ビアンエッセイ♪

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■21597 / 親記事)  君のために
  
□投稿者/ シェリー 一般♪(1回)-(2012/08/19(Sun) 20:15:13)

    1日の業務をようやく終え、タイムカードを切った途端疲れがどっと押し寄せてくる。

    忙しかった1日をぼんやりと思い出しながら、宇野愛友美(うのあゆみ)はナースステーションを後にした。


    「とっとと帰って、今日は早めに休みますか…。」

    誰に言うわけでもなく、独り言を呟いてロッカーの鍵を開ける。


    白衣を脱いで私服に着替えた瞬間、気分は完全にプライベートモードだ。


    「はぁっ…。」

    職場の病院が見えなくなったのを確認し、思わず大きな溜め息を吐く。


    最近仕事にやりがいを感じられない。

    職場で患者に作り笑顔を振り撒いてるからか、仕事以外で最近笑えていない気がする。


    疲れきった表情をして、ビールでも買って帰るかなぁ…とぼんやりと考えていた時だった。

    目の前を歩いていた女性がフラりとよろけ、そのまましゃがみこんでしまった。

    「え…っ!?」

    愛友美は思わず歩くのをやめて、女性の背中を凝視する。

    女性は細い肩を上下させ、苦しそうに呼吸をしているようだ。

    他の通行人が見て見ぬふりをして、どんどんと後ろを通りすぎて行く。

    本当は愛友美も早く帰りたかったが、彼女をほっておく事が出来なかった。


    「…大丈夫ですか?」

    視線を合わせようと屈んで顔を覗き込むと、真っ青な顔をした女性と視線が合った。

    愛友美の顔を見てどこかホッとした表情を浮かべた女性は、苦しそうにしながらも愛友美に微笑みかけてくる。


    「…ごめんなさい、気分が悪くて」

    「他に具合が悪いとこはないですか?」

    「んー…頭痛と目眩かなぁ…」


    今現在何とか会話は出来てるものの、気温は30度後半。

    このままここにいたら、彼女の体力がどんどん奪われていくのは容易に考えられた。


    「立てそうですか?」

    「支えがあれば…何とか」


    愛友美はそう答えた女性に肩を貸して、タイミング良く通りかかったタクシーを捕まえる。


    「どちらまでいかれますか?」

    「…N総合病院までお願いします。」



    まさか先程後にした職場に逆戻りになるとは…。


    来た道をタクシーで引き返し、見慣れた景色を窓越しに見つめながら、愛友美は苦笑いを浮かべた。


    .

    (携帯)
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■21598 / ResNo.1)  君のために・2
□投稿者/ シェリー 一般♪(2回)-(2012/08/19(Sun) 21:13:52)
    2012/08/20(Mon) 23:17:41 編集(投稿者)
    2012/08/19(Sun) 23:53:52 編集(投稿者)


