| 東京のとある大きな駅。歩いて10分程に駅前の喧騒が嘘の様に閑静な一角。 そこに遠慮がちに佇むバー“DeppSea”。ごくごく普通のショットバー。 老若男女いろいろな人が利用する。 ただ、オーナー兼バーテンのアキラが、トランスである事は、 一部の女性客しか知らない。見た目はごくごく普通の40代前半の男性。 「カッコイイ」「男前」「美形」でもない平分な“男性”にしか見えない。 何故か、そんなアキラに惹かれ、“アキラ目当て”で訪れるビアンの女性客は多い。 アキラを誘う女性もいるが、アキラは、そんな気を全く見せず、優しく振舞うだけ。 先日もセレブな女性が、高価な腕時計のプレゼントと高級ホテルを用意し、誘うが、 アキラは、丁寧に静かにやり過ごす。そんなアキラの姿に余計に惹かれる。
ある夜。大型の台風が関東に接近し、外は雨風で大荒れ。そんな天候の為もあり、 客足も全くない。アキラは、グラスを拭きながら扉の横にある窓を眺め 『この天候じゃあ、今夜は誰も来ないかなぁ。早めに店を閉めよう。』 と思い耽っている時、扉が開き、外の嵐の音が大きく聞こえ、 ひとりの女性が入って来た。ひと月振りくらいになるだろうか、ユミだった。 こんな天候なのに小さな小さな折り畳み傘をたたみながら入ってくる。 当然ずぶ濡れ。白いブラウスも肌に密着している。 アキラは、「いらっしゃいませ。大丈夫ですか?」と言いながら、 慌てて大き目のタオルを手に取り、カウンターから慌てて入口のユミに近づき 「風邪ひきますよ」とタオルを手渡す。
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