ビアンエッセイ♪

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■9857 / ResNo.70)  幸さんへ。
  
□投稿者/ 秋 一般♪(2回)-(2005/05/31(Tue) 10:25:36)
    久し振りにここへ来たので、返事が遅くなってしまって申し訳ありませんm(__)m
    更新が滞っていたのに気に掛けてくださった事がすごく有り難いです。
    半年越しになってしまいましたが新しい話を書きました。幸さんが再び読んでくださる事を願って。
    応援の言葉、とても嬉しく思いました。ありがとうございます。


引用返信/返信 削除キー/
■9858 / ResNo.71)  ─たいおん
□投稿者/ 秋 一般♪(3回)-(2005/05/31(Tue) 10:27:07)
    日曜日はご飯が出ない。
    そんな事は寮に住む者として当然の事なので、今日もいつものように寮生達と日曜の正午に昼ご飯を食べに外へ出て、誰もいないはずの部屋へと戻りドアを開けたら。
    彼氏とデートと言って朝から出掛けていた同室の彼女が入り口に背を向ける格好で体育座りをしながらそこに居た。
    背中を丸めた彼女を見て、あぁまたか、口には出さずに内心呟く。

    こんな時、同室というのは何とも忌々しいものだと思う。
    知らなくてもいい事や知りたくもなかった事を、こちらの都合もお構いなしに伝えてしまうから。
    そしてそれは私にはどうする事も出来ないのだと、改めて気付かされてしまうから。

    今度は何?
    喧嘩?
    別離?
    どっちだっていい。

    私は無言で彼女の後ろまで歩み寄ると、くるりとその場に背を向けて座り込んだ。
    背中越しにぴくりと動く気配を感じて。
    「そんなとこに座り込まれちゃ邪魔なんですけどー」
    声を掛けた私に、
    「……うっさい」
    掠れ声で返しながら、彼女は私の背に自身の背を預けた。
    背中合わせの二人の間にわずかな熱が宿る。


    しばらくの無言の後。
    「……浮気」
    ぽつりと呟く彼女。
    「…浮気してた。向こうが」
    私は黙ってその震える声を聞く。
    「でもわたしにも悪いとこはあったのかなぁって」
    へへへと、弱々しい笑い声を上げる彼女に、はぁぁぁぁと大袈裟に溜め息をついてみせた。
    「ちょっとぉ。人が真剣に話してるのにっ──」
    「だって」
    そんなの。
    そんなのさ。
    言われなくてもわかってるから。
    「あんたが浮気するわけない」
    言うと、「へ?」彼女は間抜けな声を上げた。
    構わず私は続ける。
    「喧嘩も別れも、いつだってあんたに非はないじゃんって言ってんの。それでいちいち落ち込んでさ」
    何だか今日は饒舌だ。
    顔を合わせていない分、余計にかもしれない。
    蓄積された日頃の言葉が口から飛び出て止まらない。
    「どうせこっちも悪かった、なんて笑って許したんでしょ。相手の男もバカだから、あんたが大して怒ってないって安心して?結局また同じ事繰り返すんだ」
    そう同じ事の繰り返し。
    あんたは涙すら見せず。
    相手は痛くも痒くもない。
    「それで部屋で泣いてちゃ世話ないよ」
    私は憤慨して言った。
    「寛容なのはあんたの美徳だけどね、あんたの悪いとこは男を見る目が皆無だって事だ」
    ふんと、鼻を鳴らす。
    「何でそんなに怒ってんのよ…」
    呆れ声で問われたから、
    「室内でいじけられたらこっちまで湿っぽくなるっての。てゆーか、あんたがそんなんだから私が苛つくのっ」
    傷つくのはいつでも、あんただから。


