| 高岡秀生 久我芳雪 前者が私の、後者が環の父親だ。
「昔は気にもしなかったけど、何であんなに仲悪かったんだろうな。お袋様は」 「会わなきゃいいのに、どっちかが喧嘩売りに行ってたからな」 私の父と環の父は同じ師について日本画を学んだ同門だが、私の父が僅差で兄弟子の立場にあった。環の父は破門されて野に下ったが、それでも住まいは近かった。 父―――高岡秀生と環の父の久我芳雪は取り立てて不仲という訳ではなかったが、親しく付き合う仲でもなかった。浮世絵の名残りを色濃く残し、優美な画風で知られた父は、同じ画風でありながらも題材に扇情的な責め絵や無惨絵、枕絵を選ぶ芳雪と関わるのを極力避け、破門後には黙殺していた。
「……それでも、女房子供が行き帰するのは止めなかったよな」 「口で止められた事はなかった」 私は子供心にも気難しく近寄りがたい父よりも、環の父の芳雪の方が好きだった。 凄惨極まる無惨絵や、白い肌に縄打たれのたうつ裸女を描く時でも、いつでも懐に猫を抱いていた。端正で神経質な父とは違い、顔も身体もごつくて立ち居振る舞いも粗野だったが、飄々とした表情や物言いで他人を和ませる人だった。 「あんたの親父さんの方が、絵師としては上だ」 「贔屓がきついね。あのエログロの大家がか?」 「うちの親父にはあれは描けない。描きたくても、描けなかった」 父が環の父を黙殺したのは、それ故にだと私は思っている―――描く技量はあったのだ。描いて、自分の名前と共に晒す覚悟があれば。
「……うちの親父は、あんたの親父が好きだったよ」 環がいつか、ふっと漏らした事がある。 「だから、悪気はなかったんだ。自分も描くから、描いてみなよと言うつもりで……」 落款なしで、秀生とも芳雪ともとれる絵を描いた。 秀生の真骨頂とされる優艶な美人画は大きな賞を獲り、秀生作と見た画商が高値をつけた。しかし秀生は自分の絵ではないとそれをはねつけ、既に転売先を決めていた画商と揉めに揉めた。
それが、数年に及ぶ真贋論争と訴訟沙汰の始まりだった。
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