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首元に三日月
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□投稿者/ なな
一般♪(1回)-(2013/06/16(Sun) 01:30:04)
#1 ハル、出会い
太陽が沈む放課後。
学校の門てのは物騒な事が起きない限り、授業中でもいつも開きっぱなしだ。この高校もそうだった。
いつもながら門を潜り抜けて、ハルはこっそりと例の場所に行く。ここは誰も通らない校舎の裏側で、教員らですら通らない。安心して目的を果たせた。
…カンッカンッカンッカンッ…
リズムに乗せて金属と何かがぶつかる音が聞こえてくる。その音の正体はわからないが、聞こえてくるのは決まって音楽室だ。それから…
「ちがう!何回言えばわかるんだよ!」
恐らく女性の音楽教師であろう声が、校舎を揺らす勢いで怒鳴った。姿は見た事はないが、よく通る声でいつも生徒を叱っているようだった。そうしてしばらくすると、綺麗な歌声と吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。カンカンカン…という金属音も聞こえなくなり、音が校舎を包みハルも包んだ。
この学校の合唱部と吹奏楽部は関東では、ずば抜けてレベルが高い。ハルはこの春自分の通う中学を卒業した後、この学校に進学する気でいた。校舎中に響いている合唱部の美しい歌声につられて、ハルも歌い出した。
―あ、なんだか今日はすごく調子が良い。きっと何か素敵な事が起こる、そんな気がしてハルは心を躍らせた。
…そうしていつの間にか夜を迎えていた。ハッとしてハルが慌てて腕時計を見る
と、あれから二時間が経過していた。どうやら寝てしまっていたようだ。
辺りは真っ暗で、校舎の窓から漏れる光にたくさんの虫が集っている。
夕方になると慌しくなるカラス達の鳴き声も、響き渡る合唱部の歌声ももう聞こえてはこない。
そこには夜の生暖かい風の音だけが聞こえた。
―また寝ちゃったんだ…
それは今回が初めてではなかった。自分も歌っていた筈なのに、その心地良さに溜まらずつい寝てしまう。溜め息をついてから、ハルがそそくさと立ち上がって退却しようとした時だった
。
「こら!」
「っ…ごめんなさいっ…」
突然誰かに怒鳴られ、驚いて顔をあげると、ハルの目の前には綺麗な女性が、怪訝な顔をして立っていた。肩に触れる位の長髪ボブ、顔立ちも声も中性的な女性だったが、貫禄が何よりも際立っていた。相手は少し小柄な女性なのに、ハルは彼女から大きな威圧感を感じた。
「何やってんの」
「歌を…聞いていました…」
―どうしよう…。
ハルは怖くなって涙目になった。
「あ、そう。歌が好きなの?」
「…はい。」
女性はハルが見当していた事とは全く別の話に触れた。
「ふ〜ん。さっき歌ってたのはあんた?」
「…え、あ、そうです。」
歌声を聞かれていた事に、ハルは顔を赤くした。女性はハルを凝視すると、思い立ったように切り出した。
「ちょっとおいで」
「えっ?!」
「それともこのまま家族を呼ぶ?」
意地悪そうに不適な笑みで言う女性。 ハルは何も言えず、彼女についていく事にした。スリッパを履いて、校舎内へ一緒に入る。綺麗な作りの校舎は廊下や壁が輝くようにキラキラとしていて、蛍光灯の光を反射させていた為、中は思っていたよりもずっと明るかった。
女性は先導するように先を歩き、ハルは後ろについていった。
「あの、いいんですか?」
「大丈夫。それより何歳?」
「15です」
「ふーん。学校はどこ?部活は?」
「七蔵中学の、コーラス部です」
「すぐそこだね。部活はやっぱり合唱だったんだ。部活は楽しい?」
「はい。私にとって音楽は幸せそのものなんです」
つい乗り気になり蔓延の笑みで話してしまったハルに、女性はやけに頬笑ましそうだった。その表情が余りにも美しかったので、少し照れて顔を赤くしたハルはそれを隠すように俯いた。それから少しして、気になっていた事を聞こうとハルは彼女に話しかけた。
「あの…何かの先生ですか?」
「あれ?分かってると思ってた。音楽だよ。で、合唱部と吹奏学部の顧問。」
「え!じゃあ、いつも生徒に大声で叱っているのは…」