    私の言葉が言い終わっても。
    彼女は何も言わない。
    ちょっと言い過ぎたかな、と。
    口を噤んで彼女の出方を待っていると。

    「ありがと」

    すんと鼻を鳴らしながら彼女は漏らした。
    その言葉に、眼の奥がジクリと痛む。
    けれど。
    負けず嫌いの私の頬をその熱さが濡らす事もなく。
    「ばーか」
    いちいち男の事くらいでへこまないでよね、そんな軽口を叩いてみるだけ。
    「ひどーいっ」
    彼女は憤慨したような声を上げたが、けれど背中は楽しそうに揺れていた。
    相変わらず立ち直りの早い奴…と、ぽつりと呟いてみると、それが聞こえたのかそうでないのか、
    「もうちょっとだけこうしてていい?」
    そう言って彼女は、預けた背に少しだけ体重を加えて私に寄りかかった。
    あったかいねと、彼女の安堵の息が聞こえ。
    私は彼女に聞こえないようにこっそりと息を吐いた。



    抱き締める事も、手を握る事さえしない。
    これが今の、一番近い二人の距離。

    背中越しに彼女の体温を感じながら、そう思った。






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■9859 / ResNo.72)  ─恋だとか、愛だとか、
□投稿者/ 秋 一般♪(4回)-(2005/05/31(Tue) 10:28:21)
    今日は部活が休みだった。
    だから帰りのホームルームが終わると、あたしはゆっくり教室から出てたらたらと廊下を歩いていた。
    靴を履き替えたあたしはのろのろとした足取りで校門をくぐる。
    久しぶりの休みだ、夕飯の時間まで部屋で寝てよう、そんな事を考えつつ寮までの道を辿っていたら少し先に見慣れた背中が見えた。
    その同室の相棒に声を掛けようとして、すぐにそれをやめる。
    彼女の側には見知らぬ男が立っていた。
    何やら話をしているらしくて、あたしが近くまで来ている事にどうやら気付いていないらしい。
    そのまま通り過ぎてやろうとして。
    しょうがないよね、こんな往来で話なんかしてんだから。嫌でも耳に入っちゃうってば。

    「いつもこの道で見掛けてて気になってた。……好きです」

    搾り出された声が意識せずとも耳に届いて。
    歩みを止めた。

    そのままゆっくり彼女とその向かいに立つ彼を見る。

    「ごめんね、私あなたの事知らないから」

    にっこり笑って一刀両断。
    こいつは可愛い顔していつもこうだ。
    彼の方はというと、がっくりうなだれておぼつかない足取りでよたよたとその場を去って行った。
    足止めを食ったなぁ、と小さく呟いて歩き出そうとする彼女に、
    「相原」
    あたしは声を掛けた。
    すぐ側にいた事に驚いたのか少しばかり目を丸め、すぐに「夏目だー」あたしへと笑顔を向けた。


    「また告られてたの?」
    二人並んで歩きながら先程の出来事を聞いてみる。
    「んー…そうみたいー」
    相原は独特の間延びした声で笑いながら答えた。
    「そうみたい、って。あんたねぇ」
    呆れるあたしに、「んー?」笑いながら首を傾げる。
    こーゆー仕草に男は弱いんだろうな、と。
    男じゃないあたしも毒気を抜かれた。
    「大体さー、よく知りもしないのに告白されても、ねぇ?」
    胸元で揺れるふんわりとした巻き毛を指先に絡めながら、隣を歩く相原は言った。
    「知ってりゃいいの?」
    何の気なしにあたしは返す。
    「そーゆーわけでもないけどぉ…」
    ぷうっと頬を膨らませる相原を横目で見ながらあたしは言葉を続けた。
    「それ以前に告白の台詞が問題だよ。好きだの何だの、ありきたりな言葉使ってさ。個性がない」
    そんなあたしに相原は悪戯っぽく微笑んだ。
    「ふーん…随分辛口だねぇ。じゃあ夏目だったらどう言うの?」
    「あたし?」
    あたしだったら……。
    ふと、一考して。
    おもむろに目の前の相原の手を取る。
    彼女は「何?」とあたしの顔をしげしげと見つめ、あたしはその瞳の奥をじっと覗き込んだ。
    そして。

