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■6280 / inTopicNo.1)  トリカゴ
  
□投稿者/ 響子 一般人(1回)-(2010/12/21(Tue) 03:03:42)
    『お友達を助けるか、自分を助けるか』





    ―――――コツ、とヒールの音がやけに大きく路地裏に響いた。





    『結局、人間なんてモノは、自分の為にしか動けない生き物なのよ』





    ―――――ゆるり、と綺麗に整った淡いピンク色の唇が歪められた。





    『だから貴方が自分を選んでも、気にする必要は無いのよ?』





    ―――――ロープで縛られて転がされている友達の身体に、足を乗せた。





    『さあ・・・・貴方はどちらかしら。偽善者か、それとも、エゴイストか』





    ―――――泣きそうな顔の友達が、足の下から不安そうな顔を向けてきた。





    『逃げようなんて悪あがきはやめて頂戴ね?貴方に失望してしまうわ』





    ―――――ドッ、と鈍い音をかすかに立てて、友達が蹴られ転がされた。





    『ほら・・・・早く選びなさい。2択だもの、簡単なことでしょう?』





    ―――――アスファルトの地面に、水滴が何粒か流れ落ちていった。

























    『・・・・・貴方に、ついて行きます。だから友達を、解放して下さい』
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■6281 / inTopicNo.2)  トリカゴ1
□投稿者/ 響子 一般人(2回)-(2010/12/21(Tue) 03:44:31)
    2010/12/21(Tue) 03:47:08 編集(投稿者)

    この部屋には1つも窓が無いから、眩しいと感じることがあまりない。
    今も朝の光が差し込む中起きるわけでもなく、目覚ましが鳴ったわけでもなく。
    ただ最低限の物が置かれただけのシンプルな部屋の奥のベッドで、今日も目覚めた。
    身体を起こし、乱れていた髪を手で適当に流れだけでも正すと、ひんやりした床に裸足を下ろした。
    ベッドの中と床の温度差が違いすぎて、少しだけ二の腕に鳥肌が立った。





    佐伯優は、ここがどこだか、知らない。アバウトな位置も分からない。
    自分が住んでいた場所からの距離も、住所も、何もかもを知らずに生きていた。
    ―――――いや、“生きていた”のではない。“生かされていた”の方が正しいかもしれない。










    佐伯優は、会社員である父親と、専業主婦の母親の間に生まれた1人っ子だった。
    お金持ちでも貧乏でもない、どこにでもありそうなごく普通の家庭だった。
    優は当たり前のように幼稚園に行き、小学校に行き、中学校に行き、高校に行った。
    優が人と違ったところといえば、なぜか男性が苦手だったことだけだ。
    特にトラウマも何もないが、なぜか男性が苦手で、上手く話せないぐらいだった。
    だから男子と話す時は友達を間に挟んでいたし、学校側も担任の教師をいつも女性にしてくれていた。
    父親とは何も問題なく話せるのだが、どうしても他の男性だと言葉に詰まる。



    そんな優の幸せでありふれた生活が一変したのは、高校1年生の時の冬だった。
    ある日、優が部活を終えて帰宅してしばらくした頃、1本の電話が入った。
    電話の画面に表示されていた電話番号は“公衆電話”。



    「はい・・・・もしもし」


    『もしもし・・・・貴方、佐伯優さんかしら?』



    受話器の向こう側から聞こえてきたのは、綺麗な女性らしい高い声だった。美声だ。
    しかし、自分の知り合いの声ではないことは確かだった。誰だか分からない。



    「あの・・・・失礼ですが、お名前は」


    『あら、ごめんなさいね。私の名前は美麗。美しいの“み”に、麗しいの“れい”で“みれい”』



    この声が美しい女性にぴったりの名前だと思った。声も名前も綺麗だ。
    だが、やっぱり優の知り合いでも何でもない。そんな変わった名前の知り合いはいない。
    優は受話器を反対の手に持ちかえると、なぜか震えてきた声を出し絞って尋ねた。



    「あの・・・・・母に何か用でしょうか?」


    『クスッ・・・・・いえ、貴方のお母様に用事があるんじゃなくて、貴方自身に用事があるのよ』


    「・・・・・?」



    母親の友達か何かかと思い、そう尋ねたら、相手は自分に用事があるのだと言う。
    生憎その母親は買い物に出掛けており、家には優1人しかいなかった。
    相談出来る人が1人もいない状況の中で、優は身体が震えるのを感じた。