「あー…あたしだね」
先生は苦笑した。
「そうだったんですか。」
日頃、憧れを抱いていたあの合唱部の顧問でもある音楽の先生だと聞いた瞬間、ハルの心が躍り出した。
「先生、名前はなんて言うんですか?」
「んー…」
先生は少し考えたように黙り込み、しばらくして口を開いた。
「まどかって呼んで。」
意外にも下の名前を言われた事にハルは少し驚いた。
「え…えっと、まどか先生…私は、久吹ハルと言います。」
「じゃあ、ハルって呼ぶよ。」
まどかが微笑んでそう言うので、ハルはまた照れてしまった。
まどかの後ろをついて行って着いた先、そこは音楽室だった。
「…」
ハルは言葉に出来ない程の感動に浸った。
「ハル、早速だけどこの曲はわかる?」
突然名前で呼ばれ、まどかはピアノの蓋を開けると、椅子には座らずに立ったままピアノで伴奏を弾き始めた。その姿を見たハルは、自分の心臓が''ドキン''と激しく跳ねたのを気にしながら、彼女の弾く伴奏に合わせて歌いだした。
『心の瞳』という、学校で教わる合唱曲としてもかなり有名な曲だ。まどかはハルが歌ってる最中に伴奏を止め、ピアノから離れた。
「ハル、もっと喉を開けて。腹使って。」
まどかの目付きが変わったのがハルにはすぐに分かった。そしてハルのお腹をぐっと強く押した。
「うっ」
「なんでもいいから声出して。」
お腹を強く押されながら声を出す。するとハルの声はまるで、魔法が掛かったように声量を増した。
「ぅぁ…凄い声出た」
確かに声楽にも吹奏楽にも腹式呼吸は不可欠であって、学ぶにあたって誰もが身につけなければならないものではあった。無論、ハルも随分前から腹式呼吸については知っていたし、日頃トレーニングも欠かさない。ところが、まどかが押して発せられた声は、自分でも聞いたこともないような深いボリュームのある声だった。ハルは自分の腹式の価値観を覆す程に驚いた。
「それでもう一回歌ってみて」
まどかは伴奏を再開した。突然リズムに合わせてカンカンカンッと響かせたのは、まどかの右手に嵌めている指輪がピアノにぶつけるあの音の正体だった。
ハルの瞳はより一層輝きに満ちた。校舎内にはまどかのピアノの音と、ハルの深く美しい歌声が響く。二人は真っ直ぐに互いを見つめ合い、音楽という至福の時間を堪能した。
いつも遠くからしか感じれなかったものが、今現実にすぐ目の前にある。ハルはまだ15年という短い人生で、永遠に輝く何かを見つけたような、そんな気がした。
…暫らくして気が付けば、音楽室の窓から見える空は更に暗くなっていた。
「あ、やべ。やっちった」
「なんだか、真っ暗っていうより真っ黒って感じですね」
「ごめん。教師のくせにこんな時間まで。」
まどかは申し訳なさそうだった。無理はなかった。なぜなら時計の針は既に22時過ぎを指していたからだった。けれどハルは何も気にしていなかった。時間の事よりも伝えたい事を言った。
「それよりも先生、私今とても幸せです」
「…そっか」
ハルのその言葉を聞いてまどかは安堵したように微笑むと、ハルの頭をポンポン、と撫でるように叩いた。
「送るよ。」
そう言ってハルの頭から手を優しく離して、帰りの支度をした。ハルはまどかのその後ろ姿を見つめたまま、また顔を赤くした。
音楽室の角隅にはどうやらもうひとつ部屋があったようで、まどかはそこにあるドアを開けて中に入っていった。
―あの部屋には何があるんだろう。
それは単なる好奇心だった。そして今が絶好のチャンスでもあった。ハルはそのドアにそーっと近付いて、中にいるまどかに気付かれないよう静かにドアを開けた。入ってすぐ目の前には見た事もない楽器の数々や、大量の楽譜が床に散らばっている。
―汚い…
左側を見ると奥にはデスクがあるようで、まどかはこちらに背を向けて帰り支度をしていた。デスクは日頃から整頓しているとは思えないほど、乱雑に楽譜やら筆記用具が散らばっていた。
ー忙しくて片付けれないか、元々片付けれない人か。…うん、多分絶対後者だ。
ハルは一人心の中でクスクスと笑っていた。
「こら!」
「ひっ!はぁ、びっくりした…もしかして、気付いていましたか…?」
背中を向けたままのまどかの声に、ハルは苦笑した。
「まぁね。背中にも目があるって生徒達からよく言われてるからねぇ」
ハルは笑った。
「お待たせ!さぁ、帰ろう。」
