| 桜日和、現世(うつしよ)忘れてそぞろ歩かん。
ふいに思い立って仕事を休み、古都を訪れた佳織の心境はまさにそれだった。 元々神社仏閣は好きな方で、一人でも寂しくはない。観光客も少なく木々に埋もれたような小さな寺を選び、花見と森林浴を兼ねてリフレッシュでもするつもりだった。
それが今、思いもよらぬ事になっている。 本堂の裏の遊歩道、木立の陰に隠れた小さな東屋で、佳織は柔らかな胸と腕に抱きとめられていた。 相手の顔はまだ見ていない。冷たく滑らかなブラウス越しの豊かな乳房と、むせ返るような甘い匂いに混乱し、動くことも忘れている。
甘い匂い――花とも違う、ムスクのような動物性の香水とも違う、でもそれら全てが混じっているような匂い。 それがこの女の後を追った理由だった。すれ違いざまにふと佳織を捉え、観光客のいない林にまで誘った香りだった。
「あっ‥‥」 女に抱きすくめられたまま佳織は呻き、微かに下半身をくねらせた。 (何?これ‥‥) 女はそれ以上動いていない。けれども佳織の身体は熱くなり、股間の奥に何かが響いた。むず痒いような感覚――疼きだ。
「嫌…っ」 佳織は初めて我に返り、女の抱擁から逃れようとした。 怖いと言うより恥ずかしかった。身体の芯が疼くような思いなど、経験の少ない自分には独り寝の寝床での手慰みの時くらいしかない。それも見知らぬ同性相手に――
「だいじょうぶ」 突然の混乱に涙さえ浮かべる佳織の耳に、とろけるような声が届いた。 「分かってるわ‥感じてるんでしょう? 貴女のせいじゃないの、そのままでいいのよ」 穏やかで落ちついた、深みのある声だった。佳織は恐る恐る女の胸元から顔を上げ、初めて女の顔を見た。
端正な目鼻立ちの、綺麗な女だった。メイクは濃くもなく薄くもなく、まっすぐな黒髪が胸元まで垂れている。どことなく古風で、和装が似合いそうな女だった。 「会えて嬉しいわ」 女は微笑んで佳織の目を覗き、その頭を抱き込んで自分の胸に押しつけた。 あの甘い匂いが再び鼻腔を満たし、佳織は頭がくらくらした。両脚の間がむずむずし、身体から力が抜けるようだ。 (このひと‥) 無意識に頭を動かした時、佳織は気付いた。 (このひと、下着を着けてない‥) ブラウス越しに鼻先に、ぽつんと硬いものが掠めた。 (このひとも‥乳首、勃ってる‥)
(携帯)
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