| 「今夜八時に、受付で待ってる」
退社時に覗いた携帯に、留津からのメールが届いていた。 (来るなと言ったのに?……) 留津はあまりメールを使わない。妙な違和感を覚えたが、確かに出勤しているはずの曜日だった。
「―――奈緒ちゃん」 閉館間際の受付にいた留津は私を見ると驚いた声をあげ、カウンターから飛び出した。 「何で? どうしたの?」 その狼狽ぶりに私は戸惑う。 「何でって―――メールしたでしょ?」 「メール?」 留津は目をしばたかせ、次の瞬間、私の背後に視線を移して顔を歪めた。 しまった、という表情だった。糸に引かれるように振り返った私もまた、全身から血の気が引いた。 「……良かった、閉館前に来てくれたのね」 留津と同じスポーツウェア姿だが、艶やかな女性がそこにいた。
「落とし物よ、日高さん」 クラブのオーナー―――あの時、ロッカールームで私の背後にいた女性―――はつまみ上げた携帯を留津に差し出し、私に目を向けてにっこり笑った。 あんな経緯がなかったら、見とれてしまうような微笑みだった。 「どうして……」 茫然とする私の傍らで、留津が控え目ながらも詰問する。 「新しく始めるマッサージのモニターをお願いしてたのよ……来て下さって嬉しいわ」 オーナーは眉ひとつ動かさずにそう答え、凍りついている私の腕を取った。 「あなたは閉館して帰っていいわよ、こちらのお嬢さんは私達でおもてなしするから。お疲れさま」
私は何も考えられぬままに腕を引かれ、ほとんど照明が消えた通路の奥へと導かれた。
(携帯)
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