そう言ってハルの前に立つまどか。その姿にハルはキョトンとした。
「先生…いつもそんな格好なんですか?」
「うん」
しれっと言うまどかが羽織った上着は、正に映画に出てくる悪役ヒロインの女性の様だった。細身の、足先まで見えなくなりそうなほどの丈の真っ黒なロングコート。
「先生…」
「なに?」
「とっても格好良いけど、とっても目立ちますし、暑くないですか…?」
「全然。これ、いいでしょ?」
まどかは得意気にへへっと、笑った。
「先生って、なんだか存在が素敵な人ですよね」
ハルが笑顔でまどかを見つめて言うと、まどかは照れたのを誤魔化すかのように、ハルの頭をクシャクシャと撫でた。二人の明るげな笑い声が、静かな音楽室に響いた。
しばらくして二人は門を出た。
「本当に良いんですか?」
「当たり前でしょ。危ないし、心配だし…それ以前に教師の務めだよ」
「んー…はい、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」
ハルとまどか、二人は同じ歩幅で歩き始めた。
「ハルは、いつから歌う事が好きだった?」
「うん〜…お母さんが言うには幼稚園の時からだったそうです。」
「へぇー」
「うちの幼稚園て少し…というよりズバ抜けて変わった幼稚園だったんですよ。」
「どんな風に?」
「私の通っていた幼稚園はキリスト教だったので、先生はみんなシスター様方でした。その長のシスタークレア様はゴスペルがとっても大好きなお方で、そのクレア様ご自身も加入している海外のゴスペル集団を、わざわざ日本の幼稚園に招き、園児達に歌を披露して下さったんです。」
「それはすごいね。」
「はい。私はそのクレア様とゴスペルの団体に魅了されました。圧倒させられ、私は釘付けになりました。あの深くパワフルで感情豊かな歌声と、彼女彼らから感じる生命の強い強いエネルギーは、まだ園児だった私の中にある何かを、目覚めさせたんです。」
「絶対に忘れられないね。ハルの身体が覚えてると思う。」
「はい、私の音楽への愛の始まりとなりました。」
「ハルは本当に素敵な経験をしたね。あ、ここ?家。」
「あ、ここです。」
話しをしている内にどうやら着いたようだった。
「まどか先生、今日は園児の時の気持ちがより一層強くなりました。幸せなお時間を頂いて、ありがとうございました。」
「あはは、丁寧だなぁ。あたしにはタメ口でも、名前だけで呼んでもらっても良いよ。」
「それは…時間をかけて頑張ってみます。」
「ははっ!じゃぁ、今日は本当に悪かったね。」
「全然大丈夫ですよ。お気を付けて帰って下さいね。」
「ありがと。あ、忘れ物」
まどかはそう言って、ハルに近寄り両腕を抑えた。突然の状況に、ハルの息がぐっと止まる。お互いの鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの近い距離。まどかは自分の唇を、ハルの耳元へ持っていくと、囁くように小さな声で耳打ちをした。まどかはハルの耳元から唇を離して、ハルの顔を一層近くで見ると、満足そうな顔をして掴んでいた両腕を離し、サっとこちらに背中を見せて、帰路を歩いた。
「じゃ!」
背中越しに手をヒラヒラさせて、バイバイをするまどかの後ろ姿を、ぼーっと見つめるハル。
今日で一番真っ赤な顔をした。
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Re[1]: 首元に三日月
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□投稿者/ なな
一般♪(2回)-(2013/06/16(Sun) 01:32:59)
#2 ハル、入学式早々
「ハルー!」
オレンジ色の屋根をした一軒家の一階から、母がハルを煽る様に呼ぶ。
「ちょっと待ってー」
母にそう言うと、ハルは初めて身に纏う制服にうっとりとした。
―先生…今、行きます。
この春、ハルは念願のまどかの居る歌仙高校に入学する事となった。そして今日こそが、大きな第一歩を踏む事となる入学式の当日だった。ハルは鏡に映る自分を見つめて、深く深呼吸した。今日までの道のりは決して平坦なものではなかった。歌仙高校は県の誇る大きな学校で、偏差値は県内トップ、多種の競技やコンクールでは数多くの成績を残している為、当然夢へ向かう第一歩として、他県から歌仙高校を選ぶ受験生も数多く居た。
