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■1063 / inTopicNo.1)  ─CarnivorE─1
  
□投稿者/ 塁 一般人(1回)-(2004/11/21(Sun) 21:05:37)


    「ぁぁ…ぁああアァ・アアアアアアアァァ!!!!」


    「華…華…ごめんね…ごめん……ごめん……」




    ブチ




    真っ赤な薔薇が、血の色をした薔薇が、私の瞳の中で散った。
    彼女は私の恋人。
    愛しい、人。
    いい。

    いいの。

    泣かないで…

    お願い。

    思いの丈を込めて言うわ。

    愛してるの。

    他に言葉が見つからないわ…

    だから、私を食べて。

    あなたの一部にして。











    ─CarnivorE─




    (携帯)
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■1064 / inTopicNo.2)  ─CarnivorE─2
□投稿者/ 塁 一般人(2回)-(2004/11/21(Sun) 21:07:05)
    今日はショパンだわ。


    ぼんやりと陶酔しきった頭の中でポツリとダレかが呟いた。
    ゆっくりと瞬きをする。
    酷く体が重い。
    唇を動かす事さえできない。

    唯一動く事ができる私の二つの瞳を…ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり…動かしてみる。

    古びた畳。

    テレビ。

    天井のシミ。

    新聞をメタメタに切り裂いたものが詰まっているゴミ箱。

    潰れた空き缶。

    …包帯

    …ハサミ


    小さな部屋、薄暗く肌寒い。


    大音量のショパン。
    『革命』



    ピク、と指先を動かす。何か…何か柔らかいものに触れた。私の指先は私の傍らにあるナニカに触れている。仰向けで寝ている私の傍らのナニカ…


    指先へと視線を這わせる。瞳をこらし、ゆっくりと…ゆっくりと…神経を集中させて。



    ああ





    嗚呼





    茜。




    茜。






    血走った瞳をカッと開かせながら、彼女は私を、ただ、ただ、見つめていた。
    微動だにしない。
    白目の赤黄色い部分だけがギトギトと輝き、それがあまりにも克明な輝きで、私のぼんやりとした視界が現実の色味を帯びると共に、記憶が蘇ってきた。

    ここは茜のアパート…


    私は昨晩ここに来たのね…


    そう、無言電話が一時間に二十はかかってきた。分かっていたの…
    そうだわ。


    茜、泣いてた。
    掠れた声音で…
    たったの電話の回線一つで繋がっているだけでは、不安で仕様がないと言うような…切羽詰まった声音だった。




    「お願い……来てぇぇ……」





    急いで化粧を直し、傘を持って、電車に飛び乗った。乗り継ぎを含め賞味一時間はかかる茜の待つアパートへと、必死になって、本当に…本当に…必死になって、向かった。


    茜のアパートの最寄りの駅に着いた時…雨足は私が家を出た時とは比べ物にならない程強くなっていた。



    愕然とした。



    茜は、びしょ濡れになりながら、改札の向こう側に立っていたのだ。




    その時既に、茜の瞳には薄い三日月が宿っていた。
    食べられる、と思った。




    改札を抜けた私の傘を、片手で開いたビニールの部分を、わし掴んで地面に叩き付けて、力いっぱいに抱き寄せられた。






    「食べたいよぉ…ぉ」





    ああ。









    食べられる。









    (携帯)
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■1065 / inTopicNo.3)  ─CarnivorE─3
□投稿者/ 塁 一般人(3回)-(2004/11/21(Sun) 21:10:56)
    「茜…茜…ごめんなさい。ほうっておいたわけじゃないの……ごめんなさい茜」

    「ハァ…ハ…」

    雨降る中片手をわし捕まれ、それは傘と同等の様な扱いで…茜のアパートへと引きずる様に連れて行かれた。
    恐怖が全くなかったとは言えない…けれどそこには一種の痴呆、狂気、愛憎をため込んですっかり大きく弱くなってしまった獣がいた。
    悲しみと、どうしようもない虚構が私の体中に広がって…ただただ謝った。

    否、それを緩和する行為をこれからするのだ…。



    転がり込む様に室内へと入ると、その勢いで玄関で2人して倒れ込んでしまった。
    「ぁ…ぐ…っ」

    私の下敷きになったせいで頭を打ったのか、抑え呻く茜を前にどうしたらいいのか分からず、そっと手を茜の後頭部に添え、撫でようとするやいなや茜は急に金切り声を上げて私の腕を掴み取った。


