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(ここはどこ・・・・?)
ほとんど冬になり、あとは雪が降るのを待つだけになった。 高梨秋は、先ほどまで歩いていたはずの低い気温の環境から、 突然程よい暖かさの気温の環境にいたことに驚いた。 頭は朦朧とし、まるでさっきまで眠っていたかのようだ。 しかし、目を開けているはずなのに、目の前は暗い。 目に何か覆い被さっているような感触がする。 それに、気温は暖かいが、座っている場所は冷たい。 ドラマや小説の中のヒロインか何かのように、 薬で眠らされて拉致されていたりして。 とっさにそう想像したが、自分がされるわけがない。 きっと、自分の考えすぎだ、と思った。 が、頭が朦朧とするのも、目を隠されているらしいのも、 座っている場所がやけに冷たいのも、事実だ。
とりあえず声を出してみようと思い、口を開こうとする。 しかし、口には何かプラスチックのものが入れられ、 固定されているらしく、口が全然動かせなかった。 くぐもった低い声しか出せず、秋はいよいよ焦った。 さっき想像したヒロインに、なってしまったのか―――――? 目が見えないため、辺りを確認出来ず、声も出せない秋は、 余計にその不安や恐怖感を募らせていった。
『皆様、お待たせ致しました!!!』
そこに、突如女性のハキハキとした声が響き渡った。 マイク越しに話しているらしい、やけに声が大きい。
『本日連れて来たばかりの、17歳の可愛らしい女の子です!!!』
どうやら女性は誰かに向かって、自分のことを紹介しているらしい。 しかしその女性の声以外の声は全然聞こえてこないため、 何人いるのか、女性なのか男性なのかすら分からない。 とりあえず、自分を連れて来たのはこの女性らしいことは分かった。
『名前は高梨秋、先ほども申し上げましたが、17歳の高校2年生。 目元を確認して頂けないのが大変残念なのですが、 とても可愛らしい顔立ちをしております』
自分は女性のことを知らないのに、女性は自分のことを知っている。 それがひどく怖く思え、秋は無意識のうちに後ずさりをしようとした。 しかし、少し動くと、またもひやりとしたものに当たった。 肌に触れた感触からして、どうやら鉄製の棒が背後にあるらしい。 そのうえ棒同士の間隔は狭く、何本もあるのが分かった。 檻か何かに入れられているのだろうか・・・・、と それはそれでまた秋に不安と恐怖感を与えた。
『今まで床の経験はなし、恋愛の経験も一切ありません。 精神的に不安定な子ですが、そこもまた愛おしくなることでしょう』
確かに秋は、今まで誰とも付き合ったことがない。 当然、キスもそれ以上もしたことがない。 更に、数年前から自傷癖があり、通院も服薬もしている。 ここ数日はしていないが、腕には白い傷跡が残っているし、 左手首にもうほとんど治った傷が数本刻まれている。 友達が知らないようなことまで、何故知っているのか。 まさかストーカーをしたり、調べたりしたのだろうか。 秋の心の中の不安と恐怖感は、増大を繰り返した。
『さて、この子をお引取りになる方は、番号札をお挙げ下さい!!! 今回はオークションではございませんので、値段はこちらの言い値です!!!』
オークション?言い値? つまり、自分は誰かにお金で売られるってこと? あまりに現実離れした言葉に、頭がついていかない。 危険だ、逃げなくちゃ、と、それだけは思った。 呻き声を上げ、立ち上がろうとするが、それは叶わない。 口に銜え込まされたプラスチックが邪魔をし、 檻の天井は低く、また、檻の中の面積も狭い。 目隠しもされているし、きっと知らない場所だ。 人も大勢いることだろう・・・・・。 それを考えると、逃げることは不可能だ。 とりあえず暴れてみたものの、どうにもならない。
『156番の方、273番の方、946番の方―――――』
皮肉にも、10人ほどの人が、秋を買おうと思ってくれたようだ。 司会を務めている女性は、番号札の番号を次々に読み上げていく。 ガタガタと音がした、どうやら呼ばれた人は立ち上がるようだ。
『沢山のご希望、どうもありがとうございます。 では、皆様の中から、誰か1人、購入者を決定致したいと思います』
ザワザワと人の話し声が聞こえ、割といる人の人数が多いことを知る。 聞いた感じだと、その集まっているほとんどが女性の人らしい。
『それでは、いつも通り、ここは公平に話し合いで決めたいと思います』
しんと辺りが静まり返り、話し合いの準備が整ったらしい。 秋もドキドキしながら、彼女達の話し合いに耳を傾ける。
「私は会社を経営しているので、経済的には受け入れる準備は万端です」
「うちは最近旦那と別れたので、気兼ねなく彼女を引き取ることが出来ます」
次々に、しかし落ち着いて、彼女達は自分をアピールする。 声だけを聞くと、全員優しそうで、温かそうな人のような気がする。 結構多くの人が自分をアピールした後、女性にしては少し低めの、 司会者同様ハキハキとキレがいい声がした。
「私は精神科医なので、彼女を精神的に支えることが出来ます。 自分の収入と親の残した遺産も結構な額になっていますし、 家もマンションなどではない上、部屋に余裕があります」
「そうね、あなたが1番この子には適任かもしれないわね」
その堂々とした口調の女性が秋を引き取る、ということに、 自分も立候補しておきながら、賛同する女性が数人現れた。 どうやらその女性には、他の人からの信頼でもあるらしい。
『ということは皆様、447番の方が高梨秋をお買い上げになる、 ということで、よろしいでしょうか!?』
拍手が聞こえた、そして秋は447番の女性に買われることになった。 秋の不安や恐怖感は、今まで味わったことがないぐらいに膨らみ、 檻の中の身体は、不安と恐怖でカタカタと細かく微妙に震えていた。
『後ほど447番の方には高梨秋をお渡しします。 それでは、次の子は―――――』
檻は移動できるようにしてあったらしい。 檻が揺れ、マイクの声は遠ざかっていった。
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