ハルはあの日以来、毎日毎日寝る時間を惜しんで猛勉強に明け暮れた。母校の合唱部では自分の力も蓄えた。そしてついに、その努力が形となり、幕を開ける事になる。ハルはなんとも言えない高揚感に、頬笑んだ。
「もー早くしなさーーい!!」
母の苛立ちは絶頂に達したようだった。ハルは慌てて部屋を後にした。
学校に着くと、あの頃毎日見ていた校舎が改めて目の前に大きくそびえ立っていた。門は華々しく飾られ、続々と親族を連れた新入生たちが門をくぐる。
「ふぅっ…」
―今日、先生に会えるかな。一体どんな顔をするだろう…。
そう思いながら門を見つめた。
―来年の春、音楽室で。
あの日の帰り、耳元で囁かれた言葉を思い出してハルはまた顔を赤くした。母に促され、ハルは足を踏み出し門をくぐる。式が始まる体育館までの距離は近くはなかった。驚く事に、この学校には体育館が第一、第二、第三と三つある。式が始まる第一体育館の中に入り、辺りを見渡すと、そこにいる大勢の人たちが米粒のように小さく見えるほど大きな体育館だった。その様子に、母も驚いた様子で、口をあんぐりと開けたまま視線をあちらこちらへと飛ばした。
案内人に指導され母と別れたハルは新入生の席へ、母はその後方に並べられた保護者の席へ座った。
ハルはすぐさま辺りを見渡し、まどかを探したがその姿はなかった。暫らくすると館内に始業式開幕のアナウンスが流れた。それまでがやがやと騒がしかった新入生達も静かになり、会場は無音の状態になる。会場にいる新入生たちの顔に少しの緊張が走った。そして式が始まり全員が起立した時だった。
「ハルっ」
真後ろから小さくハルを呼ぶ声がした。振り返るとそこには母校のクラスメイトだった天野ゆいの姿があった。
「…ゆいちゃん?」
教壇をチラチラ見ながら、ハルは小さく歓喜の声と驚きの声を挙げた。
「やっぱりハルだ!同じ高校だったんだ!」
ゆいは嬉しそうに言った。
「なんでここに居るの?違う高校合格したでしょ?」
「ねぇここ、感動の再会だよ?!言う事全然違うでしょ!もう…。まぁ、やっぱり自分の道を追いかけたかったしね。けどここって倍率半端なく高いんだもん、本当にすごく苦労した。」
「…にしても驚くでしょ。でも、ゆいちゃんと一緒だって分かったら少し不安だった気分も晴れた。」
そんな他愛のない話をしていると、歌仙高校の学園長が教壇に立ち、マイク越しに話を始めたので、ハルもゆいもここぞと静かに話を聞いた。しばらくして、ハルはまた辺りをキョロキョロとした。ゆいはその様子を見てハルに注意をしかけた時だった。体育館の左端に教員の席があり、その端の席にまどかは居た。
−あ、いた。
「あの先生…」
ゆいがハルの目線の先を見て、話かけようとしたが、ハルはまどかの方に夢中で聞いていない様子だったので、話を後回しにした。
静かな体育館の中で、ハルの心臓は大音量で弾み始めた。前もにも見たあの黒のコートに相変わらずの風格と威圧感。まどかは一際目立ってはいたが、ハルにはもっと特別輝いて見えた。それからしばらく経つと、ハルに気付いたまどかと目が合った。ハルは息を飲む思いだった。が、まどかはハルに顎で教壇を指し、話を聞け!と叱った様だったので、ハルはキリっとなって教壇を見た。学園長の話が終わると、今度は女生徒が教壇に立った。
「皆様、ようこそ歌仙高校へ。」
腰まである長い黒髪で、凛とした佇まいをした歌仙高校の生徒会長。その美しい容姿とは真逆のはっきりとした口調と、少しハスキーな声に入学生たちは皆釘づけだった。
―なんか、まどか先生に似てるなぁ。
生徒会長のその立ち振る舞いや仕草がまどかととても重なったので、ハルはなんだか可笑しくなって苦笑してしまった。
話をしばらく聞いていると、横から手元へと小さめの書類が配られた。
「この高校では自分の進む道、又、その視界を広げる為の選択科目など何十種類もあります。皆様の手元に配られた書類には、その種別などが細かく書かれていますので、よく読んだ上で一人ひとり目的の欄にチェックをしてください。チェックは何個でも構いませんが、全てに審査があります。チェックし終わり次第、この式場内に後に用意されるポストへと投降するように。」
