ビアンエッセイ♪

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■6116 / 親記事)  さよならの向こう側
  
□投稿者/ 秋 一般♪(1回)-(2005/02/09(Wed) 10:22:06)
    2005/02/09(Wed) 14:14:40 編集(投稿者)

    つんと顎を上に上げた、
    あなたの勝ち気な横顔が好きでした。

    泣き出すのを必死に堪えて、
    涙をこぼすまいとただ上を見上げる、
    負けず嫌いなあなたのその目が好きでした。


    今はもう、見る事はできないけれど。




    ─don't tell me you love me─




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■6117 / ResNo.1)  さよならの向こう側2
□投稿者/ 秋 一般♪(2回)-(2005/02/09(Wed) 10:23:15)
    乾いた空気が湿気を孕んで、白い息と共に私の頬を撫でる。
    春はもう間近に迫っているというのに、相変わらずの外気の冷たさに私はまたひとつ吐息を漏らした。
    そのまま開け放した窓を閉め、室内へと顔を引っ込める。
    見慣れたいつもの保健室には珍しく生徒がいない。
    だからだろうか。
    しん、と。
    やけに静けさが耳鳴りのように響くのは。





    ──私を選びなよ、先生。






    静寂の中に混じる微かな音に、ざわめく何かを感じる。
    今日は妙に感傷的ね、独り言のようにぽつりと呟いて、空いているベッドのひとつに腰を下ろした。


    夢を見るのは、あの日を思い出すのは、いつもこんな時だ。


    上空に広がる空はきっとどこまでも続いていて、繋がっている事は確かなはずなのに。

    私の瞳に映るのは、少しばかり年季を帯びた保健室のこの天井。
    見上げても見上げても無機質な灰色だった。









    ──私を選びなよ、先生。











    私はその手を……───









    ──取らなかった。









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■6118 / ResNo.2)  さよならの向こう側3
□投稿者/ 秋 一般♪(3回)-(2005/02/09(Wed) 10:24:02)
    「高屋さん…あなた、またサボり?」

    職員会議から戻ると、そこには我が物顔でお茶を啜る訪問者が一人。
    それが見慣れた顔だと知ると、私は心底呆れて溜め息を吐いた。

    「この紅茶美味しいね。どこの店?」

    彼女は悪びれもせず、またカップに口を付ける。
    私の溜め息はもうひとつ。

    「保健室の物を勝手に飲まないでって言ったでしょう。そろそろ授業も始まるわ。早く教室に戻りなさい」

    言いながら彼女のカップをひょいと奪って立つように促す。
    そのまま背中を押し出して出入り口まで追いやった。

    「可愛い生徒を追い出すのー?」
    「元気な生徒は歓迎しかねるわ」

    あっそ、彼女は伸ばしっぱなしになっている栗色の猫っ毛をわしわしと後ろ手で掻いて、私に向けてひらひらと片手を振った。
    「またね、先生」
    そう一言残して。
    今日もまた、扉の向こうへ消えてゆく。


    高屋さんは猫のようだった。
    一度だけ本人に言った事がある。
    「子猫みたいに愛くるしい?」
    茶化すように笑ったけれど。
    違う、野良猫だ。
    気まぐれで、時折ふらっと保健室にやって来ては、何をするでもなくまたふらっと出て行く。
    どこか飄々としていて掴みどころがない。
    「野良猫か。言うね」
    そう言った顔もまた、どこか可笑しそうに笑っていた。




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■6119 / ResNo.3)  さよならの向こう側4
□投稿者/ 秋 一般♪(4回)-(2005/02/09(Wed) 10:24:42)
    廊下ですれ違った生徒に一瞬だけ注意を向けたのは。
    確かあの時の一度きりかもしれない。
    その生徒があまりにも綺麗な髪をしていたから。
    特徴のある栗色が腰元でさらさらとなびいていた。
    長めの前髪から覗く瞳がとても鋭く、ぎらぎらと光っていた事も、目に焼き付いた理由かもしれない。