    「熱中症だね。点滴すればすぐに良くなるよ。」

    そう笑顔で答える当直の医師を見つめ、愛友美は安堵の溜め息を吐いた。

    「ありがとうございます、先生。
    点滴は私が刺しますので大丈夫です。」

    「はいはい、お願いね。救急外来の看護師が別の患者に付きっきりだから、宇野君が看護師で助かったよ。」

    愛友美に女性を任せると、医師は忙しそうに去っていく。

    やれやれ…と、苦笑いをして手洗いをすると、愛友美はベッドに横たわる女性に話しかけた。


    「黒坂さん、お休みのところごめんなさいね?
    先生が楽になるようにって、点滴出してくれたので…今から三時間ぐらいかけて点滴しますね。」

    「あ、はい…。お願いします。」


    愛友美の言葉に納得した女性…黒坂未春(くろさかみはる)は、筋肉質だがほっそりとした腕を愛友美に差し出す。

    未春はプロのダンサーで、倒れる30分前までダンスを踊っていたらしい。

    職場のダンススクールへ通う生徒の指導に夢中になるあまり、水分摂取を怠っていたようだ。


    「チクッとしますよ?ちゃんと水分とってたらこんな辛い思いせずに済んだのに…次から気を付けて下さいね。」

    「はい、気を付けます…。」


    点滴を刺し終えると、未春ははにかみながら愛友美に頭を下げた。

    「まさか仕事帰りの看護師さんに助けて頂けるとは、幸いでした。ありがとうございます。」

    そう言って微笑む未春を見た瞬間、愛友美はハッとして驚きの声を上げた。

    「あっ!く、黒坂さんて…誰か芸能人の後ろで踊ってませんでした?」

    「え、あぁ…うちのダンススクールの社長と親しい事務所があるので。
    その事務所に所属するアーティストの後ろで、踊らせて貰える機会があるんですよ」


    愛友美は呆然と未春を見つめる。

    腰まで長さのあるさらさらなストレートヘア。

    細いが引き締まった身体。

    黙ってるとキツそうに見えるが、微笑むと可愛らしくも見える美貌。

    患者として接してきたため、自分が助けた女性がまさかテレビで見たことのある有名なダンサーだとすぐに気が付けなかったのだ。

    「あ、あたしすごい人助けたんだ…。」

    驚きのあまり、現状についてこれないでいる愛友美の様子に、未春は柔らかく微笑んだ。



    .

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■21599 / ResNo.2)  君のために・3
□投稿者/ シェリー 一般♪(3回)-(2012/08/20(Mon) 00:42:24)
    2012/09/01(Sat) 23:11:18 編集(投稿者)



    点滴が終わるまでの三時間、未春と愛友美は過去の話をして時間を潰した。

    「小さい頃はバレエをやってたんですけど、高校に入学してからはヒップホップやジャズに興味が出て…。
    それからかなぁ、プロのダンサーになりたいと思うようになったのは」

    未春の話は、愛友美にとってどれもキラキラしていて、聞いていて楽しい内容ばかりだった。

    特に知っているアーティストのバッグダンサーとして踊ったという話を聞けば、今目の前にいる存在はすごい人なんだと改めて実感するのだった。

    「カッコイイですね!元気だったらダンス踊って欲しかったです。帰ったら黒坂さんがダンスしてる映像をYouTubeで見つけてみますね!」

    「ありがとうございます。まぁ、あたしの話は沢山しましたから、次は宇野さんの話をして下さい。」

    そう言って優しい眼差しを向けてくる未春に、愛友美は何故かドキドキしながらそれを隠すように苦笑いする。


    「あー…、あたしは黒坂さんの人生みたいにキラキラしてないから、話してもあまり楽しくないですよ?」

    自分は本当に平凡な人生を歩んできたなぁと、思い出しながら愛友美は明るく笑った。

    そんな愛友美の様子をみた未春は、よりいっそう優しく微笑んだ。

    「看護師さんっていつも患者さんに元気を与えてるすごい存在だと思いますよ?
    現にあたしも宇野さんには助けられたし、元気貰いましたし…。」

    「そんな…。患者さんだけでなく、ファンや大勢の人を元気にしちゃう黒坂さんには敵わないですよ。」

    笑顔でそう言ったものの、本当は看護師って仕事に疲れてるあたしは全然すごくないと、内心で未春の言葉を否定する愛友美。

    未春は微笑んだまま、相変わらず優しい口調で言った。


    「…どんな形であれ自分が誰かを元気にできちゃうって事に関しては、誇りを持っていいと思います。人数は関係ないですよ。看護師もダンサーも、そこは同じですね。
    あたしは今日、助けてくれた看護師さんが宇野さんで良かったです。おかげで元気になってきました。」

    自分を否定したつもりだったのに、何故かポジティブな方向に持っていかれる。

    愛友美は照れ臭くなって、未春の顔をちゃんと見ることが出来なくなってしまった。



    .
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■21601 / ResNo.3)  君のために・4
□投稿者/ シェリー 一般♪(5回)-(2012/08/20(Mon) 23:14:05)
    2012/08/20(Mon) 23:23:38 編集(投稿者)

