SMビアンエッセイ♪

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

[ 最新記事及び返信フォームをトピックトップへ ]

■6209 / inTopicNo.1)  Necessity
  
□投稿者/ 楓夏 一般人(1回)-(2010/02/27(Sat) 23:43:38)
    ねえ、私の事なんて誰にも理解できないの。










    『友達』だなんて綺麗事、中身を上辺だけしか知らない人達の代名詞。










    いくら愛してる、大好きって言ったって、『恋人』なんて一緒に居るだけの他人。










    誰か、私の事を他の人よりも、今までの人よりも、私の事を理解してみせて、深入りしてみせて。






























































    ―――――――昔から感じている、この心の空洞をすっぽりとあなたの存在で埋めて、消して。
引用返信/返信 削除キー/
■6210 / inTopicNo.2)  Necessity(1)
□投稿者/ 楓夏 一般人(2回)-(2010/02/28(Sun) 00:43:43)
    キリリ。




    静寂が広がる真夜中の部屋の中で、何かが軋むような小さな音が鳴った。
    カーテン越しの月明かりで照らされているのは、文房具店で売っているようなカッターナイフ。
    数cmだけ伸ばされたカッターの刃は、袖を捲り上げた左手首に当てられていた。
    彼女のそんな危険な行為を止めてくれる人は、一人暮らしをしているこのマンションの部屋にはいない。
    項垂れた顔からは表情は読み取れないが、ただ当てられていただけの刃がゆっくりと、確かめるように引かれた。



    「ッ・・・・」



    唇の端を噛んで刃を引き終わると、数秒後には真っ赤な一本の線が浮かんでいた。
    それだけでは足りないと、もっと欲しいと言わんばかりに、その線はどんどん増やされて、最終的には20本にも達した。
    何度ティッシュで拭っても滲んでくる血の上に、慣れた手つきで清潔な白いガーゼを被せ、ガーゼの上から慎重に包帯を巻く。
    真っ白い包帯とガーゼで覆われた、熱く熱を持ち、ズキズキと酷く疼く左手首を眺めながら、彼女は眠りについた。













    次の日の朝、中田聖は低血圧で今だ眠たい、寝ていたいと訴える身体を無理に動かして出勤した。
    昨日は春並みの暖かさだったのに、今日は正反対。雨も降るし、気温も低く冬らしい。
    はあ、と憂鬱な気持ちが晴れるわけでもないのに深い溜息を付いて、自分に割り当てられた席に座った。



    「どうかしたの?そんなに暗い顔して」



    前の席に座っている2年先輩の女性、明石理恵が、バッチリメイクを施した整った顔を柔らかく微笑ませた。
    最近彼氏と婚約して指輪を貰った、と言っていた彼女は、もの凄く幸せそうに笑う。
    その左手の薬指には、彼氏から貰ったらしい金のシンプルな指輪が光っている。
    パソコンで何やら書類を作成していた途中らしく、キーボードの上には両手が乗っけられている。



    「いえ・・・・最近寝不足、っていうか。雨嫌いなんで」



    昨日やり残した仕事でも済まそうかとファイルを漁る聖に、またも理恵の柔らかな微笑みが向けられた。
    元々綺麗なお姉さん、といったような顔立ちをしている理恵が笑うと、まるで女神や母親のように見えて仕方がない。
    染めた胸元まで伸ばされて巻かれた茶髪を揺らしながら、わざわざ首を傾げて笑う。



    「ちゃんと眠らないと、仕事もはかどらないわよ?」



    はい、と弱々しく笑って返した聖は、実は高校生の頃から度々不眠症に陥る事を理恵に隠した。今、まさにそんな時である事も。
    くまは出来ない体質らしくて今まで1度もできた事がない、というのが唯一の救い。寝たいのに寝れない。
    昨日は珍しく少しだけ眠りにつけたけど、結局2時間ぐらいしか寝れていない。もう1ヶ月ぐらいほぼ不眠のままだ。