    「あなたしか見えない」

    「………」
    「………」
    「………」
    「………」
    道端で無言のまま見つめ合う奇妙な女子高生が二人。
    沈黙が続く中、
    「………ぶっ」
    相原が吹き出した。

    そのままけたけたと笑いながら、
    「いい!それいいっ!採用!その使い古された感漂う手法がむしろ新鮮ってゆーか。斬新過ぎるぅっ!」
    腹を抱えて笑う相原を横目で見やりながら、「…そりゃどうも」言うと共に軽く息を吐いた。
    その笑いは収まる事を知らないのか、隣で相原は未だにひーひー言っている。
    目に涙まで浮かべて。
    「そんなに面白かった?」
    呆れ気味に訊ねると、
    「うんっ」
    満面の笑顔。

    まぁ、いっか。

    あたしも少しだけ頬を緩ませる。
    そしていつまでも笑い転げている彼女の腕を取って、「さっ、帰るよ」帰路を辿ったのだった。



    「そう言えばさー、あの時妙に感情こもってったよね。この芝居上手ぅ!」
    不覚にもドキッとしたよー、ぐっときたね、そんな事を相原が思い出したように言って。
    「だって演技じゃないし」
    それにあたしがさらっと返して。
    「………え?」
    絶句する彼女を尻目に、
    「あたしはいつでも本気だよ」
    にっこり笑ってそう付け加えてやったら、普段人を食ったような彼女が珍しく顔を赤らめて口を噤んでしまったというのはもう少し先の話。





引用返信/返信 削除キー/
■9860 / ResNo.73)  ─Cl
□投稿者/ 秋 一般♪(5回)-(2005/05/31(Tue) 10:29:14)
    つん、と。
    鼻先を掠めた消毒液の香りに。
    私はうっすらと目を開けた。
    無機質な白い天井が見える。
    ごろんと寝返りを打ち、そのままベッドから降りて踵の履き潰れた上履きをつっかけた。
    どうやら保健医は外出中らしい。
    授業に戻ります、そんなメモ書きを机の上に残して、私は保健室を後にした。



    「八重ぇー」
    教室に戻った私の姿に一早く気付いた椎名は、のそのそとした足取りでこちらへと近付いてきた。
    「だいじょぶ?」
    言いながら、長い指先で自身の頭をとんとんと叩く。
    「いつもの事だから」
    髪の乱れを直しながら私は笑った。
    「偏頭痛持ちってのも大変だねぇ」
    言葉とは裏腹に、椎名はふぁぁと大きな欠伸噛み殺し、「あたしも保健室行って来よっかな〜」なんて、目尻に涙を溜めて二回目の欠伸。
    「悪かったね、保健室の常連で。でも私の偏頭痛は時々ひどくなるくらい。椎名の眠気はいつもの事でしょ」
    悪態を吐きながら自分の席へと戻る私の背中に、そうだねぇ、と間延びした笑い声が聞こえた。



    今日は少し体調が悪いみたい。
    いつもだったら一時間程授業を抜けて保健室で休めば何とか一日持つはずなのに。
    帰り間際に偏頭痛に襲われて、放課後にまで保健室にいる私。
    まぁ常連って言えるくらい通っているから落ち着く場所ではあるんだけどね。
    だからと言って、いつまでも寝てるわけにはいきません。
    もう平気なの?と言う保健医に会釈して、保健室を出た私は昇降口を目指す。
    体育館脇を通った時に、聞こえる水音。
    ふと、足を止める。
    体育館の隣は室内プール。
    さすが私立。
    実際に水泳部がなかなかの実績があったからっていうのも建てられた理由。
    そんなわけで水泳の授業も一年中あるし、水泳部も一年中部活をしている。例えこんな真冬だろうとお構いなしだ。
    まだ練習してるかなー、なんて。何となく覗いてみると。
    跳ねる水飛沫。
    見知った顔。
    いつもはへらへらとした締まりのない顔なのにあんな表情出来るんじゃない、息継ぎの瞬間に見えた真剣な顔付きの椎名を見てそう思った。

