[戻]-21656/親
scene
もの
「そういうことじゃなくてさ」
灯子が澄まし顔で言う。
澄まし顔…と表現していいものか、いつもの、涼しげな顔で。
指先が、グラスに触れて持ち上げた。細くも女性的でもない、ただ、お母さんみたいな、生活に使っていることがよく分かる指で。
「私が益田に好きって言ったとするじゃん。そしたらさ、………。
別に今更、友達って関係を壊すのが怖いとか、
疎遠になるのが怖いとかね。そんなことは言わないんだけどさ」
口元にだけ仄かに笑みが浮かぶ。大きめの、意思の強そうな黒目が此方を見て。あー…その笑い方、不敵って感じ。
その後に瞼を伏せたりなんかするから、ちょっと色っぽい、なんて思ってしまった。
「益田と私は、付き合い長いじゃん?
えーと…何年だろ、高校からだから…、…12年?
その間さ、あいつ、何度も失恋して私に泣きついてるし、私達そういう。
……こう、さばさば?したみたいな、関係だったからね。
何かあると頼り合うけど、何もなければ特につるまない、っていう」
「うん、知ってる」
「そしたらさ、私が…まあ、好きとか言い出したらって話しね。
益田ってさあ、あいつ、悩みそうじゃない?
あの時はどうだったんだろう、あの時は…って延々と。
自分を好きな灯子に、あんな話した、泣きついた、慰めてもらってたって」
益田沙織の名前を出す灯子の顔が妙に優しい。穏やかっていうんだろうか。
そんなに好きなのに、どうして気持ちを伝えないの?
素朴な疑問をぶつけたあたしに返ってきているのがこの答え。
「そうやってね、私達の思い出…ってもう、言っていいよね!?
28だもん」
からからと笑う明るい声が、強がっているわけじゃなく、本心だとあたしに伝えてくる。
「私達の時間、汚したくないなって。自分の気持ちで」
長めの黒髪が頬に影を作る。
二人で薄暗い、バーと言って差し支えないお洒落な場所の椅子に座って。
そうだ、あたし達、もう28歳だ。
こんな場所に腰掛けて、割り切った恋の話しなんかをするようになった。
存在感を感じさせない優しい曲が流れている。
あたしの目の前にはピンクのカクテル、灯子の前には透明のカクテル。
お互いにグラスに口をつけて、沈黙が流れた。
「ねーねー」
「ん?何?」
「あたしはさあ、灯子に恋愛感情とかまじでないけど」
「知ってるから!」
吹き出さないで欲しいんだけど!
「でも、応援してるよ。
灯子が益田と12年ってことは、あたしと灯子も12年でしょ?
二人のことずっと見てきたからさ。
気持ちが通じるとか、そういうのを幸せの形と考えずにね。
上手くいくといいなあって」
「それを言うなら、今、上手くいってるんじゃない?」
あたしは黙り込む。
……ああ、うん、そうだ。
今、上手くいっている。
灯子の長い片思いと、益田の思いやりが、全部を上手く運んで来たんだ。
「……本当だ」
あたし達は、小さく笑った。
10/08 18:04
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