| 「―――総理官邸から、緊急会見の模様をお伝えしました」
私も記者も、喋る気力もなくテレビの画面を眺めている。 感染者数は増える一方だ。そして明らかに私がいるこの県から、物凄い速度で拡大している。
聞き覚えのある曲が流れる。
―――Carly don't be sad Life is crazy Life is mad Don't be afraid……
荘厳なグレゴリオ聖歌と硬質なクラブミュージックが溶け合う旋律は、エニグマの「カーリーの歌」だ。
カーリー、悲しまないで 人生は狂っているの 人生は狂気の沙汰なのよ 怖がらないで……
「冷静な行動を心がけて下さい」 ある時点から、どのチャンネルでも同じ言葉が流れるようになった。 「このウィルスは遺伝的なものではありません。また、特定の地域からしか発生しないウィルスでもありません。感染者には偏見を持たぬよう……」
迫害が始まる。中世ヨーロッパでは異民族ゆえの偏見が黒死病を広めたとの風評に直結し、多くのユダヤ人が虐殺された。この国でも関東大震災の直後には、マイノリティだった朝鮮人が同じような目に遭った。先進国民と気負う私たちには、死や病を気枯れ(穢れ)とみなす遺伝子が染みついている……
―――Carly don't be sad That's your destiny The only chance Take it, take it in your hands……
カーリー、悲しまないで それがあなたの運命 チャンスは今だけ 捕まえて、しっかり手で掴むのよ……
私は、胸のうちでひっそり呟く。 最後のチャンス―――そうかもしれない。 でも、何の?……
(携帯)
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