| 空いた時間に、私は刺繍を教えてほしいと申し出た。 自分でも理由の分からない思いつきだったが、夫人は二つ返事で引き受けた。 「時間を忘れて無心になれるし、楽しいものよ」 仕事柄、刺し子やお手玉、小物類を縫うくらいの下地はあったが、絵柄のための縫い物はした事がなかった。 過度にすり寄る気持ちはなかったが、何かが分かるような気がした―――色とりどりの唐草模様や蓮の花、鳳凰の刺繍の向こうにあるものが。
時折、夫人は指を動かしながら、中国語の歌を口ずさんだ。
――霧の深い白露 新しいお握りをどの家でも味わう 少女は可哀想 髪は三つ編み まだ汚れていない はじめての弓型の靴……
意味を問うと、夫人は小脚姑娘(シャオヂャオクーニャン)に祈る民謡だと答えた。 「女の子が纏足を始めるのは大人になるための大切な儀式で、一大イベントだったの―――白露とは霜が下りそうな秋の頃、足が汗ばまない季節の吉日に、女たちは家のかまどにお赤飯のお握りをお供えして、幼い娘の纏足がうまくいくように、小脚姑娘という女神様にお祈りしたのよ」
台所のかまどに供え物をするのは、家―――女の世界の中心だから、と夫人は言った。 「未婚のうちは父に従い、嫁せば夫に従うというのが美徳だったのは日本も大陸も同じだけど、あちらの女性には財産権や、交渉事で夫の代理を務める権利もあった。一番の権力者は姑と言うくらい、家の中では女が強かったのよ」 自分が育った地方都市でもそうだった、と夫人は言った。
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