    けれど、そんな事さえ数日も経てば忘れて。
    日々の雑務に追われる私には、保健室を訪ねてくる生徒にだけ目を向けていればいい、そんな事しか頭になかった。



    夏の陽射しはまだそれ程きつくはなかったから。
    そう、確か初夏だったように思う。



    「人の男に色目使ってんじゃねーよっ!」

    怒気を帯びた大声にどきりとして、声の発信源を辿る。
    保健室はその性質上、少しばかり人通りの少ない廊下に面していたから、すぐにその声の主を確認できた。
    保健室前の階段脇。
    壁際に一人を追いやり、三人程で囲んでいる。

    「何とか言えよ!お前が広子の彼氏取ったんだろっ」
    「長ったらしい髪してさぁ」
    「男受け狙ってロングにしてんじゃん?」
    「大体なんだよ、その色。そんなに目立ちたいわけ?」

    三人組が口々に吠える。
    くっ、よく顔が見えないけれど、奥の女生徒は低く呻いた。
    泣いた。
    そう思った、なのに。

    「な…何笑ってんだよっ!」

    くっくっと、今度ははっきり。
    彼女は笑っていた。
    顎をくいっと上げて。
    目の前の人間を真っ直ぐ見据えて。
    その輪郭がやけにはっきりとしていて。
    凛としていた。

    「そんなにこの髪が羨ましい?」

    不敵ににやりと口角を上げる。


    彼女は。
    どこからかはさみを取り出して。
    腰までの長い髪をじゃきじゃきと切ってしまった。
    それはもうばっさりと。
    廊下に落ちた髪を無造作に一房掴むと、三人組にずいっと差し出し。

    「欲しいんならあげる」

    にやりと笑った。


    目の前でベリーショートになった彼女が、在りし日の廊下で見かけた彼女だと私が思い出すまで、さほど時間は掛からなかった。






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■6120 / ResNo.4)  さよならの向こう側5
□投稿者/ 秋 一般♪(5回)-(2005/02/09(Wed) 10:25:31)
    こいつ頭おかしーんじゃねーの!?
    怯んだ彼女達がそう吐き捨ててばたばたと廊下を駆けてゆく後ろ姿を、彼女は少しも逸らす事なく見つめていた。
    しばらくして。
    私は、おや?と思った。
    鋭い彼女の瞳が次第に潤んできたように見えたから。
    私はほうきとちりとりを手に、その場へと足を向けた。
    私の気配に気付いた彼女は、警戒心を露わにした目付きで私を見た。
    やはり私の気の性だったのだろうか。
    その瞳には弱さの一欠片、まして涙の一滴など見えない。
    彼女は私を睨みつける目を緩めると、
    「見てたんだ?」
    にっと口角を上げた。
    「偶然ね」
    散らばった髪の毛を掃きながら答える。
    「一部始終見てたのに助けようともしないんだね。あっちは三人、こっちは一人。囲まれてんのにさー」
    今時の先生は冷たいなー、どこか面白がるような口調で彼女は言った。
    「助けが必要には見えなかったけど?」
    ようやく髪をまとめ終え、ちりとりに集める。
    「笑わないのね、あなた」
    ゆっくり姿勢を正して彼女に向き合うと、少しばかり驚いたような目をしていた。


    「あなたも早く教室に戻りなさい。授業に遅れるわよ」
    そう言って保健室に戻ろうとすると手を取られ、
    「あなたじゃないよ、カエだよ。高屋加江」
    振り向いた私ににやりと笑った。
    そう、笑った。
    目が、ちゃんと笑っていた。