    「ぁ…っ痛ぃ…」



    「華…華……ねぇ、昨日は旦那と寝た?一昨日は?その前は?」



    ガリ、と私の二の腕の柔らかな内側の部分に歯を立てながら嗚咽を漏らし、叫ぶ様に言っている。
    ごめんね…ごめんね茜。

    「寝てないわ」
    嘘。


    「嘘だ…!」


    「寝てない」
    嘘。


    「嘘だ…!」


    「本当よ」
    嘘。嘘嘘嘘嘘


    「ぁあああ!!!!」





    ブチブチ



    「…………ッ」





    私の肉は、喰いちぎられた。
    二の腕の一部からは血が吹き出し茜の口元からは小さな肉片がポロリと落ちた。
    私の目にそれは幼い子供が口元から食べ物を零す時のそれの様にあどけなく映り、声もうまく発せないほど痛むのにも関わらず、うっすらと微笑んでいた。




    どうして。


    どうしていつから、こんなふうになってしまったんだろう。



    変わらず嗚咽を漏らす茜を前に私は、微かな笑みを浮かべ恍惚に浸っていたと思う。
    この時間、この瞬間は茜の中は私で支配されているという確かな恍惚。
    もう、いつからか、私達はお互いの事を愛しているのか憎んでいるのか分からなくなってしまった。




    茜が、涙と私から溢れた血にまみれた手で、必死になって私の左手を掴み上げる。


    カラ……ン


    指輪が外される。




    長い、長い夜が始まった。








    (携帯)
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■1066 / inTopicNo.4)  素晴らしい
□投稿者/ そら 一般人(1回)-(2004/11/21(Sun) 21:45:28)
    初めまして。塁さん、素晴らしいです。批評をつかれました。初番からいい。同性の深い根っこの部分まで舐め尽くされていると思います。同性は嫉妬も異性とは桁違い。愛は憎しみに変わり、肉は血に変わる。それでも愛してしまう。頑張って下さい。次も楽しみしています。

    (携帯)
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■1068 / inTopicNo.5)  ─CarnivorE─4
□投稿者/ 塁 一般人(4回)-(2004/11/23(Tue) 03:00:00)
    茜は、濡れた髪を振り乱しながら、私の着ていた薄手のワンピースの胸元をビリビリと引き裂いていた。
    その狂気じみた姿を見つめながらも、ふと、夫は今頃出張先の土地で人に揉まれ、人事に追われ、偉そうなオヤジに頭を下げてはヘラリと笑っているのだろう…という事を考えた。
    それはまるで別の世界で起きている大して面白くもない戯曲の様で、寧ろそう考えている自分が無性に不可思議でいておかしく、狂っているな、と思った。けれど、けれど、

    「華……華……」

    目の前で一心不乱に私を求める茜、その存在だけは否応無しに私の中のリアリティを満たしていた。


    「ぁぁ……華…華の香りがするよぉ…」


    露わになった胸元に頬を擦り寄せ、うっとりとした表情で二つの飾り物を繊細な指先で転がす。
    それは官能を含んだ行為ではなく、まるで乳飲み子が母親の乳房を求める時のそれの様で、ぎゅぅと胸が締め付けられた。

    茜は、家族の事を話したがらない。


    時折私の事をお母さん…と呼ぶのだった。
    その呼び方と言ったら、本当に切ない声音で、私にしか聞こえない小さな微かな声音で。そんな時は茜の頭を抱えるように抱き寄せ、瞳の奥がジン…と痺れる感覚を耐える様にやり過ごした。

    「ん……ん…」


    茜は、暫くの間恍惚とした表情で乳首を転がしていたが、それでは飽き足らなくなったのか、今度は舌と上下唇を使って乳輪をゆっくりとなぶるように舐め始めた。


    「は…ぁぁぁ…ぁ…」


    時折苦しげに何かに耐える様に眉根を寄せ、丹念に乳首を攻め立てる。
    決してセックスに対して技術があるとは言えないけれど…その諸刃の懸命さはどんなテクニックをも超越した何かがあると、いつも感じる。

    勿論、夫の持つ貧弱なシシトウの様なそれは、比べるにも及ばない。

    二人分の吐息が交じり始めると私は壁に背を預けた体制からズルズルと床に仰向けに寝る体制へと移った。茜はその様子を見届け起き上がると私の両脇に手をつき、一度酷く優しげに微笑むと、立ち上がりミシ…と言う床の軋む音と共にその場から消えた。