    「そういえば、今日、他の部署から新しく人が異動して来るみたいよ?女の人だって聞いたけど」


    「そうなんですか?初耳ですけど・・・・ちなみに、どこからの?」


    「えぇーと・・・・ごめんね、思い出せないわ。昨日バーで飲みながら話してたから」


    「いえ、気にしないで下さい」



    やっと探していた書類を見つけ出した聖は、半分適当さが混じった言葉で会話を終了させた。
    まだ8時前、異動して来るその女の人が紹介されるのは、あと約10分後ぐらいだ。
    どんな人なのか少しだけ気になりながらも、聖はパソコンの電源を入れた。
引用返信/返信 削除キー/
■6212 / inTopicNo.3)  Necessity(2)
□投稿者/ 楓夏 一般人(3回)-(2010/02/28(Sun) 23:44:54)
    聖の予想通り、部署全員の人が集まる時間である8時に、全員が手を止めて前を見るように部長から指示を受けた。



    「はい、みんな手ェ止めてこっち見てや〜!」



    部長の浅木時雨は関西出身の女部長で、男女の比が4対6であるこの会社では特に珍しくもない。
    ショートカットの黒髪と赤い縁の眼鏡が印象的で、中国語と英語、フランス語を習得している優等生だ。
    そんな時雨の指示通り、各自パソコンに打ち込んでいたりファイリングしていたりした手を止めて、一斉に前を向いた。
    そこには大きな窓を背景に立っている時雨と、その隣に見知らぬ女性が2人立っていた。
    1人は切れ長の目と胸元までの綺麗な黒髪から、大和撫子や金持ちのお嬢様を連想させる美人な女性。
    もう1人はセミロングの茶髪を緩やかにカーブさせた、色気たっぷりのお姉さん、といった雰囲気の女性。



    「隣の部署から今日付けで異動になった、神埼雅さんと四ノ宮杏子さんや。みんなよろしくしてな!」



    そしてその明るい良く響く声に促されて、まずは黒髪の方から薄い唇を開いた。
    全員が静まり返って本人達の挨拶を待ち望む。



    「初めまして。本日から異動して来ました、神埼雅です。関西出身です」


    「初めまして、四ノ宮杏子です。よろしくお願いします」



    関西出身という事は時雨と同じで多分関西弁を喋るのだろうが、気を使っているのか使わないのか、標準語だった。
    2人は時雨にまたも促されて、指定された席へと着いた。聖の後ろと斜め右前だ。
    そして視線を合わせる事も言葉を交わすことも一切ないまま、そのまま仕事の続きを再開させた。














    時計の長針が12という数字を若干過ぎた頃、社内中に昼休憩を知らせる間の抜けた明るい音楽が鳴り響いた。
    それを合図に社員達は自分達の仕事を一時中断させ、社内の食堂か近くの店で昼食を済ませるのだ。
    聖もずっと向かい合っていたパソコンを閉じると、財布を入れたカバンを持って立ち上がった。



    「聖ちゃん、今日一緒に食べない?」



    ちょうど椅子をきちんと閉まっている時に、同じくショルダーバッグを肩に掛けた理恵に声を掛けられた。
    最近一緒に昼食を食べていなかったが、以前はよく一緒に食べていた仲である。少し迷っている聖に理恵は笑顔で言った。



    「近くにオススメの美味しいレストランが出来たから、一緒に食べたいの。駄目?」



    先輩でもありこんな可愛い女性に駄目?と言われて、駄目です、と言える訳がない。
    1人で食べようか、それともこの人と一緒に食べようかと迷っていた聖は、その言葉に頷いた。
    そして、理恵に連れられて近くのお洒落なレストランへと行く事になった。