生徒会長は話を終えると、まどかの方をチラっと見た。ハルはその様子を見ていたが、何やらまどかに合図を出したように見えた。それからすぐに、まどかは席から立ち上がり、教壇横の幕の奥へと姿を消した。
「さて、今から皆様を祝福致します。」
生徒会長が真横を見て誰かに合図を送ると、式場が少し薄暗くなった。幕が閉じ、これから一体何が起こるのかと入学生たちも保護者たちも騒がしくなった。しばらくして幕が開けたが、暗くて何も見えない。
「ショータイムの始まりです。それでは、お楽しみください。」
生徒会長が指を鳴らすと、オレンジ色の光が教壇へと集中して照らされた。そしてそこには数々の楽器を抱える歌仙高校の吹奏楽部の生徒達が約40名、その後ろには合唱部の生徒達が約30名、そしてその中央には後姿のまどかが立っていた。教壇がほんの数分で大きな舞台となったのだ。まどかは振り返り式場を見た。そして自分をじっと見つめるハルを見つめ返して、微笑んだ。
ハルの心臓がドキン、と跳ねる。
静寂に満ちた式場の中、まどかが一礼をしこちらに背を向け、指揮棒を使わずに手振りで指揮をする。その瞬間、ハルの息が止まった。吹奏楽部の創大な音色が式場を包んだ、というよりも突き抜けたようだった。その音色には温かみもあった。しばらくして合唱部の歌声が会場を突き抜ける。数多くの入学生達と保護者、更には教師や学園長までもが恍惚の表情を見せた。何よりも、指揮をし出したまどかのその光り輝く姿に、ハルは感動の涙を流した。
―すぐそこに、女神がいる。
恥ずかしくも思える言葉だが、ハルは純粋にそう思った。その女神は荒々しくも優しさに溢れていた。それは園児だった自分がゴスペルと出会って味わったものよりも、ずっと鮮明にずっと明確にハッキリとした感動がハルの心を突き抜けた。
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「ハル」
さっきまで舞台となっていた教壇をぼーっと見つめるハルに、ゆいは声を掛けた。
「…あ、ゆいちゃん。」
「演奏、すごかったね」
「うん…」
演奏も終わり、式が終わると生徒達は続々と会場を後にした。皆渡されたチェック用紙を手に持ている。中には会場に残ってチェック用紙と睨めっこをしている者もいた。
「あの先生、すっごい人気高いよね」
「え!そうなの?」
突然思わぬ事を友人から言われ、ハルはぼーっとしていた目を覚ました。
「初瀬まどか、28歳。日本の音楽教師として名が高く、彼女がいた学校は100%の確率で賞を貰ってる。ついでに告白率が高く、男女問わずかなりの人気を誇る、と。」
ゆいはポケットから小さなノートを出して、めくりながら言うのでハルはきょとんとした。
「…何それ」
「私、新聞部に入って革命を起こす。いずれは名の通る著名人になるわ。」
「相変わらず…」
「ハルはもちろん合唱部だもんね」
「そう。歌は私の総てだから。」
「さすが…」
ハル達は思わず声をあげて笑ってしまい、体育館に残り真剣に悩む新入生たちが、ハル達を刺すような目で見た。まどかは会場の隅から密かにハルの様子をクスクス笑って見ていたが、しばらくするとその場を後にした。
「よし、ハル。行こう!」
突然ゆいが立ち上がり、ハルの腕を掴んだ。
「どこ行くの。」
「校内見学〜」
「今から?」
「そうそう」
そう言われて着いた先は、職員室だった。ハルはゆいと職員室の小窓を覗いた。
「あれー、どこに居るんだろう」
「誰か探してるの?」
「まぁねぇ…」
ゆいの不可思議な行動にハルはため息をついたが、ゆいのそんな所がハルは面白いと思っていた。ところがここは職員室。ハルはまどかが居ないのを確認すると一人ほっと肩をおろした。
「そろそろ行かない?」
「もうちょっとね〜」
ハルが声を掛けても、ゆいは一向に職員室の小窓を覗くのを止めなかった。
―誰を探してるんだろ。
内心疑問だらけだったが、ハルは気にも留めず、職員室の前の大きな窓から見える校庭を見つめた。舞台に立つまどかの姿が目に焼き付いている。耳の奥で演奏が鳴り止まない。まるで今もまだ目の前で演奏しているかのような気分になって、ハルは嬉しそうだった。数分ほど、ゆいが小窓から職員室を覗き、ハルが校庭をぼーっと見つめていると、突然後ろから声がした。
「何やってんの。」
−あ。
