただけだった。
    皐月は自分の姿に私を重ねていて。
    私もまた、彼女に。
    同じ想いを抱いているから互いに気付いてしまったんだ。
    「不毛だよ」
    皐月が言う。
    自分を見ているようで、さぞかし私に苛立っただろう。
    「でも、どうしようもないんだよね」
    私は答えた。
    自分を見ているようで、私も皐月がもどかしかった。
    「…うん、そうだ」
    皐月は顔を伏せ、床に向かって呟いた。
    手を伸ばせば指先程度は触れ合う距離に私達は居るのに。
    決して何かを求める真似はしなかった。
    傷口を舐め合うよりも、いっそえぐり取ってしまった方がいいと、そんな不器用な術しか持ち合わせていないから。
    想いの共有なんてまっぴらだった。
    けれど。
    それでも今は、ただ近くに同じ理由で涙を流す相手が居る事に救われる。
    「そろそろ帰んない?」
    下を向いたままで私は言った。
    皐月は鼻をずっと啜って、「ん…」とだけ言った。
    バッグを手にしてすたすたとドアの方へ歩く。
    振り向かなくても、皐月は後ろからついて来ている事は十分わかった。
    「お腹空いたな…」
    何の考えもなしにぽつりと漏らしたのと同時に、タイミング良く背後からぐぅぅと腹の音が鳴る。
    私は一瞬ぴたりと動きを止め。
    ゆっくり後ろを振り返る。
    はにかむ皐月と目が合うと二人して大笑いしてしまった。
    ひーひーと腹筋が疲れる程大袈裟に笑った後また顔を合わせると、互いの頬を伝う涙の跡に気付いて、困ったように笑ってみた。
    「不毛な事は散々わかっているのにね…」
    皐月の言葉をそのまま借りてぼそりと口にしてみると、何だか妙に馴染んでしまって。
    苦く苦く笑んだ口の中は、わずかに塩の味がした。


    私達はそれぞれに、何かを抱えていて。
    隠し通さなければと思う半面、
    どうか見つけてほしいという願望も確かにあって、
    行き場のない感情を持て余しながらも、
    危ういバランスの中で何とか自分を繋ぎ止めている。
    痛い思いは、出来ればせずに済ましたいけれど。
    捨て切る事も出来ずにいるから、ただ笑うしかない。こんな形でしか示せない恋もあるのだと。




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■2204 / ResNo.22)  感想
□投稿者/ 篤川 一般♪(1回)-(2004/08/02(Mon) 14:10:13)
    初めまして o(^-^)o  読みながら懐かしいなぁ綺麗だなぁと感じました。久しぶりに笑ったような泣いたような暖かさが残りました。このヒロイン達が私は好きです(*^_^*)ずっと見ていたいです。頑張って下さい!

    (携帯)
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■2230 / ResNo.23)  感想です
□投稿者/ ゆん 一般♪(1回)-(2004/08/06(Fri) 21:25:06)
    どの話にも自分の高校時代に感じたことのある気持ちが詰まっていて胸がいっぱいになりました。
    この時代は誰もが主人公なんですよね。一つ一つの物語にそれぞれのエピソードがあって素敵です。
    個人的には川瀬と笹木の関係がほほえましくて好きですが「それでも。」では泣きそうになりました。普段は明るい子のこんな姿にやられます。
    まだまだ彼女たちを見続けたいので続編を期待してます。お願いします。

    (携帯)
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■2234 / ResNo.24)  待ってましたよ!
□投稿者/ ぴーす 一般♪(2回)-(2004/08/07(Sat) 05:33:20)
    最近サイト見てなくてひさびさに見てみたら続き書いてあったんで嬉しかったです☆秋さんの読んでるとスゴイ状況が思い浮かんでくるんですよ♪であったかい感じするしやっぱいぃ!!ホント思います★それと自分の言葉励みにしてくれてありがとうごさいますm(__)m応援してるんで頑張ってください!!続きまってますね(>_<)