    はぁ………ぁ………















    ドンッッ…







    私の顔の右脇、瞳から10センチ程度の床に包丁が突き刺さった。



    「愛してるわ」



    至福の笑みを浮かべた茜は、文字通り噛みつく様に私の唇に口付けた。






    (携帯)
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■1069 / inTopicNo.6)  φそらさんへφ
□投稿者/ 塁 一般人(5回)-(2004/11/23(Tue) 03:08:22)
    ご愛読有難うございますm(_ _)mまだまだ未熟な為伝えたい事がストレートに表現できていない、発展途上の文章ではありますが、続きも読んで戴けたら小躍りします。
    ではでは







    (携帯)
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■1087 / inTopicNo.7)  ─CarnivorE─5
□投稿者/ 塁 一般人(6回)-(2004/11/28(Sun) 11:16:35)
    言葉を失い、開ききった瞳孔から止めどなく涙を流しながら固まった私を、引きずる様にして茜は『あの部屋』へと連れて行った。






    ──茜と初めて会ったのは、私達がまだ学生の頃だった。
    三年越しにやっと上野のキャンパスから招待状が届いた私とは対照的に、現役生として入学した茜。
    六十人に満たない学科生の中で、明らかに彼女は浮いていたと思う。
    夏は白いTシャツにコバルトブルーのヨレたビンテージ物のジーンズ、冬は黒のタートルネックに穿き古したエドウィンの黒ジーンズ。纏う物は決まって、肉の削がれた体には不似合いな程大きめのダークグレーのトレンチコート。
    人間的でも、野性的でもなく、無機質な様で奥深い、そんな瞳でいつも彼女は私を見つめていた。
    これは、決して私の中のナルシシズムが働いたのではなくて…あからさまに、臆する事なく、恥ずかしい程に彼女は私を見つめていたから。
    仲間内では「あの変わり者は華にホの字だ」、などと言う冷やかしが常に飛び交っていた。私には付き合っていた彼氏もいたし、そのての話を笑って受け流すだけの大人の配慮もあった。当然彼女の耳にこの話題が入らないわけがないのだから。
    けれど、本心はと言えば…実は相当に気になっていた。それを彼女に知られたら、その瞳の奥の奥まで知ってしまう事になりそうで…なんだかとても、本能的にそこの部分から抗っている自分がいたと思う。




    けれど、私の中の秘めやかな抵抗はある日アッサリと打ち破られた。






    「ねぇ、エスって知ってる?」



    サァァァァァ……



    煙る様にうっとおしい雨が降り続く梅雨時の午後。
    それは突然の事だった。

    午前の講習が終わったその日、珍しく私は午後の実技演習を代返してアパートへと帰るべく上野駅前のバス停にぼんやり佇んでいた。その日の空と同じくらいに、私の心にも一枚のフィルターが重くのしかかっていた…彼氏から、突然の別れを告げられたのだ。
    そんな矢先に、だ。



    私のすぐ隣に、白い開襟シャツの襟を立てた中性的な細い生き物が立っている。少し上目遣いのソレを前に、私は口を半開きにしたまま言葉を失ってしまった。


    試すような、それでいて誠実な何かを認めた瞳。金縛りにあった様に動けなくなった私を見ると、少し狼狽えた様に瞳を揺らし、逸らした。
    瞳が私から離れゆく、それを逃すまいとしたのは紛れもなく私の方だった。


    「知らないわ。…教えてくれる?」



    (携帯)
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■1088 / inTopicNo.8)  ─CarnivorE─6
□投稿者/ 塁 一般人(7回)-(2004/11/28(Sun) 11:19:12)
    バスに揺られながら、それでも彼女は私をジッと見つめていた。意外、この状況になって初めて私は彼女の顔を直視した。どれだけ無意識的に彼女の事を避けていたのかに、今更になって気付かされた瞬間だった。私は、彼女への思いやりと見せかけ、結局は自分を守っていただけの偽善者に過ぎなかったのだ。
    髪は少し癖がある黒髪。恐らく染めた事なんて、ないのだろう。二重の線は長く、切れ長の瞳。髪と瞳の黒さを覗けば肌は青白く、とても健康的とは言えなかった。けれど…何故か洗い立ての清涼感をそこはかとなく漂わせている様な…不思議な存在感が彼女にはあった。


    「エスは…『es』、性的衝動を中心とする本能的な欲求のエネルギーがたくわえられた無意識の部分で、欲望や衝動の源泉、貯蔵庫だよ。…エスはひたすら衝動を満足させて快感を得ようとする。自我はそれを抑制するためのモノ」


    彼女の瞳の中に私が映っている。私はどんな顔をしている?