    それから保健室には野良猫が一匹。



    いつだったか、よくもまあばっさりと切ったものね、と。
    そんな事を言ったら。

    もうすぐ夏だしー、暑いしー。だからちょうど良かった。

    冗談混じりに笑っていた。
    けれど。

    …長さにはこだわってなかったけど。髪の色の事言われんのはちょっときつい。

    ぽつりと漏らしたその一言は、初めて見せた弱さだったように思う。


    程なくして。
    彼女の言葉の意味を知る。






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■6121 / ResNo.5)  さよならの向こう側6
□投稿者/ 秋 一般♪(6回)-(2005/02/09(Wed) 10:26:15)
    高屋加江。
    彼女は所謂世間で言うところの妾腹だった。
    髪の色は母親譲りらしい。
    体は弱かったけれど優しい人だった、と。
    いつものように笑いながら話していた。
    母親はハーフで。
    父親は大会社の跡継ぎで。
    女遊びが祟った末に、という何とも無責任な結末である。
    一切関わらない事を条件に、父親側から月々養育費が支払われる。
    母は父を恨んでいなかった、それに幼心に母娘二人暮らしは辛くなかった。
    楽しかった。
    幸せだった。
    あたしには父親はいない。
    母さんがいるから。
    そんな風に笑った。
    その母親も亡くなったと言う。
    だからこの髪は忘れ形見だと。
    あの時からわずかに伸びた髪は、やはり特徴的な栗色で。
    相変わらず美しかった。
    まだまだ短いけれど。




    「あたしにはもう、失うものは何もないんだ」

    伸びかけの襟足をさらりと撫でて、言った言葉が忘れられない。






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■6122 / ResNo.6)  さよならの向こう側7
□投稿者/ 秋 一般♪(7回)-(2005/02/09(Wed) 10:27:12)
    寒い寒い冬。
    保健室は生徒達の格好の溜まり場になる。
    野良猫もまた、例外ではない。

    「……高屋さん?何度も言うけど、ここはあなたみたいな健康な人が来る場所じゃないのよ」

    彼女は勝手知ったるといった感じで急須にお湯を注いでいる。

    「先生もお茶飲むー?」

    相変わらず話を聞かない。
    くるりと私の方を振り返った彼女の髪は肩の辺りでふわりと揺れた。

    「はい、どーぞ」
    差し出された湯呑みに閉口しながら、私は無言でそれを受け取った。
    ずず、と。
    啜る音が二人分。

    「そう言えばさー」

    息をつくと同時に彼女は言葉も吐き出した。
    そしてまた一口。
    私も程良く冷ましたお茶を含む。

    「結婚するの?」

    ごくり、と。
    飲み込まれたお茶はもはやお茶だったのかわからない。
    何も言えずにいる私に彼女はにっと口角を上げた。

    「プロポーズ。されたでしょ?昨日。いやー、彼氏かっこいーね」

    ずずず、と啜る。
    私はそんな彼女を凝視する。
    その視線に気付いたのか、

    「あ、あたしあの辺に住んでんの。コンビニ行こうと思ったら通りかかってさ。よく見たら先生じゃん?」
    道の往来でやるねー彼氏、と楽しげな口調。
    上がった口角。
    緩んだ目元。
    面白がってる高屋さん。
    私は何も言わずに湯呑みに残ったお茶を飲み干した。
    それはもうすっかり冷え切っていて。
    喉から胸へと一気に駆け抜けていった。








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■6123 / ResNo.7)  さよならの向こう側8
□投稿者/ 秋 一般♪(8回)-(2005/02/09(Wed) 10:27:57)
    「そろそろいいんじゃないか?」

    その意味はわかっていたはずなのに、私は「何が?」と聞き返した。

    「結婚だよ。決まってるだろ」
    少し苛立ったような口調で彼は答えた。

    「あぁ…」
    「あぁ、って…なぁ、俺達もう付き合って長いよな?年齢的にも適齢だと思う。それともお前は俺とは結婚する気ないのか?」
    「そういうわけじゃ…ただ急だったから少し驚いただけ」

    彼は私の言葉に落胆の色を見せた。

    「急?急か?付き合っていけばいずれそうなるって思うだろ?俺だけか?じゃあ何の為に付き合ってるんだよ」

    興奮気味の彼に何も返す言葉はなくて。
    ただ「返事は少し待って」とだけ答えた。
    正直、結婚を考える事から逃げていた。
    彼と付き合い続けていても結婚という未来は想像がつかない。
    だから今までその言葉が出てくる度にはぐらかしていた。
    怖かったのかもしれない。
    誰かに全てを託す事が。
    その手を取る事が。


