| はじめまして。香月といいます。 物書き初心者なので、乱文何卒ご了承下さい。 読んでいただけましたら、無上の喜び♪♪ 少しずつアップしていきます。
ラストスマイルはもう響かない
――最後は笑って別れたいっていう意味だね――
そういえば昔誰かがそう言っていた。周りが呆れる程毎日聴いていたあの曲。大好きなあの人がよく歌っていた悲しい曲を聴く度に亜輝は涙をこぼす日々。別れは亜輝にとってあまりにも辛すぎる現実であった。だからあの時笑って別れることはできなかった。 あれから3年の月日が流れ―――
“亜輝?ご飯食べないの?” 心配そうに覗き込む莉那。亜輝は何も言わずにうなずいた。 “食べないと倒れるよ。明日も仕事なんだから” 疲れきった亜輝の顔を見据えながら茶碗と箸を差し出す。食事に手を出さないのは、仕事がきついだけではないという事を莉那は分かっていた。 莉那はため息をつきながら再び口を開いた。 “以前からずっとあんたに言ってきてるけど、今の仕事はあんたにはもったいないよ。そんなにしんどいならもう、辞めたら?” “・・・うん” 気のない返事が一つ返ってきた。今の仕事は収入がいい上に、軌道に乗ってきている。 その上に、部署は違うが大好きな「あの人」と同じ会社にいる。一つ同じ屋根の下で働き、自分を捨てたあの人を見返してやるという思いが亜輝にとって精一杯の妥協であり、強がりでもあった。でもそんな思いは莉那には言えない。打ちひしがれていた自分を助けてくれた「恩人」を悲しませたくない。 “とにかく食べて。じゃないと捨てるかあんたの口に無理やりねじ込むからね” “・・・分かった” しぶしぶと茶碗と箸を受け取り、ぼそぼそと食べ始めた。小動物がもそもそとエサを食べているような光景だ。莉那は再びため息をつき、立ち上がって冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、封を開けて一気に飲んだ。
眠りから目が覚めると、慌ただしい一日が始まる。出勤するとすぐにスタッフが亜輝のもとへと駆け寄った。 “おはよう” 亜輝は真っ先に挨拶をする。 “おはようございます。店長、お金が合わないんですが・・・” “え?昨日私が上がる前までは合っていたはずだけど” 差し出された現金表を受け取り、目を通した。 “昨日のラストは・・・分かった、注意しておくよ。もうすぐピークになるから後でお金は確認しておくよ” “分かりました。あと少し前に社長から電話がありまして、今日の会議忘れずに参加するようにとの事でした” “・・・分かった。ありがとう” 笑顔で答えた後、店長席に座り込んで書類を作成し始めた。不意にため息が漏れる。 “店長、ため息つくと幸せが逃げていきますよ” 笑いながらスタッフが言った。亜輝は首をかしげながらつられて笑う。 “そうやね。そういえば他の女の子たちから聞いたんだけど、最近彼氏ができたんだって?” “そうなんですよ。もう嬉しくって” “良かったじゃない。でもうちの女の子たち彼氏いない子多いから、からかわれるんじゃ?” “そうなんですよー。今度店に連れてこいとか言われるし、プリクラ奪われるし・・・” 彼女は顔を緩ませながら語る。いつも笑顔を絶やさない彼女は、お客様からの評判も良くスタッフからも好かれている。 “店長も早くいい人見つけてくださいよー。もう若くないんだから” “失礼な、まだ20代なのよ私はー!” むくれながら亜輝が言うと、笑いながら彼女は売り場へと姿を消した。
――幸せ、ね・・・――
小さく首を振り、売り場のモニターを確認しながら書類を作り始めた。
正直、会議は憂鬱な場所にしかすぎない。成果を出さなければつるし上げにあうだけだし、成果を出せば嫉まれる上に、上司から非難の声が上がる。もっともそれはヒガミと紙一重であることは分かっているのだが。 自由席であるにもかかわらず、毎回座る席は同じ。今日もあの人とは一番離れた場所に亜輝は座った。 今日はバレンタインデー。前日にたくさんのクッキーを焼いて持参し、会議用のお菓子という目的で全員に配布した。あの人の手元に渡るのを確認すると、亜輝は目をそらした。 会議は始められた。自分の前に発表する人は全員社長のお気に入りであり、どんなに成績が悪くてもお咎めなしである。 そして発表待ちの間もずっとあの人と亜輝は目を一切見合さない。毎回同じ光景であるが、会議の空気以上に亜輝の心を重くする。 いよいよ自分の発表の出番になった。機械のように淡々と営業報告を語る。こんな無益な会議、いっそつぶしてしまおうかという心境でいっぱいだった。 報告が終わると、すかさず社長からの批判が飛び込んだ。 “経費の無駄遣いが目立つ。どういう事か説明してもらおうか” 亜輝は無表情で応じる。 “時給の値上げによるものです。消耗品及び光熱費の消費削減は心がけておりますが、これ以上の削減は厳しいかと思います” “その分自分がシフトに入るか商品のロスを減らせばいい事だろう。最近やる気がないんじゃないのか?” その言葉に苛立ちを覚えた。ぎりぎりのラインでこなしている業務をこれ以上どうしろと言うのか。しかし反論するだけの気力はさらさらない。亜輝は表情を出さないまま言葉を吐き捨てた。 “惰性で仕事をしていましたので” “ならば心を入れ替えて取り組むこと。1年で何も変わらない場合は、管理職を外す。そのつもりでいるように” 亜輝は何も言わず手にしていたペンを机の上に放り投げ、椅子の背もたれに身をあずけた。 社長は亜輝の態度を尻目に、他の社員に発表を続けるよう促していく。
――くだらない。何も分かっていないくせに――
時おり沸き起こる笑いにも賛同することなく、無表情のままその場をやりすごす。 かくして会議も終わり、亜輝は自分のおやつ用に作ったクッキーを、立ち上がる時に叩きつけて机の上に残したまま真っ先に部屋を飛び出した。
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