    「お待たせ致しました、ランチAセットとBセットです」



    ウエイトレスの制服を着た女性がお盆に乗せたランチのセットを運び込んできた。
    1番奥の窓際の席に座った2人以外に、同じ会社の社員は1人もこのレストランには来ていないようだ。
    聖が頼んだのはAセットで、ライスとハンバーグとスープとサラダ、おまけにアイスとコーヒー付きで800円。
    Bセットを頼んだのは理恵で、パンとエビフライ、スープとサラダとコーヒーで750円。
    料理の内容にしては安く提供してくれるレストランらしく、結構繁盛しているのだろう、店内は空いている席が少ない。
    味も美味しく、グルメな理恵が薦めるレストランだけあって流石だ、と内心絶賛していた。



    「ね?来て良かったでしょ?」


    「・・・はい、美味しいですね、ココ」



    食事中、あまり会話を交わさない2人だったが、ゆったりと落ち着いた時間だった。
    聖がコーヒーを飲み終わってカップをテーブルに置くのと同時に、理恵が突然思い出したように口を開いた。



    「ああ、そういえば聖ちゃんは彼氏とか、いないの?モテそうなのに」


    「いえ・・・全然。モテればよかったんですけど、気になる人もいないし」


    「勿体無いわよ〜?こんなに聖ちゃんは可愛いのに、気が付かない男はよっぽど目が節穴なのね!」


    「そうでもないと思いますよ、私って人見知りだし、別に可愛くも何ともないんで」


    「そう思うのは聖ちゃんだけよ!私は少なくともとっても可愛い女の子だと思うわよ、聖ちゃんの事」



    こうやって誰でも励ませる優しい女性が、同性にも異性にも人気があって好かれるのだろうと聖は思った。
    理恵は友達が多く、違う部署にも他社にも友達がいて、社内でも数人の異性が理恵の事を前々から狙っていたのを知っている。
    だから彼女が結婚する、というニュースを聞いて、どれぐらいの人が肩を落としてショックを受けたのか本人は知らないのだろう。
    でも実際、聖はそんな本当のお姉さんのような理恵の事が嫌いではなく、寧ろ好きだった。



    「じゃ、もうそろそろ帰りましょうか」



    そう言われて、それぞれ別に会計を済ませると来た道を戻って会社へと帰って行った。
    もう雨はとっくに止んで、道路はじめじめしていたが、空は青く晴れ渡って太陽が顔を覗かせていた。














    夜、7時過ぎ。
    本来ならもうそろそろ仕事が終わり、あの1人暮らしの寂しいマンションに帰る支度をしている時間だ。
    しかし、今日はこの時間になっても帰れそうにはなっていない。今だ企画書と報告書が出来上がっていないのだ。
    企画書はもう少しで出来上がりそうだが、出来上がったとしても報告書がまだ済んでいない。
    みんながお疲れ様でした、と言い残して帰って行く中、聖はパソコンに向かっていた。
    大抵の人が帰って行ったためにもう自分だけだろうな、と思い辺りを見渡してみると、自分だけではない事に気が付いた。
    今日異動してきたばかりの神埼雅が、まだ聖と同じようにパソコンに向かって文字を打ち込んでいた。



    「・・・・・・」



    背筋を伸ばした綺麗な姿勢でパソコンに向かう後ろ姿は、やっぱり美人である事を思わせる。
    多分理恵と同じように、異性に人気があるんだろうな、と思う。もう既に昼休憩には気を持った異性がいたからだ。
    しばらくはその背中を見つめていたが、特に言う事も何もなく、仕事をさっさと終わらせようと再度パソコンと向き合った。



    「・・・・・うちの背中に何か付いてた?」



    さあ続きをしよう、とキーボードに手を添えた瞬間、後ろから雅の声がした。
    バッと後ろを振り向くと、足を組んでこちらを微笑みを浮かべた顔で見つめてくる雅の姿があった。

