|
5月の中旬。 ここ、田舎の中高一貫校に 新しく入学してきた 中学1年生の子も、 だいぶ学校に慣れてきた。
井原皐月は、今年の4月、 高校3年生になってしまった。 高校生活最後の年でもあり、 この学校で過ごすのも最後、 そして遂に受験生だ。
「皐月!今日バス?」
この学校の通学方法は、 徒歩と自転車と電車、 車での送り迎えの他に、 バスという方法がある。 普通のバスではなく、 学校の通学用のバスだ。 3つの方向を走っていて、 利用する生徒は多い。
皐月は帰りはよく そのバスを利用している。 今、終礼が終わるなり 声をかけてきた友達、 岸谷歩は、入学してから 今までずっと、結構 仲がいい友達の1人だ。
「あー・・・・バスだよ」
「なら一緒にいこ!」
「いいけど」
「その前に音楽室に寄らせてー」
歩は音楽部、という名の 合唱部に所属している。 皐月の2歳年下の妹も 入学してからずっと 所属している部活で、 皐月も入学してから 1年半は所属していた。 しかし、先輩や顧問と いろいろあったりして、 音楽部と部室の音楽室と その顧問である教師は、 トラウマとなってしまっている。 が、今は昔と比べて かなりマシになった方だ。
どうやら歩は今日は 病院に行く予定らしく、 その旨を伝えるために 部室に顔を出すようだ。 仕方なく、カバンを背負い、 歩について音楽室まで行く。
音楽室の3つのドアは 完全に開け放たれ、 廊下と教室内の窓も 適度に開けられていた。 前側のドアの前で 待たされている皐月には、 音楽室の中で部活の 準備をする生徒や、 話をしている生徒の姿が よく見えた。
部活を休む、と伝えるだけ、 と言っていた割には遅い 歩を壁に寄りかかりながら 待ち、教室の中を見渡す。 そこに、ふと目があった 後輩の女の子がいた。 この部活は主に女の子が 入る部活なので、中は 女の子だらけで、さらに それなりに人数はいるが、 なぜかその子だけが 目に留まった。
名前も学年もクラスも知らない。 しかし、スリッパの色からして、 3月に卒業した先輩が使っていた スリッパの色ということは、 中学1年生のようだった。 顔も今まで見たことがない。 制服も身体より少し大きく、 新しいものに見えるし、 何よりまだ部活の雰囲気に いまいち馴染めていない、 そんな感じがした。
胸元まで髪を伸ばし、 こちらを見てくる後輩は、 大人しそうな印象を受ける。 とりあえず、初対面の人を そんなに見つめるのも いかがなものか、と思い、 すっと目を逸らした。
「さ、行くか!」
話が終わったらしい歩に 声をかけられた皐月は、 その場をあとにした。
|