    500mlあった点滴を三時間かけて終え…

    未春と愛友美は病院を後にする。

    並んで歩くと長身の上にスタイル抜群の未春に、愛友美は思わずみとれてしまう。

    ころころと表情を変えて話す未春の横顔をぼんやりと見つめていたら、あっという間に二人が出会った場所にたどり着いた。

    「お世話になった事ですし、送ります。」

    未春がポケットから車の鍵を取り出したのを見て、愛友美は慌てて首を横に振る。


    「ダメですよ!点滴して落ち着いたとはいえ、本調子ではないんですから…。真っ直ぐ帰って下さい!」

    そんな愛友美の様子を見ると、未春は少し寂しそうな表情をした。


    「…もうちょっと宇野さんと話がしたいんですけど。」

    「…うっ」


    未春にジッと見つめられ、愛友美は恥ずかしさのあまり地面に視線を落とす。

    「今回はみっともない姿を見せてしまいましたが…、ダンサーですし体力はあるんですよ?大丈夫ですから、送らせて下さい。」

    「で、でも…っ」


    なかなか引き下がらない未春に、もう一度断ろうとした愛友美。

    しかし、愛友美の口から断りの言葉が飛び出す前に、愛友美の体がふわりと宙に浮いた。


    「ほら、宇野さんをお姫様抱っこ出来るぐらいの力もありますから♪」

    先程よりも近い距離から未春の声がして、自分の足が地面に着いていない事に気が付き、愛友美は自分が未春に抱き抱えられている事を理解した。


    「お、降ろして下さい!重いですから…」

    「嫌です。こうでもしなきゃ送らせてくれないでしょ?♪」


    おずおずと視線を上にずらせば、未春の笑顔がすぐ近くにあった。

    同性に対してこんなにドキドキした事がない愛友美は、それを誤魔化すために未春にしがみついてギュッと目を閉じる。

    そんな愛友美を未春が優しく見つめていた事に、目を閉じている愛友美が気が付くはずがなかった。

    愛友美を抱いたまま息を切らす事なく車まで来た未春は、助手席に優しく愛友美を降ろす。


    「到着しましたよ」

    「…っ、ありがとうございます。」


    愛友美がお礼を言うと、パタンと助手席のドアが閉まり、数秒後運転席に未春が腰を下ろした。

    「安全運転で送り届けますから、安心して乗っていて下さい。」

    女性なのに紳士的な態度を取る未春に、愛友美は家に着くまでドキドキしっぱなしであった。



    .

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■21604 / ResNo.4)  君のために・5
□投稿者/ シェリー 一般♪(6回)-(2012/08/28(Tue) 22:09:54)


    言葉通り、未春は愛友美を安全運転で送り届けた。

    「じゃあ、また連絡します。今度きちんとお礼させて下さい。」

    未春の爽やかな笑顔に、愛友美は赤面してしまう。

    未春に出会ってからドキドキしっぱなしの自分に、戸惑いを隠せない。


    「あ、ありがとうございます…。」

    「いいえ。では、これで帰りますね。」


    パタンと車のドアが閉まる音がして、エンジンがかかり始める。


    恥ずかしさのあまり俯きがちだった愛友美は、そっと顔を上げた。

    運転席の未春が手を振っているのに気が付き、慌てて頭を下げたのと同時に車が発進した。


    「未春さん…」

    本人の前では呼べなかった名前をぽつんと呟いた愛友美は、未春の車が見えなくなるまでその場を動かなかった。





    「わぁあ…。未春さん、こんなに沢山活躍してたんだ。」

    お風呂から上がった愛友美は、さっそく未春の動画を検索した。

    YouTubeで未春が踊っている物をいくつも目にし、わくわくしながらマウスをクリックする。


    「カッコイイなぁ…。」

    真剣な表情をして踊っている未春。

    キレのあるダンスから視線が離せない。



    ふと、未春を見つめながらドキドキしている自分に、愛友美は疑問を抱く。

    異性に対してもこんなにドキドキした事はない。

    なのに何故、未春に対してはこんなにドキドキするんだろうか?



    「…っ、きっと未春さんが芸能人だから憧れてドキドキするんだっ!」


    変な方向に考えないよう、必死で自分に言い聞かせると、愛友美は部屋の電気を消してふとんに潜り込んだ。

    その夜、愛友美が眠れなかったのは言うまでもない。



    .

    (携帯)
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■21605 / ResNo.5)  君のために・6
□投稿者/ シェリー 一般♪(7回)-(2012/08/29(Wed) 23:50:47)
    2012/09/16(Sun) 00:16:51 編集(投稿者)