    椎名がいつも眠そうなのは、朝早くからプールに来て、放課後も夜まで、びっちり泳いでいるからだ。



    椎名が水泳部なのは知っていた。
    けれど、泳ぎを見るのは初めてで。
    フォームの事はよくわからないけれど、ただ単純に、綺麗だなと思った。
    あの日をきっかけに放課後はプールに通う。
    魚みたいに泳ぐ椎名は、水から上がった途端に頭を振って髪の毛の水を払う。その仕草が犬のようだった。
    そんな様子を、私は壁に寄りかかって見ている。
    室内プールというこの空間は私にとって居心地が良い。
    塩素の匂い。
    水音。
    真剣な椎名の表情。
    私の五感はここに溶け込む。
    いつの間にかまどろんでいた私は、ばしゃっと水が大きく跳ねた音で我に返った。
    目をうっすら開ける。
    と。
    プールから上がった椎名が、相変わらず気だるそうにぺったんぺったんと足音を立てながらこちらへやって来るのがぼんやりと見えた。
    その場にいるのは私と椎名の二人だけ。
    どうやら私がぼうっとしていた間に練習は終わったらしい。
    部活終了後もいつも一人、練習に励む椎名。
    椎名ももう帰るのかな、そう思って体重を預けていた壁から背を離そうとした時。
    目の前には既に椎名が立っていた。
    「お疲れ」
    声を掛ける。
    それに応えて、いつもの顔でへらっと笑う椎名。
    綻んだ瞳は優しく垂れる。
    椎名は私に片手を伸ばし、長い指で頬へと触れた。
    距離が近いからか、いつも以上に強く感じるプールの匂い。
    椎名の顔が私の目の前まで寄せられ。
    茶色がかった瞳の色と色素の抜けた赤い髪。
    長い睫を眺めていると、彼女は私に口付けた。
    髪の毛先から滴った水の一雫が私の頬を掠め。
    唇が離れる瞬間に鼻孔をくすぐるのは真冬の塩素の匂い。
    この香りは、保健室に漂う独特の空気。消毒液のあの匂いとよく似ていて。
    私は目の前の椎名の顔をまじまじと覗き込んだ。
    「ねぇ。前にも一度こんな事あったね?」
    「うん?」
    「保健室で。寝てる私にキスしたでしょ」
    彼女は。
    答える代わりにもう一度キスをした。
    唇が寄せられ、やはりまた、彼女から漂う消毒液の香りがふわりと私を包むのだった。






引用返信/返信 削除キー/
■9861 / ResNo.74)  ─マグネーム
□投稿者/ 秋 一般♪(6回)-(2005/05/31(Tue) 10:30:08)
    早いもので、もう十二月。
    寒い季節になりました。
    だからというわけじゃないけれど、休日の午後に何もせず、部屋の中で向かい合いながらただコーヒーを啜る私達。
    ルームメイトに目をやると、窓の外をぼんやり眺めて、時折吹く木枯らしに眉をひそめている。
    寒いのが苦手な彼女らしい。
    冬の間中、こんな風にずっと閉じこもっているつもりだろうか。
    無遠慮な視線に気付いたのか、ローテーブルの上のマグカップを手に取って一啜りした後、「何?」と相変わらず不機嫌そうな視線を私に向けた。
    「んー?」
    本当の事を言ったらきっと、余計なお世話だと一蹴されるに違いないから。
    一考して。
    「川瀬のそのマグカップもなかなか年季入ってるよね、って思って」
    そろそろ一年半くらい経つんじゃない?と、彼女の手にしたカップを指差す。
    川瀬は自分の手元を一瞬だけ見ると、すぐに視線をどこかへ投げた。
    「一緒に買ったのに一週間もしない内に割る方がおかしい」
    笹木は意外と物の扱いが雑なんだ、言いながら鼻を鳴らした。