    (携帯)
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■2260 / ResNo.25)  篤川さんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(80回)-(2004/08/09(Mon) 23:15:46)
    はじめまして。
    各話の主人公達を好きだと言ってくださった事を嬉しく思います。私自身にも自分が生み出した事もあって愛着がありますから。
    時々更新していくので、目に止まった時、気が向いた時、読んで頂けたら幸いです。
    感想、ありがとうございましたm(__)m

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■2261 / ResNo.26)  ゆんさんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(81回)-(2004/08/09(Mon) 23:24:19)
    2004/08/13(Fri) 18:38:57 編集(投稿者)

    感想を書いてくださり、ありがとうございました。
    少しでもこの時代の雰囲気やもどかしい感情を共有して頂けたのなら良いのですが。
    次は誰が主人公とは明言する事は出来ませんが、この先も見続けてくださると嬉しいです。

    (携帯)
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■2262 / ResNo.27)  ぴーすさんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(82回)-(2004/08/09(Mon) 23:33:55)
    再度の感想を有り難く思いました。
    ぴーすさんの読後に何か少しでも残るものがあったなら、私としても嬉しい限りです。
    不定期な更新となりますが気長にお待ち頂ければ幸いです。
    感想、本当にありがとうございました。

    (携帯)
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■2287 / ResNo.28)  ─near by but far away《twins》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(83回)-(2004/08/11(Wed) 15:34:49)
    ─あなたはちっとも気付いてくれない。





    「はーやっ」
    談話室の大きなソファにぐでーっと体を預けて夕食を終えた寮生達とくだらないお喋りをしていると、あたしが占拠するソファの余ったスペースに誰かがどさっと座った。
    呼ばれた先をちらりと見る。
    「あ、沙矢」
    そこに居たのはあたしと同じ顔をした似たような名を持つ姉だった。
    にこにこした笑顔をあたしに向けていた沙矢は、
    「…早矢?どうしたの」
    あたしの顔を覗き込むなり眉をひそめた。
    「何が?」
    何を言われているのかわからなかったのであたしも訝しげに訊ねる。
    「何かあったでしょ」
    真っ直ぐにあたしを見て、きっぱりと言い切る沙矢。
    きょとんとしてみると、沙矢は自身の眉間を人指し指で示してみせて、