    翌朝…

    愛友美は、眠たげに目を擦りながら空を見上げた。

    天気は晴天。

    視線を正面に戻せば、いつもと変わらない景色と日常。


    ただ、昨日と変わった事は…


    未春と知り合えた事だ。

    バックの中から携帯を取り出してアドレス帳を開くと、愛友美は嬉しそうに微笑む。


    昨日送って貰った際に、車の中で連絡先を交換していたのだった。


    「次はいつ会えるのかなぁ…。」

    未春と出会った場所に差し掛かり、思わず呟いた時だった。


    「宇野さん」

    「…っ!?」

    突然声をかけられた愛友美は、驚いて立ち止まる。

    そんな様子を見ていただろう声をかけてきた人物は、苦笑いして言葉を続けた。


    「あぁ…ビックリさせてしまいましたか?(笑)
    ごめんなさい♪」

    「みっ…、黒坂さんっ!」


    声をかけてきた人物…未春は、昨日と変わらない爽やかさで愛友美に微笑みかけてくる。

    思わず名前で呼んでしまいそうになった愛友美は、あたふたと余裕ない表情で顔を背けた。

    「い、いきなり声をかけてくるからビックリしましたよ…。何か、用ですか?」

    ついつい照れ隠しで可愛くない言い方をしてしまい、愛友美は後悔する。

    そんな愛友美の言葉を気にせず、未春は明るい声で笑った。

    「宇野さん、財布を車に忘れたの気が付いてないんですか?(笑)」

    「…えっ、嘘っ!?」


    ここまで来るための電車も、定期をつかっていたため、全く気が付かなかった。

    クレジットやキャッシュカードも入りっぱなしの財布の存在を忘れていた自分にゾッとする。


    「すみません…。」

    自分が情けなくて、項垂れて未春に謝罪する愛友美。

    昨日は未春の事で頭がいっぱいだったと、改めて自覚する事になってしまった。

    「…どうぞ♪謝らないで下さい!」

    俯いた愛友美の目の前に、見慣れたヴィトンの財布と一枚の名刺が差し出された。

    「…えっ」

    「宇野さんの財布と、あたしの名刺です。裏にダンススクールの住所が書いてあるので、よかったら遊びに来て下さい。」


    愛友美が差し出した手に財布と名刺がおさまるのを確認すると、未春は腕時計を見て苦笑いする。


    「朝はゆっくり話せないので…お昼に連絡しますね?じゃあ、また!」

    「あっ!」


    愛友美が声をかけるまえに、未春は颯爽と立ち去った。

    未春がいなくなった後もドキドキと高鳴る胸を押さえ、愛友美は困惑するばかりだった。



    .

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■21607 / ResNo.6)  君のために・7
□投稿者/ シェリー 一般♪(8回)-(2012/08/30(Thu) 23:24:27)

    慌ただしい午前中があっという間に過ぎ去り…

    お昼休憩に入った愛友美は、ドキドキしながら携帯を眺めた。

    未読メール一件の表示があり、指先でタッチすれば、黒坂未春の名前が目に飛び込んで来る。


    『朝は忙しいのに、いきなりごめんなさい。仕事には遅刻していないですよね?(笑)
    突然ですが…今夜空いていたら、一緒に食事でもしませんか?(^-^)』

    まさかの食事の誘いに、愛友美は赤面した。

    今夜未春に会えるのだと思うと、まるで恋人と会う約束をしている時のような気持ちになる。


    『お疲れ様です。今夜空いているので、食事OKです。楽しみにしています。』


    愛友美が返信すると、すぐに返信が返ってきた。

    『嬉しいです(*^o^*)
    待ち合わせは、どうしましょうか?
    お酒飲まなくていいようなら、車出しますよ?』


    未春が自分に会おうとしてくれていると思うと、嬉しくて仕方がない。

    お弁当の厚焼きたまごを口に頬張ったまま、愛友美がはにかんでいると…


    「なんか宇野がにやけててキモイ(笑)」

    目の前に座っていた主任の日下部小夜(くさかべさよ)が、にやにやしてからかってくる。

    「…にやけてるのは日下部主任じゃないですか」

    冷静を装って言うものの、日下部が簡単にひくはずがなかった。

    「男かぁ?♪」

    「…違います。」

    「なぁんだ(笑)じゃあ、誰なの?♪」

    「教えません。」


    日下部とくだらないやり取りをしながらも、愛友美は返信メールを作成する。


    『明日も早いのでお酒抜きでいいですか?嫌でなければ、黒坂さんの働いているダンススクールへ行きますので、ダンススクールで待ち合わせというのはダメですか?』


    メールを送信し、もしかしたら未春のダンスを生で見られるかもしれないと思うと、ワクワクした。

    「あーっ、またにやけたぁ(笑)怪しい!」

    「主任、うるさいです。宇野はほっておきましょう(笑)」

    「ちぇーっ…。」


    同期の看護師の助けにより、ようやく日下部が静かになる。

    未春からの返信が来るまでお弁当を味わっていると、同期と視線が合った。

    「宇野、後で話そうね(笑)」


    楽しそうな顔でそう言ってくる同期の言葉をスルーし、小さく震えた携帯の画面に視線を落とす。


    『了解しました。レッスンが18時半に終わるので、また後で!』

    楽しみができた愛友美は、午後一生懸命働いたのだった。


    .