ハルにはその声の主が誰なのか、すぐに分かった。また“ドキン”と心臓が跳ねた。
「私天野って言います。初瀬先生ですよね!」
ゆいが目を輝かせて言うと、ハルはゆいの袖を引っ張って止めさせようする。
「ゆいちゃん、お母さん待ってるから」
正直、心臓がはち切れそうな上に泣きそうだった。
まどかはハルのその様子を見てまた笑いそうになったが、一息ついてゆいの肩に手をそっと置いた。
「天野、情報なら3階の第二会議室に新聞部がいるから直接行くといいよ。あっちには初瀬が思う以上にスケールのでかい話が大量に用意されてるから。」
ゆいはさっきよりも嬉しそうに目を輝かせると、ありがとうございます、と一礼しハルを置いて2階に伸びる階段へ颯爽と走り出した。
「え?!どういう事?!」
まどかはははっと笑うと、背中を向けてゆいの後姿を見るハルを呼んだ。
「ハル」
はっとして、ハルはそっとまどかの方へ向き直した。
「あの約束…」
ハルがそう言いかけた時、まどかの手がハルの頬を触れた。
「音楽室で」
まどかの手の体温と同時に、その言葉を聞いたハルは耳まで顔を真っ赤にした。
まどかはハルの頬に触れた手を離すと、じゃあ、とあの日の帰りの時のように、背中越しに手をひらひらさせてバイバイをした。
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■21776
/ ResNo.2)
おもしろい!!
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□投稿者/ 夢
一般♪(2回)-(2013/11/13(Wed) 16:02:14)
とても面白いと
思います。
また続きを
見させて下さい。
心待ちにしてます。
(携帯)
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■No21751に返信(ななさんの記事) > #2 ハル、入学式早々 > > 「ハルー!」 > オレンジ色の屋根をした一軒家の一階から、母がハルを煽る様に呼ぶ。 > 「ちょっと待ってー」 > 母にそう言うと、ハルは初めて身に纏う制服にうっとりとした。 > ―先生…今、行きます。 > この春、ハルは念願のまどかの居る歌仙高校に入学する事となった。そして今日こそが、大きな第一歩を踏む事となる入学式の当日だった。ハルは鏡に映る自分を見つめて、深く深呼吸した。今日までの道のりは決して平坦なものではなかった。歌仙高校は県の誇る大きな学校で、偏差値は県内トップ、多種の競技やコンクールでは数多くの成績を残している為、当然夢へ向かう第一歩として、他県から歌仙高校を選ぶ受験生も数多く居た。 > ハルはあの日以来、毎日毎日寝る時間を惜しんで猛勉強に明け暮れた。母校の合唱部では自分の力も蓄えた。そしてついに、その努力が形となり、幕を開ける事になる。ハルはなんとも言えない高揚感に、頬笑んだ。 > 「もー早くしなさーーい!!」 > 母の苛立ちは絶頂に達したようだった。ハルは慌てて部屋を後にした。 > > 学校に着くと、あの頃毎日見ていた校舎が改めて目の前に大きくそびえ立っていた。門は華々しく飾られ、続々と親族を連れた新入生たちが門をくぐる。 > 「ふぅっ…」 > ―今日、先生に会えるかな。一体どんな顔をするだろう…。 > そう思いながら門を見つめた。 > > ―来年の春、音楽室で。 > > あの日の帰り、耳元で囁かれた言葉を思い出してハルはまた顔を赤くした。母に促され、ハルは足を踏み出し門をくぐる。式が始まる体育館までの距離は近くはなかった。驚く事に、この学校には体育館が第一、第二、第三と三つある。式が始まる第一体育館の中に入り、辺りを見渡すと、そこにいる大勢の人たちが米粒のように小さく見えるほど大きな体育館だった。その様子に、母も驚いた様子で、口をあんぐりと開けたまま視線をあちらこちらへと飛ばした。 > 案内人に指導され母と別れたハルは新入生の席へ、母はその後方に並べられた保護者の席へ座った。 > ハルはすぐさま辺りを見渡し、まどかを探したがその姿はなかった。暫らくすると館内に始業式開幕のアナウンスが流れた。それまでがやがやと騒がしかった新入生達も静かになり、会場は無音の状態になる。会場にいる新入生たちの顔に少しの緊張が走った。