    「微かにしわ寄ってるよ。早矢、何か怒ってる」
    大袈裟に眉を寄せた。
    一瞬だけ呆気に取られ。
    参りましたと、あたしは観念したようにわずかに溜め息を吐いた。
    「ちょっと部活で嫌な事あったから。それで少し不機嫌…」
    ずばり言い当てられた事に何だかバツが悪くて、照れ隠しからぽりぽりと鼻の頭を掻く。
    「……よくわかったね?」
    沙矢は当たり前だと言うように得意げに笑ってみせた。
    さっきまであたしと取り留めのない話をしていたサチと梓はそのやり取りをぽかんと見ていて、
    「早矢が怒ってるなんて、喋ってて全然気付かなかったー」
    「沙矢、すごい!ほんとによくわかるね!」
    「早矢って態度に出ないからわかりづらいんだよなぁ」
    口を開くなり騒ぎ立てた。
    そう、沙矢はいつも気付いてしまう。
    あたしの機微に。
    熱がある時だって、捻挫をして平静を装っている時だって、落ち込んでいるけれどそれを見せないように明るく振る舞っている時だって。
    誰も気付きやしないのに、何故だか沙矢だけは見抜いてしまう。
    どんな隠し事だって沙矢には通用しないんだ。
    「それだけわかるのってやっぱり姉妹だから?」
    サチが興味津々というように目を輝かせる。
    「でもさー…私、お姉ちゃん居るんだけど、はっきり言って仲悪いよ?あいつの考えてる事理解できないし、したくもないもん」
    その隣で梓が冷静に言い放つ。
    「…じゃあ双子だからとか」
    サチは少しばかり自信なさ気におずおずとそう口にすると、「きっとそうだよ!」また顔を輝かせた。
    「普通の兄弟とか姉妹より、双子の方が絆強そうだもん!」
    妙に力説するサチ。
    それを横目で見ながら、梓は小さく息を吐き、
    「中学の時のクラスメイトに双子が居たけど、やつらの仲の悪さときたらもう…」
    こんな事を言い出したので、すっかり自信を無くしたサチはしょげてしまった。
    それをネタに、更に梓がサチをつつく。
    そんな彼女達の様子を眺めながら、あたしと沙矢はお互いを見やってくすりと笑みを漏らした。
    姉妹だから、とか。
    双子だから、とか。
    実際のところ、どうなのかはわからない。
    ただ、あたしに関する事ならば沙矢は一番の理解者だという事が事実として残るだけだ。
    けれど他の誰でもなく、あたしの変化に一早く気付くのが沙矢だというのが、何となく嬉しく思う。
    談話室でサチ達と別れ、部屋へと戻る途中、あたしは沙矢に疑問をぶつけてみた。
    「サチも言ってたけど、沙矢は何でも気付いちゃうよね。誰も気付かないのに。どうしてわかるの?」
    沙矢はキョトンと首を傾げて、考えるような仕草。
    少ししてから口を開いた。
    「…そう言えば何でだろ?何となくわかっちゃうんだよねぇ」
    これという決定打が見つからず、沙矢はうーんと頭を捻る。
    しかし、ぱっと顔を上げるとあたしを見てにっこり笑った。
    「でもね。早矢がどんなに誤魔化したって、いつもと少しでも様子が違えばわたしには絶対にわかるよ」
    これだけは確実だ、無邪気に言う。
    ごくりと唾を飲み込んだあたしは、
    「そーゆー事を真顔で言うの恥ずかしいよ」
    紅潮する顔を背けてぼそぼそと悪態をつくしかなかったのだった。