    (携帯)
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■21608 / ResNo.7)  君のために・8
□投稿者/ シェリー 一般♪(9回)-(2012/09/01(Sat) 23:49:48)
    2012/09/02(Sun) 14:09:33 編集(投稿者)

    愛友美は数秒間、呼吸をするのも忘れて目の前の光景を見つめていた。







    数分前…


    仕事を終えた愛友美は、未春のいるダンススクールへ来ていた。

    今日はジャズ上級者コースを担当していると聞いていたため、受け付けに確認するとすぐに案内してもらえた。

    未春のレッスンが終わる予定より10分程前に到着したため、レッスン内容のお復習をしている最中だった。


    「はい、それでは頭から通してやってみましょう!5・6・7・8!」

    未春の掛け声と共に、スタジオにいた生徒達が一斉に踊り始める。

    生徒で埋め尽くされそうになっているスタジオの中で、未春は一段と輝いて見えた。


    「わぁ…っ、カッコイイ」

    思わず呟く愛友美。

    ダンスに対する知識は全くないが、YouTubeでみるよりも実際に見る未春のダンスの方が断然かっこ良く見える。


    ふと、踊っている未春と愛友美の視線が合った。

    愛友美の存在に気が付いた未春は、口角を上げて小さく微笑み、その後は何事もなかったかのように真剣な表情で躍り続けた。



    「はいっ、お疲れ様でした!」

    未春の声と共にレッスンが終わり、生徒達がぞろぞろとスタジオを後にし始める。

    未だにぽーっとして帰っていく生徒達を見送る愛友美に、未春は真っ直ぐ歩みよった。


    「お待たせしました。…着替えるまでちょっと待ってて下さい。」

    小声で愛友美に伝え、颯爽と更衣室に向かおうとする未春に、数名生徒達が話しかける。

    「未春さん、アドバイスが欲しいんですけど…。」

    「少しお時間よろしいですか?」


    そんな生徒達に未春は申し訳なさそうな顔をすると、ガバッと頭を下げた。

    「ごめん!今日は予定があるから次のレッスンで。入口のとこにある用紙に名前書いといてくれれば、次のレッスンの後で優先的に話を聞くから!」

    そう言葉を残してパッと立ち去った未春に、生徒達はうっとりと溜め息をつく。

    やっぱり未春さんは人気あるんだ…と、そんな光景を見つめて、落ち込む愛友美。

    ダンスを見れて嬉しかったものの、未春の存在がとても遠いものだと改めて実感させられたのだった。


    『…そんなの、はじめからわかってた事なのに、何を今更落ち込んでるんだろ。せっかく未春さんが誘ってくれたんだから、笑わなくちゃ…。』

    愛友美は自分に言い聞かせると、寂しそうに微笑んだ。




    .

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■21609 / ResNo.8)  君のために・9
□投稿者/ シェリー 一般♪(10回)-(2012/09/02(Sun) 23:15:31)

