| 2009/07/09(Thu) 23:57:51 編集(投稿者)
『 人生七十 力囲希咄 吾這寶剣 祖仏共殺
我が得具足の一太刀 今此の時ぞ天に擲つ
―――天正十九仲春廿五日 利休宗易居士 』
「………これが?」 観光客の一団が通り過ぎ、静けさを取り戻した回廊に声が響いた。 「そうです」 暑さと湿気にうだる頭で私は頷く。 傍らの庭園は緑鮮やかで涼しげだが、梅雨のさなかの束の間の陽差しはきつく、温められた湿気が肌にまといつく。こんな時期に出歩くのは観光客だけだ。 「色彩が淡いね、もっと生々しいと思ってた」 若い映画監督は天井に目を向けたまま、独り言のように呟いた。 「四百年前の血ですから」 私は腕を上げてあれが手の平、あれが鎧と指し示した。
「慶長五年、徳川家康が会津の上杉征伐に向かった時には、伏見城には鳥居元忠ら少数の武将と、千八百あまりの兵しか残っていませんでした」 「しか、と言うのは、もっと大勢の兵に攻められたから?」 私は頷く。 「総勢四万。城攻めの総大将は宇喜多秀家、副将は小早川秀秋―――他には吉川広家、島津義弘、長曽我部盛親など」 「いかにも、関ヶ原の戦いの前哨戦らしい面子だね」 彼女は面白そうに目を細め、再び血天井に目を凝らした。
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