    『今ね、私、貴方のお友達と一緒にいるのよ』


    「友達と・・・・?」


    『そう。名前は福居美和。貴方の幼馴染の子よね?』



    何でそれを知ってるんですか、という言葉は、喉で引っ掛かって出てこなかった。
    美和は幼稚園に通っていた時からの友達で、高校生になってからも仲がいい。
    突然出された幼馴染の名前に困惑しつつ、優は必死に頭を回転させる。



    「そうですが・・・・なぜ美麗さんと一緒にいるんですか?」


    『やっぱり言うと思ったわ、気になる?』


    「ええまあ・・・・・」


    『それはね、貴方をこちらにおびきよせる為よ』



    さらっと、まるで、待ち合わせどこにする?、と言っているかのような軽快さ。
    固まって言葉を失った優の鼓膜を、これまた綺麗な笑いがくすぐった。
    意味が分からない。頭が停止状態になり、震えも一時的に止まる。



    『フフフッ、意味が分からないでしょう?突然知らない人に呼び出されるんですもの、当たり前よね』


    「ぇ・・・・・ぁ・・・・」


    『クスッ・・・・言葉を失った、ってとこかしら。それが普通の反応ね』


    「・・・・・」


    『まあいいわ。今すぐ指定する場所に来て頂戴。来ないとお友達が大変な目に遭うわよ』



    いまいち状況を飲み込みきれていない優に、美麗は場所を簡単に伝えた。
    そして、警察や親に言うなんてことが無いように、としっかり釘を刺された。
    受話器を置いて電話を切ってからも、自分の今も状況に頭がついていかず、混乱していた。
    とりあえず、美麗に指定された場所に行かなければ、美和がどうなるか分からない。



    優は“少しでかけてきます”とメモを残すと、コートを羽織り、家を出た。

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■6282 / inTopicNo.3)  トリカゴ2
□投稿者/ 響子 一般人(3回)-(2010/12/21(Tue) 04:37:35)
    2010/12/21(Tue) 04:38:32 編集(投稿者)

    優が指定された場所―――――人気の無い路地裏に到着すると、そこには美しい女性の姿があった。
    真っ赤なコートを羽織り、真っ赤なハイヒールを履いた、とても妖艶で美しい、魅力的な女性だった。
    茶色く染まり、巻かれた毛先は豊満な胸元まで垂れ、目は切れ長で力強く、鼻は高くて唇は薄いピンク色。
    ハイヒールを履いているせいでいくら身長が高く見えたからといっても、おそらく170cmはあるであろう身長。
    まるでモデルか女優のような圧倒的な美しさ、指先まで行き届いた美しさに、優は気圧され言葉を失っていた。
    そんな優を知ってか知らずか、美麗はふわり、と微笑み、ちらりと視線を足元に送った。



    「・・・・ッ、美和!!!!」



    そこには、手足も身体も縄で縛られ、口元にガムテープを幾重にも貼られた幼馴染がいた。
    制服姿のままというところを見ると、どうやら放課後に巻き込まれたらしい。
    近くには美和のスクールバッグと、真っ二つに折られた美和の携帯電話の残骸が転がっていた。
    慌てて美和の元に走り寄ろうとするが、美麗に視線だけで止めなさい、と止められた。



    「この子は重要な人質よ。さあ、本題に入りましょうか」


    「人質・・・・?本題・・・・・?」


    「ええ。生憎私には、相手に何も知らせないまま何かをするなんて根性は、持ち合わせていないわ」


    美麗は辺りを見渡し、人が来ないのを確認してから、その整った薄ピンク色の唇を開いた。















    「・・・・・・嘘・・・・・・」


    「本当よ。こんな事で嘘をついて、何かメリットがあるかしら?」



    美麗から聞いた話は、ひどく優を混乱させ、絶望させる話だった。
    彼女はとある人の部下で、その美麗からすれば雇い主にあたる女性が、この間車の中から優を見つけたそうだ。
    たまたま学校帰りの優を見かけただけだったが、その人は優のことを大変気に入ってしまったのだという。
    何が何でも手に入れたい、そう考えたその人に言われてやって来たのが、目の前に立っている美女、美麗だ。
    美麗はあらかじめ優に関する情報を出来るだけ調べ、下校中の美和を捕らえ、近くの公衆電話から電話したらしい。
    その美麗の雇い主がどういう人かは知らないが、とても大きな権力を持った大金持ちの女性だという。
    ちなみに美麗は、由緒ある家の現当主であるその人の親戚にあたることになると聞いた。