引用返信/返信 削除キー/
■6213 / inTopicNo.4)  Necessity(3)
□投稿者/ 楓夏 一般人(4回)-(2010/03/01(Mon) 00:21:31)
    外見とは異なった印象を与えるその口調に少なからず聖が驚いていると、ふう、と溜息を付いた雅が頭に手をやった。
    そしてそのまま一気に髪を掴んだ手をずらすと、その手と一緒に髪の毛がずるり、と下へずれ落ちた。
    その下には、同じ黒い髪だが時雨のようにショートに整えられた髪があった。
    意味が分からない行動にぽかんと唖然としていた聖に、雅はにやりとした怪しげな笑みを送る。



    「ああ、コレな。別に切るのを失敗したとかじゃないねん。ただイメチェンしたかっただけや。でも暑苦しいな」



    そう言うと雅は、自らが取り外したその黒く長い髪の毛を、自分のカバンにどうでもいいような感じで入れた。
    そしてパンツスーツに包まれた足を組みかえると、じっと聖の目を覗き込むように今度は無言で見つめる。
    何がなんだか分からない、予測が付かない雅の奇妙な行動に混乱と戸惑いを覚えながらも、聖はじっと相手を見つめ返す。
    しかし、あまりにも長い時間聖の事を見つめてくる彼女の視線に、照れ屋な聖は耐えられなくなって視線を逸らした。



    「・・・・クククッ、面白い子やね、アンタ。普通何なんですかとか言うもんやないの?」



    雅は手を口に添えて喉の奥で聖の事を笑った。その行動に、聖の鼓動は休息に高まり、速まった。
    ・・・・・・あまりにも、前の恋人の笑い方に似ていたから。
    前の恋人、というのは男性ではない、女性、つまり同性だ。昔付き合っていた彼女の笑い方と似ているのだ、それが。
    聖があまりにも似ている笑い方に息を呑むと、おや、と雅は笑いを止めて声を漏らした。



    「その反応はもしかして・・・・・元彼にでも笑い方が似とったんか?」



    その鋭過ぎるほど鋭い雅の勘に対して聖が驚きを隠しもせずに顔に表すと、雅はまたあの笑い方で笑った。
    本当にこの人は一体何なんだと不機嫌になった事をこれまた隠しもしない聖に、更に雅は笑う。



    「分かりやす過ぎやねん、アンタ。すぐ顔に表情が出るんやな」



    そう言って雅はパソコンの電源を切ってパソコンを閉じると、カバンを肩に掛けて立ち上がった。
    今だむっとした表情を浮かべていた聖に向かって、にやりと意地悪そうな笑みを向ける。



    「バイバイ。また明日な」



    雅が手を振りながらその場を後にした後も、聖の脳裏からは意地悪そうな雅の笑みと低く呟くように言われたのが離れなかった。
    そしてようやくの思いで仕事を終えて会社を出たのは、それから1時間も後の事だった。














    8時半過ぎにマンションに帰ってきた聖は、夕食も食べずに疲れたのかベッドにどさりと倒れこんだ。
    シャツに皺が寄るのもスーツに皺が寄るのも気にせずに、ただ白いシーツの中に顔を埋めた。
    しばらくその格好で寝転んでいた聖だったが、ようやく動く気になったのか起き上がると服を着替えた。
    だがやはり夕食を食べないまま、その日はずっと朝までシーツに顔を埋めて寝転んでいた。



    「・・・・・・」



    雅の別れ際のあの笑みと声が頭からずっと離れずに何度も何度も繰り返し再生され、そわそわと落ち着かない。
    こんな事は今まで経験した事がなく、どうやったら雅のあの姿を忘れられるのかが分からない。
    思い出されるたびに身体の奥がじん、と熱くなり、頭の中が火照るような混乱するような感覚に陥るのだ。
    今日初めて会った雅にどうしてここまで自分の事を乱されなければならないのか、聖は少し苛立ちを覚えながらも一夜を過ごした。














    一睡も1時間も眠れていない聖はそのまま着替えると身だしなみを整え、会社へと出勤した。
    本当は睡眠を得たいのだが、なぜか全く眠れないのだ。理由は聖本人にも全く心当たりがないため分からない。
    今だ熱を持って疼く傷口を気にしながらも、新しく取り替えた包帯とガーゼを隠すようにして自分の席に着席した。
    聖はそんなに遅い方ではなく、寧ろ出勤は早めな方だ。しかし、理恵も雅も杏子ももう既に出勤して仕事を行っていた。