    "K"というイニシャル入りの、少し大きめなマグカップ。
    物に頓着しない川瀬は入寮したての頃食堂の共有コップを使っていたから、下校途中の雑貨屋の店先でこのマグカップを見つけた時、これくらいシンプルなデザインなら彼女も嫌がらないだろうと、自分用のコップを持つ事を勧めた。
    ちょうど私も新しいコップが欲しかったから、"S"の文字の入ったそれを手に取って。
    正直お揃いなんて嫌がるだろうななんて、そうも思ったけれど。
    そんな事にも無頓着なのか、意外にも川瀬は文句も言わずにそれを買った。
    入学して間もなく同室になった私達が、形だけでもルームメイトになれたみたいで、ルームメイトだと川瀬が認めてくれたようで、密かに私は嬉しかった。
    ……その数日後、私の"S"字のマグカップは皿洗い中に儚くも割れてしまったけれど。


    「悔しかったなぁ、あれは。すぐに同じの買いに行ったけど、もう"S"の字ないんだもん」
    あーぁと軽く息を吐く私に。
    「"C"ならあったじゃん」
    欠伸をしながら川瀬。

    "C"。
    笹木"千草"の"C"?
    でも。

    「…だって川瀬、"そう"呼ばないじゃない」
    そんな風にぽつりと呟いてみたら川瀬はキョトンとした顔をして。
    何だか照れ臭くなってしまった私はカップの中のコーヒーを一気に飲み干した。
    ちらりと川瀬を見やると、少し考えるような顔をしていて、そうかと思うと不意に私の顔を覗き込んだ。

    珍しく、穏やかに笑みながら。



    「今から買いに行こうか。"C"の字のやつをさ」





引用返信/返信 削除キー/
■9862 / ResNo.75)  ─その後のお話。
□投稿者/ 秋 一般♪(7回)-(2005/05/31(Tue) 10:31:14)
    「結局言うだけで買いに行かないんだもん」
    「だってあの日寒かったじゃん」
    「じゃああんな事言わないでよ」
    「だから今日買いに来てんじゃん」
    「あれから三日も経ってる」
    「今日はやけに突っかかってくんなぁ」
    「だって…」
    「買うの?買わないの?」
    「……買う」
    「よし。じゃあ探すか」
    そう言って川瀬は、すたすたと店内へ入って行ってしまった。


    『今から買いに行こうか。"C"の字のやつをさ』


    確かに川瀬はそう言った…よね?


    『だって川瀬、"そう"呼ばないじゃない』


    確か私もそう言った…はず。

    "C"の字のコップを手にした時、一体川瀬はどうするんだろう。
    "そう"呼ぶのだろうか。
    私の事を。
    何だか妙に照れ臭い気持ちになって、私は川瀬の後を追って店内に入った。


    入り口から少し奥。
    川瀬は私の姿を見つけると、「笹木」と口だけ動かして手招きをした。
    私もそちらに歩み寄る。
    ねぇ、川瀬。
    あなたは"C"を、私の名前を、呼ぶのかな?
    「あったよ、ほら」
    戸惑い気味の私に、川瀬はぽんとマグカップを手渡した。
    「これだろ?買ったの一年以上前だからもうないかと思ったけど」
    なかなかの人気商品らしいそのマグカップのシリーズは、デザインもそのままに去年と同じようにコップの棚へと陳列されていた。
    私は手の内のマグカップをドキドキしながら確認する。
    と。
    「……"S"?」
    カップにプリントされているイニシャルはどこをどう見ても。
    「笹木の"S"だろ」
    合ってるよな?と、川瀬は首を傾げる。
    「笹木が割った時に無かったのは丁度在庫切れだったんじゃないの。良かったな、今度はあって」
    その言葉を聞きながら何となく私は脱力してしまった。