    「私は、おかしいかもしれない」


    ガタン、と車内が一瞬揺れると同時に、彼女の手と私のそれがほんの少しだけ触れ合った。



    外れた視線を再び彼女に戻すと、先程より距離の縮まった彼女の瞳は切ない程に潤んでジッと私を見つめていた。




    「おかしくなんてない。」



    「どうして?」



    「どうして私を見てたの?」





    「…あなたを…描きたい…」

    縋る様な、強い情熱を向けられた気がした。ドンッと背中をバットで殴られたような衝撃が体中に走る。
    気がつくと彼女は、触れ合っていた方の私の手をギュゥ…と握り締めていた。


    「お願い…」






    私はその懸命さにうたれたのか、好奇の方が勝っていたのか、今ではもうハッキリとは思い出せないけれど…一つ言える事は失恋の痛みを埋めるそれとは明らかに異なった、何か能動的で熱い感情に突き動かされていたという事だ。



    逆に彼女の手を握り返し、二人分のバス代を払ってアパートへと連れて行ったのは、またしても私の方だった。



    彼女はそれでもひたすら、私を見つめていた。






    (携帯)
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■1089 / inTopicNo.9)  ─CarnivorE─7
□投稿者/ 塁 一般人(8回)-(2004/11/28(Sun) 13:58:31)
    パラ、というクロッキー帳を捲る音が厭に耳に煩く感じる程、部屋は静まり返っていた。
    話しかけたい、でも…一度開いた口から何か、何か、と言葉を紡ごうとすればする程それは不可能と化し、再び唇を閉じてしまう。それを知ってか知らずか、彼女はただひたすらにFと3Bの鉛筆をせわしなく動かしている。
    学校では平然と裸婦を描いている私が、何故加から被への立場に変わっただけで、こうも落ち着かない気持ちになるのだろう。ましてや、服は着用したまま、ポーズと言ってもただ網戸に背を預けぼんやりとしているだけだ。
    トクトクトクトク…
    静か過ぎる室内に、私の心臓の音が浸透し、その波動を彼女は受け取りながらも平然としてるのではないかと、稀有な疑いまで抱いてしまう。
    どうしてこんなにも乱されてしまうのだろう。

    男性と付き合って、ドキドキした事がないなどとは言わない。
    けれど、チラリとこちらの何物かを露わにすれば飛びかかってくるという様な、分かりやすいパターンは到底考えられないこの緊張感。



    「ね…」



    悶々と考えを廻らせていた私に、クロッキー帳からチラリと視線だけを寄越し、急に彼女は話しかけてきた。思わず素っ頓狂な声を上げ目を丸くした私に、目元を緩めて彼女は言った。


    「…綺麗」


    頭がクラクラした。
    どうしちゃったんだろう、私。
    確かに同じ教室にいた。それも一年以上。でも…でも、言葉も、視線さえも交わさなかった相手に、どうしてこんなにも揺るがされてしまうのか…
    けれど、それに抵抗感は感じない。寧ろ全身が静かな興奮で満たされている様な状態なのだ。


    彼女に描かれるという行為は、そのまま何者かに組み敷かれ抱かれている様な感覚だった。じらされ、辱められ、崇められ…吸われ、撫でられ、突き上げられる。その断続的な繰り返しが、凝縮された時間の中にある視線と鉛筆の動きに乗り移り、行われていた。



    二時間に一冊を仕上げる。それが彼女のノルマの様だった。



    その日を境に私達は急速に距離を縮めていった。まるで、この1年と数ヶ月間離れ離れになっていた恋人同士が、置いてきた時間を埋める様に。それは絵を描き、絵にされるという行為に過ぎなかったけれど、視線と視線をまじあわせる度にお互いの内に秘めた何かを通わせ合っていた。




    雨が降ると電話から意識を切り離せなくなった。


    彼女は、雨の日にしか、絵を描かなかった。






    (携帯)
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■1135 / inTopicNo.10)  ─CarnivorE─8
□投稿者/ 塁 一般人(9回)-(2004/12/05(Sun) 00:36:09)
    「ねぇ、茜にとって絵を描くってどんな事…?」
    「んー…宅急便みたいなものかな」

    「…宅急便…」



    その日も、雨が降っていた。その年の梅雨は非常に梅雨らしい梅雨だった。
    朝一番、それも6時から数針短針が動いただけの、そんな時間に彼女は電話をかけてきた。今すぐ描きたい、と。夜中雨の音が耳の中で木霊し続け、あなたの姿が頭の中で現れては消え、手は何かを欲する様に指同士が絡み合っては解け、ベッドの端をギュゥと掴んでただただ耐えていた…と告白するのだ。アッサリ眠気のひいた頭で考え、今日同じアトリエの柄谷君から映画の誘いを受けていた事を隅っこへと押しやり承諾した。
    柄谷君には、体調を崩してしまって…と丁寧にメールをしたけれど、何かと敏感な彼に私は見込みのない女とうつったかもしれない。つまり、それは、ある種特別の意味を持った約束だとお互いの間に微妙な空気があったにも関わらずの断りだったから。恋仲へと進む第一歩を踏み出そうとしていたその先の道を、一本の電話でアッサリと断ち切ってしまった私。申し訳ないけれど…本当に…うん、良い人だったけれど…
    私は、他の何よりも、茜と過ごす時間をこよなく好んでいた。
    それに、もうすぐ梅雨が終わってしまう…