    「おはよう、聖ちゃん」



    聖が出勤して来た事に気が付いた理恵が、手を止めていつものようににこやかに出迎えてくれた。
    それに対して微笑みで返した聖は、ちらりと何やら書類を読んでいる杏子の方を見やった。
    杏子はクリップでまとめた分厚い書類に目を通していた視線をちらり、と聖の方へと向けると、にこりと笑みを浮かべた。
    その笑みにつられるように軽く会釈を返した聖は杏子への視線を外すと、確認のために自分の昨日作成した書類へと落とした。
引用返信/返信 削除キー/
■6214 / inTopicNo.5)  Re[1]: Necessity
□投稿者/ 沙耶 一般人(1回)-(2010/03/02(Tue) 10:20:27)
    さりげない文章が素敵です(*^_^*)
    続きを楽しみにしています。
引用返信/返信 削除キー/
■6215 / inTopicNo.6)  Necessity〜沙耶様〜
□投稿者/ 楓夏 一般人(5回)-(2010/03/02(Tue) 22:24:20)
    応援ありがとうございます。
    さり気ない文章ですか、こんなつたない文章をお褒め頂き嬉しいです///
    頑張って何とかやって行きたいと思っています。
    亀更新かもしれませんが、これからもよろしくお願いします。
引用返信/返信 削除キー/
■6216 / inTopicNo.7)  Necessity(4)
□投稿者/ 楓夏 一般人(6回)-(2010/03/02(Tue) 23:13:24)
    10時を過ぎた頃、聖は杏子と一緒に部長である時雨の机の元へ彼女に大声で呼び出された。
    何かと思いながら仕事を止めて彼女の元に行くと、パソコン画面に目を通していた時雨に言われた。



    「お、来たか!いや〜実はなあ、聖に杏子の教育係を任されて欲しいねん。本当はうちがやるべきやろうけど、忙しくて。あかん?」



    確かに時雨が自分で言う通り、部長という立場にいるからには仕事だって沢山あるし、出張や会議もあるため忙しい。
    それに勝手に聖が目標の女性としている時雨に頼まれては、珍しいのもあるが断れるわけが無かった。



    「はい・・・・いいですよ」


    「おお、引き受けてくれるか!じゃあ頼んだで!うちはこれから出張で九州や!」



    どこから取り出したのか、多分机の下から取り出した白のキャリーバッグの車輪を転がしながら、時雨は早足で部屋を去って行った。
    取り残された聖と杏子だったが、仕事もまだ残っているし、教える事が無いわけではない。
    しばらく呆然としていたが、聖は白いスーツを綺麗に着こなしている杏子の方を向いた。



    「私なんかが教えるなんて不安かもしれませんが・・・・よろしくお願いします」


    「いえいえ、聖さんて何だか頼りがいがありそうだし・・・・こちらこそよろしくお願いします」



    10時を過ぎているのを腕時計で確認した聖は、まずはコーヒーを淹れる事を杏子に教える事にした。
    この部署では10時と3時に誰気が付いた人、手が空いている人が率先してコーヒーを淹れる事になっている。
    杏子を連れて行って部屋の奥にある扉を開けると、その奥には冷蔵庫やガスコンロなど、給仕に必要なものが置いてある。
    聖は杏子にものの場所を教えながら、今日来ている同じ部署の全社員の人数分のコーヒーを淹れる準備を整えていく。