    新たなマグカップが入った袋をぶら下げて帰路を辿る。
    「どうしたわけ、さっきから。買えたのに嬉しくないのか?」
    隣を歩く川瀬は訝しげに尋ねてきた。
    「…ううん、嬉しい。"S"はもうないと思ってたし。でも、ねぇ…」
    はぁと溜め息。
    嬉しいのは本当。
    だけど"C"の字も残念だなぁ、なんて。
    少しがっかりしているのも本当。
    …でも、いいかな。
    どうせ川瀬にとっては何かを考えた上での言葉ではなかっただろうし、忘れてさえいるかもしれない。
    深い意味なんてないよね、きっと。
    そう考えたら途端に気が抜けてしまった。
    私があれこれ思案している間にとっくに寮の前まで来ているし。
    相変わらずマイペースな川瀬は一人で前を歩いているし。
    「待ってよ、川瀬」
    足の長さが違うのだから、少しは合わせてくれたらいいのに。
    ぶつぶつ言いながら川瀬の背中を追う。
    あと少しといったところで、
    「大体笹木だってあたしの事名字で呼ぶじゃん」
    あたしだけがそう呼べるか、と。
    終始無言だった川瀬は背中越しにそんな呟きと私を残して、歩幅を緩める事なく寮の中へと入ってしまった。


    一人佇む私。
    先程の川瀬の言葉を反芻して。
    寮の入り口でぼんやりと立ったままでいる私に、部活から帰って来たのだろう、ジャージ姿の茜が、
    「笹木、風邪?顔赤いよ」
    なんて言う声が、どこか遠くで響いていた。



    お互いに、気恥ずかしいのは一緒のようです。








引用返信/返信 削除キー/
■9907 / ResNo.76)  やったぁ☆
□投稿者/ 幸 一般♪(4回)-(2005/06/02(Thu) 05:04:50)
    本当嬉しいです。まさか続きが読めるなんて、、けどどっかで信じてました☆私が感想かいたら、レスが前にいくから、作者の方も見てくれて、そしたら続きが書かれるんじゃないかって☆
    だからすごく、嬉しかったです☆やっぱ日本語がキレイで、日本っていいなぁって言葉っていいなぁって思いました☆そしてやっぱ、こんな人達が近くにいたらいいなぁって思いました☆
    続き書いて下さり本当にありがとうございました☆すっごく嬉しかったです☆

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■9910 / ResNo.77)  秋さんへ
□投稿者/ つちふまず 大御所(883回)-(2005/06/02(Thu) 08:18:48)
    初めまして。作者の方に感想を書き込みするのは久しぶりで…。

    少々緊張気味です☆

    私は秋さんの文章を読んで、恐縮にもこちらに投稿させて頂く事を始めました。

    それから時は過ぎて…。秋さんがまた書いて頂ける事、待ち望んでました。本当に嬉しいです。

    繊細で、柔らかくて、巧みで、そしてクールな言葉遊び。
    多分情景は今そこにあるような、身近で自然な事であるとしても。

    あなたの手にかかると何故か…。魔法に包まれているような、そんな感想を持っています。

    私ももう少し、繊細なアンテナを持ちたいものだなと。そう思っています。

    長々と失礼しました。
    続きも楽しみにしています。

    つちふまず。

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■9917 / ResNo.78)  ─こころジャック
□投稿者/ 秋 一般♪(8回)-(2005/06/02(Thu) 10:28:22)


    思春期の女の子達の大好きなもの。
    それは甘い甘い恋の話。
    実際に、
    「今日さぁ〜、彼氏と会うんだ〜。三日振りだよ、三日振り!気合い入れて髪巻いちゃった〜」
    クラスメイトの千佳は、冬真っ只中にも関わらず今日も頭は春のご様子。
    あたしに言わせりゃ「三日前に会ってんじゃん」。
    これを言うと「二日間も会ってないんだよっ?!恋する乙女の気持ちがわかんないかな〜。毎日会っても足りないくらいなのにっ」ってさ、どうせいつものように長ーいお説教を食らうから言わないけどね。
    かく言うあたしは、
    「和実は彼氏作んないの〜?」
    まだいないんですよね、彼氏。
    それ以前に、
    「ってか、好きな人いないし」
    溜め息をつきながらそう答えると、ええ〜?という、それを嘆くかのような千佳の声。
    ずいっと身を乗り出した千佳はあたしに顔を突きつける。
    「恋したいぃ!って思わない?」
    「んー…今は別に」
    千佳は「つまんないぃっ」と叫びながら、またせっせとくるくるに巻かれた髪をいじり始めた。