    「つまり」
    「うん」
    「トラックの中から出来るだけ短時間の間に大きくて思い荷物を運び出せるか…」
    「…」
    「今やってる事はそういう事」
    「…ぅーん、もう一声!」
    「トラックは華、荷物は華の魅力」
    「……なるほど」
    「ね?」

    彼女はラブソファの端で両足を抱えて座っていた。早朝から六時間、休みなしにスケッチブックと私の間で視線を行き交わせ、鉛筆を動かしていたせいか、眠そうに小さく丸まっていた。
    ハムスターみたい…という考えが頭をよぎった途端、どうしようもなく微笑みが溢れ出てきてしまった。
    「…ナニ」

    「んーん。…ふふ…もうちょっと待ってて」

    たらこのスープスパゲティを作っていた。小さいけれど、使い勝手の良くて気に入っているキッチン、そこからたまに彼女の方へと視線を送りながら会話をする。
    絵を描いている最中には殆ど口を開かない茜と、この時間だけは自由に話せる。

    それが、私にとっては今時の映画を見る事より楽しくて、楽しくて、楽しくて、仕方がなかった。





    (携帯)
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■1136 / inTopicNo.11)  ─CarnivorE─9
□投稿者/ 塁 一般人(10回)-(2004/12/05(Sun) 00:41:25)
    相変わらずの雨音がBGMとなって、小さな部屋の小さな居間の小さなテーブルで向かい合ってスパゲティを食べた。

    茜は、箸やスプーン、お茶を飲む仕草に至るまで全てがさり気なく、清潔感を漂わせていた。
    なんとなく、全てが茜の周りではスマートに完結している様に見えた。容姿は特別大人びているわけでもなく、しかもなんと言ってもまだギリギリ未成年の身。それはそこはかとなく内側から漂うその人しか持ち合わせない徳なのかもしれない…


    「そんなにジと見ないでよ…」





    「ご・めん…つい」


    困った様な、少しはにかんだ顔。大学では決して見せない素直な一面である。
    たまらなく可愛くて可愛くて…愛しさに似た、感情を覚える。それは生まれた子供が自分にだけは縋り抱きついてくる、その瞬間に湧き上がるというなんとも言えない喜びに近いかもしれない。

    午後を共に過ごす時間は増えていった。決して外には出ない。出ようと思えば出られる、緩い檻の中で私達は同じ空気を吸いながら言葉を交わす事を選んだ。
    茜は意外な事に、博識な上物事をよく考えていた。花の事、空の事、政治の事、香りの事、昔の事、先の事、今の事、静かな声で沢山の事を話してくれた。
    こんな質問もしてみた。
    「絵を描けなくなる時はある?」


    睫が動く。


    「…あるよ」

    「そんな時どうするの?」

    「…」

    「答えたく…ない?」

    「描かないよ。描かないで、ジッとしてる。そしたら…いつか描きたくて描きたくてどうしようもなくなってくる。」

    「それ…」

    「ぁ、バレた?魔女の宅急便に出てくる森のお姉さんの言葉。あのお姉さん、絶対シャガールの影響受けてるよね」

    「…そうね。私はどちらかと言えばシャガールよりクリムトの方が好みだわ」


    「華らしいね。クリムトは自分の生き方に常に意味を見いだそうとしてる気がする。華も…そう見えるよ、華の絵も」

    誠実な瞳で、冷静に諭されてしまった。

    「そうかなあ?」

    首を傾げた私の中で誰かが小さく頷いていた。
    そう、私は分析し過ぎてしまう。全てを。世の中に分析仕切れない何かがあるとしたらそれを知りたい。
    結局の所私はそれが目的で絵を描き続けていた。この感情が人を動かす世界を知る事で、自分を動かせたい。


    茜は、それはメロンパン。と言う事と同じくらいに私について悪びれもなく語った。
    不思議と気持ち良かったのだ。

    「私自身」という殻を破られるコトが。


    (携帯)
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■1138 / inTopicNo.12)  NO TITLE
□投稿者/ かぼ 一般人(1回)-(2004/12/06(Mon) 01:34:40)
    すっごいおもしろいです(^O^)
    今まで読んだどの作品とも全然、雰囲気が違うお話でなんかツボにはまってしまいました!続き楽しみにしてます!