    車の窓越しからネオンがキラキラと輝いて見える。

    愛友美の隣で運転する未春をネオンが照らすと、未春の魅力が増して見えた。


    「黒坂さん、すごく素敵でした!生徒さんにもすごく慕われてるんですね。」

    愛友美は泣きそうなのを隠し、必死に笑って未春に話しかける。


    『未春さんが手に届かない人だっていうのは、会った時から分かってたはずなのに…やっぱり辛い。』


    踊っている姿や、生徒達に慕われている未春を見て悲しくなっているこの気持ちが、未春の周囲に対しての嫉妬だと愛友美は気が付き始めていた。

    そして、徐々に未春に対する自分の気持ちも自覚しはじめていた。


    『あたし、未春さんの事が好きなんだ…。友達とかファンとしてじゃなく、恋愛感情で。』


    自覚してしまった以上、もう誤魔化せなかった。

    ただ、未春にこの気持ちを気が付かれるわけにはいかない。


    愛友美は必死に笑顔を保ち続けた。

    「そんなに褒められたの、何年ぶりでしょうか…。30代になって減ったから、宇野さんに褒めて貰えると嬉しいですよ。」

    「う…ぇえっ!?黒坂さん、30代なんですかっ!」

    気持ちを明るい方向へ持っていこうと、愛友美は未春の話に乗ってみる。

    「見えないですね…、あたしと同じくらいだと思ってました。」

    「宇野さん、いくつなんです?」

    「う゛、…26歳です…。」

    「へぇ、26歳位に見られるなんて光栄ですね♪今年でもう34になるのに…。」


    苦笑いして照れ臭そうに髪をかきあげる未春に、ドキンと胸が高鳴る。

    顔が赤い事に気が付かれないよう愛友美が俯くと、未春が優しい声で話しかけてきた。

    「…やっぱり年下だったんだ。お互いの年齢も分かった事だし、ずっと他人行儀なのもあれだから…愛友美ちゃんて呼んでいいかな?」


    口調と呼び方が変わった事に戸惑って視線を未春に向けると、優しく微笑んだ未春と視線が合った。

    「…っ、好きに呼んで下さい」

    「うん、ありがとう。」


    照れ臭くてすぐに視線を反らした愛友美に、相変わらず軟らかい雰囲気で話しかける未春。

    ドキドキしているのを必死で隠し、愛友美も勇気を振り絞って口を開いた。

    「あ…っ、あたしも未春さんて…呼んでもいいですか?」

    「うん、喜んで。」

    愛友美の言葉に、未春が嬉しそうにうなずく。

    この後の夕飯が喉を通るか、愛友美は心配でならなかった。



    .

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■21610 / ResNo.9)  君のために・10
□投稿者/ シェリー 一般♪(11回)-(2012/09/03(Mon) 00:07:33)

    未春の車が停まったのは、個室でオシャレなイタリアンのお店の駐車場だった。

    席へ通され、目の前に未春が座ると愛友美は一気に緊張する。

    「昨日助けてくれたお礼だから、好きなの頼んで?」

    「えっ!?あ、あたし何もしてないですし、ご馳走してもらうなんて…!」

    「愛友美ちゃん、ここは素直に甘えて欲しいのが年上の本音かな♪」


    キラキラした笑顔でそんな事を言われたら、断れるわけがない。

    愛友美は赤面してペコリと頭を下げた。

    「…ごちそうさまです。」

    「それでよろしい♪」


    素直に従った愛友美の態度が気に入ったのか、未春は愛友美の頭を優しく撫でる。

    「ちょっ…!?未春さん!子供扱いしないで下さい…ッ!」

    「あぁ、ゴメンゴメン(笑)そんなつもりじゃないから、ね?」

    そう言いながらもどこか楽しそうな未春に、愛友美は拗ねて口を尖らせた。

    「未春さん…、絶対楽しんでる」

    「そりゃあ可愛い子とご飯にこれたら、嬉しいし楽しいでしょうが。」

    「…っ!?」



    未春の言葉をストレートに受け止めた愛友美は絶句する。

    『未春さんって…なんでこんなドキドキさせるのっ!?』


    「あーペリエ来た。乾杯しよっか?(笑)」


    完全に余裕が無くなった愛友美に対し、未春はケロッとした顔で届いたペリエを片手にとった。

    「乾杯♪」

    「か、乾杯…っ」


    もはや乾杯ではなく完敗だと、心の中でオヤジギャグを呟いた愛友美は、ペリエを一気に飲み干した。


    「未春さん…っ、あたし…やっぱり飲んでもいいですか?」

    「へっ?あぁ、アルコール?いいよ♪」

    未春と二人きりの空間に堪えきれず、愛友美は飲まない予定だったアルコールに助けを求める事にしたのだった。

    しかし、この選択を後々後悔する事になるとは、この時の愛友美が気付くはずがなかった。



    2時間後…

    ハイペースでワインを飲み続けた愛友美は、完璧に酔っ払っていた。

    「愛友美ちゃん?大丈夫?」

    「あはは♪大丈夫ですよ〜」


    陽気に笑うも、酔っ払っている事は誰が見ても分かる状態だった。

    流石に飲ませ過ぎたなぁ…と内心で慌てる未春。


    「明日も仕事だったよね?送るから、帰ろうか?」

    「嫌だぁ、未春さんの家に泊まる〜♪」

    酔っ払って素直になった愛友美は、勢いで未春に抱きつく。

    珍しく動揺して目を見開く未春に、愛友美が気付くはずがなかった。


    .



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