    「聖さんて、失礼ですけどおいくつですか?」


    「私・・・・?私は26歳ですよ。もうすぐ三十路に入っちゃうんです」


    「そうなんですか!?私と同い年なんですね!嬉しいわ」



    実は聖と部署は違ったが同期で入社していた杏子は、聖とは同じ年齢だったのだ。
    それで一気に2人の仲は順調に深まっていき、今夜は仕事帰りに一緒に夕食を食べる約束をするまでになった。
    コーヒーを人数分淹れた聖と杏子は、砂糖とミルクが入った小さな籠と一緒に各社員に配り、そして自分の仕事に戻った。














    7時過ぎ、仕事を終わらせた聖と杏子は、電車に乗って少し離れた和風の料理店に訪れていた。
    2人の家が正反対の位置にあったため、中間地点で夕食を食べる事になって携帯で調べてみた、2人とも初めての店だ。
    松や梅が綺麗に整えられた庭を囲むようにして建てられた和風の平屋。庭が見えるように中央部はガラス張りになっている。
    店自体の雰囲気はとても落ち着いた静かな店で、聖の好みの店だった。小音量で音楽が流れる店内は、癒される雰囲気を醸し出している。



    「とてもいいわね、このお店。今度他の友達も連れて来ようかしら」


    「私も気に入ったかも」



    刺身や茶碗蒸し、天ぷらといった和食の夕食を赤い箸で食べながら、まったりと座敷で2人で話をする。
    聖は大学に6年間通ってカウンセラーの資格を取得している事、結婚願望など恋愛に対する興味が今はあまりない事。
    杏子は大学は海外の大学に4年間通い、数カ国に留学経験がある事、聖と同じく、今は恋愛に対する興味があまりない事。
    2人は今日の朝に仲が深まったばかりだというのに意気投合し、会話を弾ませていたが、時間には限りがある。
    ご飯を食べ終わり会計を済ませ、電車で会社の最寄の駅に着くと、名残惜しい気もしながらそこで別れた。



    「じゃあまた明日ね、杏子」


    「ええ、また明日。おやすみなさい」



    自分のマンションに帰った聖は、包帯とガーゼを取り替えて傷口の消毒をすると、服を着替えてベッドに横になった。
    今日は何だか寝れそうな気がしていたが、電気を消して布団に潜り込んで数分が経過しても、やっぱり今日も眠りには辿り着けない。
    せわしくごろごろと何度も寝返りを打って左右に動きながら、カーテン越しに入ってくる月明かりを見つめていた。
    今夜もやっぱり、消毒して包帯とガーゼを取り替えたばかりだというのに傷口は疼いて熱を持っていた。



    「流石にやばいかな・・・・・・・」




    病院に行くのは嫌だから、という理由で精神科などには行った事はないが、自分の精神が普通ではないというのは分かっている。
    手首だけではなく、聖は高校生ぐらいの頃から足首や腕、胸元などを何回かカッターで自分で傷付けていた。
    高校生の頃から続いている不眠症もいつかは治るのが分かっているため、積極的に病院に行く気にはならなかった。
    結局、聖は冷蔵庫の中で冷やされていたペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら夜を明かした。
引用返信/返信 削除キー/
■6217 / inTopicNo.8)  Necessity(5)
□投稿者/ 楓夏 一般人(7回)-(2010/03/02(Tue) 23:43:55)
    次の日の朝、眠れなかった聖がいつもよりかなり早めに出社すると、やっぱり他の社員は来ていないようだった。
    聖がまだ誰も出勤していないであろう自分の部署の部屋のドアを開けると、予想は外れた。
    そこには、一昨日から一言も交わしていない雅の姿があったのだ。彼女はパソコンに向かって作業をしつつ、チョコレートを食べている。
    自分の席に座った聖に素早く気が付いた雅は、素手で割った板チョコを口に頬張ったまま聖の隣に椅子ごと移動してきた。
    彼女が近付いてきた途端、彼女が食べているミルクチョコレートの甘ったるい、チョコレート独特の匂いがし、聖は顔をしかめた。