引用返信/返信 削除キー/
■2288 / ResNo.29)  ─near by but far away《with a sense of pathos》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(84回)-(2004/08/11(Wed) 15:36:30)
    いつものように部活を終えて寮に帰ったら、いつもよりも帰宅が遅かったらしくて。
    部屋に居た沙矢は既に夕食を済ませた後だった。
    仕方なく一人で食堂へ向かうと、同じように部活で遅くなったという茜先輩と一緒になったので共に夕飯を食べる事になった。
    食後もすぐに席を立つ気が起きず、だらだらと話を続ける。
    茜先輩はくるくるとその表情を変えて何でもないような話に色をつけていく。
    先輩は底抜けに明るい。常々思う。
    誰に対しても屈託なく笑うし、何より面倒見が良い。
    寮の一年生は先輩を慕っている。
    他の二年生や三年生より、茜先輩はずっと身近で親しみやすいからだ。
    家族と離れて暮らしている中で、こうした先輩の雰囲気は姉のように感じられるのかもしれない。
    あたしだって時々、先輩がお姉ちゃんだったらと考える時がある。
    実の姉が同じく寮に入っていて、その上同室であるというのに、そんな事を思うものではないなと。
    それに気付いて少し笑った。
    「早矢ー?」
    食堂の入口からあたしの名を呼ぶ声がした。
    視線を先輩からそちらへと向ける。
    「あ、茜先輩。こんばんわ〜」
    声の主はあたし達の方に歩み寄って来ると、向かい側に座る茜先輩へも声を掛けた。
    「沙矢はもうご飯食べたの?」
    茜先輩も屈託なく笑う。
    「はい、わたしは帰りが早かったから」
    にこっと沙矢は答える。
    そしてあたしに向き直ると、目の前のテーブルに置かれている空の食器とあたしの顔とを交互に見比べて不機嫌そうに顔をしかめた。
    「沙矢?どうしたの?」
    不思議に思い、訊ねてみる。
    「…早矢」
    沙矢はわざとらしく声を落とし、仰々しく眉根を寄せた。
    「トマト食べなかったでしょう?」
    ぎくりとして。
    「え、何で?」
    上擦る声を押さえながら弁解してみる。
    「お皿見てよ。残さず綺麗に食べてるじゃん」
    「大方、茜先輩に食べてもらったんでしょ」
    そうですよね?と詰め寄るようにして茜先輩を見る沙矢に、先輩は苦笑した。
    「あんまり早矢を甘やかさないでくださいよー」
    唇を尖らせる沙矢。
    「どうしても食べられないって言うからさ」
    茜先輩は困ったように笑って沙矢をなだめる。
    確かに、サラダに添えられていたトマトをあたしは食べなかった。先輩に食べてもらったのも事実であり。
    あたしはバツが悪くて前髪をいじった。
    「何でわかったの?私が早矢のトマト食べたって」
    当然とも言える疑問を先輩は口にして、当然だと言うように沙矢は答える。
    「だって早矢がトマト食べた後に平気な顔してるわけないですから。それに食べる以前にお皿の端っこに追いやって残すだろうし。わたしが好き嫌いしないで食べなさいって何度も言ってからやっと嫌々食べるんですよ?自主的に食べるなんてまず有り得ないし、食べたら食べたでしばらくぶすっとしてるもの。早矢、人に押し付けといて食べた振りするのはよくないよ」
    最後にあたしを見て溜め息混じりにそう言う沙矢の言葉を聞いて、茜先輩は吹き出した。
    「沙矢凄い!凄すぎる!」
    お見通しじゃん!と、お腹を抱えて笑う先輩を横目で見やり、お手上げだとばかりに軽く両手を上げてみせた。
    笑いすぎでは?とこちらが心配する程ひとしきり笑った茜先輩は、目尻に涙を溜めたまま思い出したように言った。
    「そういえばさ、何か用があって来たんじゃないの?沙矢は」
    あ、と短く声を上げて沙矢は照れ笑いを浮かべた。
    「そうだった。そろそろお風呂入ろうと思ったから、早矢がご飯食べ終わってたら一緒に行かないかなって」
    「わざわざ呼びに来てくれたんだ」
    目だけで沙矢の方を向いたらにっこり笑った。
    「行く行く。じゃあ部屋に戻んなきゃ。洗面用具取りにさ」
    あたし達の会話を傍らで聞いていた茜先輩は「私はこのまま談話室行くから」と、皿の乗ったトレーを持って立ち上がった。
    先輩はもう一度沙矢の顔を見ると吹き出すのを堪えるように口元を緩める。と、それを察した沙矢が「もう…」と軽く先輩を睨みつけると今度は声を上げて笑った。
    「早矢、何やっても沙矢にばれちゃうんだから悪い事出来ないね?」
    あたしにそっと耳打ちすると、「双子って面白いなー」そんな事を呟きながら食器を片付け、先輩は食堂を出て行った。
    その背中を見送りつつ、もっともだなぁ、ぼんやり考えて。
    あたしの脇腹を沙矢が肘でつつく。
    行こう?と促すような視線を受けてあたし達もその場を後にした。