そして式が始まり全員が起立した時だった。 > 「ハルっ」 > 真後ろから小さくハルを呼ぶ声がした。振り返るとそこには母校のクラスメイトだった天野ゆいの姿があった。 > 「…ゆいちゃん?」 > 教壇をチラチラ見ながら、ハルは小さく歓喜の声と驚きの声を挙げた。 > 「やっぱりハルだ!同じ高校だったんだ!」 > ゆいは嬉しそうに言った。 > 「なんでここに居るの?違う高校合格したでしょ?」 > 「ねぇここ、感動の再会だよ?!言う事全然違うでしょ!もう…。まぁ、やっぱり自分の道を追いかけたかったしね。けどここって倍率半端なく高いんだもん、本当にすごく苦労した。」 > 「…にしても驚くでしょ。でも、ゆいちゃんと一緒だって分かったら少し不安だった気分も晴れた。」 > そんな他愛のない話をしていると、歌仙高校の学園長が教壇に立ち、マイク越しに話を始めたので、ハルもゆいもここぞと静かに話を聞いた。しばらくして、ハルはまた辺りをキョロキョロとした。ゆいはその様子を見てハルに注意をしかけた時だった。体育館の左端に教員の席があり、その端の席にまどかは居た。 > −あ、いた。 > 「あの先生…」 > ゆいがハルの目線の先を見て、話かけようとしたが、ハルはまどかの方に夢中で聞いていない様子だったので、話を後回しにした。 > 静かな体育館の中で、ハルの心臓は大音量で弾み始めた。前もにも見たあの黒のコートに相変わらずの風格と威圧感。まどかは一際目立ってはいたが、ハルにはもっと特別輝いて見えた。それからしばらく経つと、ハルに気付いたまどかと目が合った。ハルは息を飲む思いだった。が、まどかはハルに顎で教壇を指し、話を聞け!と叱った様だったので、ハルはキリっとなって教壇を見た。学園長の話が終わると、今度は女生徒が教壇に立った。 > 「皆様、ようこそ歌仙高校へ。」 > 腰まである長い黒髪で、凛とした佇まいをした歌仙高校の生徒会長。その美しい容姿とは真逆のはっきりとした口調と、少しハスキーな声に入学生たちは皆釘づけだった。 > ―なんか、まどか先生に似てるなぁ。 > 生徒会長のその立ち振る舞いや仕草がまどかととても重なったので、ハルはなんだか可笑しくなって苦笑してしまった。 > 話をしばらく聞いていると、横から手元へと小さめの書類が配られた。 > 「この高校では自分の進む道、又、その視界を広げる為の選択科目など何十種類もあります。皆様の手元に配られた書類には、その種別などが細かく書かれていますので、よく読んだ上で一人ひとり目的の欄にチェックをしてください。チェックは何個でも構いませんが、全てに審査があります。チェックし終わり次第、この式場内に後に用意されるポストへと投降するように。」 > 生徒会長は話を終えると、まどかの方をチラっと見た。ハルはその様子を見ていたが、何やらまどかに合図を出したように見えた。それからすぐに、まどかは席から立ち上がり、教壇横の幕の奥へと姿を消した。 > 「さて、今から皆様を祝福致します。」 > 生徒会長が真横を見て誰かに合図を送ると、式場が少し薄暗くなった。幕が閉じ、これから一体何が起こるのかと入学生たちも保護者たちも騒がしくなった。しばらくして幕が開けたが、暗くて何も見えない。 > 「ショータイムの始まりです。それでは、お楽しみください。」 > 生徒会長が指を鳴らすと、オレンジ色の光が教壇へと集中して照らされた。そしてそこには数々の楽器を抱える歌仙高校の吹奏楽部の生徒達が約40名、その後ろには合唱部の生徒達が約30名、そしてその中央には後姿のまどかが立っていた。教壇がほんの数分で大きな舞台となったのだ。まどかは振り返り式場を見た。そして自分をじっと見つめるハルを見つめ返して、微笑んだ。 > ハルの心臓がドキン、と跳ねる。 > 静寂に満ちた式場の中、まどかが一礼をしこちらに背を向け、指揮棒を使わずに手振りで指揮をする。その瞬間、ハルの息が止まった。吹奏楽部の創大な音色が式場を包んだ、というよりも突き抜けたようだった。その音色には温かみもあった。しばらくして合唱部の歌声が会場を突き抜ける。数多くの入学生達と保護者、更には教師や学園長までもが恍惚の表情を見せた。何よりも、指揮をし出したまどかのその光り輝く姿に、ハルは感動の涙を流した。 > ―すぐそこに、女神がいる。 > 恥ずかしくも思える言葉だが、ハルは純粋にそう思った。その女神は荒々しくも優しさに溢れていた。それは園児だった自分がゴスペルと出会って味わったものよりも、ずっと鮮明にずっと明確にハッキリとした感動がハルの心を突き抜けた。 > ・ > ・ > ・ > ・ > 「ハル」 > さっきまで舞台となっていた教壇をぼーっと見つめるハルに、ゆいは声を掛けた。 > 「…あ、ゆいちゃん。」 > 「演奏、すごかったね」 > 「うん…」 > 演奏も終わり、式が終わると生徒達は続々と会場を後にした。皆渡されたチェック用紙を手に持ている。中には会場に残ってチェック用紙と睨めっこをしている者もいた。 > 「あの先生、すっごい人気高いよね」 > 「え!そうなの?」 > 突然思わぬ事を友人から言われ、ハルはぼーっとしていた目を覚ました。 > 「初瀬まどか、28歳。日本の音楽教師として名が高く、彼女がいた学校は100%の確率で賞を貰ってる。ついでに告白率が高く、男女問わずかなりの人気を誇る、と。」 > ゆいはポケットから小さなノートを出して、めくりながら言うのでハルはきょとんとした。 > 「…何それ」 > 「私、新聞部に入って革命を起こす。いずれは名の通る著名人になるわ。」 > 「相変わらず…」 > 「ハルはもちろん合唱部だもんね」 > 「そう。歌は私の総てだから。」 > 「さすが…」 > ハル達は思わず声をあげて笑ってしまい、体育館に残り真剣に悩む新入生たちが、ハル達を刺すような目で見た。まどかは会場の隅から密かにハルの様子をクスクス笑って見ていたが、しばらくするとその場を後にした。 > 「よし、ハル。行こう!」 > 突然ゆいが立ち上がり、ハルの腕を掴んだ。 > 「どこ行くの。」 > 「校内見学〜」 > 「今から?」 > 「そうそう」 > そう言われて着いた先は、職員室だった。ハルはゆいと職員室の小窓を覗いた。 > 「あれー、どこに居るんだろう」 > 「誰か探してるの?」 > 「まぁねぇ…」 > ゆいの不可思議な行動にハルはため息をついたが、ゆいのそんな所がハルは面白いと思っていた。ところがここは職員室。ハルはまどかが居ないのを確認すると一人ほっと肩をおろした。 > 「そろそろ行かない?」 > 「もうちょっとね〜」 > ハルが声を掛けても、ゆいは一向に職員室の小窓を覗くのを止めなかった。 > ―誰を探してるんだろ。 > 内心疑問だらけだったが、ハルは気にも留めず、職員室の前の大きな窓から見える校庭を見つめた。舞台に立つまどかの姿が目に焼き付いている。耳の奥で演奏が鳴り止まない。まるで今もまだ目の前で演奏しているかのような気分になって、ハルは嬉しそうだった。数分ほど、ゆいが小窓から職員室を覗き、ハルが校庭をぼーっと見つめていると、突然後ろから声がした。 > 「何やってんの。」 > −あ。 > ハルにはその声の主が誰なのか、すぐに分かった。また“ドキン”と心臓が跳ねた。 > 「私天野って言います。初瀬先生ですよね!」 > ゆいが目を輝かせて言うと、ハルはゆいの袖を引っ張って止めさせようする。 > 「ゆいちゃん、お母さん待ってるから」 > 正直、心臓がはち切れそうな上に泣きそうだった。 > まどかはハルのその様子を見てまた笑いそうになったが、一息ついてゆいの肩に手をそっと置いた。 > 「天野、情報なら3階の第二会議室に新聞部がいるから直接行くといいよ。あっちには初瀬が思う以上にスケールのでかい話が大量に用意されてるから。」 > ゆいはさっきよりも嬉しそうに目を輝かせると、ありがとうございます、と一礼しハルを置いて2階に伸びる階段へ颯爽と走り出した。 > 「え?!どういう事?!」 > まどかはははっと笑うと、背中を向けてゆいの後姿を見るハルを呼んだ。 > 「ハル」 > はっとして、ハルはそっとまどかの方へ向き直した。 > 「あの約束…」 > ハルがそう言いかけた時、まどかの手がハルの頬を触れた。 > 「音楽室で」 > まどかの手の体温と同時に、その言葉を聞いたハルは耳まで顔を真っ赤にした。 > まどかはハルの頬に触れた手を離すと、じゃあ、とあの日の帰りの時のように、背中越しに手をひらひらさせてバイバイをした。 >
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