    (携帯)
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■1172 / inTopicNo.13)  ─CarnivorE─10
□投稿者/ 塁 一般人(11回)-(2004/12/11(Sat) 10:24:35)
    「この前はごめんなさい。」
    私は出来るだけ困った笑顔を浮かべながら、小さく頭を下げた。
    「あぁ、大丈夫。それよりもう体調はいいの?」
    穏やかな声音で彼は答えた。筆を置き私の方へと向き直ると、眼鏡のズレをさり気なく直し、立ち上がった。
    そこには何の疑いもなく、誠実な彼がいて、そんな彼を前に、私は少しばかりたじろいでしまった。
    このたじろぎが、後々どんな展開を見せるかは、私は全く、予想もつかなかったのだけれど。

    「あの…もし良かったら一緒にご飯食べない?学食だけど…奢るわ」
    背の高い彼を見上げると、いいね、という顔で表情が綻んでいたため、私の顔もついつい緩んでしまった。柄谷君は…そう。「日溜まり」という言葉がよく似合う人だった。
    父親の像を思わせる柔和で、大らかで、頼りがいのある、ようは一言で言えばとても「イイ男」。どうして私を選んでくれようとしたのか、否、しているのか理解不能だった。付き合うなら、こんな人と付き合いたい…と誰もが思うはずの人が、何故私を?
    そしてそれを穏やかに拒んでいた自分の、曖昧の様で、どこかで答えを知っている精神の構造が何よりも謎で仕方がなかった。
    あの日から、切れるだろうと思われた柄谷君との関係は、さり気なくメールという媒体で繋がれていた。
    実際に顔を合わせるのは本当に久々だったけれど。
    なんでも母親が病気がちらしく、特に梅雨の時期は容態が悪くなり易いようで、実家に帰っていたのだ。



    霧雨の降る昼下がり、ロータリーをゆっくりとした歩調で歩く。前を歩く彼の後ろ姿は大きくて、暖かさを含んでいる。その背中に両腕を広げ体を寄せれば、きっと包み込んでくれる。
    でも……


    ロータリーを通り過ぎ、ガラス張りの食堂へと入った。霧雨に、包み込まれている空間だった。
    不思議と心が落ち着く。
    暖かさではなく、冷たさを心地よいと感じる感覚は、何かに似ている事に気付かない振りをして、彼のあとを着いて行った。
    きっと、この湿った空気と午後の気だるさがそうさせているのだと、言い聞かせながら。









    (携帯)
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■1173 / inTopicNo.14)  ─CarnivorE─11
□投稿者/ 塁 一般人(12回)-(2004/12/11(Sat) 10:27:44)
    彼は醤油ラーメンを、私はチャーハンを持って窓際の席に隣り合わせに座った。


    「あの雨の日…宮本の事考えてたよ」


    「え…」


    不意打ち。


    「大丈夫かな、って」

    緩やかに目を細め、横目でコチラを見ている。

    「う…ん…。そか」


    微妙な返事。

    ふー…と彼は天井に向かって一つ、細く長い息を吐き出した。
    その間私は、ジっと靴の先を見つめている事しか出来なかった。


    「食べようか」
    気を取り直して、という様な笑顔を私に向け、彼は箸を割った。

    その日、私は彼女の事を一日中考えていたのだ。
    柄谷君の横顔は整っていてとても綺麗。
    でも、私は不安定で熱い眼差しを追い求め、彼の事などあの日、彼女が部屋に入った瞬間からこれっぽっちも思い出す事がなかった。



    「…あのね…」


    「ん…?」


    「柄谷君にとって絵を描くってどんな事?」


    「んー……抽象的な物に輪郭を与える作業…かな。喜びとか悲しみ、そういう感情を絵を媒体にして浮き彫りにしていく。そんな感じかなあ…。どうして?」

    ズルっとラーメンを啜り、私の居る側でない方の腕で頬杖をつく。

    「んーん。…なんでもないんだけどね。ちょっと聞いてみたくなったの」
    微笑を浮かべながら、緩く顔を揺らし、パクリとチャーハンを口に含んだ。はた、ともう一度彼の横顔を見つめてみた。

    「ねぇ、それって楽しい?」

    「うん。楽しいね」


    「あは、そうなんだ。」
    小さく笑うと、チャーハンをもう一口、パクリと咥内に放る。

    「どうした?急に。」


    「んーん。本当、何でもないんだぁ。ただちょっと、聞いてみたくなっただけ」

    私は、降り注ぐ霧雨の様に微笑んだかもしれない。
    やっぱり
    柄谷君は日溜まりの様な人だと思った。
    柄谷君が日溜まりなら私は…?私、は…鉄鋼場で作られる沢山の同型の金具の一つ。ガチガチに固まった理性と、鋳型にはまった的確な技術しか持ち合わせない。感情の宿らない悲しいロボットの様な絵しか描けない。



    じゃぁ…茜は…?