    部屋へ向かう廊下を歩いている途中、反対側から寮長である笹木先輩の姿が見えた。
    「ねぇ、前から来るの笹木先輩じゃない?」
    沙矢が言うので、やっぱりそうかと思いながらあたしは頷いた。
    「笹木先輩っ!」
    無邪気に笑って手を振る沙矢に、笹木先輩も微笑みを返した。
    「今からお風呂ですか?」
    距離が縮まったところで笹木先輩の手にした洗面用具を目敏く見つけて沙矢は言う。
    ええ、と笹木先輩はふわふわとした声で穏やかに笑った。
    「川瀬も一緒よ」
    後ろを指差す。
    反射的にその指差された先を見ると、笹木先輩の後方、少し離れた所から面倒臭そうにこちらへ歩いてくる川瀬先輩が目に入る。
    隣に立つ沙矢がわずかに息を飲んだ気がした。
    「川瀬、早くー」
    のんびりした口調で急かす笹木先輩。
    追い付いた川瀬先輩はやはり面倒臭そうに笹木先輩の脇で立ち止まった。
    ちらりと、あたし達二人を高い目線から一瞬だけ見て。すぐにその鋭い目はすっと逸らされた。
    肩越しに沙矢の緊張の高まりが伝わる。
    それに気付かない振りをして、
    「こんばんわ、川瀬先輩」
    声を掛けると、つまらなそうに「ん」とだけ応えた。
    横目で沙矢を見る。
    先程茜先輩や笹木先輩とはきはき話していた時、また、普段の堂々とした態度とは違い、随分大人しい。
    借りてきた猫みたいだ。
    目を伏せて、やっとの事で「こんばんわ…」消え入りそうな声でぼそぼそと呟いた。
    川瀬先輩はそれにも「うん」と頷いただけで、「笹木、行こう」笹木先輩に声を掛けるとあたしと沙矢の横を通り過ぎてすたすたと行ってしまった。
    「もう川瀬ったら…」
    呆れたように呟いて、
    「無愛想でごめんね」
    悪い子じゃないんだけど、と笹木先輩は苦笑しながら川瀬先輩の後を追って行った。
    二人の姿が見えなくなると、固く強張った沙矢の体からくたっと力が抜けた。
    はぁぁ、と。
    大きく沙矢が息を吐く。
    「どうしよう…ちゃんと顔見なかった。挨拶もしっかり出来なかったし…失礼だったよね?川瀬先輩、呆れなかったかな?ねぇ早矢」
    紅潮した頬に両手を添えて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
    「あー…最悪ぅ……しかもこんな気の抜けた格好だし…もう少しましな服着てれば良かったぁ」
    うなだれて、その場にしゃがみ込んでしまった。
    頭を抱えて呻いている。
    あたしも沙矢の脇に屈んだ。
    「川瀬先輩だって普通の部屋着だったじゃん」
    軽く声を掛けると、
    「先輩はそれでもかっこいいからいいの!」
    がばっと伏せた顔を上げる。
    けれどすぐに情けなく眉尻を下げ。
    「…顔だって、すぐお風呂に入るからいいやって思ってぼろぼろだし。今日体育あったから汗臭いし。もう…ほんと最悪ー……」
    沙矢は大きく息を吐いた。
    あたしはぼりぼりと頭を掻きながら。
    「何でそんなに気にすんの?」
    「だって…どうせなら一番良いわたしを見てもらいたいもん。先輩はわたしの事なんてちっとも気にしてないってわかってるけど、それでもせめて目の前に立つ時は綺麗な姿でいたいじゃない」
    あたしの目を真っ直ぐ見てそう言った後、照れ臭くなったのか、沙矢はへへっと笑った。
    あたしは沙矢の髪をさらりと一掬い摘み上げると軽くすくように弄ぶ。
    そして一言、「見栄っ張り」と言ってやった。
    沙矢はふてくされたように唇を尖らせて、
    「何よー。憧れるのも大変なんだからね」
    頬を膨らませた。
    やがて沙矢は何かを思いついたという風な顔をすると、
    「早矢は?いないの?そういう人」
    上目遣いであたしの顔を覗き込む。
    「いないよぉ」
    あたしはおどけたように答えると、
    「やっぱりね」
    予想通りだとふっと力を抜いた。
    「それじゃあわかんないか」
    そう言って、溜め息をつく。
    私はまた、同じ顔をした姉の髪をさらさらと撫でて、
    「大丈夫、沙矢はいつでも可愛いよ」
    にっこり笑って言った。
    沙矢は一瞬絶句して。
    「早矢に言われてもなぁ…」
    呆れたように、けれどどこか可笑しそうに、くすくすと笑った。



    どんなに些細な事だって、他人には決してわからない事でさえ、何でも気付いてしまうあなたでも、私のこの想いにだけは気付かない。
    そう。
    あなたはちっとも気付いてくれない。
    多分、この先も。
    ずっと、ずっと。




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