    決断の日は迫る。




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■6124 / ResNo.8)  さよならの向こう側9
□投稿者/ 秋 一般♪(9回)-(2005/02/09(Wed) 10:28:44)
    すっかり懐いたような野良猫は今日もいつものように保健室にいた。
    今年一番の冷え込みの今朝。
    寒々しい室内を覚悟して保健室にやって来たものの、先客の手によって入れられた暖房でその場は既に暖かかった。
    ほっと一息ついて安堵するも、すぐさま目の前の彼女を睨みつける。

    「…高屋さん。あなたねぇ、勝手に入り込まれると困るのよ。大体どうやって鍵開けたの?」

    「先生に頼まれたので鍵貸してくださいって言ったら用務員さんが」

    なんて不用心なんだと頭を抱えつつ、溜め息をひとつ吐き出す。

    「でもあったかかったでしょー?」
    いつものように口角を上げて、彼女。

    「そーゆー問題じゃないの」
    私は鞄から書類を取り出しながら言った。

    「それに三年生はこの時期自由登校でしょう?受験生が何をこんな所で油売ってるの」
    言いながら振り返ると、彼女はにやりとしながらこちらを見ていた。

    「心外だなー。あたしはもう進路決まってるもん」

    「そうなの?」

    「うん」

    ふうん、と。
    手元の書類を整理しながら返事をしたら、
    「どうでもよさそー」
    どこか人を食ったような彼女が、珍しく子供みたいに不満げに漏らしたから、少しだけ笑ってしまった。

    「じーさんとこ行くんだ」

    「おじいさん?」

    「そう、母さんのお父さん」
    ばーさんは残念ながら死んじゃってるけど、相変わらずの口調で笑って言った。

    「最近なんだ、じーさんがいるって知ったの。向こうも一人暮らしだから一緒に住まないかって。元々高校卒業したら日本出ようと思ってたし。母さんの故郷にずっと行きたかった」


    母親の出身国フランスに行くと言う。
    独学でフランス語も学んでいた、とも。
    フランス人なのは祖母の方で、祖父は日本人だったから語学の面で心配がなくなったと、やはり笑っていた。



    野良猫はいつも自由だ。
    私はいつになったら動けるのだろう。



    「あなたは自由ね」

    無意識的に口からこぼれた言葉を彼女は聞き逃さなかった。

    「……先生は自由じゃないの?」

    「自由な動き方なんて忘れちゃったわ」
    これが若さの差なのかしらね、そう自嘲気味に呟いた時。
    距離を取って座っていた彼女の顔が間近にあった。
    鋭い瞳が私の顔を覗き込む。

    「子供が自由なんじゃない。あたしが自由なんだよ」

    軽く息をついてから。

    「あたしはもう、何も持ってないから。この国で失くすものは、何もないから」

    彼女の言葉に息を呑む。
    更に彼女は続けた。

    「先生が動けないのは持ってるものでがんじがらめになってるからだよ。捨てられないくせに受け入れるのも怖がってるから余計に苦しいんだ」



    かっと、血が昇る。
    まさに図星を突かれたから。
    思わず手を上げそうになって、けれどそれは彼女の細く長い腕に軽々と押さえられた。
    近付いた顔の距離は更に縮まり。
    隔てる壁は存在しない。
    彼女は。
    高屋さんは。
    噛みつくように私の唇を塞いだ。
    ゆっくりと唇の割れ目に舌を這わせ、そしてまたゆっくりと顔を離した。


    見くびっていた。
    子供だと思って油断していた。

    「甘く見てたね」

    彼女は勝ち誇ったように喉の奥をくくっと鳴らした。
    その表情があまりにも不敵で、その瞳があまりにも挑発的で。


    手懐けたものだと思っていた野良猫は、既に女になっていたらしい。

    彼女は私の口紅が付いた自身の唇を絡めとるようにしてなぞった。
    その舌先に。
    ぞくりとした。







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■6126 / ResNo.9)  ひょっとして・・・
□投稿者/ たこや 一般♪(2回)-(2005/02/09(Wed) 12:00:51)
    『BLUE AGE』の秋さんですか!?
    続きも楽しみにしてますよぉ!!(>∨<)
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