    ガタンッ




    「──…っ」

    ふいに、後ろの席に座った人が立つ音で、現実へと引き戻された。
    冷め始めたチャーハンに視線を落とし、ぼんやりと窓に視界を移動させる。



    ……





    あれは



    あの後ろ姿は…







    茜?






    ガラスに映った華奢な面影。振り向くと、食堂を出て行く茜と、一瞬目が合った様な気がした。


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■1174 / inTopicNo.15)  φかぼさんへφ
□投稿者/ 塁 一般人(13回)-(2004/12/11(Sat) 10:32:14)
    ツボだなんてそんなー(´∀`)ノ゙嬉しい限りです(笑)
    スローライターでしかもタランタランな駄文ですが、頑張って更新するので、良かったら続きも読んでやって下さいませませ(礼)






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■1861 / inTopicNo.16)  ─CarnivorE─12
□投稿者/ 塁 一般人(1回)-(2005/03/26(Sat) 00:04:18)
    なぜだか。

    訳の分からない罪悪感にさいなまれる事になってしまった。
    急に、追い詰められた鼠の様に体を縮こめて黙ってしまった私に、柄谷君はさも心配そうに声をかけてくれたけれど、当然私の耳にそんな言葉は入る余裕もなく。
    暫くの間ただ茫然としてしまった。
    「大丈夫‥?あの人、神崎茜‥‥さんだよね」


    神崎‥


    神崎‥?


    「神崎っていうの‥?」
    「ぇ、知らないの?」

    「そこまで親しいわけじゃなくて‥」
    言葉にしてみて分かった事だけれど、茜と、私、私達は表面上を交わす事の前に、突然に深く関わり合っていたのだ。突然に声を掛けられ、突然に部屋へ行き、突然に画家とモデルという様な立場になった。
    何処に住んでいるのか、家族は何人か、付き合った人の人数は?好きな人はいますか?趣味は何ですか?あなたの名字は何ですか?






    私達は何も、何も、知らなかった。


    以前読んだ本で「人生とは肥え太っていくものではない。削ぎ、落としていくものだ」そんな一文があった。
    私達は肥え太る事を無意識のうちに拒否していたのかもしれない。醜い贅肉に包まれる前の最も尊ぶべき骨格を大切に大切に抱きしめていたかったのかもしれない。
    大切な事はただ一つ。彼女は私を描きたかった。そして、私は彼女に、描かれたかった。





    「違うよ」

    ハッとしてれんげを取り落とし、柄谷君の方を見ると、彼は困った様な表情で笑っていた。
    一瞬、何を否定されたのか分からなかった。


    「彼女、最近じゃ有名だよ。‥‥‥見た事ない?あの子の絵」

    「ないわ‥だって、派別になってからは教授が違うもの‥」

    ちょうど具象と抽象と派を分けて制作を始めたこの時期。学内では殆ど茜と顔を合わせる事はなくなっていた。合わせたとしても、すれ違い様に軽くはにかんだ笑みを交換する程で、私達は「秘密の関係」を暗黙の了解としていた。
    私は抽象、茜は具象、お互い苦手とする分野を選んでいたが、お互いその選択については特に触れていなかった。

    「一度見るといいよ。‥‥その、なんていうか‥うん。」

    彼は困った笑顔を更に崩して、本当に困った表情をしながら唇の前で指を組んだ。
    「兎に角、凄いんだ」


    困り顔は徐々に真剣さを帯び、それは私に充分な程の好奇と興味を与えた。
    見たい。
    彼女の描く絵を。






    チャーハンはすっかり冷え切り、ぷりぷりとして丸まっていたエビが、なんだか少し、淋しそうだった

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■1921 / inTopicNo.17)  NO TITLE
□投稿者/ りー 一般人(1回)-(2005/04/23(Sat) 23:17:54)
    文の節々全てに凝ってらっしゃって素晴らしいです。
    ひとつひとつ丁寧に創り積み上げられる言葉に感動しました。