    人を好きになる事が出来ない、なんて。そんな事を思ってしまうような暗い過去を背負っているわけじゃないし。
    ましてや、恋なんてばかばかしい、なんて。投げ遣りになっているわけでもない。
    あたしだって女子高生。
    そりゃあ出来れば彼氏は欲しい。
    いやいや、その前に好きな人がいなければ。
    でもさー…その"好き"っていうのが最大の難関。
    あたしはまだ恋を知らない。
    だから"好き"も知らない。
    恋には憧れても、その想いがわからない。
    だから千佳に恋しなよなんて言われてもさ、どうしようもないんだよね。
    今度は爪にマニキュアを塗り始めた恋する乙女の友人に、おいおい校則違反だからそれ、なんてツッコミを心の隅で入れながら、そんな事をぼんやりと考えた。



    天気予報は確か晴れ。絶対にそう言っていた…はず。
    だけど何だ?この土砂降りは?!
    はぁ、参った。
    当然のように傘はない。
    頼みの千佳は「今日デートなの〜。早く行かなきゃっ」だそうで。
    昇降口で立ち尽くす。
    通り雨かなー…ぼんやり考えながら、帰るタイミングを窺っていた。
    周りは下校しようと外へ出て行く生徒達で溢れている。
    思わず、何で皆傘持ってきてんだよっ!とツッコんでしまう。
    一人、二人と、その数を減らし始め、帰宅ラッシュが過ぎたのか、大勢いたはずの生徒の姿はもうちらほらとも見られない。
    それでも雨は小降りにすらなってくれないから。
    はぁ…。
    大きく息を吐いた。
    どうしよ…。
    完全に帰るタイミング逃したなぁ。
    このまま待ってても止むかどうか怪しいし。
    どんどん暗くなってるし。
    ぽつんと佇むあたしが一人。
    十二月の冷たい雨は、心をも凍えさせる。
    ええいっ!濡れるの覚悟で突っ走ってやるっ!
    意気込みを固め、鞄を頭上で掲げて、外へと飛び出そうとした瞬間──

    「あの…傘ないんでしたら、良ければこれ使いませんか?」

    柔らかな声と共に差し出された淡いピンク色の折りたたみ傘。
    それをまじまじと見つめた後、視線をずらして傘の持ち主を見る。
    「え?でも…それ借りたら…まだ雨、あなたが」
    しどろもどろなあたしに、あぁと小さく呟いて、
    「置き傘があるんです。だからこっち、使ってください」
    どうぞ、と。
    淡いピンクの傘の持ち主は、あたしの手に折りたたみ傘を持たせると、ほんのり桃色に色付いたほっぺにえくぼを作って、にっこり笑った。


    ──待て待て待て。
    んなアホな。
    こんな漫画みたいな展開が、実際あってたまるものか。
    でも。
    事実、こうなっているわけで。

    あー。やばいって。
    だめだって。


    警報作動中。
    占拠された模様です。
    でも……。
    まぁいっか。

    あたしのこころは、
    ジャックされた。





引用返信/返信 削除キー/
■9966 / ResNo.79)  幸さんへ。
□投稿者/ 秋 一般♪(9回)-(2005/06/04(Sat) 12:45:19)
    再びの感想、ありがとうございます。
    待っていてくださる、喜んで頂けるというのは、書き手として嬉しい限りです。
    言葉というものは難しいですね。ですが、それ以上に愛しくもあります。不器用ながらも、私が諸々を伝えられる唯一の術ですから。
    新たな物語をそう遠くない内にお届けできるかと思いますので、その際には束の間でも楽しんでもらえたら、それ程嬉しい事はありません。
    よろしければまた、感想をお聞かせください(^^)


    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/

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