| 【第一章】私と彼女のはじまり
私の名前は須藤由香里、某私立高校の教師をしている。といっても、まだ三年目の新米だ。しかし、高校の教師とはなかなか結婚できないものらしくもう行き送れた感がある。合コンなどに行っても「職業は教師です。」などといった瞬間に引いていく音が聞こえてくるようだ。まあ、お堅い職業に聞こえるのはしょうがない。それでもモノ好きがいる場合もある。けど、それはそれで迷惑だったりもする。だって、男なんて好きになれない。私は、女しか愛せない……。
「おはようございます。」 「おはよう。」 年もようやく明けて、短い休みが終わる。新学期といっても3学期は最後の学期、緊張感は薄く、皆遅刻ぎりぎりで教室へと駆け込む。そんな中を私もニ年生の教室へと向かっていた。 本来ならば、私は職員室でコーヒーなどを飲みながら次の授業の計画を立てているところなのだが……一人の人の幸せ(?)と引き換えに私ののんびりした朝は失われた。先輩の先生が妊娠をしたのだ。まぁ、よくある話ではあるが私などに話が回ってこようとは……。
がらがらがら・・・・・・・。 「早く席に着きなさい、もう時間は過ぎてるのよ!」 がやがや……がやがや……。 もちろん私が来ることを知らない生徒たちは騒ぎ始める。 「えぇ、沢渡先生は妊娠されたため、今日から私が代理担任となりました。あと三ヶ月ほどですがよろしくお願いします。」 驚きの悲鳴や歓喜の声が飛び交う中、私は事務的にホームルームをこなす。朝から生徒たちの相手をしていては体力が持たない。 「では、以上です。」
教室を出た途端に大きなため息をつく。朝だけで疲れを感じる。こんなことがあと三ヶ月も続くのかと思うと眩暈がしてきそうだ。誰にも声を掛けられないことを祈りながら職員室へと足を向ける。と、曲がり角で一人の生徒とぶつかってしまった。 「す、すみません……。」 「こちらこそ、ごめんなさい。注意がおろそかになっていたみたい。大丈夫?」 「はい、平気です。先生こそ大丈夫ですか?」 「えぇ、本当にごめんなさいね。」 「いいえ、私も急いでいたものですから……。それでは失礼します。」
短い会話を交わして去っていった一人の生徒、名を高瀬遥といい、私のお気に入りの一人だ。特に目立ったことはない生徒なのだがあれで結構人気があるらしい。成績が特に良いわけでもなく、スポーツが得意なわけでもない。しかし、気さくで素直な性格が皆に良い印象を与えている。ドジな一面もあるが、それすらかわいいと思えてしまう少女だ。 “そういえば、彼女も私のクラスの生徒なのに……朝のホームルームに居なかったわ。彼女が遅刻なんて珍しいこともあるものね。”
朝の疲れもあってかいつも以上に疲労感に包まれながら、職員室に向かう。やっと昼休みだ。朝、コンビニで買ってきたコーヒーとおにぎりを取り出す。 「失礼します、須藤先生はいらっしゃいますか?」 口にしようとしていたおにぎりを置き、手を振る。それは朝ぶつかってしまった子であった。
「どうしたの?」 「朝、遅刻してしまいまして……登校したのをお知らせしようと。今日から担任の先生が変わったって聞いたので……。」 「そう、どうして遅刻したの?今まで無遅刻だったでしょ?」 「あの……ただの寝坊です。」 話を続けながら、由香里は遥の様子がいつもと違うことに気付く。目が少し赤く、元気もない。
「寝坊か……まぁ、高瀬さんだって寝坊くらいするわよね。わかったわ、もう帰ってお昼食べなさい。」 「はい。」 遥が由香里の元を去ろうとした時、タイミングを計ったようにまた由香里が声を掛ける。 「けど、もし悩み事があって寝れないとかなら相談しなさい。いつでも待ってるから。」 その言葉を聞いて、驚いた様子の遥に優しく微笑み掛ける。 「教師としても、一人の人間としてもいつでも相談に乗るわ。」 戸惑った表情をしながら、何とかうなずいて去っていく。 “それにしても、心配だわ。一教師としては彼女が相談してくることを待つしかないけど……。”
しかし、それから一週間たっても遥が由香里の元に訪れることはなかった。由香里は、日ごとに元気をなくしてゆく遥をただ見守る事しか出来なかったのだ。 そんなこんなで、なれない担任の仕事もあってか疲れから遥のこと気にしなくなったある日の放課後、やっと一仕事を終えた由香里が休憩をしていた時である。 一人の生徒が由香里を尋ね職員室へとやってきた。その生徒とは……高瀬遥であった。
職員室では話しにくいという彼女の希望から、指導室へと向かった。 指導室に着き、パイプ椅子に腰を下ろす。二人で向かい合ってから何分たっただろうか。由香里は強いて聞きだそうとはせずに、遥が言い出すのを待っていた。すると、遥がやっと重い口を開け始めた。 「大変話しにくいことなんですけど……こんなこと先生にしか話せなくて……。」 「いいのよ……話せる事だけ話して頂戴。」 「実は………。」 ・ ・ ・ 「そう、それであなたはどうしたの?」
彼女の話の内容は確かに人には話しづらいことであった。 彼女の父親がリストラにあい、北海道の田舎へ実家を手伝いに家族揃って帰るらしい。しかし、彼女はこの学校が大変気に入っていて学校を辞めたくないそうだ。しかし、そうするとこちらで一人暮らしをしなければならない。そんなお金を親に出してもらうわけにはいかなく、結局着いていくしかないと彼女は言う。 「誰かこちらに親戚はいないの?」 「父は北海道の人間ですから、こちらに親戚はいません。母も関西の生まれなのでこの近くには……。」 「そう……。」
学費は奨学金などで何とかなるにしても生活費はどうにもならない。しかも居候も無理となると……。 「あっ……」 「はい?」
“一つだけ方法があるわ。何で気付かなかったのかしら。” 「高瀬さん……あなた、うちに来る?」 「えっ……。」 そう、私の家に来ればいい。私は社会人になってから実家を出て一人暮らしをしている。広くはないが、女二人くらいは生活できる。 「それなら、学校に通えるし、親御さんも心配しなくてもいいんじゃないかしら。」 「えぇ、でも先生に迷惑が……。」 「そんなこと気にしなくていいわ。私も一人で寂しい生活を送っていることだし……逆に嬉しいくらいよ。」
それは、本音であった。 彼女は少し考えてから私の目をまっすぐに見つめる。 「……それでは、お願いしてもよろしいですか?」 「もちろんよ。じゃぁ、早速親御さんに相談しましょ。」 「はい!」
その後すぐに、親御さんの元へと向かい交渉をはじめる。はじめは渋っていた両親も遥の思いに押されて了承をしてくれた。
「よかったわね。」 「はい、先生のおかげです。本当にありがとうございました。」 「それじゃあ、週末にでも引越しの準備をして越してらっしゃい。」 「はい……。」
こうして彼女との生活が始まった。
|