| 「今年こそあいつに勝てますようにっ」
賽銭箱の前でパンパンと柏手を打ち鳴らし、思いっきり両の手の平を合わせる。 周りの人垣なんて気にするものか、神様に聞こえるように大きく声を張り上げた。 拝むこと5分余り。 よしっ、声には出さず気を引き締めて、参拝客の長蛇の列を抜けた。
今年こそは絶対─
先程の願いを、もう一度胸中で反芻する。 そう、あたしには勝たなきゃならないやつがいる。
…まぁ結局は自分の実力次第なんだけどさ。 けれど毎年の願掛けは身も心も引き締めてくれるから。 一年の初めのこの必勝祈願を、あたしは欠かす事なく続けていた。
用事も済んだし、帰ろうかな。 どうせ昼ご飯も朝と同じでおせちだろうけど。 容易に想像できる食卓の風景に少しだけ苦笑して、あたしは境内を後にした。 社から離れ、鳥居をくぐって石段を下ろうとすると─
「あ、ニナ」
あたしより一足早く、石段を登って鳥居をくぐり抜けてきたのは。 そう、ヤツ─イチコだった。
「もう初詣終わったの?」 てくてくと近付いてくるイチコにあたしは露骨に嫌な顔。 「初詣なんてちゃらけたもんじゃありません」 つーんと顔を背けて言い放つ。 それを聞いたイチコは、 「あぁ、必勝祈願だっけ」 面白がるように笑った。 「今年は叶うといいねー」 そんな思ってもない事まで付け加えて。 …相変わらず嫌なやつ。 あたしはぽつりと毒づいた。
イチコとは家が近所で、幼稚園も一緒で、だから必然的に小学校も中学校も一緒で。…選んだ高校までも何故か一緒で。 所謂幼馴染み。というより腐れ縁。 小さい頃から勉強も運動も人並み以上に出来たあたしが、何をやってもこいつにだけは敵わなくて。 いつしかイチコはあたしの最大のライバルになった。 全くもって相手にされていないけれど、それがまたあたしの闘争心に火を着ける。 そんな風にすかしていられるのも今の内だ。 当初の目的とは大きくずれて、イチコの目に映る事に躍起になっているあたし。 それに気付いてしまって、悔しさが込み上げてきたあたしはいつものように減らず口を叩いてみた。 「寮で四六時中あんたの顔見てんのに、実家に帰ってきてまでその顔見なきゃなんないなんてね」 あーぁとわざとらしく溜め息を吐く。 けれどイチコは相変わらず飄々としていて、 「地元同じなんだからしょうがないじゃん」 へらへら笑ってさらりと交わした。 「じゃあ帰ってくんな!寮に籠もってろ!」 更に食ってかかるあたしを、 「だって長期休暇中の寮生は帰省するのが原則でしょー?」 あっさり避ける。
む…。 これではまるっきり三流脇役の突っかかり方だ。 所詮あたしはこいつの引き立て役に過ぎないのか…?
眉根を寄せて自問自答するあたし。 目の前のヤツには、さぞ滑稽に映っている事だろう。 やがてイチコは口を開いた。 「ねー。元旦から怖い顔してないでさ、新年の挨拶がまだなんじゃないの?」 にっこり笑う。
…こっちは正月早々あんたなんかと遭遇したんだ。 そんな晴れやかな心持ちでいられるかっ!
そのままくるりと背を向けて、無言でヤツから遠ざかってやろうとして。 それを思いとどまる。
良い事を考えた。
漏れそうになる笑みを必死で堪えながら、イチコの目を見つめる。 いつもの様子と異なるからか、イチコは怪訝そうに首を傾げた。
その一瞬の隙を、あたしは見逃さなかった。
イチコのコートの襟をぐいっと掴み、自身の方へと引っ張る。 体勢を崩したイチコの顔が目前に迫った時。 ほんの一瞬、あたしの唇がヤツの唇を捕らえた。
ゆっくりと顔を離して、 「今年もよろしく」 ニヤリと笑う。
目の前のイチコは、思わぬ奇襲に言葉を失い、頬を軽く赤らめている。 ──はずだった。 なのに。
あたしが言い終わらぬ内に、ヤツによってマフラーが手繰られて。 「へ?」 間抜けな声を発するあたしは、イチコに唇を塞がれた。 ほんの一時の静寂の後、先程よりもゆっくりと顔が離れる。 「──しっ…舌っ!今あんた、舌っ…──」 慌てるあたしに、イチコは余裕の表情で。
「こちらこそよろしく」
不敵に笑った。
一年の計は元旦にあり、と云うけれど。 どうやらあたしは、今年もヤツに勝てそうにありません。
そうでしょ?神様─
|