    「信じられないでしょう?幸せな日を過ごしてい時に突然、こんな現実離れした話を聞かされるなんて」


    「・・・・・・」


    「だけど、全部本当の話よ。だからこの子を借りさせてもらったの。貴方を出来るだけ無傷で連れて行く為にね」



    美麗の言う通り、いきなりそんな現実離れした小説か何かのような話をされても、優には上手く理解出来なかった。
    だがしかし、このままでは美和も自分も危険な状態にあることは1番に分かった。
    “何が何でも”優をその人の元へ連れて行く気満々である美麗は、何をするか分からない。
    美和が心配そうな、不安そうな、泣き出しそうな顔で見上げてくるのを横目に、優はどうしようかと対策を練る。
    しかし、相手がどういう人か知らない、高校1年生の普通の女の子である優には、どうしたらいいのか全然分からない。
    そんな優を見て微笑んでいた美麗だったが、ふぅ、とかすかに溜め息をつくと楽しそうな顔で言った。



    「別にこの子を殺すとか、そんな物騒な真似はしないわ。ただ、貴方が同行を断った場合、痛い目には遭ってもらうわ」


    「美和は関係無いじゃないですか!!」


    「ええ、そうよ。この子は完全なる部外者よ。でも貴方の大事な幼馴染を人質にとってしまえば、貴方が動かしやすくなるもの」


    「・・・・・・ッ!!!」



    ギリ、と力一杯自分の両方の拳を握り締め、俯いた優を見つめながら、美麗は言った。



    「お友達を助けるか、自分を助けるか―――――」














    優は昔の事を思い出し、胸を痛めた。美和やその他の友達や家族は、今何をしているのか気になった。
    あれから早くも2年の月日が流れ、優は綺麗な女性へと成長を遂げていた。
    漆黒の美しい髪は鎖骨まで流れ、太陽をあまり知らない肌は透き通るように白く、目はぱっちりとし、はっきりした顔立ちだ。
    元々母親がモデルの仕事で稼いだ時期があったほどの美人だったが、どうやらその遺伝子をしっかり受け継いだらしい。
    身体も細いことには細いが、不健康そうには見えず、逆に健康そのものに見える細さだ。
    日頃から着ている着流しを着た状態の優は、ひどく色っぽく、しかも大人びた女性に見える。
    寝ている間にはだけたのだろう、大きく開いた胸元から見えるくっきりとした谷間のラインに、程よい大きさの形がいい胸。
    帯を絞めることでより一層腰のラインが際立ち、胸元同様、はだけた裾からは白い太ももが見える。



    優が来た時から優の部屋として宛がわれた、1人で使うには充分過ぎる広さの洋室には、必要最低限の物しかない。
    テレビ、ソファー、ガラスがはめ込まれたテーブル、木製のチェスト、トイレ、浴槽付きの浴室、ベッド、クローゼット。
    あれが欲しい、と言えば、多少時間はかかるが、大抵のものは手に入れることが出来た。
    それにこの洋室も、優の為に優が来る前に和室を改造してつくらせた特別な部屋らしかった。
    ただ、この部屋が普通の部屋と違う点は、ドアも窓もないということ。わざとつくっていないらしい。
    ドアの代わりだとでもいうように、鉄格子が人が入れるぐらいの大きさで取り付けてある。
    外側から幾重にも厳重に鍵が閉められている為、内側から外に出ることは出来ない。



    チェストの上に置かれた金色の時計をちらりと見ると、朝の9時半を指していた。
    もうそろそろ朝ご飯がここに運び込まれてくるはずだ。
    そして―――――自分を監禁している“あの人”も、その後やって来るはずだ。
    優は朝から昔の事を思い出して気分が悪い上に、今日のこれからを想像して溜め息をついた。

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