    続き、楽しみにしています。
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■1923 / inTopicNo.18)  φりーさんへφ
□投稿者/ 塁 一般人(1回)-(2005/04/26(Tue) 23:38:09)
    感想ありがとうございます。こんな古い話を掘り起こして頂いちゃって恐縮です(汗
    放置していたのですが、ちょっと書く気が起きてきたのでちょこちょこ書いてみよーかと。
    良かったらお付き合い下さいませ♪





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■1924 / inTopicNo.19)  ─CarnivorE─13
□投稿者/ 塁 一般人(2回)-(2005/04/26(Tue) 23:39:38)
    午後の授業。


    "ヒト"は大脳が異常なまでに発達した動物だと、禿げた教授が力説している。成長し過ぎた大脳は、やがて産道を通る事が困難な程に膨れ上がり……そして"ヒト"は早産になった。

    私達は全て、未熟なままに生まれ落ちる。
    そして、未熟なゆえに訪れる死を遠ざけるために、知性を酷使し、技術を身につけた。



    殆どの生徒が眠りこける中、額に滲む汗をねっとりと拭き取りながら妙なイントネーションで話す、禿げ親父。
    いつもならとても滑稽で、失礼な話無様で…そんな授業な筈なのに、何故だか今日は聞き入ってしまう。

    窓の外は相変わらずけぶる様な雨が降り続いていた。まるで、この空間だけが世界と分離している様な感覚だった。

    私の中の誰かが言う。

    どうしてこんなにも、"ヒト"は切ないほどに愛しい存在なのか。


    それは、未熟だから。

    未熟だからこそ、今にも壊れてしまいそうだからこそ、こんなにも、こんなにも、愛しい…



    私が茜を受け入れ、茜が私を受け入れた事の真意も、そこにあるのかもしれない。



    未熟、だから。



    足りない部分を埋め合わす様に、時間が飽和に近づいてゆく。



    私はあの時間が愛しかった。
    あなたの飢えた視線が。
    紙を撫でる仕草が懐かしく感じられる。たった数回しか時間を共にしていないのに、ちょっとの擦れ違い…いや、私がそう思い込んでいるだけかもしれないのに、こんなにも息苦しいのは何故だろう。



    何してる?


    柄谷君は彼氏じゃないわ


    ねえ、聞いてるの?


    鉛筆止めてよ


    私を見て


    違う


    もっと奥








    逢いたい
    逢いたい
    逢いたい
    逢いたい
    逢いたい
    逢いたい
    逢いたい









    茜…












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■1925 / inTopicNo.20)  ─CarnivorE─14
□投稿者/ 塁 一般人(3回)-(2005/04/26(Tue) 23:41:12)
    チャイムが鳴ると共に眠りに落ちた教室内は朝を迎え、私は立ち上がった。
    気が狂いそう、だった。
    自分でも理解のできない感情の波に突き動かされ、走り出している。おかしい。なんだか理性のたかが外れた様だった。

    霧雨は本格的に水の雫石へと移り替わり、激しく地面を打ちつけている。

    「はぁ………は………」


    広場で息をついていると沢山の講義を終えた生徒達が訝しげな表情で私を見やりながら通り過ぎていく。もはやそんなものは全くもって気にならなかった。



    ジーンズの裾はぐっしょりと濡れそぼり、足首をヒンヤリと撫で上げる。



    ドコ





    雨が降ってるじゃない





    きてよ





    ねえ




    来て




    描いて


    どこまでも










    描いて………!!!!









    お願……



    「華……?」





    「何やって…」







    白い洗い晒しのシャツを着て、フレームのないシンプルなデザインの華奢な眼鏡。髪に水滴が…


    少し困った様な、瞳





    「茜………」


    ずぶ濡れだよ?と傘を傾け、ポケットの中から几帳面に折り畳まれたハンカチを取り出し、私の頬へとそっと押し当てる。

    茜の、におい。

    少し苦みのある、7月の果実の様な、薫り。



    ああ




    私はゆっくりと目を閉じ、何かを呟いたかもしれない。
    ありがとう、かな
    良かった、かな


    どれでもいいよ。無性に逢いたかったの。
    どうしてだろ?
    可笑しいね
    ふふ



    茜は何も言わず私の肩や、指先までハンカチを滑らせ、やがて手をとり歩きだした。
    細い肩が私の隣りで揺れている。
    知的な眼差しはどこまでも透き通った真実の世界を映し出しているようで。


    私は何故だか理由も分からないままに、コノヒトトイタイ、と思ってしまった。





    茜は一つのアトリエの前で立ち止まった。






    茜の使う、アトリエ。






    絵の具と油の染み込んだ鉄の扉がゆっくりと押し開かれた。








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