    「はよ、聖」


    「・・・・おはよう」



    いつの間にか自分の事を呼び捨てにする雅に内心驚きながらも、とっくに目が覚めているのか顔がしゃきっとした雅をちらりと見た。
    チョコレートを奥歯で噛み砕いて飲み込んだ雅は、椅子の背もたれに両肘を乗せて頬杖を付きながらくるくると回転させた。



    「何、また今日も頑張ってお仕事するん?」



    クリアファイルを開き、書類の束を数束取り出した聖を見て、茶化すように聖が聞いた。
    そんなお調子者っぽい感じの雅を聖はまたもちらりと見ただけで、すぐに書類の束に視線を戻す。



    「今日はこの間のように間に合わないんじゃないけどね。部長に頼まれてたの」


    「ほお〜、アンタ部長に頼りにされてるんや?凄いやん」


    「馬鹿にしないで」


    「つれへんな〜。愛想良くせんと人に好かれんで?」


    「別に好かれなくても、きちんと分かってくれる人がいるだけでいいから」


    「うわ、大人!」



    けらけらと笑いながら椅子をくるくると回転させていた雅だったが、チョコレートを食べたばかりで酔ったらしく、回転を止めた。
    書類を確認してファイルに戻すと、雅がまたも馴れ馴れしい口調と声で聖に話しかけてきた。



    「なあなあ、アンタ恋人いないん?」


    「そういう恋愛には今は興味がないから、特にいないけど」


    「ふぅーん・・・・じゃあ寂しい奴なんやね」


    「黙ってくれる?私は寂しくはないから」


    「・・・・強がりやなー」



    そう言い残して椅子ごと自分の席に雅が戻っていくと、数人の社員が同時に出勤してきた。
    それからどんどん社員が出勤してきて、あっという間にいつもの朝が始まった。














    「聖ちゃん!これ、受け取ってくれないかしら?」



    10時過ぎ。今日はたまたま手が空いていた理恵がコーヒーを社員に淹れて配っており、聖にも勿論温かいコーヒーを持ってきた。
    その時、他の社員にもコーヒーと一緒に渡していた白い高級そうな長方形の封筒を手渡された。



    「これって何ですか?」


    「結婚式の招待状よ。来月だから配ってるの。是非聖ちゃんにも来て欲しいわ」



    にこっと笑った理恵はやっぱりモデルや女優のように綺麗で優雅な女性で、きっと良い新婦になるんだろうと思われた。
    結婚式に着るであろうウエディングドレスもきっと似合うんだろう。来月という事はもう既に選んで準備をしているはずだ。
    理恵のドレス姿を楽しみにしながら封筒を受け取ると、理恵は次の社員にも温かいコーヒーが入ったカップと白い封筒を渡していた。
    こうなれば、聖もドレスか振袖を買うなり借りるなりして準備しなければならなくなったが、少し待ち遠しくなった。














    『どうするの?理恵さんの結婚式。聖は行くの?』


    「私も行こうかなって思ってるんだけど」


    『やっぱり行くわよね、私はあんまり関係ないけど、良い人だったわ。何回か話したの』



    その日の夜、自宅で夕食を済ませた聖に、同じくとっくに自宅に帰った杏子から携帯に電話が入った。
    内容は結婚式はどうするのかどうかという事。勿論聖は結婚式に折角だし出席するつもりだったし、杏子も出席するつもりらしい。
    他の社員達も楽しみにしているし、多分全員が彼女の結婚式に出席する事になるだろう。相手の新郎も多少は気になる。
    そういう事を10分ほど杏子と話した聖は、携帯を充電して寝ようかと思ってベッドに入るものの、やっぱり今日も眠れなかった。
引用返信/返信 削除キー/
■6220 / inTopicNo.9)  NO TITLE
□投稿者/ 名無し 一般人(1回)-(2010/03/16(Tue) 01:56:33)
    さりげない文章が本当に上手いですね^^
    何人も素敵な女性が出てきていて続きがかなり気になります♪
    頑張ってくださいねっ

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/



トピック内ページ移動 / << 0 >>

このトピックに書きこむ

Mode/  Pass/

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -